ULTIMATE JAPAN(アルティメイト ジャパン)

更新日:2018/06/13

1989年、平成元年に日本のクルマは世界の頂点に登りつめた。日本のビンテージイヤーと呼ばれたこの年は、GT-Rが復活し、ロードスターが発売され、セルシオ=アメリカ名レクサスが世界の高級車に衝撃を与えたのだ。

text:嶋田智之、伊丹孝裕、岡崎心太朗、神尾 成 photo:長谷川徹 [aheadアーカイブス vol.155 2015年10月号]

ULTIMATE JAPAN(アルティメイト ジャパン)

F1においても前年の16戦15勝に続きマクラーレン・ホンダが二桁勝利を収めた年で6連覇のさなかにあたる。

あれから四半世紀以上たった今、日本のクルマはどのように進化したのか。そして現代の日本の究極のクルマたちは今も世界と渡り合っているのだろうか。

日本の職人技の集大成 GT-R NISMO

text:嶋田智之


超高性能スポーツカーは世界に数多あるけれど、中でも日産GT-Rはとても希有な存在だと思う。標準モデルですら〝GT〟にして〝R〟でなければならないという難しい命題を持って生まれたクルマを、僕は他に知らない。

〝GT〟を名乗るからにはグランツーリスモ、つまりは長距離移動を苦にしないある程度以上には快適なロードカーである必要があり、同時に〝R〟、つまりはレーシング・テイストもしくはレーシング・テクノロジーを持った存在でなければならない。

このふたつは高性能でなければならないという部分でこそ共通しているが、それぞれを突き詰めていくと、必ず相反する部分に突き当たるのだ。しかも、よくも悪くも日産スカイラインの中の高性能グレードという位置づけに置かれていた時代とは異なり、2007年にデビューした現行のR35型は独立したひとつのモデル。その命題には裸で向き合わねばならないのである。

はたして〝GT〟なのか、それとも〝R〟なのか。バランシング・ポイントはどこにあるのか。

初期の頃のR35型GT-Rは、明らかに〝R〟優先だった。モータースポーツ畑が長かった開発責任者がニュルブルクリンクで鍛え上げたクルマらしく、サーキットで走らせると滅法速くて楽しいクルマだったけど、ストリートでの乗り味は粗っぽく、ロングを走る喜びには少しばかり欠けていた。

けれど、最新のGT-Rは違う。毎年ヴァージョンアップを繰り返してきた強靱な速さはほぼそのままに、どこへ行くにも乗って出たくなるような、ストリートを走る喜びに満ちたクルマに生まれ変わっている。

「激変した」と評価された2014年モデルから、開発責任者が〝ストリートを知り尽くした男〟と呼ばれる人物に変わったことが大きいのだが、現在のGT-Rの開発に従事してる人達は、2015年モデルでさらに手を加えた。それも目立つパートをドーンと換えて世の中にアピールするようなやり方ではない。

これまでだって決して評価が低かったわけでもないのに、ダンパーの中にある小さなバルブの構造に手を入れるような、ベアリングをミクロンの単位でチューニングするような、ひとつひとつが地味だけど手間がかかるそうした作業を無数に行い、加えて全体バランスも徹底的に見つめ直さなければならないような、そんな愚直にも思えるやり方だ。

まさに日本の技術者達の職人魂の凄味を強烈に感じさせる手の入れ方である。おかげでクルマの挙動の推移がさらに掴みやすくなり、コントロールの幅も広がり、疲れも少なく、結果的にストリートで持ち前の速さを引き出しやすくなった。〝GT〟と〝R〟のバランスが、抜群に素晴らしいのだ。

けれど、同じGT-Rの中に、もうひとつ上の〝究極〟があった。GT-R NISMOの存在である。こちらはエンジンのパフォーマンスを600ps/66.5kgmへと引き上げたり、サスペンションを専用のものにしたり、空力パーツを大型化したりと目立つモディファイも行われているけれど、目立たない部分への手の入れ方が、さらに半端じゃない。

例えば車体。通常のスポット溶接に加え、結合部に構造用接着剤を用いてガチッと固め、剛性を稼ぎ出していたりするのだ。岩のように盤石なそのボディが、潜在能力の高まった心臓や足腰や衣装の実力を余すことなく発揮させる。

それが、凄まじく速い。同じコースに様々なスーパーカーで出向いたけれど、ここまで短時間で馴染み、ここまでとんでもないスピードで、ここまで安心感を持って走れたことはない。間違いなく世界の頂点級に、この究極のGT-Rはあった。

1台を作り上げるのにあまりに手がかかるため供給が追いつかず、今はオーダーを受けていないようなのが残念だけど、こうした随の随のようなクルマが日本から生まれ出たという事実を、僕達はもっと誇りに感じていいと思うのだ。

●NISSAN GT-R NISMO
車両本体価格:¥15,015,000(税込)
エンジン:3.8リッターV型6気筒DOHCツインターボ
排気量:3,799cc
最高出力:441kW (600ps)
最大トルク:652Nm (66.5kgm)

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text:嶋田智之/Tomoyuki Shimada
1964年生まれ。エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集長を長年にわたって務め、総編集長として『ROSSO』のフルリニューアルを果たした後、独立。現在は自動車ライター&エディターとして活躍。

ヤマハ R1Mの起こしたスーパースポーツ維新

text:伊丹孝裕


'98年のデビュー以来、「ツイスティロード最速」をコンセプトに掲げてきたヤマハYZF-R1が「サーキット最速」へと方向を転換。R1Mという新名称とともに初公開されたのが'14年のミラノショーだった。その際、友禅の産着で包まれたマシンをステージ上でアンベールするという演出によって日本ならではの世界観と美意識を披露。大きな喝采を浴びた。

もちろんそれはただのポーズではなかった。職人が手掛けるドライカーボン外装やアルミ燃料タンク、マグネシウム鍛造ホイール、チタンコンロッドといったパーツは機能美に溢れ、しかもそれらすべてを社内で一貫生産するというこだわりは工芸品を思わせた。

その一方で目には見えない電子デバイスの開発にも余念がなかった。この分野に限ってはヨーロピアンメーカーのきめ細やかさに遅れを取っていたと言わざるを得ないが、その理由のひとつがエンジンに対する根本的なアプローチの差にあったと言えるだろう。

というのも、ヤマハを筆頭とする国産メーカーはパワーを最初から制限することで扱いやすさを担保しようとしたのに対し、ヨーロッパの主要メーカーはその真逆。とにかくパフォーマンスを追求しておいて、コントロールし切れない部分は電子制御で削ぎ落としていくという手法を取っていたのだ。

結果的にそれが制御の幅と質を飛躍的に進化させ、マシンに様々な付加価値を与えることにも成功。いつしか「乗りやすいけれどなにも付いていない日本車」と「アグレッシブだがサポート機能が満載のヨーロッパ車」という図式が出来上がり、ユーザーがどちらを支持するかは火を見るより明らかだった。

そこでR1Mはヨーロッパ指向へと舵を切り、しかも時代を一気に推し進めた。とりわけ画期的なのがピッチ/ロール/ヨーの3種の回転運動に加え、前後/上下/左右の3方向の加速度を網羅する6軸姿勢センサーを実用化したことだ。

これによってあらゆるマシンの状態が検知可能になり、その情報をトラクションコントロールやスライドコントロール、リフトコントロール、セミアクティブサスペンションなどの制御機能を介してエンジンの出力特性と車体姿勢を最適化。その延長線上にヴァレンティーノ・ロッシらが駆るモトGPマシン、YZR-M1の世界が感じられるほどの高いライディング精度を盛り込むことに成功したのである。

ただし、それは偶然ではない。実は開発の主要メンバーは実際にテストコースでM1に試乗し、そのフィーリングをR1Mに取り込み、近づけることを目標にしていたからだ。とりわけM1が強烈な加速を見せる一方で、ツーリングに行けそうなほどのドライバビリティも持ち合わせていたことがヒントになり、速さを極限まで追求すると結果的に扱いやすさの向上にも繋がるという認識で全員が一致。

方向性や選択で迷った時は「タイムが出るのはどっち?」という共通の判断基準が出来上がり、開発スピードが上がったのだという。

これまでもタイムを追求した日本車はたくさんあったが、R1Mほど自信満々にそれを公言し、しかもヨーロピアンメーカーを駆逐すると言って憚らない開発陣はいなかった。

恐るべきはそれが虚勢ではなく実戦結果を伴っていることで、現在全日本ロードレースでは連勝を記録している他、鈴鹿8耐では総合優勝とクラス優勝の2冠で世界中にその速さと信頼性をアピールすることに成功。

そのデータを基に来年はいよいよワークス活動を再開、世界スーパーバイク選手権におけるタイトル奪還が視野に入れられるなど、「サーキット最速」を確固たるものにするすべてのミッションが完璧に進行しているのだ。

R1Mの登場は、技術と作り込みに長けた日本車の復活にふさわしいことはもちろん、高い理想を掲げ、それを遂行しようとする日本人の強いメンタリティの象徴でもある。開発時に掲げられたもうひとつのコンセプトに「ノーエクスキューズ(=言い訳はしない)」というものがあるが、それこそがR1Mに込められた美学に他ならない。

●YAMAHA YZF-R1M
参考小売価格:¥3,186,000(税込)
総排気量:998cc
最高出力:147.1kW(200ps)/13,500rpm
最大トルク:112.4Nm(11.5kgm)/11,500rpm
*諸元値は欧州仕様

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text:伊丹孝裕/Takahiro Itami
1971年生まれ。二輪専門誌『クラブマン』の編集長を務めた後にフリーランスのモーターサイクルジャーナリストへ転向。レーシングライダーとしても活動し、これまでマン島TTやパイクスピーク、鈴鹿八耐を始めとする国内外のレースに参戦してきた。国際A級ライダー。

MADE IN JAPAN にこだわらない世代

text:岡崎心太朗


朝起きてから夜寝るまでに一番触れる時間が多い物はなに?と聞かれたらiPhoneと答えるだろう。今の時代、携帯電話が無くては生きていけないと言っても過言ではない。2015年現在のスマートフォンの国内シェアにおいてアメリカ製のiPhoneが約60%を占めている。

改めて自分の身の回りの物を見てみると日本製の物、海外製の物が混在していることが分かった。この原稿を書いているパソコンも普段乗っているクルマも、そしてバイクも海外の製品だ。

しかし日本では、年齢層が高くなるにつれ「Made in Japan」にこだわる人が増え、逆に低くなればなるほど、その傾向が減っていくように思う。ある特定の年代より上の方々は「日本のモノは壊れない、外国のモノは壊れる」、「外国のモノは見た目が良いだけの贅沢品」といったイメージを持っていて、外国製品にトラブルが発生した時などは「自分は正しくて機械が間違っている。」と決めつけてしまっていることが多い。

日本は戦後23年目にしてGDP世界2位の座まで登り詰め、それから42年間にわたりその地位を守り抜いた。クルマや家電、身の回りのありとあらゆるモノが時代と共に豊かになっていったと聞く。それから数十年経った今、日本の産業は息詰まり「不景気」という単語を耳にすることが多くなった。

誰もが先の見えない将来に不安を抱きながら生活する世の中になってしまったのだ。それが理由かは分からないが、日本の輝いていたあの時代を忘れたくない、忘れられないという気持ちが「日本製品へのこだわり」という形で出ているのかもしれない。

しかし僕たちの世代は生まれた時には既にモノが溢れ、電子機器をはじめゲームやアニメなどのサブカルチャーが世界的なレベルで認められている現代の日本しか知らない。

昔の若い人は、海外の音楽や映画などに影響を受けてアメリカやヨーロッパに興味を持ち、日本から海外に赴くパターンが多かったようだが、今では世界の名だたるセレブ達が原宿や秋葉原といった日本独自の文化に興味をもって向こうからやってくる時代になっている。

いつしか日本は流行の後追いではなく、流行を発信する立場の国になっていたのだ。だから自分たち世代は、海外に関心を向ける必要がなくコンプレックスも抱いていない。自分が良いと思う製品と、そうでない製品には国の名前など関係ないのだ。

それこそ製品にトラブルが発生したとしても「日本の機械は壊れない」という先入観が無いので、第三者の視点で解決の糸口を探していく、それが自分たちの世代の特徴なのかもしれない。個人差はあるが、僕の周りの友人を見ても海外旅行に行きたがる人が少ない印象を受ける。

その理由としては、何でも揃う日本の豊かさやインターネットの普及、自分たち世代の面倒なことを避ける消極さが影響しているように思える。ネットを検索すれば外国に興味を持たせてくれる内容もあるが、反対に不安を煽る内容の情報も多くあふれているから、興味に対する熱もすぐに冷めてしまって検索するだけで満足してしまうケースが多い。簡単に情報が手に入ることで踏み出す勇気が持てなくなっているのだ。

日本が今後どのような方向へ進むのかは分からない。モノ造りにおいても、品質や信頼性をさらに追求して日本らしさで勝負するのか、あるいはサブカルチャーなどの要素を取り入れて新しいコンテンツを生み出すのか、これからの行く末を左右するのは自分たちの世代であることは間違いないだろう。

しかし一番大事なことは自分と異なる価値観であっても最初から否定せずに理解しようとする姿勢だと思う。大人には新しい文化を許容する心のゆとりを持ってほしいし、自分たち世代はこれまで続いてきた「Made in Japan」のプライドを忘れずに継承する責任があることを自覚する必要がある。

いつかこのふたつが綺麗に合わさった時、人の心を動かす誰もが想像の出来ないような日本のモノづくりが完成するような気がするのだ。

トヨタ2000GTとレクサスLFAを生み出した国

text:神尾 成


20世紀のモータリゼーションの時代は、どのようなクルマを作れば良いのかが分かりやすかった。皆がクルマを所有することを何よりも優先していたからだ。その結果、これまで日本の自動車メーカーは「安くて壊れなくて燃費のいいクルマ」を作り続けてきた。

今でも大衆車の作り方はそれが正攻法なのかもしれないが、それだけではクルマ離れが叫ばれるこの状況を変えることはできない。今こそ多くの人が憧れる高い付加価値を持った日本のクルマが必要な時代なのだ。それが大量生産を行ってきた日本メーカーの次なる使命になってきているように思う。

しかし大衆車とは違い、高い付加価値を持つスポーツカーや高級車は必需品ではない。世界が認めるフェラーリやメルセデスに日本車が対抗するには、それを押しても選びたいという、はっきりとした差を付けなければならない。そのためには、F1などの檜舞台で真剣勝負に勝つことが求められる。人はストーリーに憧れてそのメーカーのクルマに乗ってみたいと思うもの。

欧州メーカーが大金を投じてレースを続けている理由は正にそこにある。都合よくレースに出たり入ったりしているようでは世界が日本メーカーを本当の意味で認めることはないはずだ。

こういったことは何も高級車だけの話ではない。マツダが他社との差別化を図り販売台数を伸ばしているように、これからはメーカーの〝志〟が見える必要がある。メーカーにシンパシーを感じてモノを買う時代が来ているのだ。クルマメーカーではないがアップルにファンが多いのはアップルのセンスやスタンスにユーザーが共鳴し、その先に感動が生まれているからに他ならない。

当たり前だがマーケティングだけで感動は生まれてこない。そこに作り手の純粋な想いが重なって初めて人を感動させることができる。新たな感動を生まなければ間違いなく今後もクルマ離れが進むことになるだろう。

少し前の話になるが、世界的な人気のテレビ番組「Top Gear」で長年司会を務めたジェレミー・クラークソンが一番印象に残ったクルマとして、レクサスLFAの名前を挙げた。彼は「LFAよりも安価で速いクルマはいくらでもあるが、作り手の魂が宿ったクルマは少ない。LFAは複製画ではなく本物の絵画だ」と評している。

トヨタが作ったクルマを世界中のどのクルマよりも高く評価したのだ。また映画007シリーズでジェームス・ボンドを演じるダニエル・クレイグが過去の作品も含めて個人的に好きなボンドカーは何かと尋ねられた際、歴代のアストンマーティンを差し置いて「トヨタ2000GTだ」と応えている。

想いを持って作った日本のクルマは捨てたものじゃない。時に利益を追求するよりも、文化を育てる意識を優先しなければできないことがある。

▶︎東京オリンピックの高揚ムード冷めやらぬ中、1967年に発売されたのが日本初の本格的なグランツーリズモ「トヨタ2000GT」だ。均整のとれたロングノーズの美しさと、2リッター市販スポーツカーの最高峰だったポルシェ911Sを凌駕する性能で日本の技術レベルを世界に広く知らしめた。

大衆車のカローラが当時40万円代なのに対して価格は238万円。生産台数はわずか337台で現在は1億円以上の価格で取り引きされることもある。映画『007は二度死ぬ』では長身のショーンコネリーに合わせて急遽オープン仕様が製作された。

対して「レクサスLFA」は、日本の停滞ムードを打ち破るべく「世界に誇れるトップレベルのスーパースポーツを作る」との想いから9年の開発期間を経て2010年12月から発売を開始。性能やスタイリングに加えて日本車史上最も高価な3,750万円という価格や500台の限定生産も話題となった。組み立ては全て手作業でエンジンには製作者の署名が入る。


●レクサスLFA
車両本体価格:¥37,500,000(税込)
エンジン:V型10気筒DOHC
排気量:4,805cc
最高出力:412kW (560ps)/8,700rpm
最大トルク:480Nm (48.9kgm)/7,000rpm
*販売受付終了

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text:神尾 成/Sei Kamio 
1964年生まれ。神戸市出身。新聞社のプレスライダー、大型バイク用品店の開発、アフターバイクパーツの企画開発、カスタムバイクのセットアップ等に携わり、2010年3月号から2017年1月号に渡りahead編集長を務めた。現在もプランナーとしてaheadに関わっている。