私を浄化する道 〜お気に入りの場所をもとう〜

更新日:2018/06/13

クルマに乗りたい。バイクを走らせたい。そう思うことはあっても、私たちはつい、出掛ける理由を探してしまう。

text:岡小百合 photo:長谷川徹 [aheadアーカイブス vol.163 2016年6月号]

私を浄化する道 〜お気に入りの場所をもとう〜

どこへだっていい、ただ走ることが楽しくて仕方がない、そんな時期もあったはずなのに。
だから、新しい場所でなくてもいい。冒険でなくてもいい。
いつもの、お気に入りの、ただ辿り着くだけの場所をもっていたい。

ーいつまでもクルマに乗っていたい。
ーできるだけ長くバイクと走りたい。

お気に入りの場所は、そんな小さな願いを叶えてくれると思うから。

陽がのぼりかけた都会の街には、静かな空気が満ちていた。大通りから1本入っただけだというのに、新聞配達の原付バイク以外、物音は聞こえない。

はやる気持ちばかり、ではなかった。むしろ、わずかに重荷のような心持ちを、どこかに引きずりながら、セローのサイドスタンドをはずし、そろそろと車庫から引っ張り出した。一旦、通りに停め直し、身づくろいを整える。ブーツのジッパーを上まで引き上げ、ジャケットのボタンを首元まできっちりと閉める。髪を束ねてヘルメットをかぶり、グローブの手首をマジックテープで調整する。

乗り始める時のルーティーンになったこの一連の作業は、何だか儀式めいているな、といつも思う。身体を守るものが、身につけているプロテクターとヘルメットしかない。そんな危うさと紙一重の乗り物に乗ることがもたらす責任感が、そう感じさせるのだろうか。あるいは、全身に風を受けながら走る、あの何物とも違う感覚への期待が、そうさせるのか。

緊張感を保ちながらバイクにまたがり、スターターボタンを押した。排気量250㏄。私のような初心者にも扱いやすいとされる、いたってノーマルなオートバイ。その軽やかなエンジン音に、この静けさを台なしにするほどの迫力はない。それでも一分の申し訳なさを抱きつつ、ゆるゆると走り出したのだった。

16歳の頃から秘めていた思いを叶え、中型バイクの免許を取ったのは、ちょうど1年前のこと。青春時代をバイクで過ごした友人たちが、次々とリターンライダーになっていた。そのイキイキとした姿が、素直に単純に羨ましかった。ちょうど、子育てがほぼ終わった時期と重なった。

つまり、時間もエネルギーも、それまでよりも自分だけのために使うことができるようになっていた。その一方で、50歳を目前に控えた身体は、明らかに衰えを感じるようにもなっていた。今しかないかもしれない。そんな思いに背中を押され、教習所の門をくぐった。

しかし、教習車の重たさに心を折られ、2輪はバランスをくずせば倒れるという当たり前の科学に気持ちを砕かれ、操作の難しさにモチベーションを根っこから抜かれそうにもなった。たとえ免許が取れたとしても、2度と乗ることはないかもしれない。

そんな風に思ったこともあった自分が、ひとり、行先も決めずにふらりと、バイクにまたがり走っている…。西へ向かう高速道路の一番左車線を、制限速度に20キロほど欠けるスピードで淡々と行きながら、可笑しさがこみあげた。乗り続けたい。今の私は、ひたすらにそう願っているのだから。

バイクのエンジンをかける前にいつも降りてくる、わずかに重荷のような心持ちも、実は乗り続けたいという気持ちが連れてくるように思う。自動車の免許をとってクルマに乗り始めた18歳の頃、そんな気持ちになったことはあっただろうか。車線変更や駐車も上手くできない不慣れから、ハンドルを握ることに対して億劫さを感じた時期はあったような気もするが、乗り続ける未来を願ったことは、たぶんなかった。

今、この時、今、この若さが、いつまでも当たり前に手元にあるような気がしていた。制限速度いっぱいまでアクセルペダルを踏み込み、高速道路をひた走る爽快感が正義だとすら思っていた。言葉も動作もふわふわとして軽かった。命も軽かった。自分が50歳を迎える日など、想像さえできなかった。

それから30年。どこを切り取ってもバラ色だったわけではないが、だからこそ人生は面白い、と思っている自分が、今、ここにいる。そしてこれから先の未来を、なるべく長く、なるべく素敵に過ごしたい、と願ってもいる。バイクに、そしてクルマにも、できるだけ長く乗り続けたいと思う気持ちは、なるべく素敵に過ごしていきたいという願いのひとかけらに違いない。

一般道をしばらく走るうちに、陽射しは強まり、風景の色に明るさが増していた。モノレールに沿って走る道は、両脇に住宅が迫っている。くねくねと曲がりくねった坂道を慎重に走りながら頂上までたどり着くと、左手の視界が一瞬、開けた。なだらかな斜面に貼りつくように立ち並んだ家々の向こうに、海が広がっている。

陽ざしをキラキラと水面に反射させながら、水平線まで続いていた。立ち並ぶ家が途切れたほんの10メートルほどだけ現れる、ドラマティックな風景。いつ見ても、何となく心がときめく。そしていつ来ても、「ここまで来たか」と、ほっとした心地にさせてくれる道。行先を決めて来たわけではないのだが、最初から、やはりここへ来ると決めていたような気もしてしまう。

都心から約1時間半。神奈川県の大磯から葉山あたりまで、相模湾に沿って横たわる湘南海岸。特に祖父母の家の近くにあたる茅ヶ崎から鎌倉あたりにかけての地域は、これまで何度足を運んだかわからない。

幼い頃は父が運転するクルマの後部座席に座って来た道を、今はバイクにまたがって走っている。ヘルメットのシールド越しに、チラリと海を確かめる余裕もできたことに気づき、ちょっとした感慨を味わいつつ、海に向けて坂を下った。今日の波は穏やかそうだ。身体にまとわりつく風の強さから、そんなことを思った。

一月ほど前に、ここへ来た時はクルマだった。窓越しに海を見やり、やはりほっとした気持ちになったことを思い出した。面白いことに、そして意外なことに、バイクに乗るようになってから、クルマを運転することに対して、以前よりも前のめりになっている。

自分以外の誰かを複数乗せ、同時にたくさんの荷物を積んで移動することができる。そういうクルマの特質が不要な時でさえ、クルマのハンドルを握ることが増えているのだ。

少なくとも東京23区内に居を構える暮らしに、自家用車は必要ない時代だ。とりわけ、ここ10年ほどの地下鉄網の発達は目覚ましく、色とりどりに塗り分けられた線があらゆる場所で交差している路線図を見ていると、頭の方が混乱しそうなほどだ。それは電車で行けない場所はないと確信するに十分で、実際、バスやタクシーまで活用すれば、まったく不便はない。

それでも、このご時世にクルマを持ち続け、マニュアルトランスミッションのギアを換えながら運転し続けているのは、私にとってクルマが、単なる移動手段を超えた存在だからだろうと思う。

自分の意志でハンドルを握り、自分の手足を使って操作し、行きたいところへ行きたいように移動する。右へ曲がるも左へ折れるも、進むも止まるも、すべてが自分に託される責任をともなった自由。自動車が持つそういう本質が、もはやなくてはならない私のピースの一つになっているからだ。

つつがなく繰り返される日常から、ドラマティックな非日常へ抜け出す時にこそ、こちらの世界とあちらの世界がひと続きの大地の上にあることを実感し、そんな当たり前のことに感動したり。

大切な誰かを乗せて走る時、目を合わせずに済むクルマの着座位置のおかげなのか、あるいは窓に映る景色を時と一緒に共有する安心感からか、交わし合う言葉がいつも以上に自然に響いたり。エンジンの音や振動、ハンドルから感じる路面の手ごたえなどに、自分の感覚や感情を認識させられたり。クルマを通して得たそういう刹那の積み重ねの上に、今があるのだから。

そんな風にあらためて感じるのは、もう一つ、バイクという世界を手に入れたからかもしれない。クルマと違って、床も天井も壁も、窓すらもないバイクでの移動は、文字通り身一つで大地を走るようなものだ。風、光、熱、匂い、大地、音、振動…。そういう何もかもが、五感にダイレクトに突き刺さってくる。

それは床や天井や窓に守られている場所で感じるよりもはるかに激しく、刺激的であると同時に、どこまでも優しい感覚でもあることが、初めは衝撃的だった。これほど色が溢れ、光に満ち、風が吹き抜け続ける世界に、今ここで、私は確かに生きている。

風と共に全ての縛りがほどけ、何物でもなく、名前さえもいらない、ただの生命に帰っていく。1年経っても、バイクで走るたびにそう感じ、そう感じるたびに感動している。

バイクは、クルマよりももっと覚悟が必要で、ずっと体力も消耗する。つねに緊張感をともないもする。夏は暑いし、冬は凍える。だからこそ、この先いつまで乗っていられるだろうかと、週に1度は考える。なるべく長く乗り続けたい。3日に1度はそうも思う。そう思えばそう思うほど、バイクで走る時間は素晴らしく、そして愛おしい。

いえ、クルマだって同じだ。体力の衰えも判断材料の一つだが、それだけでなく、自分に所属するものとして持ち続けることが、しんどくなる日が来るかもしれない。長年走らせようと思えば、維持管理にエネルギーも時間も、お金もかかる。それでも乗り続けるためには、覚悟も気力も不可欠だ。そしてもう一つ、いつもの場所、も。

ふと気が向いて、走り出す。そういう時に、気負いなく行ける先があるからこそ、私はクルマを手放さず、バイクにも乗り始められたのかもしれない。江の島の防波堤で一休みしつつ、そんなことを思った。

クルマのハンドルを握るようになってから、南は沖縄から北は北海道、そしてアメリカやヨーロッパの道も走って来た。地球の息吹や人々の暮らしを感じる素晴らしい場所が、この世にはたくさんある。そして素晴らしい場所へ行くために、素晴らしい道が続いている。

まるでインクで染めたようなブルーの海が広がっていた、北海道・積丹半島の海岸線。今は地震の被害の大きさに胸が痛むが、阿蘇の草千里を通る雄大な道も、爽やかで清々しかった。日本海の荒波が寄せる能登半島、高原の花が咲き乱れる蓼科のビーナスライン。奇岩が並ぶ幻想的な風景が美しい、秋吉台…。

国土の70%を森が埋め、四方を海に囲まれた日本には、中枢である大都市・東京から1時間強でたどりつく場所にも、素敵なドライブルートが点在している。深々と緑をたたえる森を抜けて走る、奥多摩の生活道路。湯煙がたちのぼる新緑の箱根。広々とした砂浜が続く千葉の九十九里も、日帰り圏内だ。

にも関わらず、ふと思い立ってクルマの、あるいはバイクのエンジンをかけると、つい足が向くのはたいていが湘南なのだ。源氏のお膝元として知られる鎌倉を抱え、週末はいつも観光客でにぎわう場所。

手軽に行けるサーフィンスポットとしても知られるエリアには、海沿いに洒落たカフェが並び、そこを目指してドライブに来る人も少なくない。祖父母の家がある地域として親しんできた私にとっては、故郷を少しだけ味わわせてくれる場所でもある。東京からは相変わらず第三京浜を使うのが王道だが、この頃は、東名高速から圏央道、新湘南バイパスを利用するルートも選択肢に加わった。

どちらにしても、海岸沿いの134号線が見えると、「ここまで来たか」と、ほっとする。「帰ってきた」という気持ちにもなる。風が強く吹く午後も、雨が降り出した日も。そうして、水平線まで続く海と、そこに浮かぶ江の島を確かめただけで、東京へ戻ることさえあるのだ。

ただ、たどりつく。それだけで、何かを洗い流したような、何かが充電されたような気持ちになれるのは、やはりここしかないなといつも思う。幼い頃から今に至るまで、その時々にひとりで、あるいは大切な誰かとクルマで来た場所。右へ行けば何があって、左へ曲がればどこへ出るのか、頭の中に地図が描けるほど、慣れ親しんだ道。だから冒険やチャレンジにはなり得ない。

けれど、だからこその優しさでもって、いつも迎えてくれる道でもある。自宅から60キロという距離も、ちょうどいい。クルマやバイクで走ることの愉しみを再確認するのに、必要にして十分だと思うからだ。

地球温暖化が進んでいる。クルマの自動運転が、夢の話ではなくなっている。今後はますます、趣味としてクルマやバイクと付き合うには、パワーが必要になっていくのかもしれない。それでもクルマやバイクに対するモチベーションをキープするために、時折帰ることのできる「いつもの場所」は、案外大切なのではないかしらん。

自分の意志で、自分の手足を使って思うままに移動する。クルマとバイクが根源的に持つ、自由の味を潮風の中に感じながら、帰りはどんなルートを行こうかと考えていた。海の青さは夏に向けて濃さを増している…。

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text:岡小百合/Sayuri Oka
大学卒業と同時に二玄社に入社。自動車雑誌『NAVI』で編集者として活躍。長女出産を機にフリーランスに。現在は主に自動車にまつわるテーマで執筆活動を行っている。愛車はアルファロメオ・147(MT)。40代後半にして一念発起し、二輪免許を取得した。