2026年10月、缶ビールの「30年続いた知恵比べ」が終わった。駐車場の車がみな「幅1695ミリ」なのも、実はまったく同じ現象だった
ビール系飲料の酒税が一本化された2026年10月。じつは駐車場の車がそろって「全幅1695ミリ」なのも、税金が引いた境界線の手前で人が踏ん張る、同じ現象だった。
- Chapter
- メーカーが違うのに、どの車も「1695ミリ」でピタリと止まる不思議
- 300年前のイギリス人が「家の窓」をレンガで埋めた理由
- 横幅が1センチ広がるだけで、税金が倍以上になった昭和の記憶
- 税金の壁が消えて37年経つのに、なぜ今も「1695ミリ」は消えないのか
- ルールが消えたあとに残るもの
2026年10月1日、スーパーやコンビニのお酒売り場で、30年あまり続いてきたちょっと不思議な風景がひとつの区切りを迎えた。
「ビール」「発泡酒」、そして「新ジャンル(いわゆる第3のビール)」。これまで3段階に分かれていたビール系飲料の酒税が、350ミリリットル缶あたり54.25円(1キロリットルあたり15万5000円)へと完全に一本化されたのだ。10月を境にビールは値下がりし、発泡酒や新ジャンルは値上がりして、税金の上ではすべて同じ扱いになった。
あらためて振り返ってみると、この30年間の日本の売り場は、世界でも類を見ないほど奇妙な飲み物であふれていた。
缶の裏側の小さな文字を読むと、「麦芽使用率25%未満」と書かれていたり、エンドウたんぱくやトウモロコシ、大豆ペプチドといった意外な原料が並んでいたりした。さらには「発泡酒に大麦スピリッツを加えたリキュール(発泡性)」という、一度読んだだけではどんな飲み物なのか見当もつかない分類名が印刷されていたこともある。
なぜ日本のメーカーの研究者たちは、麦をなるべく使わずに麦の味がする飲み物を作ることに、あれほどまでの情熱と最先端の発酵技術を注ぎ込んできたのか。
理由はたったひとつしかない。酒税法というルールが「麦芽比率50%」「25%」という境界線を引き、その線をほんの少しでも下回れば税金が安くなる仕組みになっていたからだ。1994年にサントリーが麦芽比率を抑えた発泡酒「ホップス」を発売し、2004年にサッポロビールが麦芽をまったく使わない「ドラフトワン」を世に出して以来、技術者たちは法律が引いた線の「すぐ手前」で、いかに本物のビールに近い味を作るかという知恵比べを30年間続けてきた。
そして、スーパーの買い物袋を提げて店の駐車場に出たとき、目の前に並んでいる車たちのなかに、この発泡酒とそっくり同じ「境界線の手前で踏ん張った跡」が隠れていることに気づく人はあまりいない。
メーカーが違うのに、どの車も「1695ミリ」でピタリと止まる不思議
街でよく見かける家族向けの車やコンパクトカーのカタログ、あるいはダッシュボードに入っている車検証の数字を並べてみると、おかしな一致に気づく。
たとえば、子育て世代に人気のトヨタ・シエンタ。車体の横幅(全幅)を見ると「1695ミリ(1.695メートル)」とある。ライバル車であるホンダ・フリードの標準モデル(エアー)を見ると、こちらも「1695ミリ」。もう少し背の高いミニバンである日産・セレナの標準モデルを見ても、やはり横幅は「1695ミリ」なのだ。
なぜキリのいい「1700ミリ」ではないのか。なぜメーカーも車種も違うのに、1690ミリでも1705ミリでもなく、申し合わせたように「1695ミリ」でピタリと寸止めされているのか。
エンジンの大きさ(総排気量)を見ると、さらに妙な端数が並んでいる。「2.0リットルクラス」と呼ばれる車のスペック表を細かく見ると、実際の排気量は2000ccではなく、「1998cc」や「1986cc」になっている。「1.5リットルクラス」なら1500ccではなく「1496cc」といった具合だ。
軽自動車に至ってはもっと徹底している。スズキでもダイハツでもホンダでも、街を走る軽自動車はどれを測っても長さ「3395ミリ」、横幅「1475ミリ」、排気量「658cc」と、まるでひとつの同じ金型から抜いたかのように数字がそろっている。
この半端な数字の正体は、日本の「道路運送車両法施行規則」というルールが引いた境界線にある。
日本の法律では、いわゆる「5ナンバー(小型乗用車)」として認められるための上限が、「全長4.70メートル以下、全幅1.70メートル以下、全高2.00メートル以下、排気量2000cc以下」と定められている。軽自動車の上限は「全長3.40メートル以下、全幅1.48メートル以下、全高2.00メートル以下、排気量660cc以下」だ。
鉄板を巨大なプレス機で打ち抜き、溶接して組み立て、何層もの塗料を塗り重ねる自動車工場のラインでは、どれほど精密に作ってもごくわずかな個体差(製造公差)が出る。もし設計図を上限ぴったりの「1700ミリ」で引いてしまい、塗装の厚みや部品の組み付け誤差で1700.5ミリになった個体が1台でも出たら、その瞬間に小型車の枠からはみ出してしまう。運輸当局への型式申請や検査の現場でも、上限から5ミリの余裕(マイナス5ミリ)を持たせた「1695ミリ」を実質的な上限とする運用が長く定着してきた。
エンジンの排気量も同じだ。エンジンの筒(シリンダー)の直径とピストンが上下する長さに円周率(3.14159…)を掛けて計算するうえ、加工の誤差を見込んで法定上限の2000ccや1500cc、660ccを確実に下回るように設計するため、「1998cc」や「1496cc」「658cc」という端数が生まれる。
つまり、駐車場に並ぶ「1695ミリ」や「1998cc」という数字は、「ルールの境界線を絶対に越えない範囲で、1ミリでも室内を広く、1ccでも力強く作りたい」という技術者たちの執念が、上限の5ミリ手前、2cc手前で一斉に急ブレーキをかけた跡なのである。麦芽比率を25%のギリギリ手前に収めた発泡酒の缶と、まったく同じ構造がここにある。
300年前のイギリス人が「家の窓」をレンガで埋めた理由
人間社会のルールに「ここから先は別扱い」という急な段差ができるたび、時代や国を問わず、人は同じ行動をとってきた。
経済学の世界では、税制や規制の境界線で負担がガクンと不連続に跳ね上がる段差のことを「ノッチ(Notch=刻み目・段差)」と呼び、その段差のすぐ手前に人や商品が異様な密度で集まる現象を「バンチング(Bunching=束になること・密集)」と呼ぶ。
ミシガン大学のジョエル・スレムロッド教授や、ヘンリック・クレヴェン教授らが税制と人間行動の分析として理論化してきた概念だ。実際、スレムロッド教授とジェームズ・サリー教授が2012年に発表した論文のタイトルは、そのものズバリ「Car Notches(車のノッチ)」であり、自動車の燃費規制や税制の段差がいかにメーカーの設計を境界線の手前に密集させるかを実証している。
この「段差の手前に密集する人間」の姿を、歴史上もっとも目に見える形で街並みに残したのが、1696年にイギリスで導入された「窓税(Window Tax)」だ。
当時のイギリス国王ウィリアム3世の政府は、国民の所得を正確に把握する仕組みがなかったため、「裕福な家ほど大きな屋敷に住み、窓の数も多いはずだ」と考えた。現在の所得税のように収入を申告させると反発が起きるが、家の窓の数なら役人が外から歩いて数えられる。そこで、家の窓の数に段階的な段差を設けて税金をかけた。
たとえば窓が10個、後の時代には7個や8個を超えると税金が急に跳ね上がる仕組みになった途端、イギリス中の街で何が起きたか。
家主たちはこぞってレンガと漆喰を持ち出し、自宅の窓を内側からふさぎ始めたのだ。新しく家を建てるときも、課税ラインの「ちょうど1個手前」で窓の数を止める住宅が大量に建てられた。18世紀半ばまでには、課税ラインを超える窓を持つ住宅の数が半分以下に激減したという記録も残っている。
1851年にこの窓税が廃止されるまで、150年以上にわたってイギリスの建物には、外から見ると窓枠の飾りがあるのに中はレンガで塗り込められた「盲窓(めくらまど)」があふれた。太陽の光や風通しという暮らしの快適さを犠牲にしてでも、人はルールが引いた境界線の1歩手前に踏みとどまろうとする。
パートタイムで働く人が年末にシフトを調整する「年収の壁」も、17世紀のイギリス人がレンガで埋めた窓も、日本のスーパーに並んだ「麦芽25%未満」の缶も、そして駐車場の「幅1695ミリ」の車も、根っこにある人間の行動原理はひとつにつながっている。
横幅が1センチ広がるだけで、税金が倍以上になった昭和の記憶
では、日本の車がここまで「1695ミリ」という数字にこだわるようになった元々の段差は、どれほど急激だったのだろうか。時計の針を昭和の終わり、1989年(平成元年)3月まで戻すと、当時の段差の凄まじさが浮かび上がる。
その頃、車を買うときには消費税ではなく「物品税」という事実上の贅沢税がかかり、さらに毎年払う「自動車税」があった。この2つの税金が、5ナンバー(小型乗用車)と3ナンバー(普通乗用車)の境界線である「横幅1.70メートル」に、まるで断崖絶壁のような段差を作っていた。
1989年3月まで、エンジンの排気量が同じ2000ccの車であっても、横幅が1.70メートル以下の5ナンバー枠に収まっていれば、毎年の自動車税は3万9500円、購入時の物品税は18.5%だった。
ところが、車体の横幅が1.70メートルをたった1センチでも超えて「3ナンバー」になった瞬間、エンジンの大きさが同じ2000ccであるにもかかわらず、毎年の自動車税は一気に8万1500円へと倍以上に跳ね上がった。購入時の物品税も23%になった。
車の横幅が数センチ広いというただそれだけの理由で、毎年4万2000円もの追加の税金を徴収されたのである。そのため昭和の日本では、「3ナンバーの車に乗る」というのは文字通り別格のお金持ちの証であり、一般の家庭にとっては手を出してはいけない領域だった。
この巨大な段差を前にして、当時の自動車メーカーの現場では、涙ぐましい工夫と少し滑稽な現象の両方が生まれた。
海外でも販売する車を日本向けに設計するときは、ドアパネルの厚みやフェンダーの膨らみ、さらには外側のドアハンドルの出っ張りまでミリ単位で削り落とし、意地でも「1695ミリ」の枠内に押し込んだ。
一方で、トヨタ・クラウンのような高級車ではまったく逆のことが行われた。基本となる車体の骨格(ボディ本体)は、日本の道路や駐車場で使いやすい5ナンバー枠の1695ミリ前後で作っておきながら、上位グレードに限って、あえて分厚い大型バンパーや側面のモール(樹脂製の飾り板)を外側に貼り足し、横幅を1700ミリ以上に膨らませた「3ナンバー仕様」を仕立てたのだ。
室内空間の広さは5ナンバー仕様と1ミリも変わらないのに、外側に貼られた数センチのプラスチック部品によって3ナンバーのナンバープレートを取得する。「私は毎年8万1500円の税金を払える人間です」と周囲に示すための、制度の段差が生んだ独特の文化だった。
税金の壁が消えて37年経つのに、なぜ今も「1695ミリ」は消えないのか
ところが、この話にはさらに不思議な続きがある。
実は、日本の車社会をあれほど縛りつけていた「横幅1.70メートルの税金の壁」は、今から37年も前の1989年(平成元年)4月に、すでに跡形もなく消滅しているのだ。
1989年4月の消費税導入と同時に物品税は廃止され、毎年払う自動車税も「車体のサイズとは無関係に、エンジンの排気量だけで決まる仕組み」へと改められた。
つまり現在の日本では、ボディの横幅が1695ミリの5ナンバー車であろうと、1750ミリや1850ミリある3ナンバー車であろうと、エンジンの排気量が同じなら毎年の自動車税は1円も変わらない。たとえば1.5リットル超〜2.0リットル以下のクラスなら、5ナンバーでも3ナンバーでも年額3万9500円(2019年10月1日以降に新車登録された車は年額3万6000円)でまったく同額だ。車検のときに払う自動車重量税も、文字通り車の「重さ」で決まるため、横幅が1.70メートルを超えたからといって高くなることはない。
具体的な車で比べてみるとよくわかる。2024年に登場した現行のホンダ・フリードには、横幅1695ミリの標準仕様「エアー(5ナンバー)」と、タイヤの周りに黒いプロテクターを装着して横幅が1720ミリになった「クロスター(3ナンバー)」の2種類がある。ナンバープレートの分類番号は「5」と「3」で分かれるが、どちらも同じ1.5リットル(1496cc)のエンジンを積んでいるため、毎年の自動車税はどちらも3万500円で1円の違いもない。
かつて5ナンバーの大衆車の代名詞だったカローラやプリウスも、いまでは衝突安全性能や世界共通の設計を優先して、横幅が1700ミリを超える3ナンバーになった。「3ナンバーは税金が高い」というのは、昭和で終わった制度の記憶にすぎない。
それなのに、なぜフリードのエアーやシエンタ、セレナの標準モデルなど、日本の生活に密着した車たちは、税金の段差が消えてから37年が経つ今も「1695ミリ」を厳格に守り続けているのか。
理由は、税金という「紙の上のルール」が消える前に、その数字に合わせて日本の「街のコンクリートと鉄骨」が作られてしまったからだ。
昭和から平成にかけて全国のマンションやオフィスビルに設置された機械式立体駐車場、都市部のコインパーキングの枠、そして住宅街のすれ違いギリギリの路地。それらはすべて「一般的な乗用車の横幅は1.70メートル以下である」という当時の税制を前提に寸法が決められた。いまでも築年数の経ったマンションの機械式駐車場に行くと、鉄製のパレットの入り口に「全幅1700ミリ以下(3ナンバー車入庫不可)」という看板が掲げられていることがある。
ロンドンの古い街並みに、170年以上前に廃止された「窓税」のレンガ窓がそのまま残っているのと同じように、日本の駐車場の鉄パレットや道路の白線のなかに、37年前に消えた物品税と旧自動車税の輪郭が化石のように残っているのだ。だから私たちは今も、税金を節約するためではなく、過去の税金が作った街のサイズに合わせて「1695ミリ」の車を選び続けている。
ルールが消えたあとに残るもの
2026年10月、ビール系飲料の酒税が一本化されたことで、30年続いた「麦芽比率25%未満」や「リキュール(発泡性)」をめぐる区分けは歴史の役目を終えた。
これから先、醸造技術者たちは税金の段差を気にして麦の量を減らす必要がなくなる。それでも、あの厳しい制限のなかで必死に磨かれた「糖質やプリン体を抑える技術」や「雑味のないすっきりした飲み口を作る発酵のノウハウ」、そして手頃な価格で毎日の晩酌を楽しむ私たちの習慣は、税金が統一されたあとも形を変えて売り場に残り続けるはずだ。
ルールが1本の線を引くと、人間はその5ミリ手前にあらゆる知恵と工夫を詰め込む。そして、いつかルールそのものが変わって忘れ去られても、その5ミリ手前で作られたモノの形や街の風景は、私たちの暮らしのなかに長く残り続ける。
冷蔵庫のなかで冷えている缶と、駐車場の車検証に刻まれた半端な数字。そこには、与えられた枠のなかでなんとか豊かに暮らそうとしてきた、人間たちの真面目でたくましい足跡が刻まれている。
参照元: 財務省「酒税に関する資料」、e-Gov法令検索「道路運送車両法施行規則」、全国軽自動車協会連合会「軽自動車とは(規格と変遷)」、総務省「地方税制度」、東京都主税局「自動車税種別割」、トヨタ自動車75年史「国内販売の強化(物品税廃止と税制改正)」、本田技研工業「FREED 主要諸元表」、UK Parliament「Window tax」、Kleven and Waseem "Using Notches to Uncover Optimization Frictions and Structural Elasticities"(2013)、Sallee and Slemrod "Car Notches: Strategic Automaker Responses to Fuel Economy Policy"(2012)













