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駅の公衆電話に続き、高速道路の「非常電話」も消え始めた。それでもスマホ1台では代わりにならない、あの受話器の意外な正体

高速道路の非常電話とスマートフォン通報(記事サムネイル)

非常電話が減る理由はスマホの普及だけではない。路肩の受話器が1秒でこなす「ある仕事」と、いま車の天井に備わる赤いボタンの正体から、緊急時に本当に必要な仕組みを考える。

Chapter
高速道路の「非常電話」も、じつは止まり始めている
受話器を上げた瞬間、名乗る前に「居場所」がバレている
高速道路でスマホから通報すると、なぜ「迷子」になるのか
歩いてはいけない路肩と、100メートルおきの「隠し番地」
車の天井にある「赤いボタン」は、ただの電話ではなかった
それでも「トンネルの中」から非常電話が消えない理由
高速道路の非常電話とスマートフォン通報(記事サムネイル)

駅の公衆電話に続き、高速道路の「非常電話」もいま消え始めている。だが、いざ高速道路で車が止まったとき、手元のスマホは自分の居場所すら正確に伝えられないことがあるのをご存じだろうか。

実際、休日のドライブや帰省で見かける路肩の小さなボックスを開けると、中には電話番号を押すテンキーすらついていない機種がほとんどだ。それでも受話器を持ち上げた瞬間、あの装置はスマホの音声通話では到底できない「ある仕事」を1秒でやってのける。

2026年秋、東京都交通局が都営地下鉄の駅構内にある公衆電話を2028年11月までにすべて撤去すると発表し、東京メトロでも2027年12月までの全廃計画が進んでいる。総務省の統計を見ても、全国の一般公衆電話は2002年度末の約58万4000台から2020年度末には約14万6000台へと4分の1近くに減り、1台あたりの利用回数も約9割減少した。そしてこの波はついに、高速道路の路肩に並ぶ非常電話にも押し寄せている。

誰もがポケットにスマートフォンを入れている時代、路肩の電話機が減っていくのは一見すると自然な流れに見える。しかしその裏側をのぞくと、私たちが普段頼り切っているスマートフォンが「高速道路の上」で抱える意外な弱点と、車の中に隠されたもうひとつの通報装置の正体が見えてくる。

高速道路の「非常電話」も、じつは止まり始めている

高速道路の本線を走っていると、非常電話は原則として1キロメートルおきに設置されている。トンネルの中に入るとその間隔はぐっと縮まり、200メートルおきになる。首都高速のような都市高速ではさらに細かく、本線上で約500メートルおき、トンネル内では約100メートルおきに置かれている。

日本で初めて高速道路に非常電話が登場したのは、1965年12月に開通した第三京浜道路だとされる。翌1966年には名神高速道路でも全線に設置された。携帯電話など影も形もなかった昭和40年代、見渡すかぎり田畑や山林しかない高速道路の上で車が故障すれば、ドライバーは路肩を歩いてこの電話機にたどり着くしかなかった。最大で前後に500メートル歩けば必ず電話に手が届く計算で、1キロメートル間隔という基準が作られたのである。

ところが2025年から2026年にかけて、この「1キロメートルおきの非常電話」に変化が起きている。

NEXCO東日本は2025年10月から、千葉県の富津館山道路や茨城県の東水戸道路、さらに北海道の一部区間で、トンネル内やサービスエリア・パーキングエリアを除き、本線路肩にある非常電話の運用を停止した。翌11月には東北地方の秋田自動車道や山形自動車道、磐越自動車道など16路線へと停止区間を広げ、2026年5月からは首都圏の主要ルートである横浜新道や横浜横須賀道路の一部区間でも順次運用を止めている。

理由は駅の公衆電話と同じだ。携帯電話やスマートフォンの普及によって、路肩の非常電話から通報する人が大きく減り、手元のスマートフォンから「道路緊急ダイヤル(#9910)」などへ連絡する形に移行してきたためだ。

ここまで聞くと、「やっぱり時代遅れの設備だったんだな」「緊急時も自分のスマホで電話すればいいだけの話だ」と思うかもしれない。

だが、話はそう単純ではない。もし「非常電話なんて、スマホがなかった時代の古い電話機にすぎない」と思っているとしたら、あのボックスが持っていた決定的な機能を見落としている。

受話器を上げた瞬間、名乗る前に「居場所」がバレている

高速道路の非常電話の扉を開けたことがある人は、そう多くないはずだ。

中をのぞくと、普通の公衆電話とは様子がまったく違う。硬貨やテレホンカードを入れる穴がなければ、電話番号を押す「0」から「9」のテンキーすらついていない機種がほとんどなのだ。

では、どうやってかけるのか。答えは「受話器を持ち上げるだけ」である。

受話器をフックから外した瞬間、ダイヤル操作を一切しなくても、その区間を管轄する道路管制センターへ直通でつながる。しかも、ここからがスマートフォンの通話との最大の違いなのだが、あなたが「もしもし」と第一声を発するより前に、管制センターのモニター画面には「どの路線の、上り線・下り線のどちらか、起点から何キロ何百メートルの地点にある非常電話か」が自動的に表示されている。

さらに電話機の本体には、「故障」「事故」「救急」「火災」という4つの大きなボタンが、イラストと英語表記つきで並んでいる。事故のショックで声が出ないとき、日本語での会話が難しいとき、あるいは耳や言葉が不自由な人や、大型トラックの走行音で声が聞き取りにくいときでも、受話器を上げてこのボタンをひとつ押せば、管制センター側に「どこで」「何が起きているか」が瞬時に伝わる仕組みになっている。NEXCO西日本の案内では、会話が困難な場合は受話器を叩くなどの合図を送るだけでも緊急事態として対応するとされている。

つまり、高速道路の非常電話とは単なる「通話機」ではない。一本一本が自分の立っている正確な番地を記憶していて、受話器が上がった瞬間にその座標を管制室へ送り届ける「位置発信装置」だったのである。

高速道路でスマホから通報すると、なぜ「迷子」になるのか

高速道路でスマートフォンから通報する場面(本文中盤)

一方で、高速道路の上で自分のスマートフォンを取り出し、110番や119番、あるいは道路緊急ダイヤルの「#9910」に電話をかけたとしよう。

電話がつながった瞬間、オペレーターから最初に聞かれる質問は決まっている。

「場所はどこですか?」

街中であれば、目の前のコンビニの名前や交差点の標識、電柱の住所表示を読めばすぐに答えられる。しかし高速道路の上には、目印になる建物も交差点もない。あるのは防音壁か、似たような山の斜面だけだ。「たしか15分くらい前に海老名サービスエリアを過ぎたあたりで…」と答えても、時速80キロから100キロで走っていれば、15分で20キロメートル以上進んでしまう。

「でも、今のスマホにはGPSがついているから、110番や119番にかければ自動で位置が伝わるのでは?」と思う人は多いだろう。

たしかに2007年4月から、携帯電話からの緊急通報時には位置情報を通知する仕組みが義務化されている。しかし千葉県警察や各自治体の消防本部が公表している案内を見ると、通報直後に基地局から届く位置情報は、電波を受信した範囲を円で示すため、半径数百メートルから数キロメートルに及ぶことがある。スマートフォンのGPS機能が働いて数十メートル単位まで絞り込めたとしても、高速道路ならではの厄介な問題が2つ残る。

ひとつは、「高速道路の上にいるのか、すぐ下を走る一般道や側道にいるのか」が平面の地図だけでは判別しにくいこと。

そしてもうひとつ、これが最も深刻なのだが、「上り線にいるのか、下り線にいるのか」という進行方向の違いだ。

一般道であれば、救急車やパトカーが反対車線から近づいても、交差点を曲がるかセンターラインを越えれば目の前に着く。ところが中央分離帯で完全に仕切られた高速道路では、「上り」と「下り」をひとつ間違えるだけで、救助車両は目の前を通り過ぎるしかなくなる。いったん次のインターチェンジまで走り、高速を降りて反対車線に入り直して戻ってくるとなれば、10キロメートルから20キロメートルもの大回りを強いられ、到着が何十分も遅れてしまうのだ。

つまり、固定された非常電話なら「受話器を上げるだけ」で1秒で解決していた場所の特定を、スマートフォンで電話するときは、人間が自分の口で説明しなければならないのである。

歩いてはいけない路肩と、100メートルおきの「隠し番地」

では、スマートフォンで通報するとき、どうすれば自分の正確な位置を伝えられるのか。

実は高速道路には、100メートルおきに「住所」にあたる小さな標識が立っている。路肩や中央分離帯に設置された「キロポスト」と呼ばれる緑や白の小さな板だ。そこには「45.2」といった数字が書かれており、その高速道路の起点(たとえば東名高速なら東京インターチェンジ)から何キロメートル離れた地点かを示している。都市高速の高架橋などでは、橋の柱ごとに「橋脚番号」が振られていることもある。路線名と、上り・下りの別、そしてこのキロポストの数字さえ伝えられれば、管制センターや警察はピンポイントで場所を特定できる。

ただし、ここで絶対にやってはいけない行動がある。

「キロポストの数字や非常電話を探すために、高速道路の路肩を歩き回ること」と「車の中に座ったまま電話をかけること」だ。

高速道路で車が故障したり事故を起こしたりしたとき、最も恐ろしいのは、後ろから時速100キロ近いスピードで走ってくる車に追突される二次事故である。NEXCO各社や警察庁が繰り返し警告している通り、停止した車の中は安全地帯ではない。ハザードランプを点灯し、発炎筒や停止表示器材を置いたら、運転者も同乗者も全員、速やかにガードレールの外側など安全な場所へ避難するのが鉄則だ。首都高速道路の安全案内でも、非常電話へ向かうために道路上を歩いたり横断したりすることが、後続車にはねられる重大事故の原因として挙げられている。名古屋高速道路公社も「キロポスト確認のために路肩を歩き回らないでください」と明確に呼びかけている。

数百メートル先の非常電話まで時速100キロの車の横を歩いていくのも危険だが、かといってスマートフォンで口頭説明しようにもキロポストが見えない。このジレンマを解消するために、2024年3月29日から全国で始まったのが、国土交通省の「道路緊急ダイヤル(#9910)」のLINE通報サービスだ。

ガードレールの外へ避難したあと、スマートフォンのLINEアプリから「国土交通省道路緊急ダイヤル(#9910)」を開き、案内に従って状況や道路種別を選び、写真とスマートフォンのGPS位置情報を送信する。声を出して説明する必要がないため、大型車がひっきりなしに通る騒音の中でも、また聴覚や発話に障がいがある人でも、数タップで正確な位置ピンと現場の状況を送り届けることができる。本線路肩の非常電話が順次役目を終えつつある背景には、単に「みんながスマホを持ったから」だけでなく、歩かずに位置を伝えるこうした仕組みが整ってきたことがある。

車の天井にある「赤いボタン」は、ただの電話ではなかった

車載緊急通報システムのSOSボタン(本文後半)

さらに、近年の車にはもうひとつ、路肩の非常電話の役割を丸ごと車内に取り込んだような装置がついている。

いま乗っている車、あるいはレンタカーやカーシェアの運転席に座ったとき、ルームミラーの上あたり、天井の室内灯の近くに「SOS」と書かれた赤いボタンや、プラスチックの小さなカバーがついているのを見たことはないだろうか。

「押したらどこかのオペレーターにつながるんだろうけれど、間違えて押したら大変だから触らないでおこう」と、存在すら忘れている人が多いあのボタンだ。

これは「ヘルプネット」などの車載緊急通報システム(SOSコール)のスイッチである。日本では2000年9月にサービスが始まり、現在では軽自動車からミニバンまで幅広い車種に搭載されている。急病やあおり運転の被害に遭ったときなどにボタンを押せば、車載の通信機とGPSを通じて、現在地の座標や走行方向のデータとともに専門のオペレーターへつながる。

だが、この装置の本当のすごさは、人間がボタンを押せないほどの大きな事故が起きた瞬間に発揮される。

2018年から全国の約730か所すべての消防本部と連携して本格運用されている救急自動通報システム「D-Call Net(ディーコールネット)」をご存じだろうか。認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)や自動車メーカー各社、日本緊急通報サービスが共同で開発した仕組みだ。

強い衝突によってエアバッグが作動すると、車はドライバーが意識を失っていても自動的に緊急通報を発信する。その際、車が送るのは「どこにいるか(緯度・経度)」だけではない。

・どの方向からぶつかったか(正面・側面・追突)
・衝突の瞬間にどれだけの速度変化(デルタV)が起きたか
・1回の衝突か、何度もぶつかる多重衝突か
・運転席や助手席のシートベルトは着用されていたか

こうした車両のセンサーデータを一瞬で送信し、日本国内の約280万件にのぼる過去の交通事故データを基に作られたアルゴリズムと照合する。そして、「この衝撃の大きさとシートベルトの状況なら、運転席の人が死亡または重症を負っている確率は何パーセントか」をその場で自動計算し、管轄の消防本部とドクターヘリの基地病院へ同時にデータが届くのである。

従来、重大な交通事故でドクターヘリが出動するまでには、目撃者が119番通報し、まず救急車が現場へ駆けつけ、救急隊員が傷病者の状態を見てから「これはドクターヘリが必要だ」と要請するまでに、どうしても時間の壁があった。しかしD-Call Netが衝突の瞬間に重症確率をはじき出すことで、救急車が現場に着くのを待たずにドクターヘリの出動判断ができるようになり、試算ではドクターヘリの出動時間を17分短縮できるとされている。事故発生から医師が治療を始めるまでの時間が、従来の約38分から約21分へとほぼ半分近くに縮まる計算だ。

かつては人が路肩を500メートル歩き、受話器を上げて「ここで事故が起きました」と伝えていたものが、今では車自身が衝撃の角度と強さを測り、「この座標に、重症確率の高い乗員がいます」と空の病院へ直接知らせる時代になった。

それでも「トンネルの中」から非常電話が消えない理由

ここまでスマートフォンと車載通信の進化を見てくると、いずれ高速道路から非常電話は1台残らず消えてしまうように思える。

しかし、NEXCO東日本が2025年から進めている運用停止の発表文を隅々まで読むと、どの路線でも必ず同じ但し書きがついていることに気づく。

「なお、トンネル内及び休憩施設(SA・PA)に設置されている非常電話については運用を継続します」

なぜトンネルの中だけは、200メートルおきの非常電話を絶対に止めないのか。

理由は大きく3つある。ひとつは、分厚い岩盤や水底を貫く長いトンネルの中では、上空のGPS衛星からの電波が遮断され、スマートフォンの位置測位が不正確になりやすいこと。もうひとつは、大地震や広域停電、通信障害が起きたとき、携帯基地局の電波が途絶えたり回線がパンクしたりしても、道路管理者の専用回線で結ばれた非常電話なら確実に管制室へつながることだ。

そして何より、トンネルという密閉空間で最も恐ろしい「火災」が起きたとき、煙が充満して視界が奪われる中では、車内に残ることもスマートフォンを操作することも難しくなる。国土交通省の「道路トンネル非常用施設設置基準」で非常電話の設置間隔が200メートル以下と定められているのは、煙の中で車を捨てて壁伝いに避難する人が、最大でも100メートル歩けば必ず非常電話や非常口にたどり着き、「この200メートル区間に人がいる」と管制室へ知らせるための命綱だからだ。

駅の改札から公衆電話が消え、高速道路の路肩からも少しずつ非常電話が減っていく。それは間違いなく、私たちがどこにいても手元の小さな画面で誰とでもつながれるようになった便利さの証しである。

けれど、「誰かと話せること」と「いざというときに助けを呼べること」は、実は同じではない。助けを呼ぶために本当に必要なのは、声がつながることの前に、「自分が今、地球上のどの車線の、どの地点に立っているか」を相手に知らせる仕組みだ。

次に車を運転するとき、天井のルームミラーの上にある小さなSOSボタンの位置を一度だけ確かめておいてほしい。そして高速道路を走るときは、路肩に100メートルおきに並ぶ小さな数字の板や、トンネルの壁に200メートルおきに埋め込まれた非常電話の表示に目を向けてみてほしい。時代遅れに見えていたあの設備や、普段は触れることのないスイッチの向こう側に、人を孤立させないための知恵が何重にも張り巡らされていることに気づくはずだ。

参照元: 東京都交通局「公衆電話撤去のお知らせ」、総務省「ユニバーサルサービス制度(公衆電話)に関する資料」・「緊急通報位置通知について」、国土交通省「道路トンネル非常用施設設置基準について」・「道路緊急ダイヤル(#9910)LINEアプリの全国展開について」、NEXCO東日本「高速道路での非常電話(一部)運用停止について」・「ドラぷら(キロポスト・非常電話・道路緊急ダイヤル案内)」、NEXCO中日本・NEXCO西日本「高速道路での緊急時の対処・非常電話のご利用方法」、首都高速道路・阪神高速道路・名古屋高速道路公社「緊急時の対応・非常電話・キロポストに関する案内」、警察庁「高速道路での安全確保・110番通報に関する案内」、千葉県警察「110番通報時の位置情報通知について」、認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)・トヨタ自動車・本田技研工業「救急自動通報システム(D-Call Net)の本格運用開始に関する発表資料」

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