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新車の発表会なのに、飛び交う言葉は「復活」「歴代」「あの頃」ばかり。車メーカーはいつから、性能ではなく「記憶」を売り始めたのか

車メーカーはいつから「記憶」を売り始めたのか(記事サムネイル)

新車発表なのに「復活」「ヘリテージ」「あの頃」と後ろを向く言葉が並ぶ。それは車の値段が「記憶」に値札をつける、新しい商売のサインかもしれない。

Chapter
エンブレムひとつが、数百万円の買い物を動かす
その「記憶」には、すでに現実の値札がついている
なぜ「懐かしさ」は財布を開かせるのか
あなたの「あの頃」にも、いつか値札がつく
車メーカーはいつから「記憶」を売り始めたのか(記事サムネイル)

新しい車の発表というのは、本来いちばん未来を向いた話のはずだ。前の型より速く、燃費がよく、安全になった。だから買ってください。長いあいだ、車のニュースはそういう「進化」の物語だった。

ところが、2026年の夏に流れてきた発表を並べてみると、様子がおかしい。目立つ言葉が、どれも後ろを向いている。

「復活」「7年ぶり」「歴代」「あの頃の」「ヘリテージ」。

未来より過去、性能より記憶。世界でいちばん新しさを競ているはずの業界が、この時代に揃って昔の話をしている。

エンブレムひとつが、数百万円の買い物を動かす

きっかけは、8月末に相次いだ発表だった。

日産は2026年8月27日、スポーツカー「フェアレディZ」を手直しして売り出した。目玉として大きく紹介されたのが、フロントに「Z」の文字をかたどったエンブレムを付けたこと。これは1969年に出た初代(S30型)から1980年代のモデル(Z32型)まで付いていた意匠を、数十年ぶりに戻したものだ。日産自身はこれを「ヘリテージデザイン」と説明している。価格は573万円台から、いちばん高い仕様で975万円台にのぼる。

同じ日、三菱自動車の社長は新聞のインタビューで、7年ぶりに復活させる本格四駆「パジェロ」について、こう語っていた。中国メーカーとの価格競争には乗らない。「フラッグシップカーのパジェロを軸にブランドを広げていく。ある種の大黒柱だ」。

パジェロは1982年に生まれ、2021年に一度、生産を終えた車だ。4世代で累計325万台がつくられ、海外へも輸出された。ダカールレースでは日本車として初めて総合優勝し、その後も通算12回勝っている。いったん消えた名前を経営の立て直しの大黒柱に据えた。

トヨタも同じ流れにある。スポーツカー「スープラ」は2002年にいったん終わり、2019年に17年ぶりに同じ名前で復活した。店頭から消えていたセダン「カムリ」も、この秋に戻ってくると発表されている。

新しい機能の説明より、昔の名前・昔のマーク・昔の色。ここで一度、素朴な疑問を立ててみよう。エンブレムの形が昔になっても車はよく走らない。なのに、なぜメーカーはそこをいちばん大きな声で宣伝するのか。

答えの半分は、そのエンブレムや名前が、車の性能とは別の何かに値段をつけられるからだ。買い手の頭の中に眠っている「あの頃」を呼び覚ますスイッチとしての値段である。

その「記憶」には、すでに現実の値札がついている

中古スポーツカー相場の高騰(記事上部画像)

これは気分の話ではない。すでに、はっきりした数字で世の中に表れている。1990年代から2000年代前半の日本のスポーツカーの値段が、常識では説明できない高さになっている。

たとえば日産のスカイラインGT-R。最後の直列6気筒エンジンのモデル(通称R34)は、新車のとき約500万円から630万円だった。ところが2026年、中古車の平均価格はおよそ2400万円から2800万円とされ、特別な仕様は5000万円を超えることも珍しくない。新車より20年以上前の中古車が高いという逆転が、いま当たり前に起きている。

なぜこんなことになったのか。アメリカには「25年ルール」がある。製造から25年たった車はクラシックカーとみなされ、厳しい安全基準や排気ガス規制をクリアしなくても輸入・登録できる。日本だけで売られた右ハンドルのスポーツカーも、その誕生日を迎えた瞬間にアメリカの公道を走れるようになる。

そこに火をつけたのが映画「ワイルド・スピード」とゲーム「グランツーリスモ」だった。画面の中でヒーロー車として走る日本のスポーツカーに憧れた世代が成長し、お金を持つ年齢に達したとき、記憶が値札へ変わった。

なぜ「懐かしさ」は財布を開かせるのか

ここまで来ると、話は車から少し離れて、人間そのものの話になってくる。「懐かしい」という感情は、長いあいだ後ろ向きで甘えたもの程度に軽く見られてきた。ところがこの20年ほどで、心理学の研究者たちが調べ直すと、ノスタルジー(懐かしさ)はかなり実用的な感情だと言うことがわかってきた。海外の研究では、懐かしさを感じると「自分は一人ではない」という感覚が強まり心が安定する傾向が報告されている。

そしてこの感情は、財布にも直結する。機能や性能で他社と差がつけにくくなった時代、企業が提供できるもう一つの価値として「懐かしさ」が注目され、家電や食品にも広がっている。日本のシンクタンクも、機能進化が頭打ちになった今、感情に訴える価値づくりの有効な手段として懐かしさのデザインを挙げている。

車はその極端な例だ。移動する、荷物を積む、雨風をしのぐ。道具としての基本性能は、どのメーカーでも十分に高い。価格だけで勝負をすれば、後から来た海外メーカーの安い車に押されてしまう。だからこそ、後から真似できない「その会社と過ごした何十年」に値段をつけようとする。パジェロを大黒柱と呼んだ三菱の社長の言葉は、それを経営の言葉に伝えたものと読める。

あなたの「あの頃」にも、いつか値札がつく

懐かしさに値札がつく話(記事途中画像)

ここで、車に特別詳しくなくても効いてくる話をひとつ。いま数千万円になっている車は、発売された当時、けっして高級(こうきゅう)の花ばかりではなかった。新車で500万円ほど、若い会社員が無理をすれば手が届くものや、中古なら100万円台で買えた車も含まれていた。その差が、何十年も経ってから途方もない金額として姿を現した。

これは、その気になれば誰の人生にもあてはめられる話だ。学生時代に聴いた音楽、子どもの頃に遊んだゲーム機、実家にあった家具や家電。当たり前すぎて価値を感じなかったものに、20年、30年経ってから急に値札がつく。理由はいつも同じで、それに憧れた世代が最もお金を出せる年齢に達したときだ。

車メーカーがいま昔を向いているのは、彼らがその「時計」を誰よりも正確に読んでいるからだ。新しさを売りつくしても、次に売れる資産は人々の記憶の中に眠っている。エンブレムを一つ戻すだけで財布が開くのは、そこにその人の何十年分が乗っているからだ。

だから次に、「復活」や「あの頃」という言葉が並んでいる新車のニュースを見かけたら、少し立ち止まってほしい。それは古い話をしているようで、実はこちらの記憶に値札をつけに来ている新しい商売なのだ。そしてその値札は、車に限らず、あなたが今なにげなく手放そうとしているものにも、たぶん当てはまる。

参照元:三菱自動車「三菱自、『パジェロ』軸にブランド力を強化し中国に対抗…岸浦恵介社長インタビュー」(読売新聞オンライン、2026年8月28日)。三菱自動車 公式(PAJERO HISTORY、自動車殿堂 歴史遺産車)。日産自動車「フェアレディZ/フェアレディZ NISMO」マイナーチェンジ発表報道(2026年8月27日)。WEB CARTOP「25年ルール」記事、ベストカーWebのR34中古相場分析など。心理学研究(Wildschutほか2006)と日本総合研究所レポート(2025年)に関する記述。

車選びドットコムマガジン編集部

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