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なぜEVは"音"まで買い戻そうとするのか ~静寂という常識の裏にある、人間の感覚の真実

なぜEVは音まで買い戻そうとするのか 記事サムネイル

ホンダ、メルセデス、BMW、ポルシェ…静寂こそEVの美徳とされた時代に、なぜ各メーカーはこぞって「音」を売りにし始めたのか。人間の五感と操作実感の関係から、EVサウンド戦略の真実に迫る。

Chapter
1. 静寂を売りにして、心を奪われた人々
2. 音がないと、人間は操作の"手応え"を失う
3. そもそも音は、人間の操作感を支える基底信号だった
4. 本物と偽物の問いは、そもそも不毛だった
5. クルマ選びの次の問い
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2026年5月、ホンダは新型の小型EV「スーパーワン(Super-ONE)」を発売した。 その最大の話題は、同セグメントで最軽量のボディやワイドなトレッドといった走行性能ではなく、「7段の仮想シフト」と「アクティブサウンドコントロール」だった。 エンジンを持たない電気自動車なのに、ペダルを踏めばタコメーターのようなレブカウンターが上がり、背後から排気音に似た重低音が轟く。開発責任者は「プロのドライバーを笑顔にさせる走りこそが、このクルマの価値」と胸を張る。

EVの売り文句に「静寂」が並ぶ時代に、なぜ各社はわざわざ「音」を売りにするのか。それは単なるノスタルジーなどではなく、人間がモノを操作するときに「音」をどうしても信用の担保として使っている、という感覚の構造の上に成り立っている。

1. 静寂を売りにして、心を奪われた人々

もし本気で静寂が理想なら、自動車メーカーはわざわざ"音を設計"するようなことをしなかったはずだ。だが事実として、欧州でも日本でも、EVのサウンド開発競争は激しさを増している。

EVサウンド開発競争のイメージ

メルセデス・ベンツには「サウンドエクスペリエンス Serene Breeze」がある。BMWは「BMW アイコニック・サウンド・エレクトリック」という専用サウンドを、もう歴代の名作から「グレイテスト・ヒッツ」を作るように構築している。アウディは「e-sound」と名付ける。ヒョンデの高性能ブランド"N"の電動モデル「アイオニック5 N」では、8000rpmを上限とするレブカウンターがスピードメーターに現れ、パドルシフトで"存在しないギア"をパキパキと切り替えれば、クラッチから伝わるような振動までもがシートを揺らす。

そしてアバルトは本気だ。エンジン車の排気音を忠実に再現した疑似音を、車両下部に設置したスピーカーから送出する。開発には6000時間を費やし、排気システム「レコード・モンツァ」の音を徹底的に分析した。ギアの噛み合わせ音も、回転数に連動した音域の変化も、すべて再現される。しかもこれは、販売店の試乗で触ってみればわかるのだが、紛れもなく"楽しい"。

なぜ、各社がそこまでして音を"買い戻そう"とするのか。答えは、人間が身体を通して世界を感じ取る仕組みの中にある。

2. 音がないと、人間は操作の"手応え"を失う

人間の感覚は、五感の中で「視覚・聴覚・触覚」を密接に連動させながら、現実を認識している。たとえばアクセルを踏んだ自分の足が動いたこと、それによってクルマが動き出したこと、そしてその変化が「音」として伝わってきたこと。この三つが同時に起こるから、人は「動かせている」と実感できるのだ。

この仮説は、学術的にも裏付けられている。明治大学と本田技研工業の共同研究では、ガソリン乗用車・ガソリンスポーツ車の走行音とEVの走行音を比較したオンライン実験を行った。その結果、EV走行音は「魅力」と「購入意向」のいずれも最も高い評価を得た。統計的検定でも、ガソリンスポーツ車と比較してEVの走行音が商品魅力に対して「有意な正の影響」を与えていることが確認された。つまり、EVが静かだからこそ「適切な音」を加えることで、むしろ商品価値は上がる。

ヒョンデの高性能部門は、この現象をもっと直接的に言語化している。N部門のティル・ヴァーテンベルグ副社長は「Nにとって、運転する楽しさは最優先事項。電動化はわたしたちの生活を変えましたが、心は変えていません」と語る。テクニカル・アドバイザーのアルバート・ビアマン氏はもっと潔く、Eシフト機能について「もちろんクルマを遅くします。でも、わたしたちは数字なんて気にしていません。運転する楽しさだけを追求しているのです」と明言している。

英国のレーシングドライバーはEVについて「感覚を奪われているようだ」と評した。視覚と触覚しか頼れないと、人間は自分が「演じている」という認識が先行し、画面越しに操作しているような距離感が生まれる。一方、音が加われば、それは「身体の延長」としてその場に存在する。

3. そもそも音は、人間の操作感を支える基底信号だった

ここからは、車に詳しくない人にも当てはまる話に広げよう。あなたはスマホのキーボードで文字を入力する時、タップ音を消しているだろうか。消しているならば、今なおその無音の入力にどこか"確信を持てない"と感じた経験はないだろうか。実はほとんどの人は、タップ音がないと「文字が打てたのかどうかわからない」と感じる。音は、打鍵という物理的行為が確かに実行されたことを保証する「キャンセル不可能なフィードバック」なのだ。

ゲーム用コントローラーの振動もそうだ。画面に何が起ころうと、手の中で"ガタッ"と振動するまで、操作の実感は伴わない。電子レンジが焼き上がった時の「チーン」と音だって、単なる時報ではなく、加熱完了という工程のクロージングを告げる"儀式的な音階"だ。駅改札のピッ音や、ATMのボタン音も同じ理屈だ。現代の機器は、人間の感覚の信用を音という経路で補っている。

EVにとっての疑似エンジン音も、まさに同じ構造にある。いきなりトルクが暴力的に出てくるEVは、操作の「手間」と「手応え」の両方を奪う。加速の前にギアを下げるといった操作や、シフトショックなど無く、速度だけがぐんぐんと上がっていく。だからこそ、声を、振動を、回転数の上昇を、引き換えに必要とする。

この視点では、各社のサウンド設計は単なる"ノスタルジー"の再現ではない。むしろ、EVという斬新な素材に"人間が読めるインターフェイス"を後付けしようとしている実験なのだ。

4. 本物と偽物の問いは、そもそも不毛だった

この流れに対して、「フェイクの音をわざわざ出すのは自虐的じゃないか」との声もある。だが、冷静に考えてみよう。排気音とはただの排気ガスの物理現象だ。それを人間が愛着を込めて聴き、"ブランド音"に昇華しただけだ。本当の意味で"自然な音"など、この世界にはない。

だからこそ、ポルシェは模倣ではなく創造を選んだ。タイカンに搭載された「Porsche Electric Sport Sound」は、エンジン音の再構成ではなく、モーター音やインバーターの鳴り、ギアチェンジのわずかな振動を素材にした「新しい本物の音」だ。まるで機械が息をしているような有機的な音に、速度と負荷の変化がリアルに連動する。これはエンジン音の時代の延長ではない。EVという技術が生んだ新しい"味"だ。

BMWも同様だ。HypersonXという次世代サウンドシステムでは43種類の音を使い分け、自然音や人の声すら加味した"人間の感性に訴える音"を追求している。だから"偽物"なのではなく、まだ完成していない"本物の方言"なのだ。この構造的変化は、蒸気機関船からスクリュー船へと時代が移った時の船音、蒸気機関車から電車へ遷移した時の鉄路の響きの変化と同じだ。

5. クルマ選びの次の問い

いずれ、EV時代の「普通の音」が社会的に共有され、それが当たり前になる日が来るだろう。最初は驚かされていたタッチディスプレイの音も、今では日常的なフィードバックだ。電車の"ヒーン"というモーター音も、最初は"不気味"と感じた人がいたはずだ。だが今や、その音は都会の風景そのものだ。

ただし、この途中の時代が面白い。各社が自社の方言を持ち、それぞれのブランド哲学の上で音を設計する時代だ。ヒョンデは「自分たちの燃えたぎる運転感」を電気に変換した。アバルトは6000時間かけて過去の誇りを音に封じ込めた。ポルシェは未来の息吹を打ち出す音にした。BMWは過去・現在・未来のすべてをミックスした。そしてホンダは軽自動車の街を、7段シフトの振打音と共に走る。

これが次世代のクルマ選びの新しい基軸になりうる。馬力がいくつか、航続距離が何kmか、ではなく「そのクルマの音が、あなたの身体にどう響くか」という問いだ。

そもそも、誰かがスマホのキータイプ音を消すように、あなたがその音をオフにできるならば、それでもいい。その選択自体が、あなたの感覚の好みを告げていることになる。

だが、もしオンのままで走り続けたくなるような音があるクルマがあれば、それは技術の数字では説明できない、ある種の"引力"の証拠かもしれない。電動化は生活を変えたけれど、音を通じて、人の心だけは変えないと各メーカーが示そうとしているのなら、その"音"の先に未来の走りがあることは間違いない。

参照元: ホンダ公式ニュース、Autocar Japan、日経クロステック、日本機械学会(明治大学・本田技研工業共同研究)

車選びドットコムマガジン編集部

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