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あの「一人乗りの小さな車」は、法律上は車でも自転車でもなく「歩行者」だった。時速6キロに隠された、静かな線引きの話

シニアカー(電動車いす)のイメージ

スーパーの駐車場や住宅街の歩道で見かけるあの一人乗りの電動車。法律上は「歩行者」扱いだという事実から、車と人を分ける見えない線引きの話をたどる。

Chapter
名前は「電動車いす」、通称は「シニアカー」
なぜ「歩行者」なのか。境目は時速6キロにある
「歩行者」であることの、静かな代償
私たちは、道で相手を一瞬で「仕分け」している
見送るとき、少しだけ立ち止まる
シニアカー(電動車いす)のイメージ

スーパーの駐車場や住宅街の歩道で、ハンドルのついた一人乗りの電動の乗り物が、ゆっくり進んでいくのを見たことがあると思う。座席があって、前かごがあって、ウインカーもついている。見た目はどう見ても「小さな車」だ。運転しているのはたいてい年配の人で、こちらが追い抜くくらいのゆっくりした速さで、道の端を静かに動いていく。

多くの人は、あれを見て「ああ、お年寄りの乗る車ね」くらいにしか思わない。そして次の瞬間には忘れる。自分の生活とは関係ない、遠い乗り物だと感じるからだ。

ところが、この乗り物には一つ、ほとんどの人が知らない事実がある。あれは法律の上では、車でもなければ、バイクでもなく、自転車ですらない。分類としては「歩行者」なのだ。つまり、あの座って進んでいる人は、道路交通法の世界では、歩いている人とまったく同じ扱いを受けている。

言われてみると、変な感じがしないだろうか。エンジン(正確にはモーター)で動き、ハンドルを握り、座席に座っている。私たちが「車」だと認識するための条件を、見た目はほとんど満たしている。それなのに、法律はそれを「歩く人」の側に置いた。この線引きがどこで、なぜ引かれたのかをたどっていくと、車とは何か、歩行者とは何かという、ふだん考えたこともない問いに行き着く。

名前は「電動車いす」、通称は「シニアカー」

まず、あの乗り物の正体をはっきりさせておきたい。

正式には「ハンドル形電動車いす」と呼ばれる。車いすと言われると、手で車輪を回すあの姿を思い浮かべる人が多いと思うが、あれもれっきとした電動車いすの一種だ。介護や福祉の世界では車いすの仲間として扱われている。

一方で、街で見かける呼び名として広まっているのが「シニアカー」だ。これはスズキが1985年に発売した「セニアカー」という商品名が、ほぼ一般名詞のように定着したものだ。セニアカーは発売から40年で累計32万台を超えて売れており、この分野では国内シェアのおよそ半分をスズキが占めるとされる。ホンダも「モンパル」という製品を長く作っていた(2019年に生産を終えている)。近年はWHILLのような、デザインを一新した新しいタイプの一人乗り電動モビリティも出てきている。

呼び名が「車いす」と「カー」の間で揺れているのは、偶然ではない。この乗り物は、福祉用具と乗り物の、ちょうど境目に立っている。そしてその境目こそが、「歩行者扱い」という不思議な線引きの正体でもある。

参照元にある電安協(電動車いす安全普及協会)の資料によると、こうした電動車いすは会員企業の合計で年間2万台以上が世に出てきた時期があり、決してレアな乗り物ではない。あなたの住む町の、あの角にも、たぶん一台は走っている。

なぜ「歩行者」なのか。境目は時速6キロにある

ここからが本題だ。なぜ、モーターで動く一人乗りの乗り物が、法律上は歩行者なのか。

道路交通法には、一定の基準を満たした「身体障害者用の車」は歩行者として扱う、という定めがある。かつては「車いす」という言葉が使われていたが、2019年の法改正で「身体障害者用の車」という表現に変わった。この基準の中心にあるのが、速度だ。

電動車いすと時速6キロの説明図

警察庁の基準では、この手の電動車いすの最高速度は時速6キロを超えてはならないとされている。時速6キロとは、どのくらいか。人が少し速歩きしたときの速度が、だいたいこのあたりだ。つまり法律は、「歩く人と同じくらいの速さしか出ないなら、歩く人と同じ場所を、同じルールで動いてよい」と決めた。

この発想は、実はとても筋が通っている。歩道を歩く人の中に、たまたま座って進んでいる人が混ざっている。速さが変わらないなら、まわりの人にとって危険度もそう変わらない。だから歩行者として扱う。免許もいらないし、ヘルメットもいらない。信号は歩行者用に従い、横断歩道を渡り、歩道があれば歩道を通る。

言い換えれば、あの乗り物の分類を決めているのは、形でもエンジンの有無でもなく、「どれだけ速く動けるか」だった。車とバイクと自転車と歩行者を分けている本当の境界線は、私たちが思っているより、速度という一本の軸に強く寄っている。時速6キロという地味な数字の上と下で、法律の世界の住所がまるごと入れ替わる。

「歩行者」であることの、静かな代償

歩行者として扱われることには、大きな利点がある。免許を返納した人でも乗れる。試験も講習もいらない。だからこそ、免許返納後の移動手段として注目されてきた。

実際、2019年に東京・池袋で高齢ドライバーによる痛ましい暴走事故が起きたあと、シニアカーの販売はその年の初夏に前年より一割ほど伸びたと報じられている。「もう車の運転はやめよう。でも、歩ける距離は限られている」。その間を埋めるものとして、この乗り物は静かに選ばれてきた。参照元の調査では、電動車いすの利用者のうち、およそ8割が運転免許を持っていない(返納した人と、そもそも持たなかった人を合わせた数字)。運転の世界から降りた人、あるいは最初から入らなかった人の足として、この乗り物は成立している。

免許返納が増えている流れは数字にも出ている。運転免許の自主返納は2024年に42万件を超え、その約6割を75歳以上が占めた。返納した人の何割かが、次にこの一人乗りの乗り物に乗り換えていく。

ただ、「歩行者である」という分類には、あまり語られない代償がある。

一つは、事故が社会の視界に入りにくいことだ。交通事故の統計は、基本的に「車両」がからんだ事故を数える。ところが、この乗り物に乗った人が単独で用水路に落ちた、あるいは段差で転倒したといったケースは、乗っている本人が「歩行者」なので、車両事故としてはカウントされにくい。参照元でも、電動車いすの単独事故や歩行者どうしの接触は交通事故の統計に載らない、という指摘がある。つまり、実際に起きている危険の全体像が、数字の上では見えにくくなっている。

見えている分だけでも、無視できない事故は起きている。警視庁の資料をもとにした集計では、2012年から2016年の5年間で、電動車いすがからむ交通事故は年に平均およそ185件あった。古い数字だが、2002年に警察庁がまとめた集計では、事故で亡くなった人は全員が65歳以上だった。事故の形として多いのは、道路を横断している最中のものだ。歩く速さしか出ない乗り物で車道を横切るとき、渡りきる前に車が来てしまう。

もう一つ、この乗り物ならではの危険がある。踏切と、用水路だ。2021年には香川県の踏切で、シニアカーに乗った女性がレールの溝にタイヤをとられて立ち往生し、列車にはねられて亡くなる事故が起きた。この事故のあと、スズキはタイヤが踏切の溝にはまりにくいよう車体を改良した新型を出している。岡山県が用水路への転落事故をまとめたガイドラインにも、シニアカーで落ちた例が記録されている。速度が遅く、車体が低く、方向転換がききにくい。歩行者として設計された乗り物が、車のために作られた道路のすき間に、静かにはまり込んでしまう。

「歩行者だから安全」なのではない。「歩行者だから、危険が数えられていない」のだ。この二つは、まったく違う。

私たちは、道で相手を一瞬で「仕分け」している

ここで、この話を自分の側に引き寄せてみたい。

道を歩いていて、あるいは運転していて、私たちは向こうから来るものを、ほとんど無意識に分類している。あれは車だ、あれは自転車だ、あれは人だ。その分類にしたがって、身構え方を変える。車なら距離をとる。自転車ならスピードを警戒する。歩行者なら、まあ大丈夫、と力を抜く。この仕分けは一瞬で終わり、自分がそれをやっている自覚すらない。

ところが、シニアカーは、この仕分けの網からするりと抜ける。見た目は車に近い。だから車道を走る車の運転手は「あれは何だ」と一瞬迷う。かといって歩道側から見れば、歩く人よりは大きく、速い。歩行者の群れの中に置くには存在感がありすぎる。どちらのカテゴリーにも、きれいに収まらない。

シニアカーと歩行者の仕分けイメージ

法律はこれを「歩行者」と決めたが、道を使う私たちの頭の中の分類は、まだそこに追いついていない。この、法律上の住所と、人々の感覚のずれこそが、事故の起きやすさの一部を作っている。相手が何者か分からないとき、人は判断を誤る。

そしてこのずれは、シニアカーだけの話では終わらない。近年は電動キックボードや、いろいろな形の小型モビリティが街に増えてきた。それらもまた、「車なのか、自転車なのか、歩行者なのか」という古い三択のどこにも、うまく収まらない。私たちが長年かけて体に染み込ませてきた「道の相手の見分け方」は、乗り物の多様化に、少しずつ置いていかれている。

見送るとき、少しだけ立ち止まる

次に、あの一人乗りの乗り物が歩道の端を静かに進んでいくのを見かけたら、思い出してほしいことがある。

あれは、法律の世界では「歩いている人」だ。免許を返した誰かの、あるいは最初から運転席に座らなかった誰かの、生活の足だ。時速6キロという、歩く速さと同じところに引かれた一本の線が、その人を車の世界から歩行者の世界へと移した。その線のおかげで自由に動ける一方で、その線があるからこそ、その人の危険は数字に数えられず、まわりの見分けの網からもこぼれ落ちる。

私たちが道で誰かとすれ違うとき、相手を「車」か「人」かで瞬時に分けているという事実そのものが、実はかなり不確かなものの上に立っている。乗り物は、その二択のあいだで静かに増え続けている。あの座って進む人を、車として見送るか、人として見送るか。その一瞬の迷いを大切にすることが、たぶん、いちばん確かな安全につながっている。

参照元: 警察庁「電動車いすの安全利用について」、警視庁「原動機を用いる身体障害者用の車に係る確認申請手続」、電動車いす安全普及協会、国土交通省「国内のハンドル形電動車椅子の利用に関する調査結果」、スズキ株式会社 ニュースリリース「セニアカー発売開始から40周年」(2025年6月2日)、日本経済新聞「スズキ、電動車いすを改良 踏切の溝にはまりにくく」(2023年1月)、産経新聞「踏切で立ち往生のシニアカー、衝突までの35秒」(2021年9月)、岡山県「用水路等転落事故対策ガイドライン」(令和2年3月)、警察庁発表 運転免許自主返納件数(2024年、報道各社)

車選びドットコムマガジン編集部

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