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あなたのカーナビは、毎朝アインシュタインに借金を返している。そうしないと、目的地が1日で10kmずれていく

カーナビとアインシュタインの相対性理論を解説する記事サムネイル

スマホの地図アプリやカーナビの「青い点」の裏側で、毎日繰り返されている奇妙な作業。上空2万キロの時計をわずかに遅らせるその理由は、100年以上前にアインシュタインが紙の上で考えた理論にあった。

Chapter
そもそもGPSは「時間」で位置を測っている
上空の時計は、地上より速く進んでしまう
だから、時計は「わざと遅らせて」打ち上げられる
「時間はどこでも同じ」という思い込みが崩れる
次に青い点を見たら
カーナビとアインシュタインの相対性理論を解説する記事サムネイル

スマホの地図を開く。青い点がすっと自分の位置に吸い付く。カーナビに行き先を入れれば、「200メートル先、右方向です」と落ち着いた声が案内してくれる。

私たちはこれを、当たり前の便利さとして受け取っている。せいぜい「衛星から電波が届いているんだろうな」くらいの理解で、日々その青い点に命じられるまま右に曲がり、左に折れている。

ところが、その青い点の裏側では、毎日ひとつの奇妙な作業が繰り返されている。上空2万キロを飛ぶ衛星の時計を、ほんのわずかだけ「遅らせて」おく作業だ。もし誰もそれをやらなかったら、あなたのカーナビは初日から狂いはじめ、1日で約10キロメートルもずれた場所を「あなたの現在地」として指し示すようになる。

そして、その「時計を遅らせる」という発想のもとになっているのが、100年以上前に一人の物理学者が紙の上で考えた理論だ。名前は、たいていの人が一度は聞いたことがある。アインシュタインである。

車に興味があってもなくても、スマホの地図はほぼ全員が使う。その地図が、学校の授業で「なんの役に立つのかわからない」と眠くなったあの相対性理論に、毎秒お世話になっている。この話は、そういう話だ。

そもそもGPSは「時間」で位置を測っている

GPSは時間で位置を測っている - 解説画像

まず、青い点がどうやって決まるのかを、ざっくり押さえておきたい。

私たちはなんとなく「衛星が上から見て、あなたはそこにいますよと教えてくれる」とイメージしがちだ。カメラのようなものが宇宙から地上をのぞいている、という感覚に近い。

実際は違う。GPSがやっているのは、距離の測定であり、その距離は「時間」から計算される。

上空を飛ぶ衛星は、「今、何時何分何秒です」という時刻の信号をひたすら電波で送り続けている。その電波は光の速さで飛んでくる。地上の受信機、つまりあなたのスマホやカーナビは、信号を受け取った瞬間の自分の時計と、信号に書かれた発信時刻を比べる。ほんのわずかな「時間の差」が生まれる。

電波は光の速さ、つまり1秒間に約30万キロメートル進む。だから「発信から受信まで何秒かかったか」がわかれば、「衛星までの距離が何キロか」がわかる。これを複数の衛星でやると、それぞれの衛星からの距離が交わる一点として、あなたの位置が割り出される。

ここで大事なのは、GPSの本質が「時計合わせ」だということだ。位置を測っているように見えて、実際にやっているのは、途方もなく正確な時間の比較なのである。光は1秒で30万キロ進むから、時計が100万分の1秒(1マイクロ秒)狂うだけで、距離の計算は300メートルもずれてしまう。

つまりGPSは、時間のわずかな狂いが、そのまま場所の大きな狂いに化ける仕組みの上に立っている。だからこそ、衛星の時計は「原子時計」という、数万年に1秒しか狂わないとされる恐ろしく精密な時計を積んでいる。

ところが、その原子時計をどれだけ精密に作っても、消せない狂いが残る。それが、アインシュタインの出番だ。

上空の時計は、地上より速く進んでしまう

アインシュタインの相対性理論には、多くの人がなんとなく覚えている、ふたつの有名な結論がある。ひとつは「速く動くものの時間は遅れる」、もうひとつは「重力が強い場所ほど時間はゆっくり進む」だ。

映画や漫画で、光の速さに近い宇宙船に乗って帰ってきたら地球では何十年も経っていた、という浦島太郎のような話を見たことがあるかもしれない。あれは前者、速さによる時間の遅れの話だ。

この二つが、上空2万キロを飛ぶGPS衛星の時計に、同時に、しかも逆向きに効いてくる。

まず、GPS衛星は高度およそ2万200キロメートルの軌道を、秒速約3.9キロメートル、時速にしておよそ1万4000キロという猛スピードで回っている。「速く動くものの時間は遅れる」の効果で、この速さのぶん、衛星の時計は地上より1日あたり約7マイクロ秒(100万分の7秒)遅れる。

一方で、高度2万キロという高さは、地上よりずっと地球の重力が弱い場所だ。「重力が弱い場所ほど時間は速く進む」の効果で、こちらは逆に、衛星の時計を1日あたり約45マイクロ秒も速く進めてしまう。

差し引きしよう。速さによる遅れがマイナス7、重力による進みがプラス45。合わせると、衛星の時計は地上より1日あたり約38マイクロ秒、速く進む。

38マイクロ秒。100万分の38秒。まばたきの、そのまた何万分の一かの、気が遠くなるほど小さな時間だ。人間の感覚では絶対に気づけない。

だが、先ほど確認したことを思い出してほしい。GPSでは、時計が100万分の1秒狂うだけで距離が300メートルずれる。38マイクロ秒ということは、その38倍。光の進む距離に換算すると、1日あたり約11キロメートルにもなる。

もし誰もこのズレを直さなかったら。カーナビはたった2分ほどで信用できなくなり、そのあとは1日あたり約10キロのペースで、あなたの現在地をどんどん遠くへずらしていく。朝は正しかった青い点が、夜には隣町を指している。そんな地図では、目的地にたどり着けるはずもない。

だから、時計は「わざと遅らせて」打ち上げられる

時計をわざと遅らせて打ち上げる - 解説画像

ここで、冒頭に書いた「時計を遅らせておく作業」に戻る。

技術者たちの解決策は、驚くほど直球だ。軌道に乗れば時計が速く進みすぎることが、計算で正確にわかっている。ならば、打ち上げる前にあらかじめ、その進みすぎるぶんだけ、時計をわざとゆっくり動くように設定しておけばいい。

具体的には、原子時計が刻む基準の周波数を、地上ではほんの少しだけ低め、標準より低い値に調整してから衛星に積む。地上ではわずかに「遅れる」時計として作っておくと、宇宙に上がって相対性理論の効果を受けた瞬間、その遅れがちょうど打ち消され、地上と歩調の合った正しい時計として動きだす、という仕掛けだ。

つまりGPS衛星は、アインシュタインの理論が正しいことを前提に、「上に行けばこれだけ速くなるはずだから、先に借金しておきますね」とばかりに、遅らせた時計を抱えて宇宙へ飛び立っている。そして軌道上で、その借りをきっちり返す。理論の予言どおりに時間が進めば、貸し借りはぴたりと相殺され、地図の青い点はあなたのいる場所に静かに留まる。

日々の補正はこれだけでは終わらず、地上の管制局が衛星の時計を絶えず監視し、細かなズレを送り返して直し続けている。相対性理論はその補正の土台であり、あらかじめ組み込まれた最大の一手だ。この設計がなければ、そもそもカーナビという商品自体が成り立たなかった。

学校で相対性理論を習ったとき、多くの人は「これが自分の人生に関係する日は来ないだろう」と思ったはずだ。ブラックホールや宇宙船の話であって、通勤や買い物とは無縁の、遠い宇宙の絵空事に見えた。

その理論が、今この瞬間、あなたのポケットの中で働いている。ラーメン屋を探すのにも、渋滞を避けるのにも、子どもの学校まで最短ルートを引くのにも、上空の時計を毎日ほんの少し遅らせるあの補正が効いている。役に立たないと思われていた学問が、実は最も生活に食い込んでいた、というのは、なかなか痛快な逆転ではないだろうか。

「時間はどこでも同じ」という思い込みが崩れる

この話がおもしろいのは、便利な技術のトリビアにとどまらないところにある。

私たちは、時間はどこにいても同じ速さで流れる、と素朴に信じている。時計は正しく作れば世界中どこでも同じように進むはずだ、と。日常の感覚では、それでまったく困らない。

ところが現実には、時間の流れる速さは、その人がどれだけ速く動いているか、どれだけ強い重力の中にいるかで、ほんのわずかに変わる。地上にいるあなたと、高いビルの上にいる人と、飛行機に乗っている人とでは、理屈のうえでは時間の進み方がごくごくわずかに違う。あまりに小さいので誰も気づけないだけだ。

その「誰も気づけないほど小さな違い」を、無視できないほど大きな問題として突きつけてくる、数少ない現場のひとつがGPSだった。宇宙という極端な速さと重力の差がある場所に、300メートルの誤差も許さない精密な時計を持ち込んだ結果、日常では隠れていた時間のゆがみが、はっきり顔を出したのである。

言い換えれば、カーナビは「時間はどこでも同じ」という私たちの思い込みが、厳密には間違っていることを、毎日静かに証明している装置でもある。目的地に無事たどり着けるという、その一点をもって。

ちなみにGPSはアメリカが運用する仕組みで、日本でも1990年代からカーナビに使われるようになった。今では「みちびき」と呼ばれる日本の衛星が加わり、都市部のビルの谷間でも位置が取りやすくなっている。使う衛星が増えても、時間のズレを補正するという根っこの考え方は変わらない。

次に青い点を見たら

次にスマホの地図を開いて、青い点がすっと自分の場所に吸い付くのを見たとき、思い出してみてほしい。

その一瞬の裏で、上空2万キロの時計が、地上とぴったり歩調を合わせるために、あらかじめ遅らされている。それは100年以上前、一人の物理学者が紙とペンだけで導いた、「速く動くと時間は遅れ、重力が弱いと時間は速まる」という奇妙な結論を、そのまま信じて設計されたものだ。

私たちは、その理論を理解していなくても、毎日その恩恵で正しい場所に着いている。カーナビの声に従って角を曲がるたび、知らないうちにアインシュタインの計算に乗っかっている。

車やスマホの便利さは、こうして、思いがけないほど遠い場所にある知恵とつながっている。難しくて縁がないと思っていたものが、実は生活のいちばん近くで働いていた。そう気づくと、いつもの青い点が、少しだけ違って見えてくるかもしれない。

参照元: アメリカ国立標準技術研究所(NIST)「Putting Einstein to the Test」 オハイオ州立大学 天文学科「GPS and Relativity」 米国連邦航空局(FAA)GPS 概要(衛星の高度・周期) 欧州宇宙機関(ESA)Navipedia「GPS Space Segment / Relativistic Clock Correction」 内閣府 準天頂衛星システム(QZSS/みちびき)公式サイト

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