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『環境に優しい』はずの万博EVバスが'墓場'になった理由。67億円で買った、日本の脱炭素政策の落とし穴

万博EVバス安全性問題

「環境に優しい」はずの万博EVバスがなぜ「墓場」と化したのか。67億円の特別損失と安全問題の裏にあった、補助金依存と品質軽視の構造を検証する。

Chapter
万博の「顔」になったEVバスの、あまりにも早い終焉
構造を見れば、「環境」の前に「安全」が置き去りになっていた
対照的な「現実主義」、水素大動脈構想
「政策主導」と「産業主導」の間で、何が違ったのか
「環境」に目が眩んだとき、私たちが見落としているもの

大阪市城東区の大阪メトロの敷地に、100台以上の電気自動車(EV)バスが並んでいる。ラッピングは剥がされ、ブルーシートに覆われた車体は、まるで忘れ去られた遺跡のようだ。SNSでは「EVバスの墓場」と揶揄されている。

これが、昨年開催されたはずの「大阪・関西万博」のレガシー、すなわち未来への贈り物である。万博期間中、会場の来場者を運んだ「環境にやさしい」EVバスは、閉幕後の路線バスや自動運転の実証実験に使われるはずだった。ところが今、安全性を確保できないと判断され、すべての車両が使用中止となった。結果として生まれたのは、67億円もの特別損失と、そしてこの無機質な「墓場」だった。

なぜ、「環境に優しい」はずの移動手段が、安全上の問題で使えなくなったのか。その裏には、日本の「次世代モビリティ」を巡る政策と産業の間に生じた、意外な落とし穴がある。

万博の「顔」になったEVバスの、あまりにも早い終焉

2025年の大阪・関西万博。来場者輸送の一環として、在来のディーゼルバスに代わりEVバスを導入したのは、脱炭素社会をアピールする絶好の機会だった。大阪市高速電気軌道(大阪メトロ)は、EVモーターズ・ジャパン(EVMJ)という北九州市の企業からEVバスを計190台購入。うち150台が会場のシャトルバスとして使われ、残りは会場周辺のオンデマンドバスに充てられた。

万博閉幕後の再利用も、華々しく描かれていた。路線バスへの転用、さらには大阪府南部で計画されていた自動運転バスの実証実験。まさに「持続可能な社会」のシンボルに見えた。

しかし、万博開催中からトラブルは頻発していた。停車後に勝手に動き出す、ブレーキが利かない、ハンドルを左に切っているのに車体が右に進む。2025年9月には、回送中のバスが中央分離帯に衝突する事故も起きた。運転手は「ハンドルを左に切ったが、右に流れていくような感覚があり、車体をコントロールできなかった」と語っている。

このままでは公共の安全が脅かされる。大阪メトロは2026年3月末、全190台の使用中止を決定した。「当社が求める安全性と長期的な安定性を確保できる方法・体制を確立することは困難」との判断だった。資産価値は消失し、2026年3月期決算では67億円の特別損失が計上された。

構造を見れば、「環境」の前に「安全」が置き去りになっていた

万博EVバス安全性問題

問題は個別の事故だけではない。2025年10月、国土交通省はEVMJに対して立ち入り検査を実施した。全国で販売されていた317台のうち、3割以上で「ブレーキホース」の損傷が確認され、78台は国の保安基準に違反していた。しかもこれはあくまで「目に見える」不具合の数だ。点検では、車輪と車体をつなぐ「ラテラルロッド」の溶接が外れかかっている事例も見つかったという。

ここで気になるのが、EVMJという企業の実態だ。同社は2019年に設立されたばかりのベンチャーで、中国メーカー「Wisdom Motor」に製造を委託し、北九州の自社工場で最終組み立てを行っていた。そうして「国内で最終組み立てを行う国産EVバス」として、全国の自治体や企業に販売していた。

約5万8000平方メートルの工場を構え、年間1600台の生産を目指すと謳っていたが、一部報道によると、同社がこれまでに出資者から調達した合計金額は80億円を超え、住友商事やNTTドコモ、関西電力グループ、みずほリースといった日本を代表する企業が名を連ねていたという。さらに経済産業省傘下の機関が融資の保証を行うなど、政策としても後押しされていた側面がある。

そして最大の取引先である大阪メトロへの納入に際しては、国や大阪府・市から40億円以上の補助金が投じられていた。J-CASTニュースが伝えた関係者の証言は、こうした補助金依存の構造を鋭く突いていた。

> 「正直に申しあげると車の品質が悪すぎて、ちょっと手に負えない。補助金に間に合わせるために品質管理はそれなりにという形で、『1に補助金、2に補助金』と社内でやゆされるくらい。補助金を大切にする形でやっていた。」

この言葉が示すのは、環境対策という「大義」の前に、車としての基本である「安全」がどれほど軽んじられていたかという事実だ。商品の品質よりも「国産」というレッテルと「補助金」を手にすることの方が優先され、結果として利用者の命に直結する製品が、不完全なまま公共の場に導入された。

福岡県筑後市では、EVMJ製のスクールバスが導入されてわずか2週間後に運行中止になったことも報じられている。カーブでハンドルが切れない、ブレーキの効きが甘い。子どもを乗せる車であっても、同じトラブルが起きていたのだ。

対照的な「現実主義」、水素大動脈構想

水素大動脈構想とEVバス対比

万博EVバスの問題が浮き彫りになった2026年5月、自動車業界は別の「次世代モビリティ」に向けて大きく動いた。日本自動車工業会(自工会)が発表した「水素大動脈構想」である。

トヨタ、三菱ふそう、日野という国内の商用車メーカーが連携し、福島から福岡にかけての幹線輸送ルートで水素を活用したトラックのネットワークを構築するというものだ。目標は今後10年で、大型水素トラック1,500台、水素ステーション30基、水素価格1,000円/kgを実現すること。

注目すべきは、その「立ち上げ方」だ。水素普及は長年「鶏と卵」の問題に悩まされてきた。水素ステーションがなければ車は売れないが、車が少なければステーションは儲からず建てられない。この悪循環をどう打破するか。

自工会は、まず「平和島ステーション」で約80台、年間250トンの利用による黒字化予測モデルを構築した。つまり「補助金で強引に敷く」のではなく、最初から「経済合理性が成り立つ」ポイントを探し出し、そこからスケールさせるという戦略だ。「クルマが先頭に立ち、水素の使用量を拡大することで、価格を低減し、他産業への波及を促す」。このロジックは、得意とする産業が主導権を握り、市場のニーズを起点に据えようとするものである。

「政策主導」と「産業主導」の間で、何が違ったのか

万博のEVバスと水素大動脈構想。両方とも「次世代の環境対応モビリティ」という同じ目的を掲げている。なのになぜ、一方は「負の遺産」となり、もう一方は「スモールサクセス」から始まろうとしているのか。

違いは「優先順位」にある。万博のEVバス導入は、「環境」という目標を達成するための手段として「補助金」があり、その補助金を獲得することが最優先事項となり、製品の品質という「当たり前」が後回しになった。「国産」という看板の下に、実態は海外製の車体を組み立てただけという「見せかけ」が許容された。安全が保証できない車が、イベントの「演出」として大量に導入されたのだ。

一方、水素構想は「モビリティ」という実需を起点に据えている。物流という現場で稼働し続けられるか、温度管理が必要な冷凍・冷蔵車でも補給時間を短縮できるか。そうした現場の「困った」を解決しながら、黒字化モデルを構築しようとしている。

これは「車を作る側の発想」の違いでもある。EVMJのような新興企業は、補助金制度を利用して急成長を狙う「スタートアップ型」の発想だった。対して自工会の取り組みは、長年にわたり「安全」をブランドの根幹としてきた日本のメーカーたちの、守りに入った「職人型」の発想だ。脱炭素という大義は共有していても、プロセスにおける「矜持」の有無が、結果を大きく分けた。

「環境」に目が眩んだとき、私たちが見落としているもの

この問題は、車に詳しくない人にとってどう関わるのか。それは「税金の使われ方」と「安全」の関係性だ。

万博のEVバスには、国と自治体から40億円以上の補助金が投じられた。その結果、安全性が確保できなかったため、大阪メトロは購入代金の返還を求めるなどの法的措置を検討しているが、EVMJは民事再生手続きに入っており、国民の税金が回収困難になる可能性すらある。環境対策のために支出されたはずのお金が、安全でない製品を生み出し、最終的に誰も使えない「塩漬け資産」になってしまった。

この構造は、自動車業界に限った話ではない。再生可能エネルギー、脱炭素関連製品、ふるさと納税の返礼品……「環境」や「社会貢献」という美名の下に、品質や実用性が軽視されるケースは、あらゆる分野で潜在的に存在している。

万博EVバスが示したのは、たとえ「環境に優しい」であっても、安全でないものは社会に受け入れられないという、当たり前の教訓だった。脱炭素に向けた取り組みは、私たち一人ひとりが歓迎すべき動きだ。しかしその先に、使用する人の安全や、投じられる資金の効率性が担保されているかどうかを、もう一度冷静に見つめ直す必要がある。次世代モビリティは、「環境」「安全」「経済性」の三輪車でなければ、先には進まない。

参照元: ITmedia NEWS、読売テレビニュース、日本経済新聞、せいび界、ベストカーWeb、一般社団法人日本自動車工業会(自工会)

車選びドットコムマガジン編集部

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