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ガソリンが高いと思っていたら、実は「見えない液体」が日本の物流を止めていた

ガソリンだけが高いと思っていたら、実は「見えない液体」が日本の物流を止めていた サムネイル

ガソリン高騰の陰で、エンジンオイルとアドブルーという「見えない液体」の供給が逼迫。政府が「足りている」と言う一方、現場では「手に入らない」声が続出。物流を支えるトラックを止める危機の実態。

Chapter
国交省が「通報して」と言った、「見えない液体」の危機
アドブルーって何? なぜ「切れると動かなくなる」のか
トラックが動かないと、スーパーの牛乳が消える
なぜ「足りているはず」なのに届かないのか
あなたの食卓と、この液体の距離
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エネルギー価格の高騰が続くなか、ガソリンスタンドの価格表示にため息をつく人は多い。だが2026年5月、国土交通省と経済産業省が異例の呼びかけを行った。対象はガソリンではなく、二つの液体、「エンジンオイル」と「アドブルー」だった。国交省は「通報してください」と言い、経産省も情報提供窓口を開設した。政府は「全体の供給量は足りている」と繰り返す。なのに現場では「手に入らない」という声が上がり続けている。この奇妙な「目詰まり」が、私たちの生活を静かに揺るがしている。

国交省が「通報して」と言った、「見えない液体」の危機

2026年5月21日、国土交通省は地方運輸局を窓口に、メールによる相談を呼びかけた。対象はエンジンオイルやアドブルーなどの石油製品の「供給の偏りと流通の目詰まり」だった。同日開催された「第8回中東情勢に関する関係閣僚会議」に提出された資料の中で、この問題が公式に取り上げられた。経済産業省も連携し、石油製品の供給に関する情報提供窓口を設置している。

国交省が対象とするのは、物流や旅客の事業者、四輪と二輪の整備事業者、そしてディーゼル車を扱う鉄道事業者だ。経産省ではエンドユーザーも受け付けている。

政府の見解は一貫している。「全体として供給は足りている」。だが、現場からは「発注に応じてもらえない」「大幅な値上がりを予告されている」「目詰まりがある」との声が複数の業界団体から上がっている。国交省担当者も「いくつかの地方団体からは、目詰まりがあることを聞いている」と認めている。

見えない液体の危機は、目に見えるガソリンの高騰とは別の顔を持っている。

アドブルーって何? なぜ「切れると動かなくなる」のか

アドブルー給入口のイメージ

アドブルーは、正式には「尿素水」という液体で、ディーゼルエンジンから出る排気ガス(NOx、窒素酸化物)をきれいにするために使われる。青いキャップが特徴の給入口から注入し、排気管の中で化学反応を起こす。ポスト新長期規制以降の大型トラックやバスの多くに義務付けられている。

この液体が切れると、多くのクリーンディーゼル車は「始動しなくなる」。これは車両の制御システムが、アドブルーがない状態での走行や排ガス規制違反を防ぐための設計だ。警告灯が点灯して出力が絞られ、最終的にはエンジンがかからなくなる。要するに、アドブルーはディーゼル車の「尿」のようなもので、これが出せないと車は機能を停止させてしまう。

エンジンオイルは、車を動かすうえで血液に近い役割を果たす。ただし最近のディーゼル車では、潤滑だけでなく排気をきれいにする装置(DPF、ディーゼル微粒子捕集フィルター)の再生の際にも消費される。品質の良いエンジンオイルがないと、排ガス対策装置自体が傷んでしまう。

ここで重要なのは、両方とも「原油」や「天然ガス」から作られる石油製品である点だ。ガソリンだけではなく、エンジンオイルや潤滑油、アドブルーの原料となるアンモニアや尿素も、中東情勢の余波を間接的に浴びている。

トラックが動かないと、スーパーの牛乳が消える

物流トラックのイメージ

「自分はガソリン車だから関係ない」と思っている人がいるかもしれない。だが、この話はすべての人に関係している。

国内の貨物輸送は、トン数ベースで約9割をトラックが担っている。大型トラックの大半はディーゼルで、アドブルーが必須だ。つまりアドブルーが届かなければトラックが動かず、トラックが動かなければ物流が止まる。

物流が止まると何が起きるか。スーパーの牛乳やパン、コンビニのおにぎり、ネット通販で注文した日用品、病院に届く薬、すべてがトラックによって運ばれている。ガソリン高騰は確かに個人の財布に響く。だがエンジンオイルやアドブルの「目詰まり」は、個人の財布よりも直接的に「モノが届かない」という事態を招く。

2026年3月、アドブルー業界では駆け込み需要が発生した。各社が4月から値上げを予告したことで、業者がまとめ買いをしたのだ。さらに中東情勢による供給不安が相まって、一時的に需要がひっ迫した。一部の事業者は、中東から輸入する尿素原料の調達に影響を受けたとも報じられている。

この状況下で、大手メーカー各社はどう動いているか。三井化学は「フル稼働で前年並み以上の生産」を、新日本化成は「フル稼働で供給面に問題はない」と回答している。日産化学、三菱ケミカルも増産や安定調達に努めている。だが、生産が稼働していても「流通の目詰まり」が解消しないのが現状だ。小口の事業者や地方の整備工場が「仕入れ先に在庫がない」と嘆く声が、行政を動かしたのである。

なぜ「足りているはず」なのに届かないのか

政府が「供給は足りている」と言い、現場が「手に入らない」と言う。このズレには、流通構造の問題が隠れている。

石油製品の供給網は、海外の生産地から日本の製油所や化学工場を経て、卸売業者、小売業者、そして末端の事業者や整備工場へと流れる。ここで「上流が下流を選別する」現象が起きているという。大口のトラック事業者や大手の整備工場には届くが、小規模な事業者や地方の工場には在庫が回らない。これが「供給の偏り」と「目詰まり」だ。

国交省の仕組みはこうだ。事業者が「どんな製品を、いつどこで購入しようとして、手に入らない状況にあるか」をメールで通報すると、地方運輸局が仕入れ先の在庫を確認する。在庫がなければさらに上流をたどり、経産省が石油元売りや製品メーカー、商社などに働きかける。上流からのプッシュ型の確認だ。

このメカニズムは、2026年5月中から6月上旬にかけて具体的に動き出す予定だ。国交省は「自動車車検場などにもチラシを置くなどして、広く相談を受け付ける」としている。整備工場のオーナーが、ガレージの壁に貼られたチラシを見て、初めて「通報してもいいのか」と気づくかもしれない。

あなたの食卓と、この液体の距離

ガソリン価格は、数字として目に見える。だからニュースになる。だがエンジンオイルやアドブルーは、スーパーやコンビニの棚からは見えない。トラックのエンジンルームの中に隠れていて、私たちの生活を陰で支えている。

この透明な液体が詰まったとき、最初に気づくのは「棚に牛乳がない」「通販の荷物が届かない」「病院に薬が不足している」という形だ。原因と結果が遠く離れているため、多くの人はそのつながりに気づかない。まるで体内の血管が詰まって初めて、心臓や脳に異変が起きるのと同じだ。

車社会は、道路という「目に見える動脈」と、エンジンオイルやアドブルーという「目に見えない静脈」の両方で回っている。今回の「目詰まり」は、後者の静脈が圧迫された現象だ。個人の車の話ではなく、社会全体の循環の話である。

ガソリンスタンドの価格表示を見てため息をつくとき、ぜひ多くの人に知ってほしい。もしかしたら、そのうち本当に困るのは、ガソリンの値段ではなくて、この透明な液体の行方かもしれない。

車選びドットコムマガジン編集部

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