地方の電車を最後まで支えていたのは、お年寄りではなく「運転できない高校生」だった
赤字ローカル線の最後の客はお年寄りではなく、免許を持てない高校生だった。路線が消えると、送迎のしわ寄せは家庭の朝に積み上がる。
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- ローカル線の主役は、定期券を持った高校生
- 主役が半分になれば、舞台は畳まれる
- 電車が消えた朝、誰の時間が30分削られるのか
- 「家の2台目の軽」は、送迎装置だったのかもしれない
- 「足」を税金で買い戻す動きも始まっている
- 移動の自由は、誰かの不自由の上に立っている
電車やバスが赤字で消えていく。そんなニュースを見るとき、多くの人が頭に思い浮かべる顔は、たぶんお年寄りだ。免許を返納した高齢者が、病院に行けなくなって困る。そういう構図で語られることが多い。
ところが、廃止の現場をのぞくと、最後の最後まで毎朝その電車に乗っていたのは、お年寄りではないことが多い。制服を着た高校生だ。
2026年5月29日、岐阜県の名鉄広見線(新可児〜御嵩間、約7.4km)について、沿線の自治体が鉄道の存続を断念すると発表した。可児市、御嵩町、八百津町が年間で1億円規模の支援を続けてきたが、利用者の減少に歯止めがかからず、ついにバスなどへの転換に向けて動き出すことになった。
このニュースの中に、見落とされがちな一行がある。報道によれば、この区間の利用者の約半数を占めていたのは、高校生などの通学客だったという。
「赤字ローカル線=お年寄りの足」というイメージは、半分しか当たっていない。むしろ、地方の鉄道やバスを最後まで毎日支えていたのは、まだ免許を持てない、運転したくてもできない高校生たちなのだ。
この記事は、車の話のようでいて、実は「移動できない人の時間が、誰の時間に肩代わりされているか」という話である。読み終えるころには、地方で軽自動車が2台ある家の風景が、少し違って見えるはずだ。
ローカル線の主役は、定期券を持った高校生
数字を素直に読むと、通説のほうが揺らぐ。
新潟県上越市が公共交通の計画づくりのために行った調査では、路線バスの利用者のうち、小学生から大学生までの学生が全体の約4割を占めていた。高齢者は約27%。学生のほうが多かったのだ。さらに、バス利用者のうち運転免許を持たない人の割合は、令和5年の調査で約79%にのぼっていた。つまり、地方のバスに乗っているのは「車を運転できない人」がほとんどで、その大きな塊が学生である。
鉄道はもっと露骨だ。鉄道ジャーナリストの枝久保達也氏がプレジデントオンラインで紹介したデータによると、東北の旧国鉄線を引き継いだ三陸鉄道・阿武隈急行・会津鉄道・秋田内陸縦貫鉄道・由利高原鉄道・山形鉄道の6社では、全利用に占める通学定期の割合が平均で33%。由利高原鉄道は4割以上、山形鉄道にいたっては7割近くに達するという。
路線によっては、利用者の8割前後が高校生というローカル線も珍しくない。日中はガラガラなのに、朝と夕方だけ制服でいっぱいになる。あの光景こそが、地方鉄道の実像だ。
ここで一つ目の「へー」がくる。私たちは赤字路線の存廃を「お年寄りが可哀想だから残すべきか」という福祉の話として受け取りがちだ。でも実際にその電車を毎日いちばん使っているのは、人生でいちばん移動の自由がない世代、つまり高校生なのである。
主役が半分になれば、舞台は畳まれる
その主役が、静かに減っている。
文部省・文部科学省の学校基本調査をもとにした数字では、全国の高校生の数は1989年の約564万人をピークに減り続け、2024年にはおよそ291万人になった。35年でほぼ半分だ。
考えてみれば当たり前のことが起きている。ローカル線の最大の顧客が通学定期の高校生で、その高校生の母数が半減すれば、定期券を買う人も当然減る。鉄道事業者が「発足時から利用が7割減った」と言うとき、その下落のかなりの部分は、景気でも経営努力でもなく、単純に「乗る子どもがいなくなった」ことで説明がついてしまう。
ここに、もう一段の悪循環が重なる。少子化で生徒が減ると、私立学校や自治体が生徒を囲い込むためにスクールバスを走らせることがある。学校から見れば生徒確保の生命線だが、鉄道や路線バスから見れば、最後の常連客を横から奪われる動きでもある。千葉のJR久留里線(久留里〜上総亀山間)で行われた沿線の中高生アンケートでは、登下校の主な手段はスクールバスが過半数を占め、鉄道の存在感はすでに薄くなっていた。この区間は2027年4月の廃止が予定されている。
通学客という土台が抜けると、路線は静かに畳まれていく。名鉄広見線も、津軽線の一部区間も、北海道の留萌線も、同じ筋書きをたどってきた。
電車が消えた朝、誰の時間が30分削られるのか
問題はここからだ。
高校生は運転できない。だから電車やバスが消えても、彼らの「学校に行かなければならない」という事実は消えない。残るのは「では、どうやって行くのか」という問いだけだ。
答えはたいてい一つに収束する。親が車で送る。
熊本日日新聞が2026年5月、中高生の保護者や教職員ら279人に行ったアンケートでは、部活動の移動手段として最も多かったのが「保護者の送迎」で64.9%。中学生の保護者に限ると85.9%にのぼった。一方、公共交通機関の利用は自転車と合わせても2.5%にとどまった。これは部活動という特定の場面の数字だが、地方で「子どもの移動=親の運転」が既定路線になっている空気をよく映している。
つまり、こういうことだ。公共交通が廃止されたとき、そのコストは社会から消えてなくなるわけではない。家庭の中に移動して、親の時間に姿を変える。朝、子どもを学校の最寄りまで送り、夕方また迎えに行く。雨の日も、仕事の合間も。送迎は給料が出ない。時刻表にも載らない。統計にも出にくい。けれど確実に、誰か、多くの場合は母親の一日から、30分や1時間を削っていく。
熊本のアンケートには、こんな声も寄せられていた。「仕事で送迎できない保護者も多い」「わが子以外の生徒の命を預かるのは怖い」。送迎は単なる移動ではなく、責任と時間という重さを伴う労働なのだ。
電車が一本消えるニュースは、紙面では「地域の足が失われる」という一行で片づく。でもその一行の裏側で、実際に起きているのは、ある家庭の朝が30分早くなることだったりする。これが、二つ目の「へー」である。移動の不自由は、不自由な本人ではなく、その人を運べる立場の家族に転嫁される。
「家の2台目の軽」は、送迎装置だったのかもしれない
地方の家に、軽自動車が2台あるのは珍しくない。1台は通勤用、もう1台は「家の足」。なんとなく「田舎は車社会だから」と説明されてきたこの2台目は、実は子どもの送迎という役割を相当ぶんだけ背負っていた可能性がある。電車やバスでは通学が完結しないから、家に「いつでも動かせる車」がもう1台必要になる。中古の軽が地方で根強く売れ続ける理由の一つは、たぶんこの送迎需要にある。
そう考えると、車選びの景色も変わってくる。地方で「もう一台、何を買うか」を考えるとき、それは趣味の選択ではなく、家族の時間割を回すためのインフラ投資だ。後部座席に部活の道具が積めるか。雨の日に乗り降りしやすいスライドドアか。運転に自信のない家族でも扱いやすいサイズか。こうした基準は、スペック表の最高出力や燃費よりも、その家の朝の30分を左右する。
「足」を税金で買い戻す動きも始まっている
救いがないわけではない。最近は、消えた公共交通の代わりを、自治体がはっきり「公共サービス」として買い戻す動きが出てきている。
茨城県つくば市は、片道6km以上離れた高校に通う生徒に通学支援金を出している。2024年度は2740人に総額約6260万円を交付した。2025年度からは要件を見直し、公共交通の定期券を持たず家族の自家用車で送迎されている生徒や、自転車通学の生徒にも一律で年3万円を交付することにした。利用者は約4800人に増え、交付額は総額1億4400万円になる見込みだという。
大分県の豊後高田市は2025年9月から、遠距離通学する高田高校の生徒を、公用車やタクシーで無料送迎する事業を始めた。条件を満たす生徒を朝夕に運ぶ。利用した3年生は「今まで送り迎えをしてくれていた母親の負担が減って良かった」と語っていた。
これらの取り組みに共通するのは、発想の転換だ。これまで「家庭が無償で負担していた送迎」を、自治体がコストとして可視化し、税金で肩代わりしはじめている。鉄道の運賃や定期代という見えるお金だけでなく、親の時間という見えないコストにも値段がつき始めた、と言ってもいい。
移動の自由は、誰かの不自由の上に立っている
この記事の出発点は、岐阜の小さな路線の廃止ニュースだった。けれど見えてきたのは、車そのものの話ではない。
地方の公共交通を最後まで支えていたのは、移動の自由を最も持たない高校生だった。彼らが少子化で減れば、路線は消える。路線が消えても通学はなくならないから、運転できる家族が肩代わりする。そのしわ寄せは、統計に出ない母親の朝の30分に積み上がっていく。そして今、その見えないコストを社会が「公共サービス」として買い戻そうとしている。
私たちが「車を運転する自由」を当たり前に享受しているとき、その自由は、運転できない誰かを運ぶ役割と背中合わせになっている。地方の家の2台目の軽は、ただの移動手段ではなく、家族の誰かの時間で動く「送迎装置」だったのかもしれない。
次に「ローカル線、廃止へ」というニュースを目にしたら、思い出してほしい。その電車に最後まで乗っていたのは、たぶん制服の高校生だ。そして彼らが卒業して電車が消えた日、少し早起きするようになるのは、その子の親である。
参照元: トラベル Watch「名鉄広見線、新可児~御嵩を廃止し代替バス転換へ。みなし上下分離方式での運行存続を断念」(2026年5月29日)・乗りものニュース「名鉄『屈指の閑散区間』廃止へ 利用者減少に歯止めかからず」(2026年5月29日)・上越市「第2次総合交通計画/第3章 公共交通を取り巻く現状」(公共交通・高校生アンケート、平成30年・令和5年調査)・PRESIDENT Online「毎日乗っているのは高校生ぐらい…『東北のローカル線44区間』が大赤字路線となった根本原因」(枝久保達也、2022年8月)・鉄道協議会コラム「赤字ローカル線はなぜ利用者が減るのか?」(高校生数の推移、久留里線通学手段アンケート)・日本経済新聞「JR東日本、津軽線一部区間の廃止届け出 27年4月にバスなど転換」・熊本日日新聞「部活動のバス移動、教職員運転も」「責任問わない一筆って有効なの? 部活動移動の保護者送迎」(S編アンケート、2026年5月22日)・つくば新聞(NEWSつくば)「自家用車送迎や県外も 交付対象を拡大 高校生の通学支援金 つくば市」・大分合同新聞「遠距離通学の高田高生徒を無料送迎 保護者の負担軽減へ、豊後高田市が公用車など活用」(2025年9月)
























