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1億2000万円かけて、年に2か月だけ凍らせる「氷の滑り台」が長野にある。その維持費の話は、あなたの車にもつながっている

長野のボブスレー・リュージュパーク スパイラル

年に2か月しか使わないのに年間1億2000万円かかる長野のそり競技コース「スパイラル」。使わない時間にもお金がかかるその構造は、実はあなたの車と同じ──。車と氷の滑り台を経済でつなぐ異色のコラム。

Chapter
まず、舞台になる「コース」がとんでもなく特殊だ
日本にもあった。長野の「スパイラル」
なぜそんなにかかるのか。「使っていないとき」も金を食うからだ
ここで、車の話に折り返す
「買う値段」より「持ち続ける値段」のほうが、たいてい大きい
使わなくなったコースは、別の遊び方を見つけた
長野のボブスレー・リュージュパーク スパイラル

年に2か月しか使わないのに、年間1億2000万円かかる施設が長野にある。氷でできた巨大な滑り台だ。そして、その維持費がふくらんでいく仕組みは、あなたの家の前に停まっている車と、実はそっくり同じ構造をしている。

その滑り台は、ボブスレーやリュージュといった「そり競技」のためのコースだ。2026年の冬、イタリアのミラノとコルティナで冬季オリンピックが開かれた。テレビでちらっと見て、「あの、人がそりに乗って氷の溝を猛スピードで滑り降りていく競技、何だっけ」と思った人は多いはずだ。

ボブスレー、リュージュ、スケルトン。まとめて「そり競技」と呼ばれる。時速140キロ前後で氷の壁を駆け抜ける姿から、ボブスレーは昔から「氷上のF1」とも呼ばれてきた。四年に一度だけ思い出され、終われば忘れられる。多くの人にとって、その程度の存在だろう。

ところがこの競技、よく見ると奇妙な経済の話を抱えている。そしてその奇妙さは、車を持っている人、これから車を買おうとしている人の財布にも、静かに通じている。今日はそういう話をしたい。

まず、舞台になる「コース」がとんでもなく特殊だ

そり競技には、専用の人工コースが要る。氷でできた、長い長いウォータースライダーのようなものだ。

ミラノ・コルティナ五輪で使われたコースは、全長約1.4キロ。標高1200メートルを超える山あいに作られた。実はこのコース、最初は「経費がかかりすぎる」として国外の既存施設を使う案も出ていて、工事の遅れも心配されていた。揉めた末に、なんとか間に合わせて新設された。

なぜそこまで揉めるのか。理由は単純で、こういうコースは作るのも維持するのもべらぼうに高いからだ。

国際リュージュ連盟によると、トップの国際大会を開けるレベルのコースは、世界中をかき集めても20か所に満たない。サッカー場やテニスコートのように、その辺にいくつもあるものではない。地球上に20個もない、極端に希少な設備なのだ。

そして大会が終わったあと、これをどう使い続けるかが、毎回どこの国でも頭痛の種になる。

ボブスレーコースの銀世界

日本にもあった。長野の「スパイラル」

実は日本にも、このコースが一つだけある。長野県長野市の「ボブスレー・リュージュパーク」、通称スパイラルだ。

1998年の長野冬季オリンピックのために、1996年に完成した。全長1700メートル、標高差113メートル、カーブは15個。アジアでは最大規模で、しかも日本に唯一のそり競技コースだった。長野五輪をテレビで見た世代なら、選手がロケットのようにかっ飛んでいく映像に見覚えがあるかもしれない。

このコースが、いまどうなっているか。

2017年、長野市は「2018年度以降、競技用としては使わない」と発表した。冬の製氷をやめたのだ。理由は、お金である。

数字を並べると、ぞっとする。市が負担していた年間の維持管理費は約1億2000万円。一方、コースの利用料として入ってくる収入は、年間およそ700万円だった。

1億2000万円を払って、700万円が返ってくる。差し引き、毎年1億円以上が出ていくだけの設備だった。市民から「税金の無駄では」という声が上がったのも、無理はない。

なぜそんなにかかるのか。「使っていないとき」も金を食うからだ

ここが、この話のいちばん面白いところだ。

そり競技のコースは、夏も冬も、ほとんどの時間は「使われていない」。氷を張って実際にそりを走らせる期間は、冬のうちのせいぜい2か月ほどしかない。

しかもその2か月のために、とんでもない手間がかかる。コースに何度も水をまいて、5センチほどの厚さの氷の層を作っていく。氷ができたあとも、表面はすぐにでこぼこになる。そのままでは滑りにくいので、職人が特殊なカンナで削って整える。それを開園前の朝と、閉まったあとの夜、1日に2回。コース全体を整えるのに、30人前後の人手がいるという。

さらにコースの裏側には、白いパイプが延々と張り巡らされている。中を流れているのは不凍液だ。長野のスパイラルの場合、エチレングリコールという液体を冷やして循環させ、コースを内側から間接的に冷やす仕組みだった。当時としては世界で初めての方式で、設計したのは三菱重工。世界で14番目に作られた「全コースを冷凍機で凍らせるシステム」だったという。

つまり、滑っていようがいまいが、氷を保つために機械はずっと電気を食い、人は手をかけ続ける。「使う2か月」のためではなく、「コースという状態を保つこと」そのものに、お金がかかる。スポーツの会場というより、生きた水道管や冷蔵庫を一本まるごと所有しているのに近い。

使う時間より、使わない時間のほうがずっと長い。なのに費用は、使わない時間にも休まず発生する。この非対称が、1億2000万円という数字の正体だ。

ここで、車の話に折り返す

ここまで読んで、「自分にはそり競技のコースなんて関係ない」と思っただろう。その通りだ。普通の人は一生、そりコースの維持費の請求書を受け取らない。

ただ、まったく同じ構造の「設備」を、日本では多くの家庭が一台ずつ持っている。車だ。

世界的によく言われる定説に、「自家用車の95%は駐車している」というものがある。つまり、あなたの車が実際に道を走って役目を果たしている時間は、1日のうちのほんの数%にすぎず、残りの大半は、駐車場でただ停まっている、という話だ。

国際的な見積もりでは、自家用車の稼働率はおよそ2〜5%とされる。日本でも、自家用車が走る時間は1日あたりせいぜい1時間前後という調査がある。24時間のうち1時間動いて、23時間は眠っている計算になる。

数字の細かい幅はさておき、大きな絵は変わらない。私たちの車は、人生のほとんどの時間、長野のスパイラルと同じことをしている。「使われないまま、そこに在り続けている」のだ。

そして車も、停まっているあいだ、静かにお金を食い続ける。

駐車場に停まる車

「買う値段」より「持ち続ける値段」のほうが、たいてい大きい

車を買うとき、多くの人は本体価格に意識が向く。200万円の車か、150万円の車か。値引きはいくらか。そこで頭を使い果たしてしまう。

けれど、本当にじわじわ効いてくるのは、買ったあとに「持っているだけ」で出ていくお金のほうだ。

自動車税。車検。自賠責保険と任意保険。駐車場代。点検や整備。タイヤ交換。そして走らせれば燃料代。これらの多くは、車庫で一歩も動かさなくても発生する。長野のスパイラルが、誰も滑っていなくても冷凍機を回し続けたのと、構造はそっくりだ。

派手なのは買う瞬間で、地味で長いのは持ち続ける時間。費用が大きいのは、たいてい後者のほうだ。スパイラルが「作った費用」ではなく「毎年の維持費」で行き詰まったように、家計に効いてくるのも、買った日の金額より、その後ずっと続く支払いのほうである。

これは「車を持つな」という話ではない。地方では、車がなければ買い物も通院もままならない家庭が多い。車が暮らしの命綱になっている人にとって、稼働率が5%でも、その5%は何にも代えがたい。長野のスパイラルだって、日本のそり選手にとっては、たった一つの本拠地だった。失われたとき、全日本選手権の開催すら危うくなったほど、かけがえのない設備だったのだ。低い稼働率は、必ずしも「無駄」を意味しない。

言いたいのはこういうことだ。設備というものは、「どれだけ立派か」ではなく、「使わない時間も含めて、自分が払い続けられるか」で値打ちが決まる。車を選ぶときに見るべきなのは、ピカピカの本体価格だけではなく、これから何年も自分の口座から静かに引き落とされ続ける合計額のほうだ。

使わなくなったコースは、別の遊び方を見つけた

長野のスパイラルには、続きがある。

製氷をやめてただの巨大なコンクリートの溝になったコースを、長野市は捨てなかった。2017年の夏、ここを別の遊び場として開放するイベントが開かれた。氷のないコースを、マウンテンバイクやスケートボード、インラインスケートで猛スピードで駆け抜けるのだ。冷凍機がなくても、あの急なカーブとうねりは、それ自体が一級の遊具だった。氷の上を滑るためだけに作られた設備が、氷を捨てた途端、まったく別の価値を取り戻した。

ヨーロッパには、観光客を本物のそりに乗せて体験料を取り、その収入を維持費に回しているコースもあるという。「競技のための施設」という思い込みを外したとき、新しい使い道が見えてくる。

車も、同じことが起きつつある。マイカーを持たずにカーシェアやレンタルで済ませる人が増え、自分の車を空き時間に他人へ貸し出す仕組みも広がってきた。「一人で買って、一人で95%の時間眠らせる」という、これまで当たり前だった持ち方そのものが、少しずつ問い直されている。

四年に一度しかテレビに映らない氷の滑り台と、家の前に停まっているあなたの車。一見、何の関係もない。けれど両方とも、「使う時間より、持っている時間のほうがずっと長い設備」という同じ性質を抱えている。

次に車を買おうとするとき、あるいは今ある車の維持費にため息をつくとき、長野の山あいで毎年1億2000万円を払い続けた氷のコースを、ちょっとだけ思い出してみてほしい。値打ちは、使った瞬間ではなく、使っていない長い時間のほうに、こっそり隠れている。

参照元: 日本経済新聞「長野五輪会場『スパイラル』競技で使わず 市の財政負担重く」、日本経済新聞「五輪レガシー、いま重荷 長野ボブスレー競技場が存続危機」、日本経済新聞「ミラノ五輪・新設そり会場で競技 70年前大会の旧施設跡地に建設」、Number Web「長野五輪の施設が大幅赤字で休止。3種目の運命、そして東京は大丈夫?」、レスポンス「夏のボブスレーコースをやんちゃな大人が走ると…長野スパイラル[体験]」、長野市公式サイト「長野市ボブスレー・リュージュパーク(スパイラル)のご案内」、日本エネルギー学会誌「ボブスレー・リュージュトラックの製氷システム」(1998年)、国土交通省・計量計画研究所「OD及びプローブデータを用いた自動車の走行及び駐車特性に関する分析」

車選びドットコムマガジン編集部

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