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中国メーカーが2年半かけて日本の軽自動車を研究した。その答えのひとつが、傘立てだった

中国メーカーが2年半かけて日本の軽自動車を研究した。その答えのひとつが、傘立てだった

BYDが日本専用に開発した軽EV「RACCO」。その装備に込められた、日本の軽自動車が数十年かけて培ってきた「当たり前の便利」の正体に迫る。

Chapter
見慣れすぎて、誰も「変」だと思わない装備
傘立ても、スライドドアも、それぞれに歴史がある
装備は、日本の暮らしの「要望の化石」である
外国メーカーが軽を作るとは、日本の生活を移植することだった
「当たり前の便利」は、手放すときにも効いてくる

2026年7月28日、中国の電気自動車最大手BYDが、日本専用に開発した軽自動車のEV「RACCO(ラッコ)」を発売した。海外のメーカーが日本の軽自動車規格に合わせた車を専用に作って売るのは、これが初めてだという。

ニュースの見出しに並んだのは、たいてい数字だった。価格は214万5000円から。国の補助金を使えば実質199万円台。1回の充電で走れる距離は最長320キロ。どれも、これまでの軽EVより攻めた数字だ。

けれど、仕様の細かいところを読んでいくと、数字よりも妙に心に引っかかる装備がいくつも出てくる。後ろのシートの背もたれには、カップホルダー付きの小さなトレーがついている。運転席まわりには、長い傘をそのまま立てて入れられる収納がある。買い物袋を引っかけるフックがある。両側の後席ドアは、スイッチひとつで開く電動スライドドアだ。

中国のメーカーが、日本の軽自動車を2年ほどかけて調べ上げて出した答えのひとつが、傘立てとレジ袋フックだった。これは、少し立ち止まって考える価値のある話だと思う。

見慣れすぎて、誰も「変」だと思わない装備

日本で暮らしていると、こうした装備は空気のように当たり前だ。スーパーの駐車場でスライドドアが横に開き、後ろの子どもがランドセルを背負ったまま乗り込む。買った総菜のパックを、シートのフックにレジ袋ごとぶら下げる。急な雨で濡れた傘を、ドアの内側にすぽっと差し込む。誰も、それを珍しいこととは思わない。

軽自動車の装備の当たり前

ところが、視点を日本の外に移すと、この「当たり前」はかなり変わっている。

そもそも軽自動車という規格そのものが、世界のどこにもない。全長3.4メートル以下、全幅1.48メートル以下、エンジンは660ccまで。この寸法の箱は、1998年に決まった日本だけのルールだ。だから海外のメーカーにとって、軽を作るというのは、他のどの国でも売れない、日本でしか通用しないサイズの車をわざわざ設計する、ということを意味する。

その、日本でしか売れない小さな箱の中に、日本のメーカーは何十年もかけて「かゆいところに手が届く」装備を詰め込んできた。BYDが研究したのは、エンジンの代わりのモーターやバッテリーの話だけではない。この、日本人が気づかないうちに積み上げてきた気配りの層だった。

傘立ても、スライドドアも、それぞれに歴史がある

一つひとつの装備には、意外なほど長い来歴がある。

車に傘を立てる、という発想自体は古い。1981年に出た日産スカイラインには、すでに傘を差せる兼用のドアポケットがあったとされる。ただ、濡れた傘を入れても雨水が車外に流れる、いまのような専用の傘ホルダーが軽自動車に本格的に載ったのは、2017年のスズキ・ワゴンRが最初だと言われている。ドアに傘を差し込むと、水滴が下から外へ抜けていく。そういう細かい機構が、軽という一番安い車のカテゴリーにまで下りてきた。

後ろの両側がスライドドアになっている軽自動車も、実はそれほど昔からあったわけではない。ボンネットのある普通の軽乗用車で、後席の左右ともスライドドアにした最初の車は、2008年に出たスズキ・パレットだとされている。まだ20年経っていない。

その前提として、背の高い軽自動車、いわゆるスーパーハイトワゴンというジャンルがある。天井が高く、床が低く、大人がかがまずに乗り降りできる。この形を定着させたのは、2003年のダイハツ・タントだと言われている。「しあわせ家族空間」というコンセプトだった。ホンダのN-BOXやスズキのスペーシアといった、いまの売れ筋はすべてこの系譜にある。BYDのラッコが狙ったのも、まさにこのカテゴリーだ。

こうして並べてみると、日本の軽の便利さは、天から降ってきたものではないとわかる。傘ホルダーも、両側スライドドアも、背の高い車体も、それぞれ別の時期に、別の理由で足されてきた機能が、いつの間にか一台に集まっただけなのだ。

装備は、日本の暮らしの「要望の化石」である

では、なぜこれらの装備が生まれたのか。答えは、車の中ではなく、車の外の日本の暮らしのほうにある。

日本の道は狭い。駐車場も狭い。隣の車との間隔が数十センチしかない立体駐車場で、ヒンジ式の普通のドアを大きく開けたら、隣の車にぶつかる。子どもや高齢者を横に乗せるなら、なおさら開けにくい。だから、横にスライドして開くドアが重宝された。狭さという制約が、スライドドアを呼んだ。

背の高い車体と低い床も同じだ。狭い土地を有効に使うには、車が地面を占める面積は増やせない。それなら上に伸ばすしかない。床を低くして天井を上げれば、同じ面積のまま室内が広くなる。おばあちゃんの膝にも、子どもの短い足にも、低い床はやさしい。

傘立ては、日本の雨の多さと律儀さの産物だろう。濡れた傘を車内に持ち込みたくない、シートを濡らしたくない、という感覚は、雨が多く、車をきれいに保つ文化と結びついている。買い物袋のフックは、家族の食料を車で買いに行き、袋の中身を倒したくないという、ごく生活的な願いから来ている。

つまり、日本の軽自動車についている細かい装備は、日本人の生活が長い時間をかけて出してきた要望が、金属とプラスチックの形で固まったものだ。言ってみれば、要望の化石である。狭い道、多い雨、家族での買い物、乗り降りに手間のかかる高齢者と子ども。その一つひとつが、装備というかたちで車体に刻まれている。

軽自動車の装備 - 要望の化石

そして、狭い箱という制約がこの化石を濃くした。全幅1.48メートルという枠は動かせない。その中で空間と使い勝手を絞り出す競争が、装備をここまで細かく、しつこくした。制約が、発明を生んだのだ。

外国メーカーが軽を作るとは、日本の生活を移植することだった

ここまで来ると、冒頭のニュースの意味が変わって見えてくる。

BYDのラッコが日本専用の軽EVだというとき、それは単に「日本の寸法に合わせた小さな電気自動車を作った」という話ではない。傘立てを付け、レジ袋のフックを付け、背面にトレーを付け、両側を電動スライドドアにした時点で、彼らが移植しようとしたのは、車の設計図ではなく、日本人の生活そのものだったということになる。

雨に濡れた傘の置き場に困る感覚。狭い駐車場でドアを気にする感覚。買った総菜を倒したくない感覚。乗り降りにひと呼吸かかる家族への配慮。BYDが2年をかけて調べたと語っているのは、突きつめればこうした感覚のことだ。バッテリーの化学式は世界共通でも、傘の置き場所は、その国の暮らしにしか答えがない。

日本のメーカーの社長が「日本の文化を研究した」と言うなら、それはある種のセールストークにも聞こえる。だが、日本の外から来たメーカーが本気で軽を作ろうとして、結局たどり着いた先が傘立てとレジ袋フックだったという事実は、日本の軽の便利さが偶然ではなく、生活の必然だったことを、外側から証明しているように見える。

「当たり前の便利」は、手放すときにも効いてくる

この話は、車をこれから買う人にも、いま乗っている車をいつか手放す人にも、地続きだ。

使い勝手のいい装備は、日々の満足だけでは終わらない。使い勝手がいい車は、長く使われる。長く、大事に使われる車は、次の持ち主にとっても価値がある。だから中古市場で値崩れしにくい。日本の軽が国内で根強く支持され、さらに海外にまで中古車として流れていくのは、この「当たり前の便利」が、年式や走行距離とは別のところで効いているからでもある。

次に自分の車に乗るとき、あるいは誰かの軽に乗せてもらうとき、傘立てやスライドドアや背面トレーを、一度だけ意識して見てほしい。その一つひとつは、誰かの「困った」から生まれ、何十年もかけて磨かれ、いまや海の向こうのメーカーがわざわざ研究しにくるほどの、静かな発明の集まりだ。見慣れて透明になっていたものが、少しだけ違って見えるはずだ。

参照元: BYD JAPAN プレスリリース「BYD、新型 軽EV『BYD RACCO』の国内販売を開始」(2026年7月28日)、朝日新聞「日本の牙城の『軽』市場、中国BYDが参入 実質199万円台から」(2026年7月28日)、毎日新聞「中国BYD、EV『ラッコ』発売 海外メーカーの国内軽市場参入は初」(2026年7月28日)、くるまのニュース(BYD Auto Japan 東福寺厚樹社長コメント、装備解説)、Business Insider Japan(日本市場の調査に関する報道)、一般社団法人 全国軽自動車協会連合会「軽自動車の規格」(規格変遷)、レスポンス(2017年 スズキ・ワゴンR 排水機能付きアンブレラホルダーの軽初採用)、スズキ株式会社 四輪製品ニュース(2008年 パレットの後席両側スライドドア採用)

車選びドットコムマガジン編集部

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