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「避難所より車のほうが安心」という判断が、地震そのものより人を死なせてきた。原因は、足にできた小さな血の塊だった

車中泊とエコノミークラス症候群 記事サムネイル

地震の避難所より車中泊を選ぶ人が後を絶たない。だが、その「安全な選択」が、これまで地震そのものより多くの命を奪ってきた。知られざるエコノミークラス症候群の実態と、今日からできる予防法。

Chapter
飛行機の言葉が、なぜ車の話に出てくるのか
最初の警告は、20年以上前の新潟から来た
8万人が車で眠り、少なくとも2人が亡くなった熊本
実は80年以上前から、人類は同じことを繰り返してきた
この夏、熊本でまた同じことが起きている
車を持っている人が、今日から知っておけること
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地震で家が揺れた夜、あなたならどこで眠るだろうか。

体育館の床に見知らぬ人と並んで雑魚寝するより、自分の車のほうがいい。多くの人がそう考える。プライバシーが守れる。ペットも一緒にいられる。エアコンも効く。余震で建物が崩れる心配もない。何より、自分の空間だという安心感がある。実際、いまも避難所ではなく駐車場で車に寝ている人はたくさんいる。

ところが、その「気楽で安全そうな選択」が、これまでの災害で、地震の揺れそのものよりも多くの命を奪ってきた。しかも死因は、崩れた家でも火事でもない。眠っているあいだに、足の奥にできた小さな血の塊だ。

これは車に詳しいかどうかとは関係のない話で、免許を持ってマイカーで移動する人なら、誰の身にも起こりうる。そして名前だけは、あなたもきっと聞いたことがある。エコノミークラス症候群である。

飛行機の言葉が、なぜ車の話に出てくるのか

エコノミークラス症候群。飛行機の安い座席で長時間じっと座っていた人が、着陸して立ち上がった瞬間に倒れる。そんなイメージで覚えている人が多いと思う。

名前の由来はまさにそこにある。狭いエコノミークラスの席で足を動かさずにいると発症しやすいことから、この呼び名が広まった。だが、この名前は少しだけ人を油断させる。まるで「海外旅行のとき、飛行機の中だけで起きること」のように聞こえてしまうからだ。

医学的な正式名称は、静脈血栓塞栓症という。仕組みはこうだ。長い時間、足を動かさずに同じ姿勢でいると、ふくらはぎの血の流れが滞る。私たちの足の血液は、ふくらはぎの筋肉が伸び縮みするポンプの働きで心臓へ押し戻されている。歩かず、膝を曲げたまま座り続けると、このポンプが止まる。滞った血はやがて固まり、血の塊、つまり血栓になる。

問題は、その塊が足にとどまっているうちは、たいてい自覚症状がないことだ。そして人が立ち上がって歩き出した瞬間、塊が血流に乗って剥がれ、心臓を通り抜けて肺の血管に詰まる。肺が酸素を取り込めなくなり、突然、息ができなくなる。これが致命的になる。

つまりこの現象は、飛行機のエコノミークラスに固有の病気ではない。長時間、狭い場所で足を動かせない状況ならどこでも起きる。長距離バス、デスクワーク、そして車中泊。むしろ乗用車の座席は、飛行機よりも足を伸ばしにくい。前席を倒しても、足は完全にはまっすぐにならない。膝が曲がったまま一晩を過ごすことになる。

ふくらはぎにできる血栓のメカニズム

車という機械は、走るためにできている。人が寝るためには、そもそも設計されていない。

最初の警告は、20年以上前の新潟から来た

この危険が日本で初めてはっきり見えたのは、2004年10月の新潟県中越地震だった。

最大震度7。約10万人が避難し、そのうちおよそ半数が車の中で夜を過ごしたとされる。余震が続き、家に戻るのが怖かったからだ。そして震災のあと、県内の病院に肺の血管が詰まる症状で運ばれた人が相次いだ。

この地震を調べた医師の記録によれば、大きな病院に搬送された肺塞栓の患者は確認されただけで14人。全員が女性で、そのうち7人が亡くなっている。共通していたことがある。多くが夜中にトイレに行っていなかった。

なぜトイレを我慢することが、命に関わるのか。ここに、車中泊の残酷な連鎖がある。避難生活ではトイレが足りず、汚れていて、行列もできる。だから人は無意識に水を飲むのを控える。水分を控えれば、当然トイレの回数は減る。だが同時に、血はどろりと濃くなり、ますます固まりやすくなる。狭い座席で足を動かさず、水も飲まず、夜通しトイレにも立たない。血栓をつくるための条件が、几帳面に全部そろってしまう。

災害で人が亡くなるとき、私たちは倒れた建物や火事を思い浮かべる。だが新潟のこの犠牲は、そのどれでもなかった。生き延びた人が、避難した先の車の座席で、静かに命を落としていた。

8万人が車で眠り、少なくとも2人が亡くなった熊本

このときは、車中泊をした人が8万人を超えたと推計されている。理由は新潟と同じだ。強い余震が何度も続き、建物の中にいるのが怖かった。マイカーだけが、安心して身を置ける場所に見えた。

結果として、エコノミークラス症候群で入院が必要になった人は最終的に51人にのぼった。そのうちおよそ8割にあたる42人が、車中泊を経験していた。本震から数日後には、自宅の敷地で車中泊していた50代の女性が、車から降りたところで倒れて亡くなっている。医師の当時の集計では、車中泊した28人が肺塞栓を発症し、うち2人が死亡したと報告された。

さらに背筋が寒くなる数字がある。新潟の教訓を受けて、熊本では医師団が車中泊した避難者の足を超音波で検査した。すると、調べた69人のうち19人、およそ27パーセントの足に、すでに血栓が見つかった。4人に1人以上である。しかも、車中泊がわずか5時間で発症した例もあった。「一晩くらいなら大丈夫」という感覚が、まったく通用しないことを意味している。

熊本地震で亡くなった方は273人。そのうち、地震の揺れや建物の倒壊で直接亡くなった直接死は50人だった。残りの223人、実に8割は、避難生活のなかで体調を崩して亡くなった災害関連死である。エコノミークラス症候群は、その関連死を生む代表的な原因のひとつだった。

夜の駐車場に並ぶ避難の車列

地震は、揺れが収まった瞬間に終わるわけではない。むしろ、そこから静かに始まる第二の災害がある。

実は80年以上前から、人類は同じことを繰り返してきた

車中泊がここまで危険になる背景には、日本の防災事情がある。避難所が足りない、プライバシーがない、ペットを連れて入れない、余震が怖い。だから人はマイカーに逃げる。この判断そのものを責めることはできない。追い詰められた人にとって、車は最後のシェルターだからだ。

ただ、少し視野を広げると、これは日本だけの、そして現代だけの話でもないことがわかる。

第二次世界大戦中のロンドン大空襲を思い出してほしい。空襲を避けるため、市民は地下鉄の駅構内に逃げ込んだ。多いときには17万人以上が、狭い通路で身を寄せ合って夜を明かした。それが半年以上続いたとき、ロンドンでは肺塞栓による死亡が、前の年のおよそ6倍に跳ね上がったという記録がある。

車もない、飛行機のエコノミークラスも関係ない時代の話だ。それでも、狭い場所で長時間じっとしていれば、人の足には血の塊ができる。空襲から逃げた人を、今度は自分の足の血栓が襲った。エコノミークラスという新しい名前がつくよりずっと前から、この現象は、逃げ込んだ人間を待ち構えていた。

つまりこれは、飛行機の座席の問題でも、車の設計の問題でもない。「安全な場所へ避難する」という人間の当たり前の行動そのものに、静かに埋め込まれた落とし穴なのだ。車は、その落とし穴が現代で最も身近に口を開けている場所というだけである。

この夏、熊本でまた同じことが起きている

そして今、この話は過去の教訓ではなくなっている。

2026年7月28日、熊本県で再び最大震度7の地震が起きた。今回も多くの被災者が車中泊を選んでいる。理由は余震への恐怖に加えて、記録的な猛暑だ。熊本市では40度を超える日も観測された。エアコンの効く車内のほうが、蒸し暑い避難所より快適に思えるのは自然なことだ。

だが、まさにその選択に対して、今回はこれまで以上に早く警告が出ている。日本赤十字社は地震直後から、車中泊でのエコノミークラス症候群への注意を呼びかけた。福岡の病院の医師は、実際に患者が多数発生していると現場から報告している。政府も、予防のチラシを配るなどの対策を打ち出した。20年前の新潟の犠牲が、ようやく「起きる前に手を打つ」知識へと変わりつつある。

過去の教訓が、今回はどこまで犠牲を減らせるのか。それは、これから検証されていく。

車を持っている人が、今日から知っておけること

ここまで読んで、「自分は地方でもないし、災害なんて」と思った人もいるかもしれない。だが、思い出してほしい。血栓は飛行機や避難所に固有のものではなかった。長い渋滞、車中泊の旅行、仮眠を取る長距離運転。同じ姿勢で足を動かさない時間は、平時の車の中にもいくらでもある。

専門家がすすめる予防は、拍子抜けするほど地味だ。だが、その地味さこそが効く。

まず、水を控えないこと。トイレを我慢したくて水分を減らすのは、いちばんやってはいけない。日本の呼吸器の学会は、500ミリリットルのペットボトルで1日2本、つまり1リットルを目安にとるよう示している。次に、ときどき足を動かすこと。かかとを上げ下げする、ふくらはぎを軽くもむ、車から降りて少し歩く。それだけでふくらはぎのポンプが動き出す。締めつけない服を着る。眠るときは、できれば足を少し高くする。そして、可能なら車ではなく、足を伸ばして横になれる場所で寝る。

これらは高価な防災グッズではない。知っているかどうか、それだけの差だ。

車は、私たちに移動の自由を与えてくれる。災害のときには、身を寄せる殻にもなってくれる。その恩恵は本物だ。ただ、その殻の中で足を伸ばせないまま一晩を過ごすと、思いがけない場所に危険が芽生える。頼れる相棒であることと、そこで眠るのに向いていることは、別の話なのだ。

次に地震のニュースを見たとき、あるいは自分が車で夜を明かすことになったとき。「気楽だから車で寝る」という判断のうしろに、ふくらはぎで静かに進む、もうひとつの時間があることを思い出してほしい。それを知っているだけで、水をひと口多く飲み、足を一度動かすことができる。命を分けるのは、案外そのくらいの小さな差だったりする。

参照元: 週刊医学界新聞(榛沢和彦「災害時の静脈血栓塞栓症とその対策」)、日本呼吸器学会「災害時のエコノミークラス症候群(静脈血栓塞栓症)予防のQ&A」、厚生労働省「エコノミークラス症候群の予防のために」、日本赤十字社(2026年熊本地震 健康被害への注意喚起)、日本経済新聞・朝日新聞・毎日新聞(新潟県中越地震・熊本地震関連報道)

車選びドットコムマガジン編集部

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