中古車が買いたくなる自動車WEBマガジン

車を呼べない理由は、脚でも財布でもなかった。郵便局が全国で初めて肩代わりした「移動の手前の壁」

郵便局で公共ライドシェア配車代行(記事サムネイル)

スマホで車を呼べる公共ライドシェアが走る加賀市。それでも使えない人を止めていたのは「画面」だった。全国で初めて郵便局がその壁を肩代わりする取り組みとは。

Chapter
車がある。なのに呼べない
全国で初めて、郵便局がその壁を肩代わりした
「スマホが使える」は、思っているほど当たり前ではない
これは、高齢者だけの話ではない
なぜ、郵便局だったのか
便利は、誰かを置き去りにしていないか
郵便局で公共ライドシェア配車代行(記事サムネイル)

バスが来なくなった町の話をするとき、私たちはたいてい同じ絵を思い浮かべる。停留所に立ち尽くすお年寄り。消えていく時刻表。病院まで歩けない距離。だから「足がない」と言う。

ところが、石川県加賀市で2026年10月に始まったひとつの取り組みを知ると、その絵がすこしずれていることに気づく。加賀市には、呼べば来る車がすでに走っている。スマホで配車を頼める公共ライドシェアが、2年前から動いている。つまり「足」はある。それでも使えない人がいた。

その人たちを止めていたのは、脚の衰えでも、財布の中身でもなかった。スマホの画面だった。

車がある。なのに呼べない

加賀市は北陸新幹線の加賀温泉駅がある町だ。路線バスの縮小や運転手不足で、公共交通が行き届かない「交通空白」を埋めるため、2024年3月から「加賀市版ライドシェア」を走らせてきた。自治体とUber Japanが組む、公共ライドシェアとしては全国でも早い例だった。

仕組みはこうだ。スマホのアプリで行き先を指定すると、近くのドライバーの車が迎えに来る。運賃はタクシーのおよそ8割。支払いはアプリに登録したクレジットカードやQRコード決済ですませる。海外旅行でこの手のサービスを使ったことがある人なら、あの身軽さを思い出すだろう。指を数回動かすだけで、知らない街でも車がやってくる。

便利だ。ただし、この便利さには前提がある。スマホを持っていて、アプリを入れられて、画面の指示どおりに操作できて、キャッシュレス決済を登録できること。この前提をひとつでも満たせない人にとって、サービスは「存在するのに使えないもの」になる。

実際、加賀市のこのライドシェアも「配車依頼そのものが利用のハードル」だったと、運営側はのちに認めている。車は走っていた。ドライバーも待機していた。にもかかわらず、スマホ操作に不慣れな人は、乗る手前でつまずいていた。

全国で初めて、郵便局がその壁を肩代わりした

ここで加賀市が打った手が珍しい。2026年10月7日から、市内すべての郵便局、15局の窓口で、局員が配車の手続きを代わりに行うことにしたのだ。郵便局でライドシェアの配車を代行するのは全国で初めてだという。

利用者がすることは、郵便局の窓口で行き先を伝えるだけ。局員が専用のタブレットを操作して車を呼ぶ。提示された運賃をその場で確認し、現金で支払う。手続きの手間賃のような追加料金はとられない。あとは局の前に来た車に乗るだけだ。アプリも、カード登録も、QRコードの読み取りもいらない。

この座組には四者が関わっている。Uber Japanが配車の仕組みを提供し、加賀市観光交流機構がライドシェアの実施主体として運用し、日本郵便が全国に張りめぐらせた郵便局網と窓口の人手を出し、加賀市が行政として後押しする。加賀市はこれを「加賀モデル」と呼び、ほかの地域にも広げたい考えだという。

一見すると、小さな事務作業の追加に見える。局員がタブレットを一回押す。それだけの話だ。けれど、そこで起きているのは「デジタルで完結するはずだったサービスに、人間の手を一枚かませる」という、流れに逆らう設計である。わざわざアナログを足している。なぜそんなことをするのか。その理由にこそ、この話の芯がある。

「スマホが使える」は、思っているほど当たり前ではない

ここで一度、数字を見ておきたい。私たちはなんとなく「今どきスマホくらい誰でも持っている」と思い込んでいる。実際、総務省の調査ではスマートフォンの世帯保有率は9割を超えた。

ところが年齢で割ると、景色が変わる。総務省の情報通信白書によれば、インターネット接続端末としてスマホを使う人の割合は、全体では7割を超えるのに、70代では5割ほどにとどまる。80歳を超えるとさらに下がる。ついでに言えば、2017年ごろの70代のスマホ保有率は2割に届かなかった。この10年で一気に増えたとはいえ、「全員が使いこなす」にはまだ遠い。

支払いのほうはもっと差が出る。民間の調査では、QRコード決済を使う70代は4割ほど。クレジットカードこそ広く持たれているが、「できるだけ現金で払いたい」という人も70代では一定数いる。アプリで車を呼び、カードやQRで自動的に精算するという流れは、現金で暮らしを回してきた世代の感覚とはかみ合わないことがある。

配車アプリそのものの普及度も、実はそこまで高くない。内閣府の会議資料では、最近1年以内にタクシーの配車アプリを使ったことがある人は2割ほど。しかも普及しているのは都市部が中心で、そこですら利用経験は1〜2割という指摘がある。つまり「アプリで車を呼ぶ」という行為は、都会の若い世代にとっての当たり前であって、地方の高齢者にとっては相当に遠い習慣なのだ。

便利なサービスは、たいてい「それを一番使いこなせる人」の姿を思い描いて設計される。スマホを握り、アプリを入れ替え、決済を登録することに抵抗がない人。その人を基準に作ると、サービスは速く、安く、無人で回る。けれど同じ設計が、基準から外れた人をきれいに締め出す。足がないから乗れないのではない。入口の鍵が、知らないうちにデジタルに付け替えられていた。

これは、高齢者だけの話ではない

ここまで読んで「うちはまだ親が元気だし」「自分は若いから関係ない」と思ったかもしれない。けれど、この構図はもっと広い。

考えてみると、暮らしのいろいろな入口が、この数年で静かにスマホの中へ移っていった。役所の手続き。病院の予約。飲食店の注文。駐車場の精算。チケットの購入。どれも「アプリで」「QRで」「画面の指示に従って」が標準になった。使える人には革命的に楽だ。だが、その裏側で「人間の窓口」が一枚ずつ閉じていった。

移動は、その中でもとりわけ象徴的だ。車やバスは長いあいだ「自由に動ける」ことそのものだった。行きたいところに、行きたいときに行ける。その自由の入口が、脚力でも運賃でもなく「画面を操作できるかどうか」で仕切られ始めている。免許を返した後の移動の心配はよく語られるけれど、その手前に、もっと見えにくい関門がもう一枚できていた、ということだ。

そして、この関門はいずれ誰もがくぐる。今スイスイ指を動かしている人も、20年後、30年後、新しい何かの前で立ち尽くす側に回るかもしれない。技術は止まらないし、入口はこれからも更新され続ける。デジタルに不慣れな人を「遅れている人」として置いていく設計を許すなら、それは未来の自分を置いていく設計でもある。

なぜ、郵便局だったのか

だからこそ、加賀市が選んだ答えが効いてくる。失われた「人間の窓口」を、新しく作るのではなく、もともと町にあったものに担わせた。郵便局である。

郵便局は、地方であっても歩いて行ける距離にあることが多い。顔なじみの局員がいて、お年寄りにとって銀行や役所と同じくらい「行き慣れた安心できる場所」だ。全国に網の目のように広がっていて、しかも対面で人が座っている。デジタルがこぼした人を受け止めるのに、これほど都合のいい受け皿はそうない。加賀市は以前から、郵便局員が配達のついでに荷物を運ぶ実証実験なども一緒にやってきた。その延長線上に、今回の配車代行がある。

国の側も、同じ方向を向き始めている。国土交通省は、スマホのアプリを使わずに電話などで配車するやり方を認める導入ガイドラインを用意した。「アプリで完結するのが正解」という前提そのものを、いったん緩めたのだ。技術でできることと、人が使えることのあいだには溝がある。その溝を、制度と人の手で埋めにいく。郵便局の窓口はその最前線に立っている。

便利は、誰かを置き去りにしていないか

一台一台のライドシェアの車は、スマホの地図の上を賢く走る。けれど、その賢さにたどり着けない人のために、誰かが窓口でタブレットを一回押す。いかにも地味な作業だ。けれどそのひと押しは、「あなたは使えないままでいい、置いていかない」という返事に近い。

私たちはつい、サービスの性能や料金の安さで良し悪しを測る。速いか、安いか、手間がないか。だが本当に問われているのは、その入口を誰が開けられるのか、開けられない人がいたとき誰が代わりに開けるのか、ということのほうかもしれない。

あなたの親は、スマホで車を呼べるだろうか。あなた自身は、30年後に現れる「次の当たり前」を、ひとりで操作できるだろうか。車を持つか持たないか、免許を返すか返さないか。そういう話の、もう一段手前に、こんな問いが静かに置かれている。加賀市の郵便局は、その問いにいちはやく、現金で払えるひとつの答えを出した。

参照元: Uber Japan プレスリリース「全国初『郵便局で公共ライドシェア配車』支援を開始」(PR TIMES、2026年9月29日)/毎日新聞「郵便局で公共ライドシェア配車支援」(2026年9月30日)/中日新聞「郵便局でライドシェア配車代行」(2026年9月)/Impress Watch(対象15郵便局の一覧、2026年9月)/加賀市公式サイト「のりあいタクシー」「加賀市版ライドシェア」/総務省「情報通信白書」令和7年版・令和3年版(スマートフォン利用率・保有率)/総務省「通信利用動向調査」令和6年・令和7年(スマートフォン保有/利用率)/内閣府 規制改革推進会議 地域産業活性化ワーキング・グループ資料(配車アプリ利用経験、2024年7月29日)/NIRA総合研究開発機構「キャッシュレス決済実態調査2023」(世代別の決済手段・現金志向)/国土交通省「日本版ライドシェア」関連資料(配車アプリを使わない導入ガイドライン)

車選びドットコムマガジン編集部

豊富な中古車情報や画像&動画からピッタリのクルマを探せる中古車検索サイト「車選びドットコム」がお送りするマガジンです。
中古車が買いたくなるような、多数のオススメ中古車情報・クルマ雑学・トレンドニュース記事をお届け。あなたの気になる中古車も、これを読めばきっと見つかる!運命の一台に出会うきっかけづくりをお手伝いします。

公式サイト:https://www.kurumaerabi.com/
公式YouTube:https://www.youtube.com/c/kurumaerabicom
公式Twitter:https://twitter.com/kurumaerabicom

車選びドットコムマガジン編集部

ドリキン土屋圭市MC!

チャンネル登録はこちら

もっとみる 車選びドットコム加盟店募集中 詳しくはこちら

カテゴリー

注目タグ

車選びドットコム加盟店募集中 詳しくはこちら

デイリーランキング

2026.10.05UP

最新記事