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あなたの車の下取り価格を決めているのは、あなたではなく「中東の海峡」かもしれない

あなたの車の下取り価格を決めているのは「中東の海峡」かもしれない

10万キロ超えたら終わり──その常識は世界では通用しない。あなたの車の査定額を決めているのは、査定員のチェックだけではない。日本から8000キロ離れた中東の海峡が、中古車相場を動かす意外な主役だった。

Chapter
日本人が嫌う「3つの数字」が、世界では逆になる
日本は「世界一の中古車の輸出国」である
ドバイの砂漠にある「日本車の中継地」
海峡が一本詰まると、世界の中古車が止まる
「買い負け」する国になった日本
車を手放すという行為の、意外な広さ
あなたの車の下取り価格を決めているのは「中東の海峡」かもしれない

中古車を手放すとき、誰もが同じ数字を気にする。走行距離は何万キロか。何年式か。ボディに傷やサビはないか。査定担当者が車の周りを一周し、メーターを覗き込み、紙にチェックを入れていく。あの数分間で、自分の車の「価値」が決まる。そう思っている人は多い。

ところが2026年の春、その常識を静かに揺さぶる出来事が起きた。きっかけは、日本から8000キロ以上離れた、ペルシャ湾の出口にある狭い海峡だった。あなたが一度も通ったことのない海の上で起きたことが、日本国内の中古車の値段を動かし始めたのだ。

この記事は、車の売り方のテクニックの話ではない。あなたが「古い」「走りすぎ」「サビが出た」と思って手放した車が、その後どこへ行き、誰に喜ばれ、そして何によってその流れが止まるのか。その意外につながった世界地図の話である。読み終わるころには、自分の車の値札の裏側に、思いがけないほど広い世界が見えてくるはずだ。

日本人が嫌う「3つの数字」が、世界では逆になる

まず、日本の感覚を確認しておきたい。

中古車の査定で価値を下げる代表的な要素は、走行距離、年式の古さ、そしてサビや傷だ。「10万キロを超えたら買い替えどき」という言葉を聞いたことがある人も多いだろう。実際、10万キロ前後を境に査定額がガクッと落ちる、というのは中古車市場で長く語られてきた相場観だ。

ところが、この「3つのマイナス」が、海を渡るとそっくり裏返る。

アフリカ東岸のタンザニア。最大都市ダルエスサラームを走る車の8割が日本の中古車とも言われる。現地に車を届けている輸出会社の担当者が、テレビ取材でこう語っている。走行距離19万キロを超えた2012年式のホンダ・フィットを前に、「日本では新たに買い手がつかない年式・距離になっているが、アフリカではこれくらいの車が非常に人気だ」と。そして決定的なひと言が続く。現地で10万キロの車が届くと、人々はそれを「new car(新車)」と呼ぶ、というのだ。

サビについても逆転が起きる。日本なら「直してから売りたい」と考えるところを、現地のバイヤーからは「直さないで売ってほしい」という要望が多いという。日本国内で整備をするとその分だけ価格が上がってしまうし、現地には自分で直せる技術と安い部品がある。つまり「手をかけていない、ありのままの車」のほうが好まれる場面があるということだ。

なぜこんな逆転が起きるのか。理由は単純で、世界には「日本ほど車を簡単には捨てられない国」がたくさんあるからだ。新車は高くて手が届かない。だが移動の足は必要だ。そこで、頑丈で壊れにくく、壊れても直しやすい日本車が、20年でも30年でも現役で走り続ける。日本人が「もう寿命だ」と感じるラインは、世界基準ではまだ折り返し地点ですらない。

ここに最初の「へー」がある。私たちが査定表で見ている数字は、車そのものの絶対的な価値ではない。「日本という、車を新しく買い替えられる豊かな国の、その時の気分」を映した数字にすぎない。

日本は「世界一の中古車の輸出国」である

日本の中古車輸出の流れ

この価値観の逆転は、ちょっとした小話では終わらない。れっきとした巨大産業になっている。

日本中古車輸出業協同組合(JUMVEA)によれば、2025年に日本から輸出された中古車は170万台を超え、3年連続で過去最高を更新した。財務省の貿易統計でも、中古乗用車だけで149万台、金額にして1兆6000億円を上回る。新車の輸出が華やかに語られる一方で、その陰で「使い古された日本車」が毎年これだけの規模で世界へ流れ出している。

行き先を地域別に見ると、最も多いのはアフリカで約38万台。次いでアジア、中東と続く。国別で見ると、ここ数年ずっと首位に立っているのが、意外な国だ。アラブ首長国連邦(UAE)である。2025年は約25万台、全体の約15%を占めた。

ここで多くの人が首をかしげるはずだ。UAEと言えば、ドバイの摩天楼、石油で潤う富裕層、高級スポーツカーが街を走るイメージ。なぜそこが、日本の「使い古された車」の最大の輸出先なのか。

答えは「UAEがゴールではないから」だ。UAEは買う国ではなく、世界に配り直す国なのである。

ドバイの砂漠にある「日本車の中継地」

ドバイの市街地から砂漠の方向へ車を走らせると、Dubai Auto Zone(ドバイ・オートゾーン)と呼ばれる一画がある。中古車の輸入と再輸出に特化した経済特区で、約400社の中古車ディーラーが集まる、中東最大級の中古車市場だ。

ここがよくできた仕組みになっている。外国資本100%で会社を作れて、法人税もかからない。そして肝心なのが、この特区を通って別の国へ送り出す「再輸出」には関税がかからないという点だ。日本から運ばれてきた中古車は、ここで一度荷下ろしされ、アフリカや中央アジア、南アジアへと振り分けられて再び船に積まれていく。日本からこの特区に入ってくる中古車は、月におよそ1万台と言われる。

おもしろいのは、UAE自身は左ハンドルの国で、右ハンドル車の走行が認められていないことだ。日本車のほとんどは右ハンドルだから、UAEの道路を走ることはない。つまりドバイに着いた日本の右ハンドル車は、UAEの国内では一度も走らないまま、右ハンドルが当たり前のアフリカや南アジアへ素通りしていく。ドバイは「立ち寄り地」であって「目的地」ではないのだ。

世界地図の上に、一本の太い流れが見えてくる。日本のオークション会場で値が付かなかった車が、船でドバイへ運ばれ、砂漠の特区で仕分けられ、そこからアフリカの未舗装路を走る一台になる。あなたが手放したワゴンやコンパクトカーは、この流れに乗っていたかもしれない。

そしてこの流れには、地理的な「弱点」が一つある。ペルシャ湾の出口にある、幅のもっとも狭いところで30キロほどしかない海峡だ。

海峡が一本詰まると、世界の中古車が止まる

その海峡の名は、ホルムズ海峡という。ペルシャ湾と外洋をつなぐ唯一の出入口で、世界の原油輸送の大動脈として知られる。ドバイの港へ向かう船も、多くがこの海峡を通る。

2026年2月末、米国とイスラエルによるイランへの攻撃をきっかけに、このホルムズ海峡が事実上封鎖された。原油価格や電気・ガス料金への影響が大きく報じられたが、その陰で、ふだんはニュースにならない業界が直撃を受けた。中古車の輸出である。

ドバイの港が機能を止めた。すると、日本からドバイ向けの船が出せなくなる。すでに港で積み込みを待っていた車が宙に浮く。船を止められ、いったん「輸出した車」を「輸入し直して」自社のヤードに戻す、という普段はあり得ない作業に追われた業者もいたという。海上で足止めされ、本来の港に着けず、別の国の港へ10日以上遅れて荷揚げされた貨物もあった。

数字に表れた衝撃は鮮烈だった。日本中古車輸出業協同組合の集計によれば、2026年3月のUAE向け中古車輸出は前年同月比で94%減。台数にすると、月2万台前後で推移していたものが、わずか1499台まで落ち込んだ。長らく輸出先の上位3位に入っていたUAEは、この月、26位まで転落した。

ここで話が、ふたたび日本のあなたの手元に戻ってくる。

UAEという最大の出口が詰まると、行き場を失った車が日本国内にあふれ始める。買い手であった海外バイヤーが買い控えれば、国内のオークションで価格を吊り上げていた力が弱まる。実際、報道では、ランドクルーザー・プラドのように海外で人気の高い一部の車種で、競売価格が下落したという声が出た。海外で取り合いになっていた車ほど、海外が止まったときの値下がり幅が大きい、という構図だ。

つまり、あなたが手放そうとしている車の値段は、あなたの運転の丁寧さや、こまめなオイル交換だけで決まっているのではない。あなたが地図上のどこにあるかも知らない海峡で、何が起きているか。それが、巡り巡って査定額の一部を動かしている。

ホルムズ海峡と中古車市場

「買い負け」する国になった日本

この数年、日本の中古車相場はじわじわと高止まりしてきた。中古車市場の価格指数は、2026年初頭の時点で前年同月比13%超の上昇を記録している。「100万円台の手頃な中古車が消えた」といった声も聞かれるようになった。

その大きな要因の一つが、円安だ。円が安くなるほど、外貨を持つ海外のバイヤーから見れば日本車は割安に映る。彼らは日本人より高い値段を付けてでも車を買っていく。日本の販売店が「あと一声」とためらっている間に、海外のバイヤーがさらった。これがいわゆる「買い負け」だ。日本国内で乗るための車を、日本人が海外のバイヤーと競り合って、しばしば競り負けている。

少し立ち止まって考えると、これはなかなか不思議な構図である。かつて日本は、新車を世界に「売る」国の象徴だった。いまや、自国で使い古した車をめぐって、世界中のバイヤーと取り合いをする国になっている。しかもその取り合いの綱引きは、為替や、遠い国の戦争や、海峡の通行可否といった、ハンドルを握る私たちには手出しのできない要素で揺れている。

あなたの愛車に付く値札は、車の状態という「内側の事情」と、為替や地政学という「外側の事情」の、二つの力がせめぎ合った結果なのだ。

車を手放すという行為の、意外な広さ

ここまでの話を、もう一度あなたの生活の高さまで下ろしてこよう。

次にあなたが車を手放すとき、査定担当者は相変わらず走行距離とサビをチェックするだろう。その数字に一喜一憂するのは自然なことだ。けれど、その車が10万キロ走っていることは、必ずしも「終わり」を意味しない。地球の反対側では、それを「new car」と呼んで喜ぶ人がいる。あなたがサビを気にして直そうとしたその一手間を、「そのままでいい」と断る買い手がいる。日本での「寿命」は、世界では「第二の人生のはじまり」だったりする。

そして、その値段がいつもより高ければ、円安と海外需要のおかげかもしれない。いつもより渋ければ、どこか遠い海が荒れているのかもしれない。査定額という一つの数字の背後に、為替市場があり、ドバイの砂漠の特区があり、アフリアの未舗装路があり、ペルシャ湾の狭い海峡がある。

車に詳しいかどうかは関係ない。車を持っていなくても、ニュースで「ホルムズ海峡」という言葉を聞いたとき、原油やガソリンだけでなく、誰かの軽トラックやコンパクトカーの行き先までもがそこで止まっているのだと想像できたら、世界の見え方が少しだけ立体的になる。

私たちは、自分の車の価値を自分で決めていると思いがちだ。だが実際には、その値札は世界とつながった一枚の窓でもある。手放す一台の向こうに、これだけ広い地図が広がっていること。それを知っておくだけで、次に査定表を眺めるときの気持ちは、きっと少し変わるはずだ。

参照元: 日本自動車会議所「2025年の中古車輸出、9.1%増の170万台 3年連続で過去最高を更新」(日本中古車輸出業協同組合 JUMVEA 統計/日刊自動車新聞)/ 財務省「貿易統計」2025年分(中古乗用車輸出台数・金額、地域別内訳)/ 日本経済新聞「世界の中古車輸出、ホルムズ海峡封鎖で打撃 ドバイのハブ機能が停止」「3月の中古車輸出、UAE向け9割減 ホルムズ海峡封鎖でハブ機能まひ」/ テレビ朝日NEWS「アフリカで大人気の日本の中古車 海外向けに特化"無名の会社"輸出で成功」/ JETRO 海外発トレンドレポート「アラブ首長国連邦における中古市場(中古自動車、古着)(ドバイ発)」(Dubai Auto Zone の概況)/ 中古車市場価格指数の動向に関する報道(オークネット/東京大学エコノミックコンサルティング共同開発の指数)

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