中古車の値段を100年ぶりに別物にした「走行距離」という共通言語。EVではそれが急に通じなくなった
ガソリン車では「走行距離が少なければ良い車」という常識が通じた。ところがEVでは、走った距離が同じでも価格がまるで違う。電池の健康度という、見えないものさしに価値が移り変わろうとしている。
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- なぜ走行距離だけでは測れないのか
- ところが、その「健康度」は誰にも見えにくい
- 共通言語が消えると、値段が消える
- 値段のつかない車は、国境を越える
- 世界は電池に「履歴書」を持たせ始めた
- 「走行距離が少ないほうを選ぶ」が通じない時代に
走行距離の少ない中古車は、いい車だ。私たちは長いことそう信じてきた。ところが電気自動車(EV)では、その常識がもう半分しか通用しない。走った距離が同じでも値段がまるで違う、という奇妙なことが起き始めている。
車を売ったことがある人なら、査定のあの数分間を覚えているだろう。担当者が車の周りをぐるりと一周し、ボディの傷を見て、ドアを開けて内装の匂いを確かめ、最後にメーターを覗き込む。そこに表示された走行距離の数字を紙に書き込んだ瞬間、なんとなく値段の見当がついてしまう。
「5万キロならまあまあ」「10万キロを超えるとガクッと下がる」。多くの人がこの感覚を、教わったわけでもないのに体のどこかに持っている。中古車を買う側も同じだ。同じ年式の同じ車種が二台並んでいたら、走行距離が少ないほうを選ぶ。その判断にほとんど迷いはない。
この「走行距離を見れば、だいたいの価値がわかる」という感覚は、考えてみればずいぶん便利な発明だった。車に詳しくない人でも、たった一つの数字を見るだけで、エンジンやら足回りやらの状態をまとめて推測できる。売る人と買う人が、初めて会ったその場で値段の話を始められる。走行距離は、車の世界の「共通言語」だったのだ。
その共通言語が、EVでは急に通じなくなっている。なぜなのか。
なぜ走行距離だけでは測れないのか
ガソリン車にとって、走行距離は寿命の目安として理にかなっていた。距離を走れば、エンジンの中の金属部品はすり減り、ゴムやオイルは劣化する。走った分だけ各部が傷む、という素直な関係があったから、距離という一本のものさしで車全体のくたびれ具合を代表させることができた。
EVにはエンジンがない。すり減る部品の数も圧倒的に少ない。代わりに、車の価値のかなりの部分が、巨大な電池一つに集中している。新車価格のうち電池が占める割合は車種にもよるが小さくなく、その電池がへたれば、いくら車体がきれいでも「あと何キロ走れる車か」が変わってしまう。
そして厄介なのは、電池の弱り方が、走行距離とあまり仲良くしてくれないことだ。
車両管理サービスを手がけるカナダのGeotab社が、2万2700台を超えるEVの実データを分析した2025年の調査によると、電池の容量は平均で年に2.3%ずつ減っていく。ここで効いてくるのは「何キロ走ったか」よりも「どう充電し、どこで使ったか」のほうだ。急速充電(100kWを超えるような高出力)を主に使う車は年3.0%劣化したのに対し、自宅などでゆっくり普通充電する車は年1.5%にとどまった。気温の高い地域の車は、穏やかな気候の地域より年0.4%ほど多く弱っていた。
つまり、走行距離が同じ二台のEVでも、片方は毎日のように高速道路の急速充電で慌ただしく充電を繰り返し、暑い土地に置かれていた。もう片方は自宅で夜にのんびり充電し、温暖な土地で穏やかに使われていた。この二台は、メーターの数字が同じでも、電池の健康状態がまるで違う可能性がある。走行距離という一本のものさしは、その差を映してくれない。
電池の弱り具合は、業界では「SOH(State of Health)」、電池の健康度と呼ばれる。新品を100%として、今どれくらいの容量が残っているかを示す数字だ。EVの本当の価値は、走行距離よりもこのSOHにこそ宿っている。
ところが、その「健康度」は誰にも見えにくい
問題は、このSOHという数字が、外から簡単には読めないことだ。
ガソリン車の走行距離は、メーターを見れば誰でもわかる。一方、電池の健康度は車の中に隠れている。メーカーや車種によって確認できる度合いがバラバラなのが、いまの実情だ。
日産はディーラー向けに「EVバッテリー健診」という仕組みを持っていて、リーフやサクラといった車種なら、車のディスプレイからある程度の電池状態を確認できる。一方で、ユーザーが自分では健康度を直接見られず、ディーラーで診断してもらう必要があるメーカーの車もある。買う側の一般の人が、店頭に並んだ中古EVを前にして「この電池、どれくらい弱ってますか」と聞いても、その場で確かな数字が出てくるとは限らない。
ここに、もう一つの空白がある。中古車査定の世界には、日本自動車査定協会(JAAI)が定める長年の業界基準があり、傷やへこみ、修復歴をどう減点するかが細かく決まっている。ところが現状、この公表されている基準のなかに、電池の健康度を点数化する項目は明示的には組み込まれていない。走行距離という共通言語を100年近く磨き上げてきた中古車業界は、「電池の健康度」という新しい言語を、まだ全員で共有できる形に翻訳しきれていないのだ。
もちろん現場が手をこまねいているわけではない。三洋貿易は2025年1月、急速充電の差込口(CHAdeMO端子)につなぐだけで30秒ほどでSOHを推定する診断機を発売した。電池の状態を客観的な数字で示そうという動きは、たしかに進んでいる。それでも、誰もが同じ前提で値段の話を始められる「共通語」の段階には、まだ届いていない。
共通言語が消えると、値段が消える
共通言語がないと何が起きるか。値段がつけにくくなる。値段がつけにくいものは、安く買い叩かれる。
初代の日産リーフの中古価格は、その典型として語られることが多い。日経クロストレンドが示した残価率の推計では、リーフは新車から3年で約36%、5年で約23%、7年では約10%程度まで落ちる。買取の現場では、2017年以前の初代リーフが10万円を切る値付けになることも珍しくない。あるオークション仲介サービスの査定例では、2018年登録・走行12万キロ超のリーフが、2026年初頭の査定で28万円という数字だった。
もちろん初代リーフには電池容量が今より小さかったといった事情もあり、すべてのEVがこうなるわけではない。それでも、「電池がどれくらい元気なのか、買う側に確信を持って示せない」という不透明さが、価格を押し下げる方向に働いているのは間違いない。査定する側からすれば、見えないものはリスクだ。リスクは安全側に、つまり安く見積もられる。
そして、ここから先が、車に興味のない人にこそ知ってほしい話につながっていく。国内で値がつかないEVは、どこへ行くのか。
値段のつかない車は、国境を越える
日本総合研究所が2025年10月に発表した白書によると、2024年の時点で、国内で発生した中古EVのうち8割を超える台数が海外へ流れ出ている。累計で約9万4000台。その中の電池に含まれるリチウムやコバルト、ニッケルといったレアメタルは、累計で約4300トン、金額にして175億円相当が国外に出ていった計算だという。
これは一見、「日本の中古車が世界中で第二の人生を送る」というよく知られた話の、EV版に見えるかもしれない。だが中身は少し違う。ガソリン車が海外で走り続けるのは、まだ移動の道具として価値が残っているからだ。一方、海外へ出ていくEVの一部は、電池に含まれる金属資源そのものが目当てになりうる。日本国内では電池を測る共通言語が育っていないために再評価できず、結果として「資源を含んだ塊」として安く国外へ流れていく構図がある。
国内で適切に値付けして再利用したり、電池を回収して資源を取り出したりできれば、本来は国の中に残せたはずの価値だ。日本総研は、こうしたEV電池をめぐる循環の市場が、2030年に約6000億円、2050年には約8兆円規模に育つ可能性があると試算している。値段のつけ方がわからないという足元の不透明さが、その大きな機会を取りこぼす入り口になっている。
世界は電池に「履歴書」を持たせ始めた
では、見えない電池の健康度をどうやって全員で読めるようにするのか。一つの答えとして、世界が動き出している。
欧州連合(EU)は、電池に関する新しい規則(Regulation (EU) 2023/1542)のもとで、2027年2月18日から「バッテリーパスポート」を義務づける。対象はEV用の電池などで、一台ごとに電池のデジタルな履歴書を持たせる仕組みだ。QRコードを読み取れば、その電池がどんな材料からできていて、製造でどれだけの二酸化炭素を出し、リサイクル材をどれだけ含み、そして今どれくらいの健康度なのか、といった情報にたどり着けるようにする。
これは要するに、これまで車の世界が走行距離という一個の数字でやっていたことを、電池についてはもっと豊かな「来歴」の形でやり直そうという試みだ。誰が見ても同じ前提で語れる共通言語を、制度の力で作りにかかっている。日本でも、行政や企業が参加する協議会が立ち上がり、電池を国内で循環させる仕組みづくりが始まっている。共通言語の再発明は、もう実験段階に入っている。
「走行距離が少ないほうを選ぶ」が通じない時代に
ここまでの話を、車を買うとき・売るときの自分に引き寄せてみると、地味だが大事な変化が見えてくる。
これからEVを中古で買おうとするなら、走行距離の少なさだけで安心するのは早い。それより、電池の健康度(SOH)を示す数字や診断レポートを出してもらえるか、確認できるか、を気にしたほうがいい。前のオーナーが急速充電ばかり使っていたのか、自宅でのんびり充電していたのか。暑い土地で使われていたのか。そうした使われ方の履歴が、メーターの数字より雄弁にその車の余命を語る。
逆にEVを売る側になったとき、もし電池が丁寧に使われてきた一台なら、それを数字で証明できることが、これから値段を守る武器になる。「走行距離が少ないからいい車です」という昔ながらの売り文句が、EVでは半分しか効かなくなっているからだ。
私たちが当たり前だと思っていた「走行距離を見れば価値がわかる」という感覚は、実は100年近くかけて社会が育ててきた、見えないものを一目で測るための賢い道具だった。その道具がいま、電池という新しい中身を前にして、いったん効かなくなっている。次の共通言語がどんな形になるのか、そしてそれを日本が自前で持てるのかどうかが、見えないところで、私たちの車の値段を静かに左右し始めている。
参照元: Geotab(2025年、EV電池劣化に関する調査)、日本総合研究所(EV電池サーキュラーエコノミー白書、2025年10月21日)、日経クロストレンド(日産リーフ等の残価率に関する記事)、三洋貿易(EVバッテリー診断機の発売、2025年1月)、欧州連合(Regulation (EU) 2023/1542およびバッテリーパスポートに関する解説資料)、日本自動車査定協会(JAAI)中古自動車査定基準
























