車を買うとき、あなたは「その車を日本で売っていいか」を誰かがすでに決めてくれている。2026年、その判定が貿易の交渉カードになった
2026年、アメリカ製の車だけが日本の安全審査を免除される制度が突如スタート。型式指定という見えない仕組みが、通商政治の交渉カードになった。その裏で何が起きているのか、解説する。
- Chapter
- 「型式指定」という、ふだん誰も見ない審査
- 2026年、審査を通さずに売れる車が現れた
- 「関税はゼロなのに売れない」の犯人探し
- 名指しされた「ボウリングの球の試験」は、実在しない
- いちばんの皮肉は、その審査で不正をしていたのが誰かということ
- 私たちが値段と色だけで車を選べる理由
車を買うとき、私たちが悩むことはだいたい決まっている。値段はいくらか。色はどれにするか。ローンは何年で組むか。家族が乗れる大きさか。試乗して、見積もりを何度かやり直して、最後にハンコを押す。
そのあいだ、たぶん一度も頭に浮かばない問いがある。「そもそも、この車は日本で売っていいと、誰が決めたのか」。
私たちは店に並んでいる車を、当然のように「買える車」だと思っている。だが、そこに並ぶまでに、その一台は「日本の道を走らせても大丈夫」というお墨付きを、国から一度もらっている。値段や色を自由に選べるのは、その手前にある「売っていいかどうか」という一番重い判定を、私たちの代わりに誰かが済ませてくれているからだ。
2026年、その判定の仕組みに、静かに、しかし例外なほど大きな穴が空いた。しかも空けたのは日本ではなく、太平洋の向こうの通商政治だった。
「型式指定」という、ふだん誰も見ない審査
車が店に並ぶ前にくぐるお墨付きの正式名は「型式指定」という。名前は聞き慣れなくても、仕組みはシンプルだ。
日本では、車を売る前に、その車が国の決めた安全と環境のルール(保安基準)を満たしているかを国土交通省が審査する。ブレーキの効き、灯火の色や位置、排出ガス、衝突したときの守られ方。そういった項目を、メーカーが量産を始める前に代表の一台で確かめ、合格すれば「この型は基準に適合している」と国が指定する。
ここが肝心なところで、いったん型式が指定されると、同じ型の車は一台ずつ現物を検査場に持ち込んで確かめる必要がなくなる。だから工場から何万台も同じ車が出てきて、そのまま全国の店に並べられる。私たちが「新車を注文したら数週間で納車される」という当たり前を享受できているのは、この「代表一台で全部にお墨付き」という省略があるからだ。
つまり型式指定は、消費者から見えないところで、一人ひとりの安全確認を国がまとめて肩代わりしてくれている制度だといえる。ふだん誰も意識しないが、なくなったら車は一台ずつ検査場に並ぶことになる。
2026年、審査を通さずに売れる車が現れた
ところが2026年2月16日、国土交通省は「米国製乗用車の認定制度」というものを新しく作り、その日のうちに施行した。
中身を一言でいうと、こうなる。アメリカで作られ、アメリカの安全基準に合格している車は、日本で追加の試験をしなくても、書類の確認だけで「日本の基準に適合したものとみなす」。国土交通大臣が認定すれば、それで売っていい。
これまで日本の型式指定が求めてきた「日本のルールに合っているかを日本で確かめる」という手順が、アメリカ製の車についてだけ、まるごと省略されることになった。
見分け方も決まっている。この制度で認定された車は、車体の後ろに直径5センチほどの赤い星形の標識を貼る。車検証にもその旨が記される。街で車のうしろに赤い星がついていたら、それは「日本の試験は通っていないけれど、アメリカの試験の合格をもって日本でも売ってよい、と国が認めた車」という印だ。
対象になるのは、メーカーが正規に輸入する米国工場製の車に限られる。個人が海外から持ち込む並行輸入は含まれない。さっそくトヨタが、アメリカ工場で作るカムリ、ハイランダー、タンドラを日本に入れる。3列シートの大型SUVハイランダーは8月1日から全国発売で、価格は860万円。日産も米国製のムラーノを翌年に入れる計画を出している。
かつて「逆輸入車」といえば、ごく一部の好事家が手間とお金をかけて手に入れる特別な存在だった。それが、赤い星のステッカーひとつで、ふつうの販売店の店頭に並ぶ時代になった。
「関税はゼロなのに売れない」の犯人探し
なぜアメリカ製の車だけ、こんな特例が用意されたのか。ここから話は車を離れて、国と国の綱引きに入る。
そもそも日本は、輸入される乗用車に関税をかけていない。税率はゼロだ。だから「日本は関税で外国車を締め出している」という理屈は、少なくとも数字の上では成り立たない。それでも日本市場でアメリカ車はほとんど売れてこなかった。
この「関税ゼロなのに売れない」という説明のつかなさが、長いあいだアメリカ側の不満の火種になっていた。関税で説明できないなら、犯人はほかにある。そこで持ち出されたのが「非関税障壁」、つまり関税以外の見えない壁だという主張だった。そして壁のひとつとして名指しされたのが、まさに日本の安全基準・審査の仕組みだったのだ。
ここには、少し技術的だが決定的な背景がある。世界には「型式認証の相互承認協定」という枠組みがあって、日本もヨーロッパもこれに加盟している。
加盟国どうしなら、相手国で通した試験を自国でもそのまま認め合える。だから欧州車は、日本で一から試験をやり直さなくても入ってこられた。ところがアメリカは、この協定に入っていない。アメリカの安全基準は国際標準とは別の独自路線を歩んできたからだ。結果として、アメリカ車だけは日本で追加の試験や手直しが必要になり、それが手間とコストになっていた。
壁は「意地悪」ではなく「そもそも別のルールブックを使っている国どうしだから」という、地味な事情から生まれていた。だがこの地味な事情は、通商交渉の場ではそう説明されなかった。
名指しされた「ボウリングの球の試験」は、実在しない
交渉のなかでアメリカ側は、日本の安全試験をこう表現したことがある。ボウリングの球を6メートルの高さから車のボンネットに落として、へこんだら不合格にする。そんな無茶な試験のせいでアメリカ車が締め出されている、と。
これは事実ではない。国土交通省は「ボウリングの球を落とす試験など存在しない」とはっきり否定している。
では、何が実在するのか。似た趣旨の試験はある。「歩行者頭部保護」の試験だ。人の頭を模した3.5〜4.5キロほどの半球のダミーを、時速35キロほどでボンネットにぶつけ、衝撃をどれだけ吸収できるかを測る。車がはねてしまった歩行者の頭を、ボンネットが少しでも柔らかく受け止められるように、という発想の試験だ。しかもこれは日本が勝手に作った基準ではなく、国連の国際基準に沿ったもので、ヨーロッパも同じことをやっている。
つまり、実在しない「ボウリングの球」の物語が交渉の材料になり、その裏にあった実在の試験は「歩行者の頭を守るための、国際的に共有された配慮」だった。壁と呼ばれたものの正体は、車の外にいる人間を守る仕組みだったわけだ。
この試験の話が象徴的なのは、私たちがふだん車の安全を「自分が守られるか」でしか考えていないことをあぶり出す点にある。エアバッグは何個か、衝突安全性能の星はいくつか。私たちが気にするのは、たいてい車の中に乗っている自分の話だ。だが審査のなかには、車が誰かをはねてしまった側になったとき、外にいる他人をどれだけ傷つけずに済むか、という項目まで含まれている。赤い星のステッカーは、書類の確認だけでその項目をまたいでいる。
いちばんの皮肉は、その審査で不正をしていたのが誰かということ
ここでもう一つ、忘れてはいけない出来事がある。
「日本の審査は世界一厳しい」という物語が交渉で持ち出されていたのとちょうど同じ時期、その厳しいはずの審査で不正が続々と見つかっていた。2023年から2024年にかけて、日本の型式指定の不正問題が次々に明るみに出たのだ。
きっかけはダイハツ工業だった。認証試験で不正が発覚し、2024年1月には一部の車種の型式指定が取り消された。国はこれを受けて、型式指定を持つメーカー全社に調査を命じる。すると2024年6月、トヨタ、マツダ、ヤマハ発動機、ホンダ、スズキという名だたる5社で、認証申請の不正が判明した。対象は数十車種に及んだ。
構図を並べると、なんとも据わりが悪い。外からは「日本の審査は厳しすぎる壁だ」と責められ、その壁を交渉で低くさせられていく。一方で内側では、その審査を守るべき当のメーカーたちが、試験のデータをごまかしていた。厳しさを外圧で緩められた制度は、実は身内が守り切れていなかった制度でもあった。
どちらの話も、同じ一点を指している。私たちが「車は誰かがちゃんと審査してくれている」と素朴に信じているその審査は、思っているほど盤石でも、思っているほど中立でもない。政治で緩められもするし、作る側の都合でごまかされもする。
私たちが値段と色だけで車を選べる理由
話を、最初の場面に戻す。
車を買うとき、私たちは値段と色とローンの心配だけをしていればいい。「この車を日本の道で走らせて大丈夫か」という、本当は一番重くて専門的な問いを、自分で背負わなくていい。その問いはとうに誰かが済ませてくれていて、店に並んでいる時点で「合格済み」だと信じられるからだ。
その「誰かが済ませてくれている」の中身が、型式指定という審査であり、実在しない球の物語で交渉のカードにされたものであり、身内の不正で揺らいだものだった。ふだん目に入らないだけで、私たちの「安心して車を選べる」は、この見えない仕組みの上に乗っている。
次に街で、車の後ろに小さな赤い星がついているのを見かけたら、少し思い出してほしい。あれは単なる輸入車の飾りではない。日本の試験を通ったという印ではなく、通さなくてよいと国が認めた印だ。そしてその判断のうしろには、関税の綱引きと、実在しない試験の物語と、車の外にいる歩行者の頭を守るための一枚のボンネットがある。
車は、値段と色だけでできているわけではない。私たちが見ていないところで、誰が何を確かめて売っているのか。その一番地味な部分こそ、実は国と国の力関係が最初に触りにくる場所なのだと、赤い星は静かに教えてくれる。
参照元: 国土交通省「米国製乗用車の認定制度を創設します」(令和8年2月16日 報道発表資料)・国土交通省「道路運送車両の保安基準第58条の3の規定による自動車の認定要領について(依命通達)」(令和8年2月16日)・「2025年7月22日の日米間の枠組み合意についての共同声明」(自動車基準関係)・国土交通省 型式指定制度および認証不正に関する報道発表資料(2024年1月・6月・7月)























