なぜ最近の車は「どれも同じ顔」に見えるのか。世界中のデザイナーが、申し合わせたわけでもないのに同じ輪郭にたどり着いた理由
安全基準と環境規制、コスト削減——3つの力が車のデザインを一点に収束させる。すべての車が同じ顔に見える理由と、あえてレトロな車を選ぶ人が増えている理由を解き明かす。
- Chapter
- 力その1 歩行者を守るために、ボンネットは「ぽってり」した
- 力その2 空気抵抗を削るほど、車の横顔は一本の弓なりになる
- 力その3 一つの「土台」から何車種も作るから、骨格が共通になる
- 三つの力が、同じ一点を指していた
- だから私たちは「懐かしい形」に、わざわざお金を払い始めた
街を歩いていて、前から来た車のメーカーが一瞬わからなかったことはないだろうか。エンブレムを見るまで、それがトヨタなのかホンダなのか、あるいはどこか海外のブランドなのか、判別がつかない。細長く吊り上がったヘッドライト、つるりと丸まったルーフ、後ろに向かってなだらかに落ちていく屋根。気のせいではない。
2026年5月、ローバーミニの専門店が20代から60代のマイカー所有者550人に聞いた調査で、「最近の車はどれも似たようなデザインになっている」と答えた人が約4割で最も多かった。しかも長く車を見てきた世代ほどそう感じていて、20代では26.6%だったのに対し、50代では半数を超えていた。同じ調査では、レトロなデザインの車に魅力を感じる人が合わせて56.8%。とくに20代から30代では、6割以上が「今後そういう車を買いたい」と答えている。
「最近のはどれも一緒」と感じ、「昔っぽいデザインのほうがいい」と思う人が増えている。この二つは、たぶん同じ気持ちの裏表だ。
おもしろいのは、車の見た目が似てきたのは、デザイナーの想像力が枯れたからではない、ということだ。むしろ逆で、世界中の優秀なデザイナーが、それぞれ別の国で、別の会社で、誰とも申し合わせていないのに、ほとんど同じ輪郭にたどり着いてしまっている。背後で三つの力が、静かに、しかし強烈に、車の形を一点へ押し込めている。
力その1 歩行者を守るために、ボンネットは「ぽってり」した
まず、車の正面まわりの話から。
昔の、たとえば1980年代のセダンを思い出してほしい。ボンネットが地面と平行に、薄く、低く、まっすぐ伸びていた。エンジンの上にはほとんど隙間がなく、いかにも「機械が詰まっている」という見た目だった。
ところが今の車は、ボンネットの先が持ち上がり、全体にぽってりと厚みがある。SUVだけでなく、コンパクトカーでもそうだ。これは流行ではなく、人の命に関わるルールの結果である。
日本では2004年に、国土交通省が「歩行者頭部保護基準」を保安基準に加えた。車が歩行者をはねたとき、最も深刻なのは頭がボンネットに打ちつけられる場面だ。そこで、直径16.5センチの人の頭を模した球を時速40キロでボンネットにぶつけ、頭部へのダメージが一定値を超えないことを確かめる試験が義務づけられた。新型車では2005年から順次適用されている。
頭が当たったときに衝撃を吸収するには、ボンネットの鉄板と、その下のエンジンとの間に「つぶれるための隙間」が要る。鉄板のすぐ下に硬いエンジンがあると、頭は鉄板を突き抜けて金属の塊に直撃してしまう。だから設計者は、ボンネットを持ち上げ、下に空間を確保するしかない。最近の車のフロントが軒並み厚ぼったくなったのは、この空間のためだ。
この基準は日本だけの話ではない。国連の場で「歩行者保護」の国際統一基準(GTR第9号)としてまとめられ、欧州はとっくに採り入れている。長くこの種の基準がなかったアメリカでさえ、2024年9月に同じ国連基準を採用する規則案を出した。
つまり、世界の主要市場が同じ一つの試験を車に課している。日本のデザイナーも、ドイツのデザイナーも、同じ「頭の球」を時速40キロでぶつけられて合格する形を探している。出発点が同じなら、たどり着く答えが似てくるのは当たり前だ。
力その2 空気抵抗を削るほど、車の横顔は一本の弓なりになる
次は、横から見たシルエットの話。
最近の車は、フロントからルーフ、そしてリアへと、まるで一本の弓を引いたような滑らかな曲線でつながっている。屋根は後ろに向かってなだらかに落ち、トランクは短く切り落とされる。クーペでもないのに、セダンもSUVもこの形に近づいている。
理由は燃費、もっと言えば二酸化炭素の排出規制だ。
高速道路を時速100キロで走るとき、車が受ける走行抵抗のおよそ8割は空気抵抗だと言われる。空気の抵抗の少なさを表す数字に「Cd値(シーディーち)」というものがある。値が小さいほど空気を上手にかわす、と思えばいい。このCd値が0.05下がるだけで、高速での燃費がおよそ1割よくなるとされる。
欧州連合は新車の二酸化炭素排出目標をどんどん厳しくしており、達成できないメーカーには重い罰金が待っている。1グラム単位で排出を削りたいメーカーにとって、空気抵抗はタダで燃費を稼げる宝の山だ。だから各社は競うようにCd値を下げにいく。
数字を並べるとよくわかる。一般的な乗用車のCd値は0.25から0.4くらいの範囲にあり、0.3を切れば「空気抵抗が低い」とされる。ところが最新のモデルはこの常識の下限に殺到している。メルセデスのEQSは0.20、ヒョンデのアイオニック6が0.21、テスラのモデルSが約0.208、BMWの5シリーズが0.22、テスラのモデル3が0.23。トヨタのプリウス(4代目)でも0.24だ。
空気を効率よく流す形には、物理的な正解がある。先端は丸めて、屋根はなだらかに下げ、後ろは適度に絞る。この「正解」は会社によって変わらない。空気の流れ方は、ドイツでも日本でも韓国でも同じ物理法則に従うからだ。Cd値という同じ試験を、同じ物理の上で全社が解いている。だから横顔が似てくる。
おまけに電気自動車は、重いバッテリーを床下に敷き詰める。すると車内の床が少し高くなり、全体のシルエットの自由度はさらに狭まる。「電気自動車はなんとなくみんな似ている」と感じるのは、この事情も効いている。
力その3 一つの「土台」から何車種も作るから、骨格が共通になる
三つ目は、もっと見えにくい、お金の話だ。
新しい車を一から設計するには、途方もない金がかかる。そこで現代のメーカーは、車の「土台」にあたる部分を共通化し、その上に違うボディを載せる作り方をしている。専門的にはプラットフォームとかモジュールと呼ぶ。
フォルクスワーゲンの「MQB」という土台は、小さなポロから大きなパサートまで、累計3,200万台以上に使われている。トヨタの「TNGA」も、プリウス、カローラ、ノア、SUVのC-HRなど、見た目のまるで違う40車種以上が同じ思想の骨格を共有する。日産・ルノー、BMW、メルセデス、ボルボ、ステランティス、ダイハツも、それぞれ同じことをやっている。
この方式には縛りがある。たとえばMQBでは、前輪の中心からアクセルペダルまでの距離が固定されている。トヨタのTNGAも、低い重心、広く踏ん張った足まわり、短い前後の出っ張りという基本姿勢が共通だ。
土台で前輪の位置やエンジンの積み方が決まってしまえば、その上に立つ車のプロポーションも自動的にある範囲に収まる。ボンネットの先からフロントガラスの付け根までの長さ、運転席の位置、車全体の重心の感じ。デザイナーがいくら腕を振るっても、土台が許す範囲を超えられない。同じ会社の車どうしが似るのはもちろん、各社が同じように効率を追って似た土台に行き着くから、会社をまたいでも似てくる。
三つの力が、同じ一点を指していた
歩行者を守る安全基準は、フロントを厚く持ち上げさせる。二酸化炭素の規制は、横顔を一本の弓なりに削らせる。量産のコストは、骨格と姿勢を共通の枠にはめる。
この三つは、別々の理由から生まれた、まったく無関係な力だ。安全と環境とお金。担当する役所も部署も違う。それなのに、最終的に車を押し込める方向は、不思議なくらい一つに重なっている。背が高めで、先端は丸く、屋根はなだらかに流れ、全体に効率的でつるりとした塊。世界中のデザイナーが申し合わせもなく同じ顔に行き着いたのは、彼らが似ているからではなく、解くべき問題が同じだったからだ。
ここに、車の見た目をめぐる小さな逆説がある。私たちはつい「最近のデザイナーは冒険しなくなった」と思いがちだ。けれど実際は、限界まで絞り込まれた条件の中で、いかに自分のブランドらしさを残すか、デザイナーは前より難しい戦いをしている。ヘッドライトの細い切れ込みや、エンブレムまわりの処理に各社が異様にこだわるのは、そこくらいしか個性を出せる余地が残っていないからだ。均質に見える車は、自由の産物ではなく、不自由の産物なのだ。
だから私たちは「懐かしい形」に、わざわざお金を払い始めた
ここで冒頭の調査に戻る。20代から30代の6割が「レトロなデザインの車を買いたい」と答えた。彼らはローバーミニやかつての車の現役時代を知らない世代だ。懐かしさで選んでいるわけではない。
レトロデザインの量産車を思い浮かべてほしい。BMWのMINI、丸っこいフィアット500、四角いスズキのハスラー、昔の軽自動車を下敷きにしたホンダのN-ONE。これらは「いかにも個性的」に見える。理由はもう明らかだ。効率と規制が指し示す「正解の形」から、あえて少し外れているからである。
だから割り切って言えば、レトロデザインとは「不便を承知で個性を買う」という選択だ。空気抵抗の点でも、室内の広さの点でも、最先端の効率からは外れる。それでも人は、駐車場で自分の車をひと目で見つけられること、エンジンをかけるたびに少しうれしくなること、そういう感情の取り分にお金を払う。
このことは、車に詳しくない人にも一つのヒントをくれる。次に車を選ぶとき、似たような選択肢を前に迷ったら、自分が本当は何にお金を払いたいのかを切り分けてみるといい。燃費や広さといった「正解」の効率なのか、それとも、毎日見て触れて少し気分が上がる「個性」の取り分なのか。どちらが正しいという話ではない。ただ、世界中の車が効率の一点へ収束していく時代だからこそ、自分の感情に値段がついていることに、私たちは前より自覚的になっていいのだと思う。
最近の車がどれも同じ顔に見えるのは、技術が進みすぎた未来の風景だ。そしてその風景の中で、わざわざ昔っぽい丸い顔の車を選ぶ人が増えているのは、人間がまだ効率だけでは動かない生き物だという、ちょっと心強い証拠でもある。
参照元: 国土交通省「ボンネットに歩行者頭部保護基準を新たに導入」(2004年4月20日)/自動車事故対策機構(NASVA)歩行者頭部保護性能試験方法の資料/アメリカ運輸省道路交通安全局(NHTSA)連邦自動車安全基準 No.228(国連GTR第9号採用の規則案、2024年9月)・日本貿易振興機構(ジェトロ)ビジネス短信(2024年9月)/欧州委員会 気候変動対策ページ(乗用車・小型商用車のCO2排出基準)/メルセデス・ベンツ、ヒョンデ、BMW、テスラ、トヨタ各社のCd値に関する自動車専門メディア各誌の報道(AUTOCAR JAPAN、Response、Car Watch、webCG、ベストカー 等)/フォルクスワーゲン MQB、トヨタ TNGA に関する各社公式情報および自動車専門メディアの解説(Motor-Fan、Merkmal 等)/有限会社キングスロード「レトロなデザインの車に関する意識調査」(2026年5月13〜14日実施、20〜60代のマイカー所有者550人対象)・ベストカーWeb 報道(2026年6月)
























