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運転免許を返すと、なぜ信用金庫が「金利を上乗せします」と言ってくるのか。その割引、誰のお金で出ているのか考えたことがありますか

免許返納制度の案内

運転免許を返すとついてくる割引や金利優遇。その代金はいったい誰が払っているのか。信用金庫の「運転卒業定期」から見える、免許返納の経済学。

Chapter
「警察がやっている制度」だと思っていたら、そうではなかった
信用金庫の金利が、答えを教えてくれる
返納した人は「街に張りつく客」に変わる
返す人の数は、店が無視できない規模になっている
割引の正体を知っても、それは悪い話ではない

「警察がやっている制度」だと思っていたら、そうではなかった

免許返納制度の案内

免許返納の特典は、警察や役所の案内ページに堂々と載っている。だから多くの人は、なんとなく「国や自治体がお金を出して、返納をうながしている公的なサービス」だと思っている。私もそう思っていた。

ところが、制度の中身を読むと、お金の流れはまったく違う。

栃木県が出している協賛店向けの案内には、こう書かれている。「特典・サービスは企業、事業所等で自由にお決め下さい。特典・サービス提供に係る費用は、企業、事業所等で負担をお願いします」。

つまり、肉の増量も、タクシーの1割引きも、信用金庫の上乗せ金利も、財源は国でも警察でもない。それぞれの店や会社が、自分の懐から出している。

警察や自治体がやっているのは、「高齢者運転免許自主返納サポート制度」という看板を立てて、協力してくれる店を募り、一覧にまとめて広報すること。返納した人には「運転経歴証明書」という、運転をやめた経歴を証明するカードが渡される。店はそのカードを見せた人に、あらかじめ自分で決めた特典を出す。費用は店持ち。役所はステッカーを配って「ここは協賛店です」と示すだけだ。

この仕組みに、思いのほか多くの店が手を挙げている。北海道では2026年4月時点で364の協賛店、山形県では同年5月時点で488か所が登録している。これが全都道府県にあると考えると、参加している店の数は相当なものになる。

ここで問いが裏返る。役所に頼まれただけで、しかも自腹で割引を出すのに、なぜこれほど多くの店が乗ってくるのか。慈善事業だろうか。それとも、店の側にも「割に合う」理由があるのだろうか。

信用金庫の金利が、答えを教えてくれる

その答えがいちばんはっきり見えるのが、さきほどの信用金庫の定期預金だ。

銀行や信用金庫にとって、預金を集めることは商売の土台にあたる。集めたお金を企業や個人に貸し、その利ざやで稼ぐからだ。だから「うちに預けてくれる人」は、それ自体が価値のある相手になる。

では、免許を返したばかりの高齢者は、銀行から見てどういう客だろうか。

車に乗らなくなった人は、行動範囲がぐっと狭くなる。遠くの大型店やショッピングモールには行きにくくなり、暮らしは自宅の近所を中心に回りはじめる。地元の信用金庫は、まさにその「近所」にある。歩いて行ける窓口、顔なじみの職員。車という移動の自由を手放した人にとって、近くにある金融機関の存在感は、むしろ前より大きくなる。

しかも、この世代はまとまった預金を持っていることが多い。退職金や年金、長年の蓄え。信用金庫が0.05%という、決して派手ではない金利を上乗せしてまで「免許を返した人専用」の定期をつくるのは、優しさのためだけではない。これから何年も付き合える、地元に根を張った預金者を、早いうちに自分のところへ呼び込みたいからだ。

「運転卒業定期」という商品名は、よくできている。卒業という言葉は前向きで、運転をやめることを失敗ではなく次の段階のように感じさせる。免許を返すという少しさびしい決断に、銀行がそっと祝福を添える。その祝福の裏には、長期の取引相手を確保したいという、ごく真っ当な経営判断がある。

割引が「優しさ」の顔をしているのは、信用金庫だけの話ではない。

返納した人は「街に張りつく客」に変わる

免許返納と街の消費

車を手放すと、人の消費の仕方そのものが変わる。

これまで車で30分かけて郊外のスーパーへまとめ買いに行っていた人が、近所の商店で少しずつ買うようになる。あるいは、店に行くこと自体が難しくなり、配達に頼るようになる。

ここで、協賛店の顔ぶれをもう一度見てみると、その意味がわかってくる。神奈川県警の案内には、特典の例として「購入商品の割引や自宅までの無料配送」が並んでいる。引っ越し大手の日本通運は、引っ越し料金の1割引きを協賛特典に出している。

配送無料は、店にとって一見すると持ち出しだ。けれど、車で来られなくなった客を、配達という形でつなぎとめる手立てでもある。車で遠くの大型店に流れていた客が、移動できなくなった瞬間に、近所の店にとっては逃がしたくない常連へと変わる。引っ越しにしても、運転をやめた高齢者は、子どもの近くや駅前のマンションへ住み替えを考える時期にさしかかる人が多い。返納というタイミングは、店にとって「この人がこれから何を必要とするか」を読みやすい節目なのだ。

警視庁がまとめている協賛企業のカテゴリには、銀行や交通機関に混じって「墓石・仏壇」や「人形」まで並んでいる。一見すると車とは縁遠い品目だが、運転をやめる年代の人が、これから先に向き合うであろう買い物だと考えれば、つながりが見えてくる。免許返納は、ひとりの人の暮らしが大きく切り替わる合図であり、その合図を聞き逃すまいと、さまざまな業種が手を挙げている。

役所が「安全のために免許を返してください」と呼びかける制度の内側で、店は店なりに「これからこの人と付き合いたい」という計算を働かせている。両者の思惑がたまたま同じ方向を向いているから、この仕組みは成り立っている。

返す人の数は、店が無視できない規模になっている

店がこれだけ熱心になるのには、頭数の理由もある。

警察庁の統計を見ると、運転免許の自主返納は、ある年を境に一気に注目を集めるようになった。2019年だ。この年の返納件数は60万1022件で、制度が始まって以来の過去最多になった。きっかけのひとつとして繰り返し報じられたのが、同年4月に東京・池袋で起きた、高齢ドライバーの車が母子をはねて死亡させた事故だった。ニュースを見て、自分や親の運転に不安を感じた人が各地で窓口に向かった。

その後、件数はいったん落ち着く。2023年には38万2957件まで減った。コロナ禍で外出そのものが減ったことや、返そうと思っていた人が一巡したことなどが背景にあるとされる。けれど、ここで終わる話ではない。直近の統計では、2024年が42万7914件、2025年が43万5067件と、ふたたび増えはじめている。

理由はわかりやすい。戦後すぐに生まれた「団塊の世代」が、まさに免許を考え直す年代に入っているからだ。返納する人の年齢層を見ると、75歳以上が大半を占める。2023年は返納者の約68%が75歳以上だった。そして75歳以上の免許保有者は、2023年末で728万人を超えている。これから返納を考える人の「予備軍」は、まだ分厚く控えている。

毎年40万人以上が運転をやめ、その多くが暮らしの形を組み替える。店にとってこれは、慈善でつきあう相手ではなく、れっきとした市場だ。免許返納という言葉から、私たちはつい「衰え」や「あきらめ」を連想する。けれど経済の目で見ると、それは40万人規模の人々の財布と行動が、一斉に向きを変える瞬間でもある。

割引の正体を知っても、それは悪い話ではない

ここまで読むと、免許返納の特典が「店の営業活動」だとわかって、少し興ざめした人もいるかもしれない。優しさだと思っていたものが、客の囲い込みだったのか、と。

けれど、見方を変えればこうも言える。店が自分の利益のために動いた結果として、運転をやめた人が街で暮らし続けるための仕掛けが、いつのまにかできあがっている。

車という移動の自由を手放すことは、本人にとって小さくない喪失だ。買い物も、通院も、人付き合いも、車を前提に組み立ててきた生活が、いったん崩れる。その崩れた生活を、誰かが上から設計して支えてくれるわけではない。代わりに、タクシー会社や、近所のスーパーや、配達業者や、信用金庫が、それぞれの商売の都合で「返した人向けのサービス」を差し出す。ばらばらの思惑の集まりが、結果として、車なしでも回る暮らしの受け皿になっている。

免許返納は、いつか多くの人が自分ごととして向き合う番が来る。親の運転が心配な人にとっては、もっと早く来るかもしれない。そのとき、差し出される割引やサービスの一覧を見て、「これは誰が、何のために出しているのか」を一度考えてみると、見え方が変わるはずだ。

そこに並んでいるのは、ただのおまけではない。運転をやめた人を、これからも自分の街の客として迎えたいという、店たちの静かな名乗りだ。免許という一枚のカードを手放した先に、それを待ち構えている経済が、ちゃんと用意されている。

参照元: 警察庁「運転免許の申請取消(自主返納)件数と運転経歴証明書交付件数の推移」(令和7年版)、日本経済新聞「運転免許証の返納、2023年は38万件 4年連続で減少」(2024年3月)、警視庁「高齢者運転免許自主返納サポート協議会加盟企業・団体の特典一覧」、神奈川県警察「神奈川県高齢者運転免許自主返納サポート」、栃木県「栃木県高齢者運転免許証自主返納サポート事業」、北海道「北海道高齢者運転免許自主返納サポート制度」、山形県「山形県運転免許証自主返納者等サポート事業」

車選びドットコムマガジン編集部

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