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ガソリンスタンドが消えた村で、最初に凍えるのは「車に乗らない人」だった

車に乗らないから関係ない、そう思っていた人ほど、ガソリンスタンドの消えた村で最初に凍える——。冬の灯油配送、農機の軽油、災害時の命綱。給油所が担っていた知られざる役割と、静かに進む地域インフラの崩壊を、数字と現場から追う。

Chapter
30年で半分以下、そして「一つもない村」
なぜ、消えていくのか
スタンドは「給油所」ではなく「燃料の窓口」だった
停電した夜に、行列ができる場所
「休む日を、隣の店と決める」という知恵
地図のピンが消えるとき、何が消えるのか

ガソリンスタンドが減っている、という話を聞いて、多くの人はこう思う。「車に乗らないから関係ない」「うちの近所にはまだある」。

たしかに、都市で暮らしていれば実感は薄い。少し走れば、明るい看板の下に何台もの給油機が並んでいる。だが、この国の地図をよく見ると、給油所を示すピンが一本、また一本と静かに消えている地域がある。そして消えた村で最初に困るのは、意外にも、ハンドルを握らない人たちだ。

運転免許を返した八十代の女性。畑しか動けない農家。冬の朝、灯油タンクが空になった一人暮らしの老人。給油所が地域から姿を消すと、まっさきにこの人たちの生活が崩れ始める。

「給油が不便になる」では到底すまない。ガソリンスタンドというのは、私たちが思っているよりずっと多くのものを背負った施設だった。その正体は、看板を消すときになって初めて見えてくる。

30年で半分以下、そして「一つもない村」

まず、減り方の規模を数字で押さえておきたい。

資源エネルギー庁の統計によれば、全国の給油所の数は、ピークだった1994年度末に6万421カ所あった。それが2024年度末(2025年3月末時点)には2万7009カ所まで減っている。30年あまりで、55パーセント以上が消えた計算だ。半分以下になった、と言ってもいい。

スタンドを営む事業者の数で見ると、減り方はさらに急だ。揮発油を販売する業者は1989年度末に約3万2800社あったが、2024年度末には1万2113事業者まで落ち込んだ。ピーク時の4割弱の規模である。

数が減るだけなら、まだ「混雑しなくなった」程度の話に聞こえるかもしれない。問題は、減り方が地方に偏っていることだ。

経済産業省は2013年から、市町村内のスタンドが3カ所以下しかない自治体を「SS過疎地」と呼んで毎年公表している。SSとはサービスステーション、つまりガソリンスタンドのことだ。この数が、2012年度末の257市町村から、2020年度末に343、2023年度末に372、そして2024年度末には381市町村まで増え続けている。全国1718市町村(東京23区を除く)のおよそ2割に当たる。

なかには、スタンドが「一つもない」自治体もある。青森県西目屋村をはじめ、こうした自治体は全国に10町村ある。スタンドが3カ所以下でも、市町村合併で見かけ上は数があるように見えるだけで、旧町村の単位で見れば燃料が手に入りにくい地域はもっと多い。住んでいる場所から最寄りのスタンドまで15キロ以上離れたエリアを抱える市町村は、2021年度末で282にのぼっていた。

15キロというのは、買い物のついでに寄れる距離ではない。給油するためだけに、往復で30キロ以上を走る。その車に入れる燃料を買いに、その車を走らせる。少し考えると、ねじれた構図だと気づく。

なぜ、消えていくのか

なぜ、これほど急に消えていくのか。理由はいくつも重なっている。

一つは、ガソリンそのものが売れなくなったことだ。1997年に量産型のハイブリッド車が登場して以来、車の燃費はぐんぐん良くなった。同じ距離を走るのに必要なガソリンが減れば、スタンドに立ち寄る回数も減る。薄い利益で回している商売だから、販売量が細るのは経営にじわじわ効いてくる。

もう一つ、地方のスタンドに重くのしかかったのが、2011年に施行された改正消防法だ。地中に埋められたガソリンの貯蔵タンクは、古くなると油が漏れる恐れがある。そこで、設置から40年を超えたタンクには漏洩を防ぐ改修が義務づけられた。

この改修や入れ替えにかかる費用が、小さなスタンドには重すぎる。資源エネルギー庁によれば、タンクの入れ替えはおおむね2000万円ほどかかるという。離島のように工事の条件が厳しい場所では、新設に4000万円という話もある。月々の売り上げが細っている過疎地のスタンドが、この一時金をひねり出すのは難しい。「直すより、閉めたほうが現実的だ」。そう判断する店が相次いだ。

業界には「ワンオーナー・ワンSS」という言葉がある。一人の経営者が一つのスタンドを、家族で切り盛りしているケースが多いという意味だ。だから後継者がいなければ、その一店はそのまま地域から消える。需要減、設備の更新費、後継者不足。この三つが同時に押し寄せて、地方のスタンドは閉店していった。

ここまでは「車に油を入れる場所が減った」という話だ。だが、本当に怖いのはこの先である。

スタンドは「給油所」ではなく「燃料の窓口」だった

ガソリンスタンドが地域から消えると、何が起きるか。資源エネルギー庁自身が、SS過疎地の問題をこう説明している。「自家用車や農業機械への給油や、移動手段を持たない高齢者への冬場の灯油配送などに支障を来す」。

ここで急に、登場人物が増える。農業機械。そして、灯油。

私たちは、ガソリンスタンドを「車にガソリンを入れる場所」だと思っている。だが地方のスタンドが扱っているのは、ガソリンだけではない。トラクターやコンバインを動かす軽油。発電機や除雪機のための燃料。そして冬の暖房を支える、灯油だ。

とくに灯油は重い。寒い地域では、一家がひと冬に何百リットルも使う。若くて車を運転できる人なら、ポリタンクを車に積んでスタンドへ買いに行ける。だが、運転をやめた高齢者はそれができない。だから、地方のスタンドは昔から、灯油を家まで配って回っていた。タンクローリーが集落をめぐり、玄関先のタンクに注いでいく。あの巡回が、運転しないお年寄りの冬の命綱だったのだ。

スタンドが店を閉めると、この配送の網がほどける。給油機の明かりが消えるだけでなく、毎週やってきていた灯油の車が来なくなる。車を持たない、あるいは運転をやめた高齢者ほど、真っ先に寒さに直面する。

「車に乗らないから関係ない」と思っていた人が、実は一番先に困る。ここに、この問題のいちばんの逆説がある。ガソリンスタンドは車の道具ではなく、その土地で暮らす人すべての燃料の窓口だった。

奈良県の山あいにある川上村では、村でただ一つのスタンドが経営者の高齢化で廃業しかけた。そこで村は、一般社団法人「かわかみらいふ」がスタンドを引き継ぐ仕組みを作った。車への給油はもちろん、運転できない高齢者の家への灯油配達を続けるためだ。さらに、スタンドから遠い地区の住民のために、公共施設に灯油の計量器を置いて少量から買えるようにした。こうした取り組みは全国でも珍しい。村が燃料の窓口をわざわざ作り直さなければならないほど、その窓口は暮らしに食い込んでいる。

停電した夜に、行列ができる場所

スタンドのもう一つの顔は、災害のときにあらわになる。

2024年元日に起きた能登半島地震を思い出してほしい。被災地では、暖房用の灯油や、復旧車両を動かす燃料の確保が急務になった。能登北部の6市町には69カ所のスタンドがあったが、地震直後には設備の損傷や停電で営業を止めた店が出た。地下のタンクが10センチ傾いて使えなくなった店もあった。地震から5カ月たっても、まだ営業を再開できないスタンドが残っていた。

経済産業省や自衛隊は、孤立した集落や避難所へ、2万リットルを超えるガソリンや灯油を運んだ。道が寸断されて元売りの基地から燃料を出せない地域には、ドラム缶に詰めた灯油を届けた。真冬の被災地で、燃料は文字通り命にかかわる。

このとき頼りになったのが、停電しても給油を続けられるスタンドだ。自家発電設備を備えたスタンドを、国は「住民拠点SS」と呼んで整備してきた。2025年2月時点で、全国約3万カ所のスタンドのうち、1万4260カ所がこれに当たる。地震や台風で町じゅうが停電しても、ここなら消防車や救急車、そして住民の車に燃料を入れられる。

過去にも、北海道で大規模停電が起きたとき、自家発電を回したスタンドの前には最長で300〜400メートルの車列ができた。電気が止まった夜に、なお燃料を出せる場所がどれだけ貴重か。その光景が物語っている。

ところが、その大切な拠点も、平時には「採算の合わない一店」として消えていく対象になる。災害のときだけ「あってよかった」と気づくが、そのときにはもう手遅れかもしれない。スタンドの網が薄くなるほど、いざというときに頼れる場所が遠ざかる。

「休む日を、隣の店と決める」という知恵

消えゆく窓口を、なんとか残そうとする工夫も生まれている。

その一つが、ちょっと意外な形で表れた。2025年6月、公正取引委員会は、SS過疎地でスタンド同士が休業日を調整すること、いわゆる「休日輪番制」について、独占禁止法の上で問題にはならない、という見解を示した。

少し説明がいる。本来、同じ商売をする店どうしが示し合わせて足並みをそろえる行為は、競争を妨げるとして独禁法が厳しく見る。だが、スタンドが2つしかない町で、両方が同じ日に休んでしまえば、その日その町から燃料が買える場所がゼロになる。だから「あなたが日曜に休むなら、うちは木曜に休む」と決めておく。これは談合ではなく、地域から燃料を絶やさないための調整だ、と国の機関が公に認めた。

少ない店どうしが競い合うのではなく、休む日をずらして地域を守る側に回る。その知恵を制度がうしろから支える。これは、スタンドという商売がもはや「商売」だけの枠に収まらず、水道や電気に近い社会インフラとして扱われ始めたことの表れでもある。

地図のピンが消えるとき、何が消えるのか

ここまで読んで、都市で暮らす人はこう思うかもしれない。「それは地方の、自分には遠い話だ」と。

だが、思い出してほしい。能登に灯油を届けた燃料も、首都圏のどこかの基地から運ばれた。日本じゅうに散らばった約3万カ所のスタンドは、平時には目立たないが、いざというときに燃料を全国へ行き渡らせる毛細血管のような網になっている。その網が地方からほつれていくと、災害のときに最後に頼れる供給力も細っていく。分散していること自体が、私たちみんなの保険だった。

ガソリンスタンドは、地図の上では小さなピンにすぎない。だが一本消えるたびに、その地域から消えるのは「給油の便利さ」だけではない。冬の灯油、農機を動かす軽油、停電の夜の発電燃料、災害時の最後の砦。運転する人も、しない人も、まとめて支えていた窓口が一つずつ閉じていく。

次にスタンドの前を通りかかったら、看板の明かりを少しだけ長く見てみてほしい。あれは車のための施設ではない。その土地で生きる人たちが、寒さや停電や孤立から自分を守るための、いちばん近い窓口なのだ。そして今、その窓口は全国で静かに数を減らしている。

参照元: 資源エネルギー庁「SS過疎地対策について」「住民拠点サービスステーションについて」、経済産業省「令和6年能登半島地震に伴う被害について」、公正取引委員会「ガソリンスタンド過疎地における休業日の調整(休日輪番制)」に関する回答事例、石油連盟「令和6年能登半島地震の被災地への燃料供給について」

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