日本で3年連続ナンバーワンになった車を、日産は9年間アメリカで売らなかった。理由は「あの国の道が、まっすぐすぎたから」
日本で3年連続トップに立った日産のe-POWER。その売れている技術を、日産はなぜ9年間もアメリカに投入しなかったのか。答えは「道の性格の違い」にあった。アメリカ向けに仕立て直された新型e-POWERと、車選びの本質を考える。
- Chapter
- 大ヒット商品を、わざわざ隠していた会社の話
- エンジンは「発電するだけ」で、走るのはモーター
- 日本の道は、e-POWERにとって「得意な道」だった
- アメリカの道は、e-POWERにとって「苦手な道」だった
- 「燃費のいい車」という言い方が、じつは半分しか正しくない理由
- だから、車を選ぶことは、じつは「自分の道」を選ぶこと
大ヒット商品を、わざわざ隠していた会社の話
ふつう、会社というのは売れた商品を全世界に広げたがるものだ。日本で当たったお菓子は台湾でもタイでも棚に並ぶし、ヒットしたスマホのアプリは翻訳されて各国に配信される。売れたものを、売れる場所に持っていく。ビジネスの基本のように思える。
ところが、ここに奇妙な例がある。
日産に「e-POWER(イーパワー)」という車の仕組みがある。名前は知らなくても、街で走っているノートやセレナに積まれている技術だ。これが日本でとにかく売れた。2018年には、ノートが登録車、つまり軽自動車を除いた乗用車のなかで車種別の年間販売台数1位になった。日産の車が国内の年間販売でトップに立つのは、会社の歴史のなかでも珍しい出来事だった。コンパクトカーの分野では3年連続で首位を守った時期もある。日産が国内で売る車のうち、いまや4割以上がこのe-POWERを積んでいる。
これだけ売れた仕組みを、日産はアメリカでは一台も売ってこなかった。2016年に日本で登場してから、およそ9年間ずっとだ。世界では68の国と地域に広がり、累計160万台を超えて走っているのに、世界最大級の市場であるアメリカだけ、まるで避けるようにして出さなかった。
そしてその封印が、ついに解ける。日産は2026年9月21日、主力SUVの新型「ローグ ハイブリッド」に、進化させたe-POWERを積んでアメリカで発売すると正式に発表した。米国仕様の価格は、四輪駆動のSVグレードで3万5490ドルからとされる。この車を作るのは、福岡県にある日産自動車九州の工場だ。
つまり、日本で作った、日本で大当たりした仕組みを、9年越しでようやくアメリカに送り出す、という発表である。
疑問は自然にわいてくる。そんなに売れるものを、なぜ長いあいだアメリカに出さなかったのか。答えは、車の性能そのものにあるのではない。あの国の道が、日本の道と、あまりに性格が違っていたからだ。
エンジンは「発電するだけ」で、走るのはモーター
話を進める前に、e-POWERが何者なのかを一度だけ、なるべくかんたんに説明しておきたい。ここが分かると、後の逆転劇がよく見える。
ふつうのガソリン車は、エンジンで生まれた力を、いろいろな歯車を通してタイヤに伝えて走る。エンジンが直接、車輪を回している。
e-POWERは、そこがまったく違う。積んでいるガソリンエンジンは、タイヤを回すためには使われない。エンジンの仕事は「発電」だけだ。エンジンを回して電気を作り、その電気でモーターを動かし、モーターがタイヤを回す。だから運転している感覚は、電気自動車にとても近い。アクセルを踏んだ瞬間からぐっと出る静かな加速、エンジンのうなり声から切り離された走り。それでいて、外の充電器につなぐ必要はない。ガソリンを入れれば、あとは車が勝手に発電しながら走ってくれる。
電気自動車のような乗り味がほしいけれど、充電スタンドを探して回るのは面倒だ。そういう人にとって、e-POWERは都合のいい落としどころだった。日本でこれだけ受け入れられたのには、ちゃんと理由がある。
日本の道は、e-POWERにとって「得意な道」だった
ここからが本題だ。同じ仕組みでも、走る場所によって得意・不得意がはっきり出る。そしてe-POWERは、日本の道に驚くほどぴったりだった。
日本人の車の使い方を思い浮かべてほしい。信号は多い。渋滞も多い。近所のスーパー、子どもの送り迎え、駅までの数キロ。止まっては進み、また止まる。長距離を高速でぶっ飛ばす機会は、多くの人にとって年に数えるほどしかない。
自動車メーカーの調査では、日本の乗用車の月間の走行距離は300キロに満たない人がおよそ6割を占めるという結果もある。つまり大半の人にとって、車は「近所をちょこちょこ動かす道具」なのだ。
この「止まっては進む」走り方こそ、e-POWERがいちばん力を出す場面だ。理由は二つある。ひとつは、ブレーキを踏んで減速するとき、その勢いを電気に変えて回収できること。街なかは減速の連続だから、拾える電気も多い。もうひとつは、エンジンを「いちばん効率のいい回転数」でだけ回せること。ふつうのガソリン車は、のろのろ運転のときエンジンが不得意な低い回転で無理をさせられるが、e-POWERのエンジンは発電に専念できるので、いつでも一番おいしいところだけを使える。
止まって、進んで、また止まる。日本のありふれた通勤路や生活道路は、e-POWERにとって「得意なコース」そのものだった。売れたのは、宣伝がうまかったからだけではない。日本の道の性格と、この仕組みの相性が、たまたま、あるいは狙いどおり、かみ合っていたのだ。
アメリカの道は、e-POWERにとって「苦手な道」だった
では、なぜアメリカには出さなかったのか。
アメリカ人の車の使い方は、日本とまるで違う。国土が広く、家と職場が遠く離れ、街と街のあいだを高速道路でつなぐ。連邦の統計では、アメリカのドライバーが1年に走る距離は1人あたり2万キロを超える。日本の一台あたりの年間走行距離のおよそ2倍だ(この二つは数え方が違うので単純比較はできないが、桁の違う移動をしていることは間違いない)。しかも、その移動の多くが、信号のない道を一定の速度で流し続ける「巡航」である。
この「高速でずっと同じ速度を保つ」走り方が、e-POWERにとってはいちばん苦手な場面になる。
思い出してほしい。e-POWERは、エンジンで作った電気をモーターに送って走る。この「作って、送って、回す」という手順が、じつは高速では足かせになる。ふつうのガソリン車なら、高速巡航のときはエンジンの力を直接タイヤに伝えればいい。ところがe-POWERは、いったん電気に変えるという回り道をする。電気に変える段階でも、モーターを回す段階でも、少しずつ力が逃げる。街なかで拾えていた減速時の電気も、ずっと流し続ける高速では、ほとんど拾えない。
得意だったはずの仕組みが、道の性格が変わった途端に、じわじわと不利になる。あるエンジニアの試算では、力をタイヤに伝えるまでの効率は、直接つなぐ方式が9割を超えるのに対し、e-POWERのような一度電気に変える方式では9割弱にとどまる、という比較もある。数字にすればわずかな差に見えるが、長い距離を毎日走る国では、この差が財布にきいてくる。
だからアメリカ市場では、トヨタやホンダが先に広げていた別のやり方のハイブリッド、高速では素直にエンジンの力を使う方式のほうが、燃費で有利だと見られてきた。
もっとも、日産自身はこの「高速が苦手だから出せなかった」という見立てを、まっすぐには認めていない。日本の技術メディアの取材に、日産のエンジニアは「高速走行の燃費が悪いから米国に投入できなかった、という事実はない」と否定している。日産の経営トップも、投入が遅れた理由を「これほど急にアメリカでハイブリッドの需要が伸びるとは予測できなかった」と、あくまで商品計画の読み違いとして説明している。
ここは見解が割れているところなので、断定はしない。ただ、はっきりしているのは、日産が今回アメリカに出すe-POWERが、日本で売っているものそのままではない、という事実だ。新しい第3世代は、高速走行での燃費をこれまでより最大15%改善したと日産は説明している。発電専用のエンジンを新しく作り直し、部品をまとめてロスを減らした。つまり、アメリカの「まっすぐな道」に合わせて、わざわざ仕立て直してから送り出している。日本の道で当たった一着を、体型の違う相手に合わせて、仕立て直したのだ。
「燃費のいい車」という言い方が、じつは半分しか正しくない理由
ここまでは日産一社の事情の話に見えるかもしれない。だが、この一件は、私たちが車について当たり前に使っている言葉のひとつを、静かに揺さぶってくる。
「あの車は燃費がいい」という言い方だ。
私たちはつい、燃費を「車が持っている性能」だと思ってしまう。カタログに大きく載る「1リットルで何キロ」という数字を、その車固有の実力のように受け取る。ところがe-POWERの一件が教えてくれるのは、燃費というのは車だけでは決まらない、ということだ。同じ一台でも、渋滞の多い街で乗るか、高速をひたすら流すかで、得意にも不得意にもなる。燃費は「車の性能」ではなく、「車と、道の性格と、その人の走り方」の掛け算で決まる。
じつは、カタログの燃費の数字も、この事実をこっそり認めている。いまの燃費表示は、ひとつの数字だけでなく、走り方の種類ごとに分けて示されるようになっている。市街地を走ったとき、郊外を走ったとき、高速を走ったとき。同じ車でも、この三つで数字はばらつく。メーカーだって、燃費は場面によって変わると分かっているから、わざわざ分けて出しているのだ。
なのに私たちは、いちばん大きく書かれた総合の数字だけを見て「燃費のいい車」「悪い車」とラベルを貼る。そのラベルは、自分がどんな道を、どんなふうに走るかを抜きにしては、半分しか当たっていない。
だから、車を選ぶことは、じつは「自分の道」を選ぶこと
この話は、e-POWERを買うかどうか、という狭い問題では終わらない。次に車を選ぶとき、ほとんどの人に効いてくる考え方だ。
たとえば、毎日の通勤が渋滞だらけの街なかを10キロ、という人と、郊外の家から高速に乗って40キロ、という人。この二人にとって「得な車」は、たぶん別の車だ。カタログでどちらが燃費上位かは、あまり関係がない。関係があるのは、その車の得意な道と、自分が毎日走る道が、重なっているかどうかだ。
自分がどんな道を、週に何回、何キロ走っているのか。信号は多いのか、流れる道が多いのか。近所の用事が中心なのか、遠出が多いのか。それを一度、頭のなかで地図にしてみる。すると、雑誌のランキングやカタログの太字よりも、はるかに正確に「自分にとって得な一台」が見えてくる。
日産が9年間ためらった末に、わざわざ仕立て直してからアメリカに送り出した。その回り道は、遠回りに見えて、じつはとても正直な話だった。同じ車でも、道が変われば別の顔になる。だとすれば、車を選ぶという行為は、性能表を眺めることではなく、これから自分がどんな道を走っていく暮らしなのかを、静かに見つめ直すことなのだと思う。
信号待ちで前後の車をぼんやり眺めるとき、そこに並んでいる何台もの車は、それぞれの持ち主の「よく走る道」の答え合わせなのかもしれない。
参照元: 日産自動車(米国日産)プレスリリース「2027 Nissan Rogue Hybrid press kit」(2026年9月21日発表)・共同通信 / 中日新聞Web「日産、米市場で独自HV車投入へ e―POWER、販売動向に注目」(2026年9月22日)・日産自動車 グローバルニュースルーム e-POWER 技術・製品情報・日経クロステック / MONOist(第3世代e-POWERの技術解説、投入経緯に関する日産関係者の説明)・一般社団法人 日本自動車工業会「乗用車市場動向調査」(走行距離の分布)・米連邦道路管理局(FHWA)による年間走行距離の統計























