街のタクシーだけ、ミラーがボンネットの上にある。あの位置は「安全だから」ではなく、40年前の役所と外国との駆け引きで決まっていた
タクシーだけがボンネットの上に二つの鏡を載せているのはなぜか。その理由は安全のためでも昔の好みでもなく、40年前まで日本の乗用車が「フェンダーミラー」しか選べなかったことの名残だ。規制と貿易と慣れが決めた、鏡の位置の物語をたどる。
- Chapter
- 1983年まで、あの鏡は日本の道でほぼ禁止だった
- 「危険だから」と言われていた。でも、本当にそうだったのか
- 「国産はダメ、輸入車はいい」という奇妙な線引き
- 解禁したら、あっという間だった
- それでも、タクシーだけは残した
- そして鏡は、鏡でなくなろうとしている
- 次にタクシーを見たら
信号待ちで前にタクシーが停まると、たまに視界に入ってくるものがある。車のいちばん前、ボンネットの左右に、細い棒でちょこんと立った二つの鏡だ。
自分や家族の車を思い浮かべてほしい。鏡は運転席と助手席のドアの横についているはずだ。ところがタクシーだけ、鏡がずっと前のほう、手を伸ばしても届かない場所にある。
たいていの人は、これを「タクシーってちょっと古いよね」くらいの感覚で通り過ぎる。会社の決まりか、昔ながらの好みだろう、と。
ところが、順番が逆なのだ。あのボンネットの上の鏡こそが、日本の車の「元の姿」だった。今あなたのドアについている鏡のほうが、40年ちょっと前までは日本の道路でほぼ走れなかった。しかも、走れるようにするために動いたのは、車の技術でも安全の研究でもなく、役所の運用と、外国との貿易をめぐる駆け引きだった。
鏡ひとつの位置に、その全部が詰まっている。
1983年まで、あの鏡は日本の道でほぼ禁止だった
まず、名前をつけておく。ボンネットの左右に立っている鏡を「フェンダーミラー」と呼ぶ。フェンダーはタイヤの上の膨らみのことだ。いっぽう、ドアの横についている今おなじみの鏡を「ドアミラー」という。
いまの日本では、街を走る乗用車のほとんどがドアミラーだ。だからつい、ドアミラーが普通で、フェンダーミラーが例外だと思ってしまう。
だが1983年の春まで、事情はまるで逆だった。ボンネットを持つ日本の乗用車は、事実上フェンダーミラーしか選べなかった。ドアの横に鏡をつけた国産車は、新しく世に出すことがほとんどできなかったのだ。
ここが少しややこしい。「ドアミラー禁止」という条文が、法律にはっきり書かれていたわけではない。鏡をどこに付けろ、という取り付け位置のルールそのものは、当時の法令に明記されていなかった。ではなぜ走れなかったのか。
車を新しく売り出すには、国の型式認定という関門を通り、一台ごとに車検を通さなければならない。その審査を担っていた当時の運輸省(いまの国土交通省)が、「ドアミラーはフェンダーミラーより危険だ」という考えのもとで、ドアミラー車を通さなかった。つまり法律の文字ではなく、役所の運用によって、ドアミラーは締め出されていた。
象徴的な話がある。いすゞが1981年に発売したスペシャリティカー「ピアッツァ」は、当初ドアミラーで認可を取ろうと役所と交渉したが、行政指導によってフェンダーミラーへ変更させられた、と伝えられている。設計者がどんな形を望んでも、鏡の位置は自分たちだけでは決められなかった。
「危険だから」と言われていた。でも、本当にそうだったのか
役所が挙げていた理由は、いちおう筋が通っているように聞こえる。ドアミラーは運転席のすぐ横にあるので、後ろを確認するとき視線を大きく動かさなければならない。フェンダーミラーなら車の前方にあるぶん、目線も首もあまり動かさずに後方を見られる。だから安全だ、という理屈だ。
たしかにフェンダーミラーには、実際に使う人が挙げる利点がいくつもある。前を向いたまま視線だけで後ろを確認できる。頭をひねらずに済むので長時間の運転でも疲れにくい。助手席に人が座っても、その人の頭で鏡が隠れない。車のいちばん外側が見えるので、狭い道での車幅の感覚がつかみやすい。
ここまで読むと、「じゃあフェンダーミラーのほうが優秀じゃないか」と思えてくる。事実、この利点は今もタクシーの現場で生きている(これは後で触れる)。
だが話はそう単純ではない。当時から自動車の評論家のあいだでは、「フェンダーミラーが安全というのは、結局は慣れの問題ではないか」という声が根強くあった。ドアミラーに慣れた人は、視線を横に動かすことを負担だと感じない。逆にフェンダーミラーに慣れた人は、遠くの小さな鏡を見るのが自然になっている。どちらが危険かをきれいに切り分ける決定的な根拠は、実ははっきりしない。「なぜフェンダーミラーでなければならなかったのか、その明確な根拠は見つからない」と整理している解説もある。
そしてもうひとつ、この「安全論」を内側から崩す事実があった。国境の外の話である。
「国産はダメ、輸入車はいい」という奇妙な線引き
同じころ、欧米の車はとっくにドアミラーが当たり前になっていた。1960年代の初めには、すでにドアミラーが主流だったとされる。世界の標準は、とうにドアミラーへ動いていたのだ。
ここで日本市場に、奇妙なねじれが生まれた。1970年代の後半になると、外国から輸入される車についてはドアミラーが認められるようになっていく。ところが同じ時期、国産車はあいかわらずフェンダーミラーしか通らない。
同じ日本の道路を走る車なのに、外国生まれならドアミラーで走れて、日本生まれなら走れない。もし本当にドアミラーが危険なら、輸入車だって危険なはずだ。安全のためという説明は、この一点で足元が崩れる。
この「国産はダメ、輸入はいい」という線引きは、やがて別の文脈で問題になっていく。当時、日本車が世界中で売れる一方で、日本の市場は外国の企業から見て入りにくいと批判されていた。関税以外のところで、細かなルールや運用が外国製品を締め出しているのではないか。そういう「見えない壁」のひとつとして、このミラーのダブルスタンダードも槍玉に挙がった。
安全の議論というより、貿易をめぐる圧力のなかで、締め出しの理屈は持ちこたえられなくなっていった。
解禁したら、あっという間だった
そして1983年、運輸省がドアミラーを正式に認める通達を出す。鏡の取り付け角度に一定の条件はついたものの、これで国産乗用車もドアミラーで世に出られるようになった。解禁後初の国産ドアミラー車は、同じ年の5月に登場した日産のクーペだったと伝えられている。
ここからの動きが、この話のいちばんの見どころだ。
「危険だ」と長年言われてきたはずのドアミラーは、解禁されたとたん、猛烈な勢いで広がっていった。数年のうちに、新しく出る国産車の多くがドアミラーになった。消費者はドアミラーの車を選び、メーカーもこぞって切り替えた。そして今、街を走る乗用車を見渡せば、フェンダーミラーの新車を探すほうが難しい。
つまり、こういうことだ。40年前に「安全のために必要」とされていた鏡の位置は、規制がなくなった瞬間、あっさり選ばれなくなった。もし本当に安全上どうしても必要なものだったなら、こんなに簡単には消えない。人々はただ、許されていなかった形が許されたので、そちらへ移っただけだった。
鏡の位置を最後に決めたのは、工学でも安全のデータでもなく、「何が許されているか」という制度の線引きと、そこにかかった外からの圧力、そして人々の慣れだった。
それでも、タクシーだけは残した
ここで冒頭のタクシーに戻る。乗用車がこぞってドアミラーへ移っていくなかで、タクシーの多くはフェンダーミラーを手放さなかった。トヨタが2017年に売り出したタクシー専用車も、標準でフェンダーミラーを採用している。これはメーカーが勝手に決めたのではなく、タクシー業界からの強い要望があったからだ、と報じられている。
なぜ残したのか。ここでさっき挙げたフェンダーミラーの利点が、そっくり生きてくる。
タクシーの運転手は一日じゅうハンドルを握り、狭い路地に入り、客を乗せたり降ろしたりを何百回と繰り返す。前を向いたまま視線だけで後ろを確認できることは、疲労とミスを確実に減らす。車の前方に鏡があるから、狭い道での車幅もつかみやすい。
そして、乗客がいるという特別な事情もある。ドアミラーで左後ろを確認しようとすると、運転手は左のほうへ首を振る。後部座席の客からすると、その動きが「こちらを覗き見しているのでは」という誤解を生みやすい。前方の鏡なら、客のほうを向かずに後ろを確認できる。乗せる相手が毎回知らない人であるタクシーにとって、この「振り向かなくていい」は小さくない価値だ。
つまりタクシーのフェンダーミラーは、懐古趣味でも決まりごとでもない。人を乗せて一日じゅう街を走る、という仕事にいちばん都合がよかったから残っている。同じ道具でも、使う人の暮らしや仕事が変われば、最適な形は変わる。街の乗用車とタクシーで鏡の位置が違うのは、その生きた実例なのだ。
もっとも、すべてのタクシーがフェンダーミラーというわけではない。一般的な乗用車をベースにしたドアミラーのタクシーも増えている。あの前方の鏡は、義務ではなく、あくまで現場が選んだ形である。
そして鏡は、鏡でなくなろうとしている
話はここで終わらない。「後ろを見る道具」は、いま三つ目の形へ動き始めている。
鏡をやめて、小さなカメラで後ろを撮り、その映像を車内の画面に映す。ガラスの鏡すら使わない「電子ミラー」だ。日本では2016年に保安基準が改められ、鏡の代わりにカメラと画面で後方を確認する車が、公道を走れるようになった。そして2018年、レクサスの高級セダンが、量産車として世界で初めてこの電子ミラーを積んだ車として登場した。ドアの外にはもう鏡ではなく小さなカメラが立ち、運転席のわきの画面に後ろの景色が映る。
流れを並べてみると、きれいに三段だ。ボンネットの上の鏡、ドアの横の鏡、そして鏡のないカメラ。半世紀あまりのあいだに、私たちが「後ろを見る」ためのやり方は、位置を変え、やがて鏡そのものを手放そうとしている。
そしてどの段でも、変化の引き金を引いたのは車の性能そのものではなかった。フェンダーからドアへ移るときは、役所の運用と外国との駆け引きと人々の慣れが決めた。鏡からカメラへ移るときも、まず国が「それを認める」とルールを書き換えたことが出発点だった。技術は、許されて初めて表に出てくる。
次にタクシーを見たら
私たちは毎日、車の後ろを確認している。運転する人はもちろん、後部座席に乗る人も、その鏡越しに運転手と目が合ったりする。あまりに当たり前で、その鏡がどこにあるべきかを考えることはまずない。
でも、そのあまりに当たり前な鏡の位置ひとつが、「安全だから」というもっともらしい理由の裏で、実際には役所の胸ひとつ、外国からの圧力、そして人々が何に慣れているかで決まってきた。正しいから残ったのではなく、許されていたから残り、許されたとたんに乗り換えられた。
次に街でタクシーの前に停まったら、あのボンネットの上の鏡を少しだけ眺めてみてほしい。あれは古いのではない。40年前に一度は世界から取り残された日本独自の形が、人を乗せて走る仕事の現場でだけ、いまも合理的に生き延びている姿だ。当たり前に見えるものほど、当たり前になった理由は、たいてい技術の外側にある。
参照元: 道路運送車両の保安基準 第44条(後写鏡等)/国土交通省、「バックミラー等に代わる『カメラモニタリングシステム』の基準を整備します」(2016年6月17日発表)/国土交通省、「新型『レクサスES』を発表」量産車として世界初のデジタルアウターミラー採用(2018年9月12日)/トヨタ自動車 ニュースルーム、フェンダーミラー/ドアミラー(各解説記事)/ウィキペディア日本語版、タクシーのフェンダーミラーに関する解説記事/くるまのニュース、KURU KURA ほか
※本文中の1983年のドアミラー解禁の経緯(通達・取り付け角度の条件など)、輸入車がドアミラーを認められた時期、タクシー専用車がフェンダーミラーを標準採用した理由については、公的な一次資料そのものではなく、業界メディアや事典の記述にもとづく。時期や細部には資料によって幅がある。























