あなたが手放した中古車は、田んぼのど真ん中に「モスク」を建てていた。日本の景色を静かに変えた商売の話
下取りに出したあの車は、どこか遠い国で走っている——。そう思っているなら、その「行き先」は半分しか見えていない。日本国内の田んぼのど真ん中に、金曜の昼には500人が集まる礼拝所を建てた中古車輸出という商売の物語。
車を手放したことがある人なら、その一台の行方をなんとなくこう想像しているはずだ。下取りに出したあの車は、どこかで別の誰かに売られて、たぶん海の向こうで走っている。せいぜいそのくらいの距離感で、車の「その後」を思い描いている人が多い。
ところが、あなたが手放した中古車の商売は、海の向こうだけでなく、日本国内の景色も静かに変えている。富山県の、立山連峰を望む水田地帯。その田んぼのど真ん中に、金曜の昼になると500人ほどの男たちが集まって祈りを捧げる礼拝所が建っている。近くのコンビニには、イスラム教徒向けのハラール食品専用の棚が並ぶ。日本人の客が自分ひとり、ということもある。
なぜ北陸の田園地帯に、そんな光景が生まれたのか。答えは、あなたが一度は関わったことがあるかもしれない「中古車を手放す」という、あのありふれた行為の延長線上にある。
国道8号に「Used Car」の看板が並ぶ理由
富山県射水市。新潟から京都までを結ぶ国道8号線が通っている。この道を車で走ると、「Used Car」と書かれた看板が次々と目に入ってくる。プレハブやコンテナの前に、乗用車、キャンピングカー、フォークリフト、油圧ショベル、選挙カー、消防車まで、ありとあらゆる中古車が並ぶ。店の名前は「インダス」「ハシミ」「アリババ」。キリル文字、つまりロシア語で書かれた看板も多い。
これらの店の多くは、パキスタン人が経営する中古車の輸出業者だ。射水市には2025年1月の時点で528人のパキスタン人が暮らし、一大コミュニティを形成している。射水市の「イミズ」と、国や土地を意味する「スタン」をかけ合わせて、この地域は「イミズスタン」と呼ばれるようになった。射水市の外国人住民は約3600人で、富山県内の市町村で外国人の比率が最も高い。
では、なぜ中古車の商売にパキスタン人がこれほど多く関わっているのか。ここが、この話のいちばん意外なところだ。
きっかけは1970年代までさかのぼる。研修生として来日したパキスタン人が、母国に日本製の中古車を数台送ったのが始まりだったとされる。日本の中古車は壊れにくく、右ハンドルで、国土の広いアジアや中東やアフリカの道でよく売れた。パキスタンは中古車の輸入を原則として禁じているが、海外に住むパキスタン人には母国へ車を持ち込める特例の枠があり、在日の業者が同胞のこの枠を活用して安定的に商売を広げてきたと報じられている。同郷のネットワークで人が人を呼び、いつしか「日本にいるパキスタン人の半分は中古車の商売に関わっている」とまで言われるようになった。在日パキスタン人は2025年6月時点で3万人あまり。その相当数が、この一本の商流の上に暮らしを立てている。
そして、射水市には決定的な条件がそろっていた。港である。伏木富山港は日本海側の玄関口で、ロシアのウラジオストクに近い。1990年代、木材を積んで日本に来たロシアの船が、帰りに中古車を積んで戻っていった。以来、日本からロシアへ向かう中古車の相当な割合が富山の港を経由するようになった。車が集まる港のそばに、車を扱う人が集まり、その家族が暮らし、店が増える。ごく自然な成り行きだった。
「イミズスタン」は特別ではない
同じ現象は、富山だけで起きているわけではない。
埼玉県八潮市は、近くに中古車のオークション会場が点在することもあってパキスタン人業者が集まり、「ヤシオスタン」と呼ばれる。ここで少し説明しておくと、オークション会場というのは、中古車が業者から業者へ売買される卸売の市場のことだ。あなたが下取りに出した車の多くは、販売店の店先に並ぶ前に、まずこうした会場で競りにかけられる。全国に数十カ所あり、輸出業者にとっては車の仕入れ先そのものである。
北海道江別市の例は、車とコミュニティの結びつきをもっとはっきり示している。江別市の角山という地区には、北海道で最大級の中古車オークション会場があり、毎週水曜日に競りが開かれ、道内のシェアの半分以上を占める。この会場に集まる買い手のうち1〜2割がイスラム教徒で、とりわけパキスタン人が多いという。会場を運営する会社は、施設を建て替えるときに、会場の中にイスラム教徒のための礼拝所を設けた。中古車の卸売市場の中に、祈りの場所がある。車を売り買いする場所が、そのまま信仰の場所を必要としたということだ。
江別市のパキスタン人は2025年に224人。2016年の32人から、10年たたずに約7倍に増えた。市の外国人住民の2割以上を占めるまでになっている。
車が人を呼び、人が家族を呼び、家族が信仰の場を必要とする。田んぼの真ん中や卸売市場の一角にモスクが建つのは、宗教が突然この土地に降ってきたからではない。中古車という、きわめて即物的な商売の重みが、そこに人の暮らしを積み上げた結果なのだ。
これは「最近の話」ではない
外国人コミュニティやモスクをめぐる話は、ここ数年で急に増えた新しい問題のように語られがちだ。だが、少なくとも中古車の現場では、これはかなり古くから続いてきた話である。
2006年、国会にひとつの質問主意書が提出されている。富山県内の国道8号バイパス沿いに、パキスタン人を中心とする外国人の中古車販売業者が約260軒も進出している、という内容だ。多くの店が本来は建物を建てにくい農地の区域にプレハブやコンテナを置いて営業しており、違法駐車やオイルの流出、ゴミといった環境問題、朝のラッシュ時にトレーラーが路上で車を積み下ろして起きる渋滞などが、地域の不安として書き連ねられている。同時にその文書は、ロシア向けの中古車輸出額が500億円を超え、富山県の貴重な財源になっていることにも触れ、財源と人権の両面から共存共栄をはかるべきだという意見も紹介している。
つまり20年近く前から、日本の地方は「中古車という産業が連れてきた隣人と、どう暮らすか」という問いに直面してきた。摩擦がなかったわけではない。射水では過去に、コーランをめぐるトラブルが地域を揺るがしたこともあった。江別では2025年から2026年にかけて、モスクへの花火の投げ込みや不審な火災が相次いで報じられている。
一方で、根を張ろうとする努力も積み重なってきた。射水のパキスタン人は、来日した当初のゴミ出しをめぐる摩擦を、母国の言葉で書いたパンフレットを配り、説明会を重ねることで乗り越えてきた。地域の日本人と一緒にパトロールをし、東日本大震災や能登半島地震のときには被災地へ駆けつけてカレーの炊き出しをした。コミュニティのリーダーの一人は「見た目は外国人だが心は日本人です」と語る。それでも、永住権を持っていても選挙権はなく、大学まで出た子どもが就職で外国人であることを理由に不利になる、という壁は残ると彼は言う。努力では越えられない線が、まだそこにある。
車が変えたのは「行き先」だけではなかった
視点を少し引いて、数字で眺めてみる。
日本国内のモスク(イスラム教の礼拝所)は、1999年には全国で15カ所しかなかった。それが2024年6月の時点では約150カ所と、25年でおよそ10倍に増えている。日本に住むイスラム教徒は、外国人と日本人を合わせて2024年末におよそ42万人と推計される。これは日本の総人口の0.3%ほどにあたる。全体から見ればまだ小さな割合だが、増え方ははっきりしている。人手不足を背景にした外国人労働者の受け入れ拡大が、この流れをさらに後押ししていくとみられている。
もちろん、日本のムスリム人口の増加を、中古車業だけで説明することはできない。技能実習や留学など、増加の入り口はいくつもある。ただ、少なくとも富山や北海道江別のように、田園地帯や港のそばに礼拝所が点在する景色については、中古車という商売がその土台を作ったことは間違いない。
私たちは、手放した車の「行き先」を海の向こうの国に想像することはあっても、その商売が日本の地図に何を書き込んでいるかまでは、あまり考えない。だが実際には、車を仕入れ、船に積み、海の向こうへ送るという一連の仕事は、そのすべての工程に人を張りつかせる。仕入れの現場である港やオークション会場のまわりに人が集まり、その人たちが暮らし、店を出し、子を育て、祈りの場所を求める。あなたが下取りに出した一台は、遠い国の誰かの足になっただけでなく、日本のどこかの田んぼの隣に、コンビニのハラール棚や金曜の礼拝の風景を残していったかもしれない。
車は、単なる移動の道具ではない。それを運ぶ商売そのものが、人を運び、暮らしを運び、いつのまにか国内の景色まで運んでくる。次に車を手放すとき、あるいは知らない土地の幹線道路で見慣れない看板を見かけたとき、その裏側にどれだけの人の移動と定住が積み重なっているかを、少しだけ思い出してみてもいい。私たちの暮らしは、思っているよりずっと遠くの、そして意外なほど近くの誰かと、一本の商流でつながっている。
参照元:
現代ビジネス(週刊現代)「パキスタン人が中古車販売業で一大コミュニティを形成…!富山県射水市が『イミズスタン』になるまで」ほか連載
朝日新聞「富山県の『イミズスタン』 パキスタン人移民と日本人それぞれの思い」
北海道新聞(江別のモスクとオークション会場に関する報道)
産経新聞(北海道江別市のモスクをめぐる報道)
衆議院「国道八号線バイパス沿い(富山市・射水市・高岡市)の市街化調整区域における外国人中古車販売店出店に関する質問主意書」(2006年)
日本経済新聞「国内モスク、25年で10倍 人手不足でイスラム教徒増加」
滞日ムスリム調査プロジェクト/店田廣文(早稲田大学名誉教授)「日本のムスリム人口」推計およびモスク・リスト
外務省「パキスタン基礎データ」、法務省・出入国在留管理庁「在留外国人統計」
読売新聞(富山県の港からのロシア向け中古車輸出に関する報道)























