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タクシーから運転手が消える日。いなくなるのは「ハンドルを回す人」ではなく、あなたを守り、世話をしていた最後の人間だった

タクシーから運転手が消える日(記事サムネイル)

GO・ウェイモ・日本交通が2027年に東京で計画する完全無人タクシー。運転手が担ってきたのは運転だけではない。ドアを開け、荷物を持ち、高齢者を見守る「世話」の仕事は、無人化でどこへ消えるのか。

Chapter
運転手の仕事は、運転ではなかった
「運転手なら、走り去ってくれた」
あなたの車内を見ているのは、呼んでもいない誰か
それでも、無人化は「安全」の話でもある
次にタクシーを降りるとき
タクシーから運転手が消える日(記事サムネイル)

2026年9月15日、東京のタクシーに関する大きな発表があった。配車アプリのGO、アメリカの自動運転企業ウェイモ、そして東京最大手のタクシー会社である日本交通の3社が、2027年中に東京で「運転席に誰もいない」完全無人のタクシーを走らせることで合意した、というものだ。日本では初めての試みになる。

この手のニュースを見たとき、多くの人が頭に思い浮かべるのは、たぶん同じ光景だと思う。運転席に誰も座っていない車が、ハンドルをひとりでに切りながら街を進んでいく。運転手がいなくなる。つまり、あの「ハンドルを回す仕事」が機械に置き換わる。そういう話だと受け取る。

けれど、タクシーの運転手が実際にやっていることを一つずつ数えていくと、「ハンドルを回す」はそのうちのほんの一部でしかないことに気づく。彼らはドアを開け、荷物を持ち、道を知らない客に説明し、酔った客を見守り、忘れ物を届け、ときには乗ってきた高齢者の異変にいち早く気づく。無人になったとき、機械が肩代わりするのはハンドルだけだ。では、残りの仕事はどこへ行くのか。

先に無人タクシーが日常になったアメリカを見ると、その答えが見えてくる。そしてその答えは、思っていたより少しだけ不穏だ。

運転手の仕事は、運転ではなかった

まず、日本のタクシーの運転手が「運転以外に」何をしているかを並べてみる。

日本のタクシーに乗ると、後部座席のドアが勝手に開く。これは世界的にはかなり珍しい。この自動ドアが広まったきっかけは、1964年の東京オリンピックだったとされる。海外からの客をもてなすために大手が導入し、そのまま日本の当たり前になった。日経の記事によれば、この装置は香港には約2万台が輸出されたものの、欧米にはほとんど定着しなかった。ドアの開け閉めを「客が自分でやること」とみなすか、「運転手が客のためにやること」とみなすか。その線引きが国によって違うということだ。無人タクシーになれば、あの「乗る前に開いて、降りたら閉まる」も、自分の手でやる動作に戻る可能性がある。

忘れ物もそうだ。東京ハイヤー・タクシー協会は年間およそ2億2000万人を運んでおり、車内の忘れ物は推定で年間約14万件にのぼるという。スマホ、財布、紙袋、傘。それらの多くが、運転手や営業所の人の手を経て持ち主に戻っている。都内のタクシーのおよそ73%、約2万9000台では、忘れ物を照会するためのクラウドの仕組みまで導入されている。運転席に誰もいない車に置き忘れたスマホが、誰の手で、どうやって戻ってくるのか。これは意外と答えの出ていない問いだ。

体の不自由な人や高齢者の乗り降りを手伝うのも、運転手の仕事だ。車いすのまま乗れるタイプのタクシーには乗降を介助するための研修があり、資格を持った運転手が担当する。荷物を持ち、手を貸し、シートに座るまでを見届ける。これは「運転」ではないが、その人がタクシーを使えるかどうかを左右する、決定的な部分だ。

タクシー運転手の仕事(記事内・上部)

もっと見えにくい仕事もある。総務省の行政評価局が2023年にまとめた高齢者の見守りに関する調査には、こんな事例が載っている。タクシーの運転手が、乗ってきた高齢者の服装や匂いから「何かおかしい」と感じて連絡したことがきっかけで、その人の認知症が判明し、地域の見守りにつながった、というものだ。誰も運転手に「見守ってくれ」とは頼んでいない。それでも、狭い車内で数十分を他人と過ごす仕事には、こういう「気づき」が自然にくっついてくる。

そして深夜。暗い夜道でタクシーに乗り込むとき、私たちはどこかで「この運転手は目撃者であり、いざとなれば助けを呼べる人だ」と感じている。日本交通は2023年から、防犯カメラやSOS通報の仕組みを都内の車両に広げている。運転手を守るための装備だが、裏を返せば、運転席に人がいることそのものが、車内という密室の安全装置になっていた、ということでもある。

「運転手なら、走り去ってくれた」

これらの仕事が無人化でどうなるかは、日本より数年早く無人タクシーが街を走り始めたアメリカを見ると、生々しく分かる。

2026年3月にニューヨーク・タイムズが報じた事件がある。サンフランシスコで、ウェイモの無人タクシーに乗っていた3人が、無人タクシーに反感を持つ男に車を襲われた。男は車に絡み、乗客はおよそ6分間、車内に閉じ込められる形になった。乗っていた一人は、こう語っている。「タクシーの運転手だったら、ただ走り去っただろう」。

この一言に、無人化の本質が詰まっている。人間の運転手なら、その場の空気を読んで「これは危ない」と判断し、アクセルを踏んでその場を離れる。乗客を守るその瞬時の判断は、運転技術ではなく、人間の判断だ。ところが無人タクシーは、そういう「規則の外側の、とっさの守り」をしてくれない。乗客にできたのは、サポートに電話して、事態が収まるのを待つことだけだった。

似た話は他にもある。ラスベガスでは、電動車いすを使う女性が、空港からの移動手段としてウェイモを頼れなかった。無人タクシーの車両は車いすのまま乗れる仕様になっておらず、車いす対応の車は結局、人が運転する別の車に限られていた(Nevada Current、2026年9月)。サンノゼの空港では、乗客がトランクを開けられないまま車が走り出してしまい、スーツケースを置き去りにされたという報道もある(Forbes、2026年5月)。荷物を積む、ドアを開ける、乗り降りを手伝う。人間なら当たり前にやっていた世話が、無人化で静かに抜け落ちていく。

あなたの車内を見ているのは、呼んでもいない誰か

では、運転手が担っていた「判断」や「見守り」は、無人タクシーでは完全になくなったのか。そうではない。多くは、車から遠く離れた場所に移された。

ウェイモには「リモートアシスタンス」と呼ばれる遠隔のオペレーターがいる。会社の説明によれば、彼らは車を遠隔で運転しているわけではなく、車のシステムが「この状況が判断できない」と助けを求めてきたときに、助言を返す役割だという。人間がハンドルを握って遠隔操縦しているのではない、という点を、ウェイモは繰り返し強調している。

問題は、その人数だ。2026年にアメリカのマーキー上院議員がまとめた資料などによれば、このオペレーターは全世界でおよそ70人。対して走っている車はおよそ3000台。単純計算で、車40台に対して人が1人という規模だ。しかも、そのうちおよそ35人はフィリピンの拠点にいるという。つまり、あなたが乗っている無人タクシーが判断に迷ったとき、助言を返してくるのは、地球の反対側にいる、あなたが呼んだわけでもない誰かかもしれない。

さらに車内には、報道によれば3台ほどのカメラがある。ウェイモは、これを運行の円滑化やサービス改善、忘れ物やシートベルトの確認などに使うと説明している。顔認証や生体認証には「一切使わない」と明言しており、音声はサポートと通話しているときか、乗客が自分でマイクをオンにしたときにしか聞こえない、ともしている。会社側の姿勢としては、むやみに覗いているわけではない、ということだ。

それでも、構造として起きていることは見過ごせない。人間の運転手が消えた車内には、代わりに「常にカメラが向いていて、必要とあれば遠くの誰かが覗ける空間」が残る。実際にアメリカでは、警察が正式な令状を出して車内や車外の映像の提供を受けた例が報じられている。2023年の時点で、サンフランシスコとアリゾナの一部で少なくとも9件の捜索令状が執行されたという(WIRED)。運転手という「その場にいる一人の人間」がいなくなった代わりに、記録され、遠隔から見られうる密室が生まれた。守り手が消えて、見張りが増えた、と言ってもいい。

無人タクシーの遠隔監視(記事内・中部)

それでも、無人化は「安全」の話でもある

ここまで読むと、無人タクシーは冷たくて危ういものに思えるかもしれない。だが、話をそこで止めるのはフェアではない。

ウェイモは、完全自動運転で2億マイル以上を走り、人間が運転する場合と比べて人身事故を9割以上減らしたと説明している。この数字の前提や集計方法には議論の余地があるとしても、少なくとも「機械のほうが事故を起こしにくい場面が確かにある」という主張には、それなりの裏づけがある。酔って絡んでくる客に運転手が暴力を受ける事件も、居眠りやわき見による事故も、機械には起きない。運転手を守るための防犯カメラが必要だった、という事実の裏側を考えれば、「運転席に人がいないこと」がむしろ安全につながる場面があるのは間違いない。

そして日本には、無人化を「進めたい」だけでなく「進めざるをえない」事情がある。タクシーの運転手は、2010年に全国でおよそ37万人いたのが、2023年にはおよそ23万人にまで減った。十数年で4割近く消えた計算だ。平均年齢は全国でおおむね60歳前後、東京の法人タクシーでも56歳ほどと高い。担い手そのものが、静かにいなくなりつつある。今回東京に投入されるのは、まず段階的に100台規模。東京23区とその周辺で走る法人タクシーが約2万7000台あることを思えば、割合としてはごくわずかだ。無人タクシーは、あふれる人手を奪う存在というより、消えていく運転手の穴をどう埋めるかという問いの、一つの答えとして持ち込まれている。

つまりこれは、便利か不便か、安全か危険か、という単純な二択の話ではない。運転手という一人の人間が担っていた仕事の束が、ほどけて、いくつかは機械に、いくつかは地球の裏側の誰かに、そしていくつかは「乗る人が自分でやること」へと、バラバラに割り振られていく。その再配分が、今まさに始まっている、という話だ。

次にタクシーを降りるとき

私たちはこれまで、タクシーの料金を「移動」の対価だと思って払ってきた。A地点からB地点まで運んでもらう。その距離と時間にお金を払っている、と。

でも実際には、その中に、ドアを開けてもらうことも、道を教えてもらうことも、忘れ物を届けてもらう保険も、深夜に「もう一人の人間がここにいる」という安心も、全部ひくるめて含まれていた。運賃という一つの数字の中に、無数の小さな世話が溶け込んでいた。それらは値札がついていなかったから、失って初めて、そこにあったのだと気づく類のものだ。

興味深いことに、今回の東京の無人タクシーも、料金は今のタクシーと同じ考え方になると説明されている。運転手という人間の手間が抜けても、私たちが払う額は、当面そう変わらないらしい。だとすれば、なおさら意識しておいたほうがいい。同じ金額で、何が引き続き手に入って、何が「自分でやること」に静かに戻ったのかを。

無人タクシーが街に増えるのは、たぶん止められない流れだ。それ自体を嘆く必要はない。ただ、次にタクシーのドアが勝手に開いたとき、荷物を運転手が受け取ってくれたとき、降りぎわに「お気をつけて」と声をかけられたとき、その一つひとつが、実は誰かの仕事だったのだと、少しだけ思い出してみてほしい。運転手が消える日にいなくなるのは、ハンドルを回す人ではない。あなたのために、頼まれてもいないことをしていた、最後の人間のほうなのだから。

参照元: GO・ウェイモ・日本交通 プレスリリース(2026年9月15日、東京での自動運転レベル4完全無人タクシー計画)/Car Watch / Impress Watch(車両・料金・走行実績に関する説明会報道)/日本経済新聞「タクシー、なぜ日本は自動ドア?きっかけは東京五輪」/東京ハイヤー・タクシー協会、東京タクシーセンター(忘れ物件数・登録運転者数)/総務省 行政評価局「一人暮らしの高齢者に対する見守り活動に関する調査」(2023年7月)/全国ハイヤー・タクシー連合会、国土交通省統計(運転者数・平均年齢の推移)/The New York Times(2026年3月17日、サンフランシスコでの無人タクシー閉じ込め事案)/Nevada Current(2026年9月、車いす利用者と無人タクシー)/Forbes(2026年5月、空港での荷物置き去り事案)/WIRED(無人タクシーの車内映像と法執行機関への提供)/米上院マーキー議員 資料(2026年、遠隔オペレーターの人数・拠点)

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