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冷蔵庫に貼るあの磁石の親戚が、「暑がり」という一点だけで世界の車工場を止めかけている

冷蔵庫に貼るあの磁石(記事サムネイル)

冷蔵庫の扉に貼る、あの頼りない磁石の「遠い親戚」が、EVとハイブリッド車の心臓部を支えている。たった一つの弱点「暑さ」を補うための薬を握る国が輸出の蛇口を絞ると、世界の自動車工場は部品在庫を数えながら息をひそめることになる。

Chapter
世界最強の磁石は、日本人が発明した
車1台に、握りこぶし1個ぶんの「強い磁石」
熱くなると、磁石は力が抜ける
「暑さに強くする薬」の名前は、ジスプロシウムとテルビウム
世界の「暑さ対策の薬」は、ほぼ一国が握っている
蛇口が、静かに閉められた
この話は、たぶんあなたの手のひらにもつながっている
冷蔵庫に貼るあの磁石(記事サムネイル)

冷蔵庫の扉に貼る、あの黒っぽくて頼りない磁石。その遠い親戚が、たった一つの弱点のせいで、いま世界の自動車工場を止めかねない急所になっている。しかも弱点というのが、拍子抜けするほど地味だ。「熱に弱い」。ただそれだけである。

もう少し、あの磁石の姿を思い出してほしい。子どもの絵や病院の診察券を、ペタッと貼って、指でつまめば簡単にはがれる、あの板。私たちはそれを「磁石」と呼ぶとき、深く考えていない。せいぜい、方位磁針や砂鉄で遊んだ理科の記憶がよみがえるくらいだ。

ところが、その磁石の遠い親戚は、いま電気自動車やハイブリッド車の心臓部にぎっしり詰め込まれている。そしてその親戚は、暑がりという一点だけで、日本と中国の外交の駆け引きに巻き込まれてしまった。

暑いと力が抜ける。この、人間なら誰でも共感してしまうような性質が、なぜ国と国の綱引きにまで発展するのか。話は、冷蔵庫の磁石から始まって、モーターの中の熱、そして中国が握った一本の蛇口へとつながっていく。

世界最強の磁石は、日本人が発明した

まず、磁石にも「強さのランク」があることから確認したい。

冷蔵庫に貼るタイプは「フェライト磁石」といって、原料は要するに鉄を含んだ黒い粉だ。安くて丈夫で、大量に作れる。だから冷蔵庫のマグネットにも、モーターの中にも、昔から山ほど使われてきた。ただし、力は強くない。指でつまめばはがれるあの感触が、そのままフェライト磁石の実力である。

その上に、けた違いに強い磁石が存在する。「ネオジム磁石」だ。同じ大きさで比べると、フェライト磁石のおよそ10倍の磁力を持つとされる。小指の先ほどの粒でも、うっかり二つを近づけると勢いよく飛びついて、間に挟んだ指の皮をつねられて悲鳴を上げることになる。それくらい強い。

この世界最強クラスの磁石は、1982年ごろ、日本人の手で生まれた。当時、住友特殊金属(現在のプロテリアル)にいた佐川眞人という技術者が、鉄とネオジムとホウ素を組み合わせることで、それまでの常識を超える磁力を引き出した。ほぼ同じ時期に、アメリカのゼネラル・モーターズの研究チームも、互いの存在を知らないまま同じ発見にたどり着いていた。両者は1983年、アメリカの学会で顔を合わせ、同じものを持ってきたことに驚いたと伝えられている。

ネオジム磁石は、その後の40年で、私たちの生活の裏側に静かに広がった。スマートフォンのスピーカーやバイブレーション、イヤホン、ハードディスク、電動ドライバー、風力発電機。「モーターや発電機が入っている道具」の中には、たいていこの磁石がいる。目に見えないだけで、現代の暮らしは、この日本発の磁石の上に乗っている。

そして、その最大の活躍の場が、いま電気自動車になった。

車1台に、握りこぶし1個ぶんの「強い磁石」

電気自動車もハイブリッド車も、走らせているのはモーターだ。そのモーターの中で回転する部品に、ネオジム磁石が埋め込まれている。磁石の強い引き合いと反発を利用して、力を生み出しているわけだ。

では、車1台にどれくらいの磁石が入っているのか。

車種やモーターの数によって幅はあるが、駆動用モーターに使われるネオジム磁石は、おおむね1台あたり1キロから2キロと見積もられている。高性能な車で前後にモーターを積むと、3キロを超えることもある。握りこぶしにして1個か2個ぶんの、あの飛びつく磁石が、あなたの足元で高速で回っている。

電気自動車の駆動用モーターに使われるネオジム磁石(本文中盤画像)

冷蔵庫に貼る磁石とは、力も値段も出自もまるで違う。だが、大もとをたどれば「金属の粉を固めて磁力を持たせたもの」という一族ではある。冷蔵庫のマグネットが、いつのまにか一族から一番出世して、車を動かす仕事についた。そう思うと、少しおかしい。

ところが、この出世頭には、生まれつきのウィークポイントがあった。

熱くなると、磁石は力が抜ける

ネオジム磁石には、困った性質がある。温度が上がると、磁力が弱まってしまうのだ。しかも、いったん高温にさらされて力が抜けると、冷えても元に戻らないことがある。

これはメーカーも正直に認めている。プロテリアルは、電動モーター用の磁石は100度を超える高温にさらされるため高い耐熱性が必要だと説明しているし、トヨタも、強力なネオジム磁石を自動車のような高温の用途で使うには工夫がいる、とはっきり書いている。

なぜモーターがそんなに熱くなるのか。理由は単純で、モーターは電気を力に変えるときに、必ずいくらかの熱を出すからだ。渋滞の坂道でアクセルを踏み続ければ、モーターの中は真夏の車内どころではない温度になる。そこに、暑がりの磁石がいる。力が抜けたら、車は思うように走らない。

ここで、冷蔵庫の磁石を思い出してほしい。夏の台所で、冷蔵庫のマグネットがだらんとずり落ちてくることがある。あれと、原理としては地続きの現象が、時速100キロで走る車の心臓部でも起きうる。放っておけば、である。

そこで登場するのが、この記事の主役だ。

「暑さに強くする薬」の名前は、ジスプロシウムとテルビウム

技術者たちは、ネオジム磁石を暑さに強くする方法を見つけた。ジスプロシウムやテルビウムという、聞き慣れない金属を少しだけ混ぜるのだ。

この二つを加えると、磁石は高温でも力を保てるようになる。名前は覚えなくていい。要は「磁石の暑さ対策の薬」だと思えばいい。車のように熱がこもる場所で使う磁石には、この薬がほぼ必ず入っている。

ここまでは、工学の話として美しい。弱点を見つけ、それを補う材料を突き止め、車が真夏でも安心して走れるようにした。技術の勝利である。

問題は、その薬がどこで作られているか、だった。

世界の「暑さ対策の薬」は、ほぼ一国が握っている

ジスプロシウムやテルビウムのような、特に希少な種類のレアアースは、掘り出すだけでは使えない。純度を高く分離・精製して、はじめて磁石に使える形になる。この精製という工程が、世界的に見て、ほぼ中国に集中している。

国際エネルギー機関は、磁石に使う主要なレアアースの分離・精製の約9割を中国が担っていると指摘している。とりわけ、暑さ対策の薬にあたる重い希土類にしぼると、その比率は99%に達するという推計もある。日本の自動車メーカーが使うジスプロシウムやテルビウムの中国依存度は、ほぼ100%だという分析もある。

つまり、こういうことだ。

ネオジム磁石は日本が発明した。車は日本メーカーが世界中で売っている。ところが、その磁石を「暑さに耐えられる磁石」に仕上げるための最後の一振りの薬は、ほぼ一つの国からしか手に入らない。技術の起点は日本にあるのに、生産の急所は他国に握られている。この、ねじれた構図が、いま現実の緊張として表面化している。

蛇口が、静かに閉められた

2025年、中国はジスプロシウムを含む一部のレアアースや磁石を、輸出許可制の対象にした。禁止ではない。あくまで「許可がいる」という形だ。だが、許可の蛇口をどれだけ開けるかは、出す側の胸ひとつになる。

そして貿易統計を追った報道によれば、その蛇口は日本に対して、実際にほとんど閉じられた時期があった。ジスプロシウムやテルビウムの酸化物の対日輸出が、月ごとにほぼゼロと記録される月が続いたのだ。日本経済新聞やロイターなどが、中国の税関データをもとに繰り返し伝えている。かつては月に十数トン単位で日本へ渡っていた薬が、である。

背景には、資源をめぐる各国のせめぎ合いや、外交上の摩擦があるとされる。ここでは、どちらが正しいという話をしたいのではない。注目したいのは、その手段だ。

戦車も、ミサイルも、経済制裁の分厚い文書も出てこない。ただ、握りこぶし1個ぶんの磁石に混ぜる、ほんのわずかな金属の蛇口を、少し細くする。それだけで、遠く離れた国の自動車工場が、部品在庫の残りを数えながら息をひそめることになる。小さくて地味なものほど、代わりがきかないと急所になる。今回の主役が「暑がりな磁石の薬」だったのは、偶然のようでいて、実によくできた話である。

レアアース輸出規制と自動車工場(本文後半画像)

なお、対日輸出がいつからどの程度ゼロだったかは、報道によって時期の表現に少しずつずれがある。品目の定義や統計の改訂による差とみられ、「ある時期からほぼ止まった」という大枠は各社で一致しているものの、細かな数字は確定的なものとして扱わないほうがいい。【一部未確認】

この話は、たぶんあなたの手のひらにもつながっている

ここまで読んで、「電気自動車には乗っていないから関係ない」と思った人がいるかもしれない。だが、話はそこで終わらない。

思い出してほしい。ネオジム磁石は、スマートフォンのスピーカーにも、イヤホンにも、ハードディスクにも、電動工具にも、風力発電機にも入っている。暑さ対策の薬がどこまで必要かは用途によって違うが、「強い磁石が現代の道具の裏側を支えている」という構図は、車だけの話ではない。あなたのポケットの中にも、その一族はいる。

さらに広げれば、これは「見えない小ささ」をどう扱うかという話でもある。私たちは値段の大きいもの、目立つものを重要だと思いがちだ。車なら、エンジンや電池やデザインに目が行く。だが実際に生産を止めるかどうかを握っていたのは、車両価格からすればごくわずかな、握りこぶし1個ぶんの磁石に混ざる、数百グラムにも満たない金属だった。

家計でも、仕事でも、たぶん似たようなことは起きている。全体を支えているのに、小さすぎて誰も名前を覚えていないものが、どこかに必ずある。それが手に入らなくなって初めて、私たちはその存在に気づく。

次に冷蔵庫の扉のマグネットを指でつまむとき、少しだけ思い出してほしい。その親戚が、暑がりというたった一つの性質のせいで、いま世界の車工場の運命を左右する場所に立っている。強いものより、小さくて代わりのきかないものが、静かに世界を動かしている。

参照元:
USGS, Mineral Commodity Summaries 2026(Rare Earths)
IEA, With new export controls on critical minerals, supply concentration risks become reality(2025年)
トヨタ自動車 ニュースルーム(ネオジム磁石の耐熱性とテルビウム・ジスプロシウム添加についての解説)
プロテリアル プレスリリース(2025年、電動モーター用磁石の高耐熱性と重希土類添加)
科学技術振興機構 サイエンスポータル(佐川眞人氏によるネオジム磁石開発の回顧)
公益財団法人 日本発明振興協会「戦後日本のイノベーション100選」(ネオジム磁石)
Reuters(2025年11月・2026年5月・2026年6月、中国のレアアース輸出規制と対日輸出に関する各報道)
日本経済新聞(2026年、中国税関統計に基づく対日レアアース輸出の分析報道)
野村総合研究所(日本の自動車メーカーのジスプロシウム・テルビウム中国依存度に関する分析)

車選びドットコムマガジン編集部

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