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首都高の料金は「どこまで走ったか」より「どこを走らせたいか」で決まっている。10月の値上げが、その本音をちらっと見せる

首都高の料金が2026年10月から値上げ(記事サムネイル)

首都高の料金が10月から値上がりする。でも、その料金は走った距離の対価ではなく、ドライバーの行動を誘導するための道具だ。値上げの中身から、道路料金に込められた「お願い」を読み解く。

Chapter
首都高は50年間、「いくら乗っても同じ値段」だった
東名や名神とは、そもそも「種類」が違う
「遠回りすると安くなる」割引が意味していること
「混雑にお金を払わせる」という世界共通の発想
10月の値上げを、少し違う目で見る
車に乗らなくても、この話は効いてくる
首都高の料金が2026年10月から値上げ(記事サムネイル)

首都高速道路の料金が、2026年10月1日から上がる。普通車の1キロあたりの単価がおよそ1割高くなり、いちばん遠くまで乗ったときの上限額は、これまでの1,950円から2,130円になる。首都高速道路会社が7月31日に正式に決めた。理由は、人件費や資材費が上がって、道路を維持するお金が足りなくなってきたから、と説明されている。

このニュースを見て、多くの人はたぶんこう思う。値上げか、まあ物価が上がっているし仕方ないな、と。そして、自分は首都高をめったに使わないから関係ない、とページを閉じる。

それで話は終わってもいい。ただ、この値上げの中身を少しだけのぞくと、私たちが「道路の料金」について当たり前だと思っていたことが、ひとつ静かに崩れる。

私たちは、料金というのは「使った分だけ払うもの」だと思っている。電気も、水道も、タクシーも、走った距離やメーターに応じて金額が決まる。首都高もその仲間で、乗った距離に比例して料金が決まっている、はずだ。

ところが、首都高の料金表をよく見ると、そうなっていない部分がある。同じ場所から同じ場所へ行くのに、「どの道を通ってくるか」で値段が変わる区間があるのだ。遠回りしたほうが安くなる、という一見あべこべなことが、制度として設計されている。

これは、うっかり残った例外ではない。首都高の料金は、そもそも「距離の対価」として作られていない。「あなたに、どこを走ってほしいか」を、お金で誘導するための道具として作られている。今回の値上げも、その延長線上にある。順を追って見ていこう。

首都高は50年間、「いくら乗っても同じ値段」だった

まず、意外なところから。

首都高が開通したのは1962年(昭和37年)で、最初に開いたのは京橋から芝浦までの4.5キロだけだった。そこから半世紀ものあいだ、首都高の料金にはひとつの大きな特徴があった。距離に関係なく、どこまで乗っても同じ値段だったのだ。

短い区間で降りても、端から端まで走っても、普通車ならたとえば700円。これが1994年から2011年の暮れまで、およそ18年間続いた「首都高=700円」という感覚である。都内で運転していた人なら、なんとなく体に残っているかもしれない。

距離で値段が変わるいまのやり方に切り替わったのは、2012年の元日だ。それまでの「均一料金」をやめ、乗った距離に応じて料金が上がる方式に変えた。ここでようやく、首都高は「使った分だけ払う」に近づいた。ETCが普及して、出口に料金所を置かなくても走った距離を機械で把握できるようになったことが、切り替えを後押しした。

つまり、私たちが「当たり前」と思っている距離制の首都高は、実はまだ十数年の歴史しかない。半世紀の大半は、距離と料金が切り離されていた。これは覚えておいてほしい。首都高の料金は、もともと「距離をきっちり測って請求する」という発想では生まれていない。

東名や名神とは、そもそも「種類」が違う

もうひとつ、多くの人が混同しているところをほどいておく。

首都高と、東名高速や名神高速のような、いわゆる「高速道路」は、法律上は別の種類の道路である。

東名や名神は「高速自動車国道」という区分で、国が全国を結ぶために作った長距離用の道だ。だから制限速度は基本的に時速100キロで、料金も全国どこでも同じ計算式(基本料金+走った距離×決まった単価)で出す。日本のどこを走っても、同じものさしで測られる。

一方、首都高は「都市高速道路」という別の区分に属する。名前に「高速」とついているので同じ仲間に見えるが、目的がまったく違う。首都高は長距離を速く移動するための道ではなく、混み合う都心の一般道の負担を減らすために作られた道だ。制限速度も、設計上は時速60キロを基本に、区間によって細かく決められている。東名のようにひたすら飛ばす道ではない。

長距離移動のための道ではなく、都市の交通整理のための道。この出発点の違いが、料金の考え方の違いに、そのまま効いてくる。

高速自動車国道の料金は、道路を作った費用を利用者から少しずつ回収する、という発想が土台にある。だから距離に素直に比例する。ところが都市高速の料金には、それとは別の役割が乗っかっている。どこを、いつ、どれだけの車に走ってもらうかを、料金でコントロールするという役割だ。

「遠回りすると安くなる」割引が意味していること

ここで、冒頭に触れた「あべこべ」の話に戻る。

首都高には「湾岸線誘導割引」と呼ばれる仕組みがある。名前は難しいが、中身はこうだ。横浜のあたりから都心方面へ向かうとき、混みやすい内陸の路線(横羽線)を通らず、海沿いの余裕のある路線(湾岸線)を経由すると、料金が一定額までに抑えられる。素直に短い道を選ぶより、少し遠回りの海沿いを選んだほうが、財布にやさしくなるように設計されているのだ。

首都高速 海沿いの湾岸線のイメージ

なぜこんなことをするのか。理由は渋滞と、沿道の環境である。内陸の路線は片側2車線で混みやすく、沿道には住宅も多い。海沿いの路線は片側3車線で余裕があり、周りに住む人も少ない。だったら、片方に集中している車を、料金という「エサ」で海側へ移したい。そういう狙いだ。

似た発想の割引はほかにもある。都心の環状部分を「通り抜けるだけ」の車を減らし、都心で用事があって乗り降りする車を優遇する割引もある。都心をただ突っ切るだけの車は、街のためには渋滞を増やすだけの厄介者なので、そこにお金を払わせて減らしたい、というわけだ。

ここまで来ると、首都高の料金の正体が見えてくる。それは「あなたが移動した距離の対価」というより、「あなたに、どの道を、どういうふうに使ってほしいか」という運営側の意思なのだ。安い道は「こっちを通ってくれると助かる道」であり、高い道は「できれば避けてほしい道」である。料金表は、ドライバーへの静かなお願いの一覧表でもある。

これは、私たちが料金について抱いている常識と、けっこう違う。ふつう、値段は「モノやサービスの価値」を映していると思う。高いものは良いもの、安いものはそれなり、と。ところが道路の世界では、値段は価値ではなく「行動の設計図」になりうる。安くすることで、そちらへ人を流す。高くすることで、そこから人を追い払う。

「混雑にお金を払わせる」という世界共通の発想

じつは、この「料金で車の流れをデザインする」という考え方には、ちゃんと名前がついている。ロードプライシングという。混雑という目に見えないものに値札をつけて、人の動きを変える技術だ。

世界にはもっと露骨な例がある。

イギリスのロンドンでは、2003年から、平日の日中に中心部へ車で乗り入れると、それだけで料金を取られる。道を走った距離ではなく、「混んでいる時間に、混んでいる場所へ入ってきたこと」そのものに課金する。導入前後で、ロンドン交通局は渋滞がおよそ3割解消し、エリアへ入る車が2割近く減ったと発表している。バスは走りやすくなり、遅れも大きく減った。

シンガポールはもっと早く、1975年に世界で初めてこの仕組みを本格導入した国だ。いまでは料金所のゲートを通るたびに自動で課金され、その金額は混み具合を見ながら数か月ごとに調整される。混んできたら値上げして車を減らし、すいてきたら値下げする。道路を、まるで需要と供給で価格が動く市場のように運営している。

北欧のストックホルムも、2007年から中心部に入る車へ課金し、通過する車を2割ほど減らした。

これらに共通するのは、「道路はタダで無限に使える資源ではない」という割り切りだ。誰もが好きな時間に好きな場所へ車で入れば、道はあっという間に詰まる。だったら、混雑という「みんなの損」を、料金という価格に翻訳して、一人ひとりに選ばせる。高いなら時間をずらすか、電車にするか、別の道を通るか。その小さな選択の積み重ねで、街全体の流れをほどく。

首都高の混雑とロードプライシングのイメージ

首都高の割引は、この世界共通の発想を、罰金ではなく「ごほうび」の形でやっているものだと考えると、腑に落ちる。海外が「混む場所に入ったら取る」なら、首都高は「すく道を選んだら引く」。方向は逆だが、狙いは同じ。料金で人の動きをデザインしている。

東京でも、混雑そのものに課金する話が過去に一度だけ、はっきり形になったことがある。東京オリンピックだ。大会中の2021年夏、首都高は日中の通行料に一律1,000円を上乗せした。渋滞で選手や物資の輸送が滞るのを防ぐためだった。効果はてきめんで、首都高は運営側も驚くほどガラガラになった。混雑に値段をつけると、人はちゃんと動きを変える。それが実地で証明された数週間だった。

国も、この手法をもっと広く使えないか検討を始めている。国土交通省は2024年に有識者の会議を開き、時間帯によって高速料金を上げ下げする本格的な仕組みの導入を議論している。混む時間は高く、深夜はうんと安く。値段で交通を平らにならす、という発想である。

10月の値上げを、少し違う目で見る

こうして見てくると、10月の首都高値上げも、ただの「物価高による値上げ」だけではない顔が見えてくる。

たしかに直接の理由は、維持管理の費用が10年ほどで1.4倍に膨らんだことだ。老いていく巨大な高架を、点検し、補修し、作り替えていくお金は、どうしても要る。その意味では、まっとうな値上げである。

ただ、その値上げの中身をよく見ると、単純に全部を一律で上げてはいない。人の流れを誘導するための各種の割引は、2031年3月まで延長される。深夜に安くなる割引も続く。物流を担う中型・大型の車については、値上げをすぐには適用せず、9か月遅らせる配慮まで入っている。荷物を運ぶ車の負担がいきなり増えて、その分が私たちの買うモノの値段に跳ね返らないように、という気づかいだ。

つまり、今回の改定も「いくら集めるか」だけの話ではなく、「誰に、どの道を、どう使ってほしいか」という設計思想が、しっかり織り込まれている。首都高の料金は、最初から最後まで、財布への請求書であると同時に、街に向けた交通整理の指示書なのだ。

車に乗らなくても、この話は効いてくる

首都高を使わない人には、やはり遠い話だろうか。そうでもない。

道路の料金が「行動を誘導する道具」だという見方を一度手に入れると、身の回りのいろいろな値段が、同じ目で見えてくる。

朝と夜で高くなる電気料金は、みんなが一斉に使う時間から需要をずらそうとする誘導だ。オフピークの通勤定期を割り引く鉄道の試みは、満員電車の人を少しでも早い時間へ動かそうとする誘導だ。混雑する時期のホテルや飛行機が高くなるのも、限られた席を、本当にその日に必要な人へ回すための価格の調整である。値段は、価値を映す鏡であると同時に、私たちの行動をそっと押す手でもある。

私たちは、値段を見て「高い」「安い」と反応するとき、たいてい自分の意思で選んでいるつもりでいる。でも、その値段のいくらかは、誰かが「あなたにこう動いてほしい」と願って設計したものかもしれない。安い選択肢に流れたその一歩は、あなたの得であると同時に、誰かの計画の一部でもある。

首都高の値上げのニュースは、そのことをちらっと教えてくれる。道路の料金は、走った距離のレシートではない。どこを走ってほしいか、いつ走ってほしいか、あるいは走らないでほしいか。値段という言葉で書かれた、街から私たちへの手紙なのだ。次に高速の料金表を見るとき、そこに込められた「お願い」を読み取ってみると、いつもの数字が少し違って見えるはずである。

参照元: 首都高速道路株式会社「料金改定について」プレスリリース(2026年7月31日)ほか料金・割引案内、国土交通省「道路の料金・ロードプライシングに関する検討」関連資料、Transport for London(ロンドンのコンジェスチョン・チャージ)/シンガポール陸上交通庁(ERP)/ストックホルムの渋滞税に関する各公的資料、東京2020大会 首都高速道路の料金上乗せ措置(東京都・国土交通省資料)

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