近所の整備工場が、あなたの車の修理を断る日が来ている。ぶつけてもいないのに「センサーの再調整」が必要になった理由
バンパーをこすっただけなのに、近所の整備工場が「修理できません」と断る――。その背景には、車の電子化と2020年の法改正による「特定整備」制度の拡大があった。ADASセンサーのエーミング(照準合わせ)とは何か、町工場が直面する設備投資と人手不足の二重苦を解説する。
- Chapter
- 車のあちこちに、いつのまにか「目」がついた
- 2020年、国は「車を直す」の定義を書き換えた
- 関所の一つは、お金だった
- 「人が来ない」だけではなかった
- 修理の主導権が、町からメーカーへ移っていく
- それでも、近所の工場には別の役割が残る
- 私たちは、自分の車をどこまで「自分のもの」と言えるか
車を駐車場のポールに軽くこすった。バンパーに浅い傷がついただけ。近所の付き合いのある整備工場に持っていけば、半日もあれば直してくれる。多くの人が、まだそう思っている。
ところが最近、こんな経験をする人が増えている。バンパーを外して塗り直し、元に戻しただけなのに、見積もりに知らない項目が並ぶ。「エーミング作業」「センサー再調整」。値段も、傷の規模からすると不釣り合いに高い。あるいは、そもそも工場の人に申し訳なさそうにこう言われる。
「うちじゃ、その車種は対応できないんですよ。ディーラーさんに持っていってもらえますか」
ぶつけてもいない、ガラスを割ったわけでもない。ただバンパーを外しただけ。なのに、なぜ「センサーの調整」が必要になり、なぜ近所の工場は断るのか。
この一見ささいな出来事の裏側には、ここ数年で静かに進んだ大きな変化がある。車が「機械」から「機械の形をしたコンピューター」に変わり、それにともなって、誰が車を直せるのかという地図が、書き換えられているのだ。
車のあちこちに、いつのまにか「目」がついた
話の出発点は、最近の新車に当たり前のようについている安全装備だ。
前の車に近づきすぎると勝手にブレーキがかかる。車線をはみ出しそうになるとハンドルが軽く戻る。高速道路で前の車との距離を保ちながらついていく。こうした機能をまとめてADAS(先進運転支援システム)と呼ぶ。日本語にすると「運転を手伝ってくれる仕組み」くらいの意味だ。
これらの機能は、魔法で動いているわけではない。車のあちこちに小さな「目」と「耳」がついていて、周りの状況を測っている。フロントガラスの内側上部にあるカメラ、フロントバンパーの奥に隠れたミリ波レーダー、車体の角についたセンサー。これらが「前の車はあと何メートル先」「車線の白線はここ」と常に計算し続けている。
問題はここからだ。これらのセンサーは、ほんの少し向きがずれただけで、見ている世界がずれる。カメラが数ミリ傾けば、遠くでは数十センチ、数メートル先の白線の位置がずれて見える。人間の目で言えば、メガネがほんの少し斜めにかかっているようなものだ。日常生活なら気づかないが、時速100キロで走る車が「あの白線はここ」と判断を間違えれば、結果は重大になりかねない。
だから、センサーが取り付けられた部品に手を加えたら、もう一度きちんと「目線合わせ」をしてやる必要がある。これがエーミング(aiming、照準合わせ)と呼ばれる作業だ。
ここがこの記事のいちばんの「へー」かもしれない。バンパーをこすって外して戻す。フロントガラスを交換する。ちょっとした作業でも、その部品にセンサーが付いていれば、外して戻すたびに目線がわずかにずれる可能性がある。だから事故でなくても、ガラス交換でも、エーミングが要る。傷の大小は関係ない。「センサーに触れたかどうか」が分かれ目なのだ。
2020年、国は「車を直す」の定義を書き換えた
ここで制度の話を一つだけ。退屈な行政用語に聞こえるが、近所の工場が車を断る理由は、ここに直結している。
日本では長いあいだ、車の整備のうち命に関わる重要な部分を「分解整備」と呼び、国の認証を受けた工場でなければ手を出せないことになっていた。ブレーキやエンジンの分解などだ。逆に言えば、それ以外のちょっとした作業は、町の工場でも自由にやれた。
ところが2020年4月、この枠組みが大きく広げられた。道路運送車両法という法律が改正され、それまでの「分解整備」に「電子制御装置整備」が加えられて、まとめて「特定整備」という新しい名前になった。
平たく言えば、それまでは「ブレーキを分解するような作業」が国のお墨付きを必要とする領域だった。そこに「カメラやレーダーなどのセンサーをいじる作業」が新しく仲間入りした、ということだ。前を見るカメラ、ミリ波レーダー、自動ブレーキ、車線維持の仕組み。これらに関わる整備は、国の認証を持った工場でなければやってはいけなくなった。
導入には数年の経過措置が設けられていたが、その猶予は2024年4月1日に終わった。つまり今は、認証を持っていない工場がセンサー周りの整備をすると違法になる。さらに2024年10月からは、車検のときに車のコンピューターと通信して故障の記録を読み取る「OBD検査」が新型車で義務化された。エーミングが必要な車できちんと調整されていなければ、車検そのものが通らない場面も出てくる。
つまりこの数年で、「車を直す」という行為の中身に、国が新しい線を引いたのだ。そしてその線の向こう側に行くには、設備と資格という二つの関所をくぐらなければならなくなった。
関所の一つは、お金だった
認証を取るには、まず設備が要る。
センサーの状態を読み取るスキャンツールという外部診断機が必要だ。これは安いものなら数十万円だが、ADAS(先進運転支援システム)にきちんと対応した本格的なものになると100万円を超える。さらにエーミングには「ターゲット」と呼ばれる、センサーに目印を見せるための専用の道具一式が要る。これがメーカーごと、センサーの種類ごとに違うため、対応車種を増やそうとすると何セットも揃えることになる。市販されているADAS調整キットには、税込で170万円台のものもある。
それだけではない。エーミング作業をする床は、水平でなければならない。床がわずかでも傾いていると、目線合わせの基準そのものが狂うからだ。専用の作業スペースと、それを測る水準器も要件になる。
町の小さな整備工場にとって、これは軽い投資ではない。数台分の修理の利益が、設備一式で一気に消えてしまう。しかも対応すべき車種は次々に増え、メーカーごとに道具が違う。仮に思い切って認証を取っても、自分の工場で全部やらず、結局はディーラーやガラス専門業者に外注している、という現場の声もある。
「人が来ない」だけではなかった
整備士不足、と聞くと、多くの人はこう思うだろう。きつい、汚い、給料が安い。だから若者が来ない。たしかにそれは事実の一面だ。
数字は確かに厳しい。整備士の有効求人倍率は2024年度で5.45倍。これは求職者一人に対して5件以上の求人がある状態で、全産業平均の1.25倍と比べると4倍以上の人手不足だ。整備士の平均年齢も上がり続け、専業の現場では50歳を超えるという調査もある。整備の専門学校に入る若者は、この15年ほどで半分近くに減った。
ただ、この記事で立ち止まりたいのは、その先だ。
人が来ないという話の裏で、もう一つ別のことが起きている。それは、町工場が「直せる範囲」そのものを失いつつある、ということだ。長年エンジンやブレーキで腕を磨いてきた職人が、いざ最新の車を前にすると、センサーの調整は設備がなくて手が出せない。お客さんの車を、申し訳なく思いながらディーラーに送り出す。自分の工場では、もう全部は面倒を見られない。
帝国データバンクの調査によれば、2024年度(2024年4月から2025年3月)に休業・廃業・解散した整備事業者は382件で過去最多となり、倒産を含めると445件が市場から姿を消した。経営者の高齢化も進み、調査対象では6割近くが後継者不在だという。注目したいのは、その分析の中にこんな指摘があることだ。小規模な事業者は新しい整備への対応が難しく、事業の継続をあきらめて、既存のお客さんをディーラーに引き継ぐ動きが出ている、と。
つまり、町工場は単に「人が辞めて消えている」のではない。「直せる車が減って、お客さんごとディーラーに明け渡して消えている」面があるのだ。これが、人手不足という言葉の影に隠れた、もう一つの理由である。
修理の主導権が、町からメーカーへ移っていく
整備工場には、大きく分けて二つの種類がある。メーカーの看板を背負ったディーラーの工場と、町にある独立系の工場だ。
ディーラーの工場は、メーカーから整備の情報や純正の診断機を受け取り、社内で研修も受けられる。最新のセンサーがどう動き、どう調整すればいいか、メーカーから直接答えが降りてくる立場にある。一方、町の独立系工場は、その情報網の外にいることが多い。同じ車を直すにも、立っている場所が違う。
センサーやソフトウェアが車の中心になればなるほど、この差は開く。エンジンの音を聞き、手の感触で不調を当てる職人技が通用する領域が狭まり、メーカーのデータと専用機器がなければ手が出せない領域が広がっていく。すると、修理という行為の主導権が、少しずつ町からメーカー側へ移っていく。
これは消費者にとって何を意味するか。選択肢が減るということだ。これまでは「ディーラーは高いから、付き合いのある近所の工場で」という選び方ができた。価格を比べ、相談相手を選べた。だが直せる工場がディーラーに絞られていけば、その比較そのものが成り立たなくなる。値段は、比べる相手がいなくなったときに上がりやすい。
それでも、近所の工場には別の役割が残る
誤解のないように書いておくと、これは「町工場は時代遅れだから消えて当然」という話ではない。むしろ逆だ。
オイル交換、タイヤ、ブレーキの消耗、ちょっとした不調の相談。車を持つ人の日常の困りごとの多くは、今も近所の工場が支えている。気軽に寄れて、顔の見える相手に相談できる場所の価値は、車がどれだけ電子化しても消えない。実際、エーミングのような新しい作業を外注で組み合わせながら、地域の窓口として生き残ろうとしている工場もある。問題は、その窓口になる工場すら、設備投資と後継者不足の二重苦で減っているという点にある。
私たちは、自分の車をどこまで「自分のもの」と言えるか
かつて車は、その気になれば自分でいじれる機械だった。日曜日にボンネットを開け、自分でオイルを替え、調子の悪いところを近所の工場のおやじと一緒に覗き込む。そういう関わり方ができた。車が「自分のもの」だという感覚は、たぶんそのいじれる距離の近さと結びついていた。
今、その距離はじわじわと遠ざかっている。バンパーをこすっただけで専用の機械と認証が要る。エンジンの音ではなく、コンピューターの記録が不調を語る。私たちは車を所有しているつもりでいて、その中身にはもう、専門の機器を持つ人しか触れられない。これは便利さと安全と引き換えに進んだ変化で、止めるべきものではないのかもしれない。
それでも、次に車をどこかにこすったとき、近所の工場に断られて初めて、多くの人はこの変化に気づくことになる。誰が私たちの車を直すのか。その答えが、思っていたより少ない人たちの手に集まりつつある。車に普段まったく興味がない人にとっても、これは無関係な話ではない。修理代の数字となって、いつかきっと自分の前に現れるからだ。
参照元: 国土交通省「自動車特定整備事業について」「特定整備制度概要」、帝国データバンク「自動車整備業者の倒産、休廃業・解散動向(2024年度)」、Motor-Fan「特定整備制度の開始でADAS装着車のメンテナンスはどう変わる?」「ADAS装着車はバンパーを脱着しただけでもエーミングが必要?」、整備士の有効求人倍率・平均年齢・専門学校入学者数に関する各種公開統計(国土交通省、日本自動車整備振興会連合会の公表値による)
























