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「その名前、外国語だと下ネタです」と言われて改名した車がある。でも、いちばん有名な"改名伝説"は、実は誰も損していなかった

改名伝説サムネイル

シボレー・ノヴァの「走らない」伝説は有名だが、実は間違い。本当に改名した車の話と、なぜ私たちは作り話を信じるのかを考える。

Chapter
「スペイン語で"走らない"だから売れなかった」という、あまりに出来すぎた話
三菱の「パジェロ」は、スペイン語圏では別の名前で売られていた
高級車の頂点でも、同じことが起きていた
名前は「モノ」ではなく「関係」だった
私たちは、なぜ「作り話」のほうを信じたがるのか
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先日、こんなニュースが流れた。首相の名前が入った暗号資産(仮想通貨)「SANAE TOKEN」なるものが取り沙汰され、その扱いをめぐって国会で追及される、という話だ。中身の真偽はさておき、ここでひとつ、当たり前のようで見落としがちなことに気づかされる。名前というのは、付けた本人の思惑だけでは完結しない、ということだ。

自分では「格好いい」「縁起がいい」と思ってつけた名前が、別の場所、別の言語、別の人の耳に届いた瞬間、まったく違うものに聞こえてしまう。名前は付けた人のものであると同時に、受け取る人のものでもある。

この「名前が勝手に意味を変えてしまう」現象が、いちばん派手に起きてきた場所のひとつが、実は車の世界だ。車には必ず名前がつく。そしてその車は、国境をやすやすと越えていく。日本で考えた名前が、地球の裏側の道路を走る。そのとき何が起きるか。

有名な話から始めよう。ただし、その有名な話は、ほぼ全部が作り話だった、というところから。

シボレー・ノヴァとパジェロ

「スペイン語で"走らない"だから売れなかった」という、あまりに出来すぎた話

マーケティングの教科書や、雑学系の記事で、繰り返し語られてきた逸話がある。

アメリカのシボレー(GM)が「ノヴァ(Nova)」という車を中南米で売ろうとしたところ、さっぱり売れなかった。なぜか。スペイン語で「no va(ノ・バ)」は「走らない」という意味になる。走らない、という名前の車を、誰が買うだろうか。大企業が言語の確認を怠った、間抜けな失敗例として。

よくできた話だと思う。「新星(Nova)」という前向きな名前が、区切り方ひとつで「走らない」という最悪の意味に化ける。企業の傲慢さへの皮肉もきいている。だからこそ、この話は何十年も語り継がれてきた。

ところが、これは事実ではない。

アメリカのファクトチェックサイトなどが検証している。まず、シボレー・ノヴァは中南米できちんと販売されており、ベネズエラでは当初の販売目標を上回るほど売れていた。「売れなかった」という前提そのものが崩れている。

言葉のうえでも無理がある。「nova」はひとつの単語で、アクセントは前のほうにくる。「no va」は二つの単語で、アクセントの位置が違う。スペイン語を話す人が耳で聞いて混同するようなものではない。そもそもスペイン語で車が「動かない」と言いたいなら「no funciona」「no marcha」といった言い方をするのが自然で、「no va」はあまり使わない。おまけに、メキシコの国営石油会社は長年「Nova」という名前のガソリンを売っていた。走らないガソリンを、国が堂々と売っていたことになってしまう。

つまり、この話は「大企業がうっかりやらかした」という気持ちよさだけで広まった、都市伝説だったわけだ。

ここで少し立ち止まってほしい。私たちはなぜ、この作り話をこんなにも喜んで信じてきたのだろう。この問いには後半で戻ってくる。先に、「本当にあった改名」の話をしておきたい。作り話が有名になった裏で、地味に本当に名前を変えていた車が、ちゃんと存在するからだ。

三菱の「パジェロ」は、スペイン語圏では別の名前で売られていた

日本人にとって、「パジェロ」はきわめて馴染み深い名前だ。三菱自動車が1982年から2021年まで作っていた四輪駆動車で、バブルの頃には「パジェロに乗って苗場(スキー場)へ」というのが週末の憧れを表す言葉になったほど、四駆の代名詞として売れた。

名前の由来も、聞けば納得の、悪くないものだ。南米アルゼンチンの南部、パタゴニアの草原に住む野生の山猫の名前からとられている。別名パンパスキャット。悪路を山猫のようにしなやかに駆けていってほしい、という願いが込められている。デザイナーが車のイメージに合わせて苦心の末に選んだ名前だという。

由来だけ聞けば、文句のつけようがない。ところが問題は、その「パジェロ(pajero)」という音が、スペイン語ではまったく別の、口にするのがはばかられる意味を持っていたことだった。日本語で言い換えるのが難しいが、ごく下品な男性の自慰をあらわす俗語にあたる。山猫の名前であると同時に、スペイン語圏の人が聞けば吹き出すか眉をひそめるかの、きわどい言葉でもあったのだ。

だから三菱は、スペインや中南米の大半の国では、この車を「パジェロ」とは呼ばなかった。「モンテロ(Montero=猟師)」という別の名前で売った。さらにイギリスでは「ショーグン(Shogun=将軍)」という、日本を連想させる名前をあてた。ひとつの車が、地域ごとに三つの名前を持っていたことになる。

ロールスロイスとパジェロ

面白いのは、日本ではまったく問題なく「パジェロ」のままだったことだ。日本語話者にとって、あの音はただの山猫の名前でしかない。同じ三文字が、太平洋を渡ると意味を持ち、日本に戻ると意味を失う。名前は音そのものではなく、その音を「誰が聞くか」によって決まる、ということが、これほどわかりやすく出た例もない。

高級車の頂点でも、同じことが起きていた

こういう話は、庶民的な車だけの笑い話ではない。世界最高峰の高級車ブランド、ロールスロイスでも起きている。

ロールスロイスには、車名に「シルバー(Silver)」と美しい言葉を組み合わせる伝統がある。シルバークラウド(銀の雲)、シルバーレイス(銀の亡霊)といった具合だ。1965年に出す新しい車にも、その流れで「シルバーミスト(Silver Mist=銀の霧)」という名前が予定されていた。銀色の霧。いかにも英国の高級車らしい、詩的で品のある響きだ。

ところが、これがドイツ語で問題になった。ドイツ語で「Mist(ミスト)」は、家畜の糞や肥やし、汚物を指す言葉なのだ。「銀の霧」のつもりが、ドイツ語圏では「銀の糞」になってしまう。ドイツは高級車にとって無視できない大切な市場だ。

そこでロールスロイスは、発売直前に名前を「シルバーシャドウ(Silver Shadow=銀の影)」に変えた。この判断は結果的にも正しかったようで、シルバーシャドウはロールスロイスの歴史のなかで、いちばん多く作られたモデルになった。もし「銀の糞」のまま出していたら、と考えると、名前ひとつの重みがわかる。

日本車にも似た例はある。マツダが1999年に出した軽自動車「ラピュタ」は、『ガリバー旅行記』に出てくる空飛ぶ島の名前からとった、夢のある名前だった。ところがこれもスペイン語では「la puta」、つまり売春婦を連想させる音になってしまう。スペインでは、この名前のままでは売れなかった。

名前は「モノ」ではなく「関係」だった

ここまでの話を並べてみると、ひとつの単純な事実が浮かび上がってくる。

名前というのは、それ自体に固定した意味があるわけではない。同じ音が、聞く人が変われば、天使にも悪魔にもなる。「パジェロ」は日本では山猫で、スペインでは下ネタだった。「ミスト」は英国では霧で、ドイツでは糞だった。音は一ミリも変わっていないのに、意味だけが国境で裏返る。

これは、名前とは「モノ」ではなく「関係」だ、ということでもある。名前の意味は、名前と、それを聞く相手のあいだに生まれる。相手が変われば、意味も変わる。だから世界に出ていく車の名前は、必ず「これを誰が聞くか」を先回りして選ばれている。メーカーが何十億という開発費をかけた車の名前を、わざわざ地域ごとに三つも用意するのは、酔狂ではなく、この「関係」に本気で向き合っているからだ。

そして、これは車だけの話ではまったくない。私たちは日々、いろいろなものに名前をつけている。子どもの名前。店の屋号。会社名。ネットで使うハンドルネーム。SNSのアカウント名。そのどれもが、自分の思いだけでは完結しない。付けた瞬間から、それは受け取る人の耳のなかで、勝手に意味を持ち始める。海外で暮らしたり働いたりする人が、自分の名前が現地語で妙な意味にならないか一度は気にするのも、まったく同じ構造だ。

私たちは、なぜ「作り話」のほうを信じたがるのか

最後に、先ほど置いてきた問いに戻りたい。シボレー・ノヴァの「走らない」話は作り話だったのに、なぜあれほど広く、長く信じられてきたのか。

たぶん理由はこうだ。「名前が悪かったから売れなかった」という説明は、あまりにもわかりやすくて、気持ちがいいのだ。

商品が売れない理由なんて、本当は複雑きわまりない。価格、時期、景気、ライバル車の存在、宣伝、故障の噂、営業所の場所、為替。数えきれない要素が絡み合っている。そんなぐちゃぐちゃした現実を前にして、「実は名前がスペイン語で"走らない"だったんですよ」と言われると、人はホッとする。原因がひとつに絞られ、しかもそれが「大企業のうっかりミス」という、笑い飛ばせる形をしているからだ。

人間は、失敗の理由を、単純でわかりやすい物語に押し込めたがる。本当は複雑な出来事に、犯人を一人だけ立てて、話を終わらせたがる。ノヴァの伝説が生き延びたのは、その物語が「よくできていた」からであって、事実だったからではない。

車の名前の話は、だから、ただの雑学ではない。誰かの失敗や不運の理由を、私たちはつい、いちばん語りやすい一点に押しつけてしまう。あの店が潰れたのは立地のせいだ、あの人がうまくいかないのは性格のせいだ、と。パジェロやシルバーミストのように、名前を本当に変えなければならなかった話が地味に埋もれ、ノヴァのように実際には何も起きなかった話ばかりが華々しく生き残っていく。

次に「これはこういう理由でダメだった」というスッキリした説明に出会ったとき、その気持ちよさそのものを、少しだけ疑ってみてもいい。銀の霧が糞になり、山猫が下ネタになる世界では、いちばんもっともらしい話が、いちばん怪しいこともあるのだから。

参照元: 三菱自動車 車名の由来(パジェロ=南米の野生猫パンパスキャットに由来)/乗りものニュース「三菱『パジェロ』="ネコ"って?」、Wikipedia「Mitsubishi Pajero」「三菱・パジェロ」(スペイン語圏でMontero、英国でShogunとして販売)、Wikipedia「Rolls-Royce Silver Shadow」(当初名 Silver Mist をドイツ語の Mist を避けて Silver Shadow に変更、同社最多生産)、Wikipedia「Mazda Laputa」(スペイン語での語感の問題)、Snopes / NPR / Hemmings ほかによる検証記事(シボレー・ノヴァの「no va」逸話は事実に反する俗説)

車選びドットコムマガジン編集部

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