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優勝した人が乗る「屋根のない車」は、もう簡単には手に入らない。世界に1台だけ作られた相撲のパレードカーが教えてくれること

屋根のない車(オープンカー)が街から消えつつある風景

なぜ優勝者は屋根のない車に乗るのか。相撲のために世界に1台だけ作られたセンチュリー・オープンカー。技術と時代の変化が浮き彫りにする、人が喜びを分かち合うための変わらぬ作法とは。

Chapter
相撲の優勝パレードのために、トヨタは「世界に1台」を作った
「屋根のない車」は、もう街からほとんど消えている
屋根がないのは「安いから」ではなく、むしろ「高くつくから」
そもそも昔は、車はみんな屋根がなかった
世界一売れたオープンカーですら、日常からは姿を消した
喜びは、人に見せることで完成する

なぜ、優勝した人はわざわざ屋根のない車に乗るのだろう。雨が降れば濡れるし、日差しも強い。普通の車で窓を開ければ手は振れるのに、祝いの場面ではなぜか、屋根がぱっくり開いた車が呼ばれてくる。

プロ野球の日本一、Jリーグの初優勝、オリンピックのメダリスト。沿道には人があふれ、車はゆっくり進む。テレビでもニュースでも、何度も見てきた光景だ。ほとんどの人は、あの車について何も疑問に思わない。「おめでたいことがあると、屋根のない車に乗る」。それは空が青いのと同じくらい、当たり前のことになっている。

でも、改めて考えてみると不思議だ。屋根のない車は、決して便利なわけではない。それなのに、晴れの舞台ではいつも屋根のない車が主役になる。

そして、ここからが本題だ。実はいま、その「屋根のない車」は、街からどんどん消えている。あまりに減りすぎて、晴れの舞台で使う一台を、メーカーがわざわざ手作りしなければならないところまで来ている。この話は、最後まで読むと「人はなぜ喜びを人前にさらしたがるのか」という、もっと身近な疑問につながっていく。

相撲の優勝パレードのために、トヨタは「世界に1台」を作った

きっかけは、大相撲だった。

大相撲では、本場所で優勝した幕内力士が、屋根のない車に乗って祝勝パレードをする伝統がある。その車が、2024年の初場所から新しくなった。トヨタの最高級車「センチュリー」をベースにした、屋根のない一台だ。

ここで多くの人がこう思うだろう。「トヨタなんだから、オープンカーのセンチュリーを一台用意すればいいだけでしょ」。ところが、話はそう単純ではなかった。

このとき使われた新型センチュリーは、もともと屋根のあるSUVタイプの車だ。世の中に「屋根のないセンチュリー」という商品は売っていない。だからトヨタは、報道によれば屋根のある車をベースに、わざわざ屋根を切り落として作り直した。デザインも一からやり直し、後ろの座席には力士と親方、後援者まで乗れるよう、車体が沈み込まないように足回りを補強した。開発の現場では、後席に大人8人、単純計算でおよそ500キロを乗せて耐久テストまでしたという。

つまりこれは、量産品ではない。文字どおり世界にたった一台だけの、特別あつらえの車だ。きっかけは、トヨタの会長と、元横綱・白鵬の宮城野親方とのやりとりだったと各社が報じている。当初は「クラウン」をベースに準備していたものを、「トヨタの最高の車、センチュリーがいい」という親方の一言で、急きょセンチュリーで作り直すことになったという経緯まで残っている。

新車のSUVを一台、まるごとオープンカーに改造する。それを「優勝した力士をたたえるため」だけにやる。これはかなり手の込んだ話だ。なぜそこまでするのか。なぜ、ちょうどいいオープンカーを「買ってくる」のではなく、「作る」必要があったのか。

「屋根のない車」は、もう街からほとんど消えている

屋根のない車(オープンカー)が街から消えつつある風景

答えはシンプルだ。売っている屋根のない車が、本当に少なくなったからである。

自動車に詳しいジャーナリストの渡辺陽一郎氏は、自動車メディアの記事の中で、日本のオープンカーが「最近あまり見ない」「事実、売れていない」状態にあると指摘している。1960年代から80年代にかけては、各メーカーがオープンカーを次々と出していた。手の届く価格の小さなオープンカーもあったし、軽自動車にまで屋根の開くモデルがあった時代だ。ところが2000年代の中盤を過ぎたあたりから、その手の車は急速に姿を消していった。

代わりに売れるようになったのが、背の高いSUVや、燃費と実用性に振った車だ。家族で乗れて、荷物が積めて、雨の日も快適。屋根がないことの「不便さ」を、現代の買い手はほとんど許してくれない。

だから、いざ「祝いのために屋根のない高級車が一台ほしい」となっても、カタログから選んで買うという選択肢が、もう昔ほど豊富ではない。相撲のパレードカーがわざわざ特注になったのは、メーカーの気合いの問題であると同時に、「ちょうどいい既製品が世の中に存在しなくなった」という時代の事情でもあるのだ。

屋根がないのは「安いから」ではなく、むしろ「高くつくから」

モノコック構造の説明イメージ

ここでもう一つ、多くの人の直感を裏切る事実がある。

屋根がない車と聞くと、なんとなく「部品が少なくて簡単そう」「安そう」と感じないだろうか。屋根がないぶん、材料も手間も省けるように思える。

実際は逆だ。

いまの車の多くは「モノコック構造」と呼ばれる作り方をしている。ざっくり言えば、車のボディ全体を一つの箱のように組んで、その箱全体で強度を支える仕組みだ。屋根もその箱の一部であり、上からふたをすることで車体はしっかりする。空き缶を想像するとわかりやすい。ふたのある缶は指で押してもびくともしないが、上を切り取った缶は簡単にぐにゃりと曲がる。

だから屋根を取り払うと、車体は弱くなる。それを補うために、見えないところを何重にも補強しなければならない。部品は増え、開発の手間も増え、重くなり、結果として値段は上がる。Wikipediaの解説でも、オープンカーは「屋根がないから安いのではなく、屋根をカットしながらも強度を確保するからこそコストがかかる」と説明されている。

つまり「屋根がない」は、引き算ではなく足し算なのだ。だから祝賀用の一台も、ほいほいとは作れない。相撲のパレードカーで開発陣が足回りの補強に苦労したのも、この「箱のふたを外す代償」と無関係ではない。

そもそも昔は、車はみんな屋根がなかった

自動車が生まれたばかりの頃、車にはそもそも屋根がなかった。1886年に実用的なガソリン自動車が登場したとき、ボディは馬車の延長で、屋根という発想自体が薄かった。雨よけに簡単な布をかぶせる程度。GAZOOの解説によれば、屋根のついた箱型の車が一般に広まったのは1920年代以降で、それまではむしろ屋根のない車のほうが普通だった。

言い換えれば、屋根は車の「進化の産物」なのだ。スピードが上がり、もっと遠くまで、雨の日も快適に走りたいという欲が、車に屋根を与えた。私たちが当たり前だと思っている「屋根つきの車」は、人類が後から手に入れた便利さの結晶であって、車の原型ではない。

そして面白いのは、屋根を手に入れた人類が、それでもなお祝いの場面では屋根を開けたがる、という点だ。Wikipediaのオープンカーの項目にも、客室が開放されていて外へアピールできるため、この種の車は馬車の時代から各種のパレードや式典で使われてきた、とある。馬車の時代から、人は「めでたいときには、自分の姿が見える乗り物に乗る」という作法を持っていた。

つまり、屋根を開けるのは利便性の話ではない。最初から、見せるための作法なのだ。

世界一売れたオープンカーですら、日常からは姿を消した

「とはいえ、オープンカーが好きな人はまだいるでしょう」と思うかもしれない。たしかにいる。そして、その象徴がマツダの「ロードスター」だ。

ロードスターは、2人乗りの小さなオープンスポーツカーとして世界一売れた車で、その記録はギネス世界記録にも認定されている。マツダの発表によれば、2016年には累計生産が100万台に達し、その後も台数を伸ばし続けてきた。世界中にファンクラブがあり、何百台ものロードスターが集まってパレードのように走るイベントも各地で開かれている。

これだけ聞くと「オープンカーは健在じゃないか」と思える。だが、ここに距離のからくりがある。ロードスターは世界規模で長い年月をかけて積み上げた台数だ。一方で、いまの日本の新車販売は年間およそ450万台前後で推移している。その膨大な数の大半を占めるのは、軽自動車や背の高い実用的な車であって、屋根の開く車はそのなかのごく小さな点でしかない。

世界一売れたオープンカーですら、日本人の日常の風景からはほとんど消えている。屋根のない車は、もはや毎日の通勤や買い物の道具ではなくなった。代わりに、それが堂々と主役になれる場所は、限られている。優勝パレード。結婚式。記念日のドライブ。つまり、特別な日だ。

実用の世界から押し出された屋根のない車は、いまや「ハレの日」の象徴として、その居場所をぎゅっと狭めながら生き残っている。相撲のパレードカーが一台だけ作られたのは、その狭い居場所のいちばん奥にある出来事だと言える。

喜びは、人に見せることで完成する

ここまで来ると、最初の問いに戻れる。なぜ、優勝した人は屋根のない車に乗るのか。

便利だからではない。むしろ屋根のない車は不便で、作るのが難しく、値段も高い。普通の感覚なら選ばない。それでも祝いの場面でだけは、わざわざ屋根を開けた車が用意される。手作りしてでも、だ。

理由はおそらく、喜びというものの性質にある。本当にうれしいことがあったとき、人はそれを一人で噛みしめるだけでは満足できない。誰かに見てほしい。一緒に喜んでほしい。屋根を開けるという行為は、その気持ちをそのまま形にしたものだ。ガラスとルーフでさえぎらず、自分の姿と表情を、沿道の人にまるごと差し出す。喜びを人に渡し、人から返してもらう。その往復があって、初めて祝いは完成する。

これは、優勝した力士やアスリートだけの話ではない。合格をSNSに書き込む。良いことがあって誰かに電話したくなる。子どもの晴れ姿を撮って親に送る。私たちは日常的に、自分の喜びの「屋根」を開けて生きている。見せて、分け合って、初めてうれしさが本物になる。屋根のない車は、その人間くさい衝動を、鉄とガラスで形にした道具なのだ。

街からオープンカーが消えても、祝いの席に屋根のない車が残り続けるのは、たぶんそういうことだ。だから次にどこかの優勝パレードを見かけたら、選手の笑顔の手前に映っている、屋根の開いた一台にも少し目を向けてほしい。あれは単なる移動手段ではなく、人が喜びを分け合うために、ずいぶん手間をかけて残してきた、古くて新しい作法そのものなのだから。

参照元: トヨタイムズ、レスポンス、Car Watch、OVO(共同通信)、AUTOCAR JAPAN(渡辺陽一郎)、GAZOO、Wikipedia「オープンカー」、マツダ ニュースルーム、一般社団法人日本自動車工業会(JAMA)・日本自動車販売協会連合会

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