車が燃えるのは「走っているとき」だと思っていた。だが統計は、停めてある車のほうを静かに指さしている
BMWとトヨタGRスープラのスタータ・リレーにまつわる8月のリコールをきっかけに、車両火災の統計をひもとくと、火が出る「場所」と「タイミング」の重心が変わりつつあることが見えてきた。
- Chapter
- 8月末、輸入車の「セルモーター」がまとめて呼び戻された
- 統計を素直に読むと、常識がずれる
- なぜ、鍵を抜いた車が燃えるのか
- 車が「電気の塊」になっていくということ
- で、停めてある自分の車に、何ができるのか
車の火事、と聞いて、多くの人が思い浮かべる絵はだいたい同じだと思う。高速道路の路肩で、ボンネットから煙を上げて止まっている一台。エンジンをぶん回して走っているうちに、どこかが焼けついて火を噴く。映画でもニュースでも、車が燃えるのは決まって「動いている」ときだ。
だから、次の事実は少し意外に響くかもしれない。日本で起きる車の火災は、かなりの割合が「停まっている車」から出ている。鍵を抜き、エンジンを切り、持ち主がその場を離れたあとの車が、静かに火を出すことがある。
それは特殊な欠陥車の話ではない。ごくふつうの、あなたの家の前や月極駐車場に停まっている車にも、理屈のうえでは起こりうる。今年の夏、そのことを思い出させる小さなニュースが流れた。話はそこから始めたい。
8月末、輸入車の「セルモーター」がまとめて呼び戻された
2026年8月26日、BMWの日本法人が国土交通省にリコールを届け出た。対象は20車種、およそ2万4千台。不具合があるのは「スタータ」、いわゆるセルモーターと呼ばれる、エンジンをかけるときにキュルキュルと回るあの部品につながる電気回路だ。
国土交通省の届出内容によれば、原因は始動用のリレー(電気の通り道を開け閉めするスイッチのような部品)の耐久性が足りず、接点が異常にすり減って、金属の粉がたまること。その結果、エンジンがかからなくなり、最悪の場合は「スタータ起動時や走行時などに火災に至るおそれがある」とされている。同じ日、トヨタのGRスープラ790台も、同じスタータ・リレーの不具合で届け出られている。GRスープラはBMWと共同開発の車で、心臓部を分け合っているから、同じ持病が出たわけだ。
ここで正確にしておきたいことがある。この8月のリコールの公式説明は、あくまで「エンジンをかける瞬間や走っている最中」に火が出るおそれ、という書き方になっている。つまり、鍵を抜いて何時間も放置した車が勝手に燃える、とまでは国もメーカーも言っていない。海外では、水が入って部品が腐食し、駐車中でも発火しうるとして「屋外に停めてください」と呼びかけた別系統のリコールもあったが、それとは原因が違う。話を大きくしすぎないために、ここは区別しておく。
それでも、この一件が面白いのは、火事の引き金が「エンジン本体の熱」ではなく「電気を通す部品のへたり」だった点にある。車の火災の重心が、燃料や排気の熱から、電気のほうへ静かに移りつつあることを、この小さな部品が示している。
統計を素直に読むと、常識がずれる
では、日本で車の火災は年にどれくらい起きているのか。総務省消防庁の火災統計を見ると、車両火災はここ数年、年に3,500件前後で推移している。令和6年(2026年ではなく2024年)の速報値で3,538件。単純に割れば、日本のどこかで毎日9件から10件、車が燃えている計算になる。
原因の内訳を見ると、いちばん多いのは「排気管」で、およそ17〜18パーセント。これはマフラーまわりの高温部に、枯れ草や紙、油などが触れて燃えるパターンで、走行中や走行直後に起きやすい。ここまでは、冒頭の「走っている車が危ない」という直感どおりだ。
ずれが出るのはその先だ。排気管に続く上位を占めるのが、「電気機器」と「交通機関内の配線」。つまり車の中を走っている電気系統である。この二つを足すと、割合としては排気管に迫る。そして電気系の火災は、走っている・停まっているをあまり選ばない。
もう一つ、地域の数字を見るとさらにはっきりする。消防庁の検討会に出された東京消防庁のデータでは、ある年の管内の車両火災のうち、駐停車中に起きたものが約4割を占め、その出火原因では「電気関係」が最も多かった。走行中に限った話ではまったくない。停めてある車のほうを、統計は静かに指さしている。
「車は走っているときが危ない」という素朴な感覚は、半分は当たっているが、半分は時代遅れになりかけている。
なぜ、鍵を抜いた車が燃えるのか
ここで、多くの人が抱く当然の疑問に答えておきたい。エンジンを切って、鍵まで抜いたのに、どこから火が出るのか。電気は止まっているはずではないのか。
答えは、止まっていないから、だ。
車のバッテリーは、鍵を抜いても働き続けている。時計やセキュリティ、スマートキーの受信、最近ならドライブレコーダーの駐車中録画。これらは、エンジンが動いていなくても電気を食う。だからバッテリーからは、常に一部の回路へ電気が流れている。プラス端子から先の配線には、あなたが車を離れているあいだも電圧がかかりっぱなしなのだ。
消防防災の解説では、電気系の車両火災の特徴として「エンジンを止めたあとでも出火することがある」と明記されている。理屈はこうだ。常に電気が通っている配線が、何かの拍子に金属のボディに触れたり、被覆が傷ついて別の線と接したりすると、そこでショートが起きる。ショートは一瞬で高温になる。近くに樹脂やホコリ、油があれば、火がつく。エンジンの熱はいらない。人が乗っている必要もない。
国土交通省が過去にまとめた車両火災の調査報告でも、バッテリー付近から出火した事例のかなりの部分が、後付け電装品の取り付けミスや、バッテリー交換作業の不手際に起因していた。そして出火した状況を見ると、走行中だけでなく、走行後に停めている最中や、駐車中に起きたものが相当数を占めていた。中には、鍵を切って数十分から数時間たってから発火したケースもあったという。
つまり、火種を仕込むのはしばしば「人の手が加わった配線」だ。カーナビ、ドライブレコーダー、後付けのLED、ETC。便利さのために増やした電装品の一本一本が、雑に留められていれば、静かな火種になりうる。JAFも、車両火災の原因として、バッテリー端子の緩みによるショートや、後付け機器の接続不良を挙げている。新車を買ってメーカー純正のまま乗っている人より、あれこれ足していった人のほうが、この点では気をつけたほうがいい。
車が「電気の塊」になっていくということ
ここまでの話を一段引いて眺めると、一つの流れが見えてくる。車の火災の主役が、燃える液体から、通う電気へと交代しつつある、ということだ。
昔の車は、鍵を抜けば本当にほとんど「ただの鉄の箱」になった。電気で動いているのはヘッドライトとホーンとラジオくらい。エンジンを止めれば、危ない高温部も冷えていく。火事のリスクは、走っている時間にほぼ張り付いていた。
いまの車は違う。エンジンを止めても、無数のコンピューターと配線が、うっすら目を覚ましている。ハイブリッドや電気自動車なら、そこに大容量のバッテリーが加わる。国土交通省のリコール統計を見ると、令和7年度(2025年度)の1年間で、届出は358件、対象はおよそ401万台。中身を見ると、機械の摩耗や折損だけでなく、電子制御やソフトウェアの不具合を直すためのリコールが目立つようになっている。今年6月には、日産のe-POWER搭載車がおよそ60万台、バッテリーを管理するプログラムの書き換えのために呼び戻された。かつてリコールといえば部品を物理的に交換する話だったが、いまは車をつないでソフトを更新して終わる、というものが増えている。
冒頭のBMWのスタータ・リレーも、この流れの上にある。エンジンをかけるという、車のいちばん基本的な動作。その裏で、小さな電気スイッチが何万回と開いたり閉じたりし、やがて摩耗し、そこに火の芽が宿る。車が電気で細かく制御されるほど、火が出る「きっかけ」の場所は増えていく。
これは、電気の車が特別に危ない、という脅しではない。統計上、車両火災の件数は昔から大きくは増えていないし、一台あたりの発火確率はきわめて低い。ただ、火が出る「場所」と「タイミング」の重心が、私たちの頭の中の古い地図とずれてきている、という話だ。危ないのは走っている前だけ、という思い込みだけは、更新しておいたほうがいい。
で、停めてある自分の車に、何ができるのか
最後に、車に詳しくなくても今日からできることに落としたい。難しい整備の話ではない。
一つ目は、リコールの通知を無視しないこと。メーカーからのはがきや、車検の案内に紛れて届く「該当車のご案内」は、たいてい後回しにされる。しかし今回のスタータの件のように、直さなければ火につながる不具合を、メーカーは自腹で無料で直すと言ってきているのだ。自分の車が対象かどうかは、国土交通省や各メーカーのサイトに車台番号を打ち込めば、すぐに分かる。輸入車だけの話ではなく、国産車でも毎年数百万台規模で出ている。
二つ目は、後付けの電装品を、信頼できる店できちんと付けること。ドライブレコーダーもLEDも、自分で配線を割り込ませれば数千円安く上がるかもしれない。だがその一本の雑な結線が、駐車中の車の火種になる例が、実際に統計に現れている。とくに常時電源を取る駐車監視タイプの機器は、素人配線と相性が悪い。ここはケチらないほうがいい。
三つ目は、停める場所への少しの意識だ。マフラーの下に枯れ草が積もる場所、燃えやすいものに車体を寄せる置き方は、電気とは別の経路の火災を呼ぶ。屋外に長く置くなら、車の下も気にかけておくといい。
車は、動かしているときだけ相手をするものだと思われがちだ。だが実際には、私たちが離れて眠っているあいだも、車の中では小さな電気が流れ続け、ごくまれに、そこから火が出る。停めてある車は、完全に眠ってはいない。そのことを一度知っておくだけで、次にリコールのはがきが届いたときの手の動きが、少し変わるはずだ。
参照元: 総務省消防庁「令和6年(1〜12月)における火災の状況(速報値)」ほか火災統計、総務省消防庁 火災予防に関する検討部会資料(東京消防庁 車両火災データを含む)、国土交通省「リコールの届出について」(令和8年8月26日 BMW/トヨタ GRスープラ 各届出)、国土交通省「令和7年度におけるリコール総届出件数及び総対象台数について(速報値)」、国土交通省「車両火災に関する調査実施報告書」、消防防災博物館「車輌火災 電気系統からの出火事例」、JAF ユーザーテスト・Q&A「車両火災の原因」























