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悪路を一生走らない人が、悪路のための車を選ぶ。街にあふれるSUVは、道ではなく私たちの「不安」に合わせて作られていた

街にあふれるSUV(記事サムネイル)

街にあふれるSUVの多くは、悪路を走らない。それでも選ばれるのはなぜか。「道」ではなく「不安」に合わせて車が選ばれる仕組みと、その安全の裏側を考える。

Chapter
「アウトドアのため」と言いながら、実際は近所の買い物
車は「道」ではなく「気分」に合わせて選ばれている
「安全に感じる」と「安全である」は、同じではない
もともとは、戦争のための道具だった
そして2026年、また「本格派」が帰ってきている
私たちは、車で「不安」に乗っている
街にあふれるSUV(記事サムネイル)

信号待ちで、前後左右の車をぐるりと見渡してみてほしい。背が高く、車体の角が張り、車輪まわりが黒く縁取られた、いわゆるSUVと呼ばれる形の車が、思いのほか多いことに気づくはずだ。前も、斜め向かいも、駐車場の一列も。ひと昔前ならワンボックスやセダンが並んでいたはずの場所が、いつのまにか背の高い四角い車で埋まっている。

この形の車は、もともと「舗装されていない道を走るための車」として生まれた。ぬかるみ、岩場、雪道、砂漠。人が普通の車では入っていけない場所に踏み込むために、車高を上げ、四つのタイヤすべてに力を送り、頑丈な骨組みを与えた。それがSUV、日本語で言えば「スポーツ用多目的車」のおおもとだ。

ところが面白いのは、その車を買った人のほとんどが、そういう道をほぼ一度も走らないことである。

「アウトドアのため」と言いながら、実際は近所の買い物

これは印象の話ではなく、数字が出ている。

日本のJ.D. Power(自動車の顧客満足度などを長年調べている調査会社)が公開しているSUV購入者の使い道の分析では、SUVに乗ってすることの上位は「近所での買い物」が69%、「通勤・通学」が42%だった。一方で、この形の車がいちばん得意にしているはずの「アウトドアを楽しむ」は22%にとどまる。つまり、多くの人にとってSUVは、悪路を走る道具ではなく、スーパーと家と職場を往復する道具だ。

海外を見ると、この傾向はもっとくっきりしている。アメリカの調査会社ストラテジック・ビジョンのデータをもとにした分析では、SUVやその派生型を買った人の98%が、岩場や泥道といった本格的なオフロードを「年に1回以下」しか走らない(まったく走らない人を含む)。砂利道や未舗装路ですら、91%が年に1回あるかないかだという。

『High and Mighty』というSUVを論じた著名な本の中では、そもそもSUVのオフロード性能を実際に使う所有者は5%に満たない、という見方まで紹介されている。四つのタイヤすべてを駆動させる仕組みも、地面から車体を高く持ち上げた設計も、大半の人の生活では出番がないまま眠っている。

言い換えると、私たちは「使わない能力」に、わざわざお金を払っている。しかも、それを大勢が同時にやっている。日本の登録乗用車に占めるSUVの割合は、2017年におよそ17%だったものが、2021年には30.4%まで伸びた。街の三台に一台が、使うあてのない悪路走破性能を積んで走っている計算になる。

なぜ、こんなことが起きるのか。

車は「道」ではなく「気分」に合わせて選ばれている

ここから先は、車の話でありながら、車の話ではない。人が何かを選ぶとき、頭の中で何が起きているか、という話だ。

行動科学の研究には、こんな実験がある。人は物理的に高い位置から周囲を見下ろすと、実際にはコントロールできていない状況に対しても「自分は状況を支配できている」という感覚(研究では「錯覚的な支配感」と呼ばれる)を持ちやすく、その結果リスクを取る行動が増える、というものだ。マーケティングの学術誌に載ったこの研究は、SUVの高い着座位置がなぜ人を安心させるのかを説明する材料としてよく引かれる。

考えてみれば、SUVを買う理由として多くの人が口にするのは、悪路性能ではない。「視界が高くて見晴らしがいい」「なんとなく安全に感じる」「運転していて包まれている感じがして落ち着く」。オーストラリアやアメリカで行われた運転者の意識調査でも、大きな車を選ぶ最大の理由は「自分自身の安全」だと繰り返し報告されている。

つまり人は、車が走る「道」に合わせて車を選んでいるのではない。運転席に座ったときの「気分」に合わせて選んでいる。高いところから道を見下ろすと、渋滞も、前の車の割り込みも、少し遠くの出来事のように感じられる。物理的に体が持ち上がると、心も少しだけ、混沌から持ち上がる。悪路を走るためのはずだった車高は、いつのまにか「日常の不安から自分を持ち上げる装置」に化けていた。

SUVの高い視点から道を見下ろす情景

SUVは道のために設計されたのに、売れているのは人の心のためだ。ここにこの現象の奇妙さがある。

「安全に感じる」と「安全である」は、同じではない

ただし、その安心には見落とされがちな裏側がある。

多くの人がSUVを「安全そう」と感じるのは、間違いではない。大きく重い車は、衝突したときに中に乗っている人を守りやすい。実際、車の安全性を評価しているアメリカの保険業界団体IIHSのデータでも、運転者が死亡する割合がもっとも低いグループには高級SUVがいくつも入っている。乗っている自分にとっては、たしかに安全な選択でありうる。

問題は、その安全が「自分の外」にどう作用するかだ。

同じIIHSの2023年の調査では、車の前面がとくに高く垂直に切り立った車(ボンネットの高さが40インチ、およそ1メートルを超えるSUVやピックアップなど)は、前面の低い車に比べて、歩行者を死なせてしまう確率がおよそ45%高かった。背の低い車なら足や腰で受け止められる衝撃が、背の高い車では胸やお腹、頭という命に直結する部分に当たってしまうためだ。

背の高い車両と歩行者の関係

日本の交通事故の分析でも同じことが確認されている。交通事故総合分析センターの研究では、車のボンネットが100mm(10cm)高くなるごとに、はねられた歩行者の胸やお腹を痛める割合がおよそ2%ずつ高まると見積もられている。イギリスやベルギー、そして35年・68万件以上の衝突を集めた最近の国際的な分析でも、SUVやピックアップにはねられた歩行者・自転車は、普通の乗用車にはねられた場合より死ぬ確率が4割以上高く、相手が子どもだと8割以上高いという結果が出ている。

ここで大事なのは、SUVを買う人を責めることではない。気づいてほしいのは、私たちが「安全」という言葉を、無意識のうちに自分の内側だけで測っていることだ。「私と家族が守られる」という意味での安全と、「私の車が周りの人に与える危険」という意味での安全は、まったく別の話なのに、車を選ぶときには前者しか天秤に乗らない。研究者はこの構造を、道路の上で少しずつ進む「軍拡競争」に例える。相手が大きいなら、こちらも大きく。みんなが自分の安全のために車を大きくしていくと、道全体としては、いちばん弱い立場の歩行者や自転車、そして小さな車に乗る人へのリスクが積み上がっていく。

もともとは、戦争のための道具だった

この形の車が「安心」の象徴になっていく道のりを、少しだけさかのぼってみる。

SUVの祖先は、第二次世界大戦の軍用車、いわゆるジープだ。兵士や物資を、道のない戦場に運ぶために作られた頑丈な四輪駆動車。戦争が終わると、そのジープをもとに、屋根と荷室をつけた民間向けの車が生まれた。1940年代後半のことだ。同じころ、イギリスでもジープに着想を得た農業・作業用の四輪駆動車が量産され始める。どちらも、あくまで「働く車」「道なき場所で働く道具」だった。

流れが変わったのは、この頑丈な車に「豊かさ」や「冒険」のイメージが乗り始めてからだ。1970年代から80年代にかけて、アメリカでこの形の車に「スポーツ・ユーティリティ・ビークル」という呼び名がつき、都会に住む人に向けて売られるようになる。四輪駆動という機能を、実際に使うかどうかとは別に、「いざとなれば、どこへでも行ける」という気分として買ってもらう。ある関係者は当時、都市部の買い手にとって四輪駆動の性能はほとんど価値がないことを、作り手の側は分かっていた、と後年語っている。使わない能力を、安心の物語として売る商売は、このころ完成した。

日本でも、1980年代に三菱パジェロやトヨタのランドクルーザーといった本格的なクロカン四駆が人気を集め、悪路を走らない都会の若者までがこぞって乗った時代があった。やがてブームは去り、街には背の低いミニバンやコンパクトカーが増えていく。

そして2026年、また「本格派」が帰ってきている

ところが、ここにきて再び、本格派の大型車が表舞台に戻ってきている。

2026年9月、三菱自動車は長く途絶えていた「パジェロ」の新型を世界に向けて公開した。報道によれば、年内に国内で発売され、今年度中に世界で1万台の販売を見込んでいるという。トヨタもこの春、悪路志向を前面に出した「ランドクルーザーFJ」を450万円ほどで発売し、月に千台超の販売を計画している。スバルも9月にクロスオーバーSUVの改良モデルを出したばかりだ。

世界に目を向ければ、この流れはもっと大きい。国際エネルギー機関(IEA)によれば、SUVは2023年に世界の新車販売の48%を占め、過去最高を更新した。2024年には別の調査会社の集計で54%に達したとも報じられている。地球上で新しく売られる車の、およそ二台に一台がSUVという時代だ。

つまり、戦争のための道具として生まれ、働く車として育ち、一度は「都会には要らない」と冷めた目で見られたこの形が、いま世界中で「いちばん普通の車」の座についている。理由は、道が悪くなったからではない。道はむしろ、昔より整っている。変わったのは、道ではなく、人の心のほうだ。

私たちは、車で「不安」に乗っている

ここまで来ると、SUVという車の話は、車そのものからだいぶ離れたところに着地する。

私たちは、使わない能力にお金を払い、走らない悪路のための車高を手に入れ、その高さから道を見下ろすことで少しだけ安心する。その安心は、多くの場合、自分と家族の内側だけを向いていて、外の歩行者や小さな車のことは天秤に乗っていない。そして作り手は、その心の動きを100年近くかけて読み解き、「いざとなれば、どこへでも行ける」という物語として売り続けてきた。

人は不安なとき、実際に危険を減らす選択よりも、「危険が減った気がする」選択を取りやすい。大きな家電、たくさんの保険、使いきれない容量の契約。私たちは日々、「使うため」ではなく「安心するため」に、いろいろなものを少しずつ大きく買っている。街にあふれるSUVは、その心の癖が、鉄とガラスの形になって道路にずらりと並んでいる光景なのかもしれない。

次に信号待ちで背の高い車に囲まれたら、その一台一台の中に、道ではなく誰かの不安が乗っているのだと思って眺めてみてほしい。もしあなたが次に車を選ぶなら、天秤に乗せるべきなのは「自分がどれだけ安全に感じるか」だけではない。その車が走り去ったあと、横断歩道の前に立っている誰かにとって、それがどう見えるか。同じ道を分け合う相手のことまで含めて、はじめて「安全な車」という言葉は完成する。

参照元: J.D. Power Japan「人気のSUVとは?」(SUVの使い道に関する分析)・日本自動車会議所(自販連統計に基づくSUV販売比率の解説)・IIHS(米国道路安全保険協会)「前面の高い車両が歩行者に与えるリスク」(2023年)、ドライバー死亡率データ・交通事故総合分析センター(ITARDA)「人対車両事故における車両タイプと歩行者の傷害に関する分析」・国際エネルギー機関(IEA)「SUVの販売と排出に関する解説」(2024年)・Jami (2019), Journal of Marketing「Having Control Over and Above Situations」・Keith Bradsher『High and Mighty: SUVs』(2002)・三菱自動車「新型パジェロ」公式リリース(2026年9月2日)、トヨタ自動車「ランドクルーザーFJ」公式リリース・警察庁・内閣府 令和7年版交通安全白書(歩行中死者の状況)

車選びドットコムマガジン編集部

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