日本語には46の音があるのに、車のナンバーには42しか使われない。その4文字が消えたのは、あなたが「読み間違えない」ためだった
ナンバープレートのひらがなに「お・し・へ・ん」だけが存在しないのはなぜか。46音から42音へ削られた理由をたどると、文字と機械のつきあい方が見えてくる。
- Chapter
- 来ない4文字は「お・し・へ・ん」
- あの一文字は、車の「身分」を語っている
- 42音では、足りなくなった
- 日本語のプレートに、アルファベットが入ってきた
- 同じ物語が、いま二輪でも起きている
- 文字は、無限ではない
信号待ちで、前の車のナンバープレートをぼんやり眺める。地名があって、上に3桁ほどの数字があって、真ん中に大きな4桁の数字。そして、その手前に、ひらがなが一文字だけ、ちょこんと置かれている。
「あ」だったり「さ」だったり「わ」だったり。ほとんどの人にとって、あの一文字は読むものですらない。数字を読み取るときに邪魔にならない程度の、意味のない飾りだと思っている。少なくとも、私はずっとそう思っていた。
ところが、あの一文字には、はっきりしたルールがある。しかも、日本語にはひらがなが46音あるのに、ナンバーには42音しか使われていない。残りの4つは、この国のどのナンバープレートにも、絶対に登場しない。
なぜ4文字だけ、はじかれたのか。理由をたどっていくと、車の話をしているつもりが、いつのまにか「日本語という文字が、機械と人間のあいだでどう扱われてきたか」という、少し大きな話にたどり着く。
来ない4文字は「お・し・へ・ん」
まず結論から書くと、ナンバープレートに使われないひらがなは「お」「し」「へ」「ん」の4文字だ。信号待ちで、この4つを見かけることは一生ない。
理由は、一つずつ違う。
「お」は、字の形が「あ」と紛らわしいから。とっさに見たとき、あるいは事故のあとで目撃者が「たしか、あ、だったような」と証言するとき、「あ」なのか「お」なのか判別がつかないと困る。
「し」は、「死」を連想させるから。縁起の問題だ。
「へ」は、そのまま読むと「屁」を思わせるから。プレートに大きく一文字で出るには、少し具合が悪い。
「ん」は、単独では発音しづらいから。電話で「ナンバーの文字は、ん、です」と伝える場面を想像すると、たしかに聞き取りにくい。
こうして並べてみると、4文字が外された理由には、ゆるやかな共通点がある。見間違えない。読み間違えない。言い間違えない。 縁起の悪さを避けるという情緒的な理由も混ざってはいるが、根っこにあるのは「識別のときに迷わせない」という発想だ。
一つだけ、正直に書いておきたいことがある。この4文字が外された理由について、実は国は公式の文書ではっきり定めていない。取材に対して国土交通省が「詳しい選定基準はわからない」と答えた、という報道もある。上に書いた理由は、ナンバープレートを作る業界団体の説明や、それを伝える各メディアの解説に基づくものだ。つまり「そう説明されている」話であって、「法律にそう書いてある」話ではない。ここは弱いところなので、弱いまま書いておく。
あの一文字は、車の「身分」を語っている
外された4文字の話だけでも十分に「へえ」なのだが、面白いのは、残った42音のほうだ。あの42文字は、ただ順番に配られているわけではない。どの音が使われているかで、その車が何のための車かが分かるようになっている。
ざっくり言うと、こういう割り当てになっている。
・自家用の登録車(いわゆる普通車・小型車で、自分や家族が乗る車)には、おおむね「さ」から「ろ」までのかな。
・事業用、つまり緑ナンバーのトラックやタクシーには、「あ・い・う・え・か・き・く・け・こ」と「を」。
・レンタカーには「わ」と「れ」。
レンタカーを借りたことがある人なら、なんとなく「わ」ナンバーを覚えているかもしれない。旅先で「わ」ナンバーの車を見かけると、ああ観光で来ている人だな、と無意識に思う。あれは偶然ではなく、制度としてそう決められている。
ナンバープレートは、地の色でも用途を分けている。自家用は白地、事業用は緑地、軽自動車は黄色、といった具合だ。ところが色だけでは足りず、ひらがな一文字にまで「身分」を背負わせている。あの飾りだと思っていた一文字は、実は車の履歴書の一行だったわけだ。
ここで、ひとつの疑問がわいてくる。使えるのは42音しかない。地名も分類の数字も限られている。その組み合わせだけで、日本中を走る何千万台もの車に、重複しない番号を割り振れるのだろうか。
答えは、割り振れなくなってきている、だ。
42音では、足りなくなった
きっかけは、多くの人が一度は使ったことのある、ある制度だった。希望番号制度である。
好きな4桁の数字を選べるあの仕組みは、1998年に一部地域で先行して始まり、翌1999年に全国へ広がった。誕生日、記念日、語呂のいい数字。人は好きな番号を選ぶ。すると当然、人気は偏る。「1」「7」「8」、ぞろ目の「8888」あたりに、希望が殺到する。
そして、ここが効いてくるのだが、一度どこかの車に使われた番号は、その車が廃車になっても、同じ組み合わせでは二度と交付されない。人気の数字ほど早く使い切られていく。地名と、上段の分類番号と、ひらがなと、4桁の数字。この掛け算で作れる組み合わせが、都市部から順にじわじわと底をついていった。
かなを42音に絞ったことは、識別のためには正しかった。だが、その正しさが、めぐりめぐって「作れる番号が足りない」という壁になって返ってきた。読み間違えないための引き算が、数十年後に、数のうえでの制約に変わったのだ。
では、足りなくなったとき、国は何をしたか。かつて外した「お・し・へ・ん」を呼び戻したわけではない。もっと思い切ったことをした。
日本語のプレートに、アルファベットが入ってきた
2016年、国土交通省は省令を改正した。ナンバープレートの上段、あの3桁の分類番号のうち、下2桁にローマ字を使えるようにしたのである。
そして2018年1月、まず練馬、横浜、名古屋で、アルファベット入りのプレートの交付が始まった。「300」ではなく「30A」のように、数字のあいだに英字がまぎれこむ。番号を使い切った地域から順に、静かに広がっていった。
ここで、使われるアルファベットの顔ぶれを見てほしい。A・C・F・H・K・L・M・P・X・Y。この10文字だ。
気づくだろうか。「I」と「O」と「B」が入っていない。「I」は数字の「1」と、「O」は「0(ゼロ)」と、「B」は「8」と紛らわしいから、最初から外されている。
これは、ひらがなで「お」が「あ」と紛らわしいという理由で外されたのと、まったく同じ発想だ。文字の種類が、かなからローマ字に変わっても、貫かれている思想は一つも変わっていない。読み間違えないこと。それが、この国の番号づくりの背骨なのだ。
外国からやってきたアルファベットさえ、日本のナンバーに入るときには「1と間違えるやつはお断り」という同じ関所を通らされる。私はこの事実に、いちばん「へえ」と声が出た。かなの42音も、英字の10文字も、選ばれ方の理屈がそっくりなのである。
同じ物語が、いま二輪でも起きている
この「番号が足りなくなり、文字を足して補う」という物語は、四輪車だけのものではなくなった。
国土交通省は2026年3月、これまで好きな数字を選べなかったオートバイにも希望ナンバー制を導入すると発表した。同年8月には申込開始日が決まり、2026年10月19日から受付が始まる。対象は125ccを超える軽二輪と250ccを超える小型二輪で、四輪と同じように、アラビア数字4桁を自分で選べるようになる。
面白いのは、この二輪の制度変更でも、プレートの様式がいっしょに変わることだ。番号を増やして払い出せる数を確保するため、これまで数字だけだった上段の分類番号が2桁になり、小型二輪では地域名の右にローマ字が加わる。ここでも、四輪と同じ関所が働いている。国土交通省が公表した小型二輪の様式で使われるローマ字は、C・D・F・G・J・L・N・P・Q・R・V・W・Xといった顔ぶれで、「1」と紛れる「I」や「0」と紛れる「O」は、やはり入っていない。
車が増え、番号が足りなくなり、別の文字体系から「迷わないもの」だけを選んで足す。四輪で起きたことが、いま二輪で、ほとんど同じ手順で繰り返されている。
文字は、無限ではない
少し引いて眺めてみる。
私たちは、文字というものを、なんとなく無尽蔵だと思っている。ひらがなが50音近くあって、アルファベットが26文字あって、漢字にいたっては何万字もある。だから、何かに名前や番号を振るとき、記号が足りなくなるなんて、想像もしない。
けれど、機械や制度が読み取るための記号となると、話はまるで変わる。そこで求められるのは、豊かさではない。迷わないことだ。似た形は消し、縁起の悪いものは避け、口で言いにくいものは外す。そうやってふるいにかけると、46音は42音になり、26文字は10文字になる。増やすのではなく、削ることで、記号は信頼できるものになっていく。
そして、削って回してきたものは、いつか必ず足りなくなる。足りなくなれば、別の文字体系から、また「迷わないもの」だけを選んで補う。ナンバープレートの歴史は、この引き算と継ぎ足しの繰り返しだった。
この話は、車だけのものではない。宅配の伝票番号、マイナンバー、二次元コード、店のポイント会員のID。私たちの暮らしは、いつのまにか「人ではなく機械が読み取る記号」で埋め尽くされている。そのどれもが、水面下で「似たものを消す」という同じ作業を通っている。銀行の口座番号にアルファベットの「O」が使われないのも、たぶん同じ理由だ。
次に信号待ちで、前の車のあの一文字が目に入ったとき。「お・し・へ・ん」は、そこには絶対にいない。42音のうちの、生き残った一つがそこにいる。あるいは、上段の数字にまぎれた見慣れないアルファベットが、静かに「もう、かなだけでは足りないんです」と告げているかもしれない。
意味のない飾りだと思っていた一文字は、日本語という文字が、機械に読まれる時代をどう生き延びてきたかの、小さな記録だった。
参照元:
・国土交通省「希望番号制の概要」
・国土交通省 報道発表資料「自動車のナンバープレートへのローマ字等の導入について」(2016年)
・国土交通省 ナンバープレートの分類番号・ひらがな割当に関する資料
・国土交通省 報道発表資料「オートバイの『希望ナンバー制』が始まります」(2026年3月27日)、「同 申込開始日を決定(2026年10月19日受付開始)」(2026年8月18日)/特設ページ「オートバイの『希望ナンバー制』について」
・一般社団法人 全国自動車標板協議会(使用しないひらがな・アルファベットに関する解説、希望番号申込サービス)
※ ナンバープレートに「お・し・へ・ん」を使わない理由は、国土交通省が公式文書で明文化したものではなく、業界団体の説明および各メディアの解説に基づく準公式の情報である。






















