「新車のにおい」の正体は、あなたが好きだと言えないほど地味な化学物質だった。ある国では、それを消すために18人が雇われている
新車のにおいは、好きな人もいれば嫌う人もいる。その正体は内装の素材から空気中に溶け出す化学物質で、ある国ではクレーム第1位、別の国ではブランドの記憶として守られている。においをめぐる世界の攻防と、私たちの記憶に残る理由を解説する。
- Chapter
- においの出どころは、シートでもハンドルでもなく「材料そのもの」
- 好きなにおいの裏に、健康の話が隠れている
- 同じにおいが、国境をまたぐと「欠陥」になる
- 消す会社と、わざわざ足す会社
- なぜ、においだけが記憶に直接刺さるのか
- あなたが吸い込んでいるのは、化学と記憶の混ざりものだ
新しい車に初めて乗り込んだ瞬間の、あのにおいを覚えているだろうか。
ディーラーで納車の説明を受けているとき。あるいはレンタカーの新しめの一台のドアを開けたとき。シートに座って、なんとなく息を吸い込むと、独特のにおいがする。プラスチックと、布と、少しの接着剤が混ざったような、乾いていて、かすかに甘い、あのにおいだ。
多くの人が、あれを「いいにおい」として記憶している。中古車を買った人でも「新車みたいなにおいがした」と言えば、それは満足の合図だ。芳香剤にすら「ニューカーの香り」という商品がある。つまり私たちは、あのにおいを「新しさ」そのものの証拠として受け取っている。
ところが、あのにおいが何でできているかを説明できる人は、ほとんどいない。花の香りでも、コーヒーの香りでもない。強いて言えば「車のにおい」としか言いようがない。名前のない、けれど誰もが知っているにおい。
その正体をたどっていくと、少し落ち着かない事実にぶつかる。あなたが「新しくていいにおい」だと思って吸い込んでいるのは、車の内装が空気の中に少しずつ溶け出している、化学物質の混ざり合いなのだ。そして世界には、そのにおいを「欠陥」として、消すために専門の人間を雇っている国がある。
においの出どころは、シートでもハンドルでもなく「材料そのもの」
車の中を見回してみてほしい。ダッシュボード、ドアの内張り、天井、シート、フロアマット。手で触れる部分のほとんどが、プラスチックか、布か、革か、ゴムでできている。金属やガラスがむき出しになっている場所は、意外なほど少ない。
このプラスチックや接着剤や塗料が、常温でも、ほんのわずかずつ空気中に成分を放っている。専門的には揮発性有機化合物、英語の頭文字をとってVOCと呼ばれる。読み方を覚える必要はない。要するに「常温で気体になって出てくる、油から作られた成分の総称」くらいに思っておけばいい。
新品の材料ほど、この放出が多い。作られたばかりのプラスチックや、塗ったばかりの塗料、接着したばかりのパーツは、まだ内部にたっぷり成分を抱えている。それが車内の狭い空間にこもり、鼻に届く。これが「新車のにおい」の物理的な中身だ。
含まれている成分の名前を並べると、トルエン、キシレン、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒドといったものが出てくる。どれも家を建てるときの「シックハウス症候群」の話で一度は聞いたことがあるかもしれない。実は車の内装も、住宅の建材とよく似た素材でできている。だから車内でも、住宅とよく似た成分が、住宅とよく似た理由で空気に出てくる。
面白いのは、この放出には「賞味期限」があることだ。材料に含まれる成分の量は決まっているので、出せば出すほど減っていく。だから新車のにおいは、時間とともに必ず薄れる。ある研究では、納車直後に非常に高かった車内の総VOC濃度が、40日ほどでおよそ数分の一まで落ちたと報告されている。別の長期の調査では、3年ほどかけて数十分の一の水準まで下がっていた。数字の桁は測り方や温度でかなり変わるが、「時間がたつと薄れる」という向きだけは、どの研究でも共通している。
つまり、「新車のにおいがしなくなってきたな」と感じるあの瞬間は、感傷でも慣れでもない。材料から出てくる化学物質が、実際に減っているという物理現象なのだ。新車のにおいが「新しさの証拠」だというのは、比喩ではなく事実だった。ただしその中身は、素材が少しずつ痩せていく音のようなものだった、というだけの話である。
好きなにおいの裏に、健康の話が隠れている
ここで、少し落ち着かない話に触れておく。
車内のVOCは、量が多いと人によっては頭痛や吐き気、目やのどの刺激を引き起こすことがある。住宅の「シックハウス症候群」に対して、車のそれは「シックカー症候群」と呼ばれる。特に夏、炎天下に停めた車の中は温度が上がり、材料からの放出が一気に増える。密閉された高温の車内は、成分が最もこもりやすい環境なのだ。
これは大げさな作り話ではない。韓国で2005年に行われた調査では、新車を買った人のうち半数を超える人が、車内のにおいに関連した何らかの症状を経験したと答えたと報じられている。こうした問題を受けて、車の内装から出る成分をどこまで抑えるか、国や業界がルールを作るようになった。
日本では、日本自動車工業会が2005年に、車室内のVOCを減らすための自主的な取り組みを打ち出している。厚生労働省が室内の空気について定めた指針の対象物質について、一定の年式以降の新型車で基準を満たすようにしていく、という内容だ。国際的にも、車内の空気やにおいをどう測るかを決めた規格(ISO 12219という一連のルール)が整備されている。においを「感覚」ではなく「測れる数値」として扱う枠組みが、静かに用意されているわけだ。
ここに、最初のねじれがある。私たちが「新車のいいにおい」と呼んで喜んでいるものは、業界の側から見れば「できれば減らしたい放出物」でもある。同じ現象を、消費者は魅力として味わい、技術者はリスクとして管理している。一つのにおいに、まったく逆向きの二つの視線が注がれている。
同じにおいが、国境をまたぐと「欠陥」になる
このねじれが、いちばんはっきり形になっているのが中国だ。
日本や欧米では、新車のにおいはおおむね好意的に受け取られてきた。ところが中国では、事情がまるで違う。ある大手調査会社が2017年に行った新車の品質調査で、購入者からの不満のうち最も多かったのが、ほかでもない「車内の不快なにおい」だった。エンジンの不調でも、燃費でも、乗り心地でもない。においが、堂々の第一位だったのだ。
同じにおいが、ある国では「新しさの香り」として愛され、別の国では「真っ先に直してほしい欠陥」として嫌われる。においという物理現象は世界共通のはずなのに、その意味は国境をまたいだ瞬間に反転する。ここが、この話のいちばん面白いところだと思う。
理由には諸説あるが、中国では新車を買う人の割合が高く、生まれて初めて自分の車を持つという人が多かったこと、そして室内空気の汚染に対する社会全体の関心が高かったことが挙げられている。「新しい車のにおい=わくわく」という記憶の蓄積が、そもそも社会に薄かった、とも言える。
自動車メーカーの反応は、なかなか本気だった。アメリカの大手メーカーであるフォードは、中国東部の南京郊外にある研究拠点に、においを専門にかぎ分ける評価員を18人まとめて配置したと報じられている。社内で「ゴールデンノーズ(黄金の鼻)」と呼ばれる彼らの仕事は、内装の一つひとつをかいで、においが強すぎるパーツを見つけて突き返すことだ。この18人体制は、2017年にロイター通信やNPRなど複数のメディアが報じている。さらに同社は、車内のにおいを抜くための方法として、車を日なたに停めて熱で成分を飛ばす、いわば「焼いてから出荷する」ような手順の特許まで出願している。
好きな人がいるからそのままにするのではなく、嫌う人がいるから消しにかかる。においという、目にも見えず手にも取れないものをめぐって、これだけの人員と技術が動いている。新車のにおいは、もはや単なる副産物ではなく、売れるか売れないかを左右する商品の一部になっている。
消す会社と、わざわざ足す会社
ところが、世界のすべてのメーカーが「においを消す」方向に走っているわけではない。ここでもう一段、話がねじれる。
イギリスの高級車、ロールスロイスにこんな逸話がある。かつて同社の車が新しい素材に切り替わり、昔ながらの内装のにおいが薄れてしまったことがあった。すると、あの独特の「革と木の香り」が失われたことを惜しむ声が上がった。そこで、1960年代のある名車の車内の香りを分析して再現し、修理などで入ってきた車の内装に、その香りを染み込ませるようにした、というのだ。2000年前後に実際に報じられている話である。
つまり、においを化学物質として厄介がって消す会社がある一方で、においを「そのブランドの記憶」として大切に保存し、わざわざ足し直す会社もある。同じ新車のにおいが、一方では拭い去るべき汚れであり、もう一方では守るべき資産になっている。
対照的に、ドイツのBMWは、車内は人工的な香りづけをせず、できるだけにおいのない状態を目指すという考え方をとってきたとされる。良いにおいも悪いにおいも足さず、素材そのものを吟味して、においで語らせない。においに対する哲学が、メーカーごとにこれほど分かれているというのは、車に詳しくない人にとっては少し意外な話ではないだろうか。
においは、かつては材料から勝手に出てくる「偶然の副産物」だった。それが今では、消す対象になり、残す資産になり、設計の思想が表れる場所になっている。目に見えない気体の一つが、これほど各社の判断を割っている。
なぜ、においだけが記憶に直接刺さるのか
そもそも、なぜ私たちはにおいをこれほど特別に扱ってしまうのだろう。色や形なら「良い・悪い」で片づくのに、においには妙に感情や記憶がからみつく。
これには理由がある。においの情報は、脳の中で、記憶や感情をつかさどる古い部分と非常に近いところで処理されると言われている。だから、ふとしたにおいで、何十年も前のある日の光景が、理屈抜きに一瞬でよみがえることがある。祖父母の家のにおい、雨上がりの土のにおい、給食のにおい。においは、言葉より先に記憶を引っぱり出す。
新車のにおいが、多くの人にとって「なんとなくいいもの」であり続けているのは、たぶんこの仕組みのおかげだ。人生で初めて買った自分の車。家族を乗せて出かけた最初のドライブ。免許を取ってすぐ運転させてもらった親の新車。そういう出来事の記憶に、あのにおいがぴったり貼りついている。だから私たちは、化学物質の名前を一つも知らないまま、あのにおいを「幸福のにおい」として覚えていられる。
この仕組みは、車を手放すときにも、逆向きに顔を出す。中古車を見に行って、前の持ち主のたばこや芳香剤のにおいが残っていると、私たちは値段や状態以上に、そのにおいで購入をためらうことがある。逆に、きれいに脱臭されて、あのかすかな「車のにおい」に近い状態に戻された一台には、なんとなく安心する。においは、車の価値を語る言葉には出てこないのに、財布の判断をこっそり動かしている。
あなたが吸い込んでいるのは、化学と記憶の混ざりものだ
まとめよう。
新車のにおいの正体は、内装の素材が空気に溶け出した化学物質の混合であり、それは時間とともに必ず薄れていく。量が多ければ体調に響くこともあり、業界はそれを測って抑える対象として扱っている。ある国ではクレームの筆頭になり、それを消すために人と技術が動員される。別の国では、同じにおいがブランドの記憶として、わざわざ守られ、足し直される。そして私たちの脳は、そのにおいを記憶や感情と結びつけて、値札には表れない愛着や不安を生んでいる。
次にどこかで新しめの車に乗り込んで、あのにおいを吸い込んだとき、少しだけ思い出してほしい。あなたが感じているのは、材料が静かに痩せていく物理現象であり、同時に、あなた自身の記憶が呼び覚まされる化学反応でもある、ということを。
においは、車のカタログには一行も載っていない。馬力にも燃費にも安全装備にも数えられない。それでいて、買うときの高揚も、手放すときのためらいも、どこかで確かに動かしている。目に見えないものが、いちばん人の心を動かしているというのは、車に限らず、暮らしのあちこちで起きていることなのかもしれない。
参照元: 日本自動車工業会「車室内VOC低減に対する自主取り組み」/ISO 12219シリーズ(自動車車室内空気質・におい測定に関する国際規格)/J.D. Power「2017年中国新車初期品質調査」/AIMS Environmental Science ほか、車室内VOC濃度・経時変化に関する査読論文/Reuters・NPR(2017年、フォード南京拠点の評価員18人体制に関する報道)/CNBC(2018年、フォードの車内脱臭技術・特許に関する報道)/Deseret News・Reuters(2000年、ロールスロイスの車内香再現に関する報道)























