地球の裏側で、日本の「○○幼稚園」のバスが走っている。誰もその文字を消さない理由
日本で役目を終えた中古のバスや車が、車体に書かれた日本語をひとつも消されないまま、地球の裏側で走り続けている。その奇妙な光景の裏に映る「日本というモノの使い方」とは。
ある写真がある。砂ぼこりの舞う道を走る一台のマイクロバス。乗っているのは現地の大人たちで、行き先もまったく違う国の街なのに、車体の側面には、ひらがなで大きく「ようちえん」と書かれたままになっている。日本のどこかの幼稚園で、毎朝子どもを乗せていたあのバスだ。
これはコラージュでも合成でもない。日本で役目を終えた中古のバスや車が、車体に書かれた日本語をひとつも消されないまま、地球の裏側で当たり前のように走っている。「○○交通」「株式会社△△」「□□観光」。日本にいたときの社名も、電話番号も、行き先表示の「回送」の文字すら、そのまま残っていることがある。
この記事は、中古車をいかに高く売るかというテクニックの話ではない。あなたが「もう古い」「乗りつぶした」と思って手放した車が、その後どこへ行き、なぜ日本語をまとったまま走り続けているのか。そして、その奇妙な光景の裏に、私たちが普段まったく意識していない「日本というモノの使い方」が映っているという話だ。車に興味がなくても、読み終わるころには、家の不要品を捨てるときの手が少し止まるかもしれない。
ミャンマーの街を走る「江ノ電バス」
まずは具体的な街の風景から入りたい。
東南アジアのミャンマー。最大都市ヤンゴンや、長距離バスが集まるターミナルには、日本のバスがそのままの姿で走っていた時期がある。塗装も、社名も、ほとんど手をつけられていない。報道や記録に残っているだけでも、神奈川中央交通、江ノ電バス、名古屋鉄道、京都市交通局、大阪市交通局、沖縄の琉球バス。日本のどこかで毎日、通勤客や観光客を運んでいた路線バスや観光バスが、海を渡って、知らない言葉の街で人を乗せている。
行き先表示の電光部分に、日本語の地名がそのまま光っていることもあったという。ミャンマーの人にとっては読めない記号だが、車は問題なく走る。ヤンゴンでは古すぎる年式のバスの市内走行が後に規制されたほどで、それはつまり、それまで相当な数の「日本そのままのバス」が現役だった証でもある。
同じ光景は、アフリカでも見られる。東アフリカのタンザニアでは、港に着いた船から、日本の「幼児バス」のマークがついた小型バスが降ろされる様子が新聞に写真付きで報じられている。タイやベトナム、フィリピンといったアジアの街では、「株式会社○○」と書かれた商用車が、その名前とはまるで関係のない用途で普通に荷物を運んでいる。
そしてロシアの極東。ウラジオストクのような街では、走っている車の大半が日本車だと報じられてきた。駐車場の設備まで右ハンドル仕様で用意されているほど、日本の中古車が生活に溶け込んでいる。極寒のモンゴルでは、首都ウランバートルを走る車の8割以上が日本車だという実地調査の報告もある。マイナス30度の悪路でも壊れず、燃費がよい。だから選ばれる。
世界地図のあちこちで、日本のどこかにいた一台が、文字を残したまま第二の人生を送っている。ここで最初の「へー」がある。私たちは車を手放すとき、それが「処分される」「消える」イメージを持ちがちだ。だが実際には、消えるどころか、名前を背負ったまま、もっと遠くで、もっと長く生き続けていることがあるのだ。
なぜ、誰も日本語を消さないのか
ここで素朴な疑問がわく。普通なら、買った会社の名前を消して自分の名前を入れたくなるはずだ。少なくとも、関係のない国の言葉が車体に大書きされていたら、消したくなりそうなものだ。なのに、なぜそのままなのか。
理由は大きく三つに整理できる。
ひとつめは、単純にコストの問題だ。車体を塗り直したり、ステッカーをはがしたりするには手間もお金もかかる。「ちゃんと走って、人や荷物を運べればいい」ことが最優先される市場では、見た目を整えるための出費は後回しになる。日本のように「中古でも見た目がきれいなほうが高く売れる」という感覚が、必ずしも世界共通ではない。
ふたつめが、おもしろい。日本語が残っていること自体が、むしろ「価値」になる場面があるのだ。世界の多くの地域で、日本車は「壊れにくい」「燃費がいい」「長持ちする」というブランドとして定着している。だから、車体に日本語が残っていれば、ひと目で「これは本物の日本生まれの車だ」とわかる。消すどころか、残っているほうが信頼の証になる。日本人が舶来品の英語ロゴをありがたがるのと、構造はよく似ている。
みっつめは、ある意味でいちばん身もふたもない。現地の人の多くは、日本語を読めない。「○○幼稚園」も「株式会社△△」も、彼らにとっては絵や模様のようなものだ。読めないのだから、わざわざ消す必然性を感じない。意味を持って迫ってくる文字ではないから、風景の一部として車体に残り続ける。
この三つが重なって、地球の裏側に「日本語をまとった車」という不思議な層が積み上がっている。コストをかけない合理性、品質のブランド、そして読めないという偶然。私たちが置いてきた文字は、別の国で、まったく違う意味を持って生き延びているのだ。
日本人の「もう寿命」は、世界では「まだ折り返し」
ではなぜ、これほど大量の日本車が海を渡るのか。話の芯はここにある。
日本には、車を比較的早めに手放す独特の事情がある。よく語られるのが「走行距離10万キロを超えたら買い替えどき」という相場観だ。実際、国内の中古車市場では10万キロ前後を境に査定額が下がりやすいと言われ、多くの人が「そろそろかな」と感じるタイミングになっている。
さらに大きいのが車検の存在だ。日本では新車から3年、その後は2年ごとに、まとまった費用をかけて車検を通さなければ公道を走れない。この負担を前に、「次の車検を通すくらいなら買い替えよう」と判断する人は多い。結果として、まだ十分走れる、整備の行き届いた車が、車検切れ前にどんどん市場へ出てくる。
この「早めに手放す」習慣が、世界から見ると宝の山になる。日本の道路は舗装状態がよく、車への負担が少ない。車検制度のおかげで整備履歴もしっかりしている。だから、日本で「もう古い」とされた車は、他国の同じ年式・同じ距離の車に比べて、はるかに状態がよい。
世界には、新車に手が届かない人がたくさんいる。それでも移動の足は必要だ。そこに、頑丈で、壊れても直しやすい日本の中古車がやってくる。アフリカのある輸出関係者は、10万キロ走った日本車が現地に届くと、人々はそれを「新車」と呼ぶ、と語っている。隣国パキスタンでは、輸入される中古車の9割以上が日本車だという統計もある。日本と同じ右ハンドルで、しかも信頼できるからだ。
日本人が「寿命だ」と感じて手を離すラインは、世界の基準ではまだ折り返し地点ですらない。私たちが見ている「10万キロ」「車検」という区切りは、車そのものの限界ではなく、「車を新しく買い替えられる豊かな国の、その時の都合」が決めた線にすぎない。あの幼稚園バスは、日本での役目を終えたあと、別の国でさらに10年、20年と走り続けるポテンシャルを、もともと持っていたのだ。
手放すという行為の、向こう側
ここまでの話を、もう一度、自分の生活の高さまで下ろしてみたい。
私たちは、古くなったモノを手放すとき、なんとなく「それで終わり」だと思っている。車も、家電も、家具も。役目を終えたものは、視界から消えて、たぶん壊されてリサイクルされるのだろう、と。
ところが車に関しては、その続きがある。あなたが手放した一台は、解体されて鉄に戻るのではなく、船に積まれ、知らない国の港で降ろされ、あなたが書いたわけでもない名前を背負ったまま、誰かの毎日を支えているかもしれない。子どもを運んでいたバスが、今度は別の国の大人たちを職場へ運んでいる。商店の名前を入れた軽トラックが、見ず知らずの市場で野菜を積んでいる。
これは、ちょっとした感傷の話ではない。「もう古い」という判断が、いかに相対的なものかを教えてくれる。同じ一台が、ある場所では「処分対象」で、別の場所では「待ち望まれた一台」になる。価値は、モノに固定されているのではなく、それを見る人の事情のほうにある。
そう考えると、車に限らず、私たちが日々「もう使えない」と切り捨てているものの多くが、本当はまだ折り返し地点なのかもしれない。日本という、新しいものに買い替えやすい国にいると、その感覚は鈍りやすい。地球の裏側で日本語を残したまま走る一台は、その鈍りを一瞬だけ揺さぶってくれる。
車に詳しいかどうかは関係ない。次に何かを手放すとき、「これは本当に寿命なのか、それとも自分の都合で寿命だと思っているだけなのか」と一度立ち止まられたら、それだけで十分だ。あの幼稚園バスは、捨てられたのではなく、引き継がれた。私たちが手放すモノの向こうには、思っているよりずっと広い地図と、ずっと長い時間が広がっている。
参照元: 乗りものニュース、バスとりっぷ、朝日新聞、nippon.com、JETRO ビジネス短信、CAR CARE PLUS/JICA関係者現地調査、テレビ朝日NEWS、日本中古車輸出業協同組合(JUMVEA)統計・財務省貿易統計
























