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横断歩道で渡る前、あなたは無意識に「運転手の顔」を見ている。その一瞬の習慣が、車から消えようとしている

横断歩道と運転手の視点(記事サムネイル)

信号のない横断歩道で多くの人が無意識に行う「運転手の顔を見る」習慣。自動運転が進むにつれて目を合わせる相手がいなくなる問題と、車に「目」や「笑顔」をつけるメーカーの取り組みを紹介する。

Chapter
私たちは「合図」ではなく「見つけてもらえたか」を確認している
ところが、その「相手の顔」が運転席から消えていく
だから車に「目」や「笑顔」をつける、という発想が生まれた
路面に文字が浮かぶ車は、もうすぐ日本の制度にも入る
次に横断歩道に立ったとき、自分の目線に気づいてみてほしい
横断歩道と運転手の視点(記事サムネイル)

信号のない横断歩道の前に立つ。車が近づいてくる。渡るかどうか、ほんの一瞬迷う。そのとき、多くの人が無意識にやっていることがある。

運転席の人の顔を、ちらっと見るのだ。

止まってくれそうか。こちらに気づいているか。スマホを見ていないか。目が合えば、軽く会釈して渡る。視線が返ってこなければ、足を止めて見送る。私たちはこれを、たいてい何も考えずにやっている。教習所で「運転手と目を合わせてから渡りましょう」と習った記憶のある人は、そう多くないだろう。それでも、ほとんどの人ができる。

この、ルールにも信号にも書かれていない、一瞬の目の交渉。実はこれが今、車の進化の最前線で「やっかいな問題」として扱われている。理由はシンプルだ。これから増えていく車には、目を合わせる相手がいないかもしれないからである。

歩行者と運転手の視線が交わる場面

私たちは「合図」ではなく「見つけてもらえたか」を確認している

まず、この目を合わせる行為が、思っている以上に効いているという話から始めたい。

筑波大学の谷口綾子らの研究グループは、歩行者がどんな振る舞いをするとドライバーが道を譲りやすくなるかを実証実験で調べている。結果、歩行者からの積極的な働きかけ、つまり手を挙げる、目を合わせる、会釈する、といった行動はドライバーの「譲る」行動を促す効果があった。なかでも最も効果が高かったのは、アイコンタクトや会釈よりも、はっきりと「手を挙げる」動作だったという。視認性が高く、相手から見つけやすいからだ。

海外でも似た研究がある。フランスの研究者ゲゲンらが2015年に発表した横断歩道での実地実験では、歩行者がドライバーをじっと見つめると、車の停止率が上がることが確認されている。

ここで大事なのは、これらが単なる「道を譲ってください」という一方通行の合図ではない、ということだ。歩行者がドライバーを見るのは、半分は「自分はこの運転手に発見されただろうか」を確かめるためでもある。目が合った瞬間、私たちは「見られた、たぶん大丈夫だ」と安心して足を踏み出す。横断歩道の安全は、ルールの上にこの小さな相互確認が乗っかって、ようやく成り立っている。

日本の警察もこの感覚を制度として後押ししてきた。兵庫県警は2021年から、歩行者は手を挙げて意思を示し、ドライバーは止まって合図を返し、双方が目を合わせる「アイズ運動」を進めている。鹿児島県警には「スマイルコンタクト」、愛知県には「ハンド・アップ運動」がある。2021年には国の「交通の方法に関する教則」も改正され、歩行者の心得として「手を上げるなどして運転者に横断の意思を明確に伝える」ことが書き込まれた。

つまり国を挙げて、「もっと目と手を使って、運転手と意思疎通しよう」と言ってきたわけだ。私たちが無意識にやっているあの一瞬は、交通安全のれっきとした技術として扱われている。

ところが、その「相手の顔」が運転席から消えていく

ここで話が大きく曲がる。

自動運転である。運転席に人がいない車、あるいは人は座っているがハンドルを握っておらず、こちらを見てもいない車が、少しずつ街に増えていく。アメリカではすでに無人のロボタクシーが営業運転をしている。日本でも限定的なエリアで無人運転サービスが始まっている。

そうなると、横断歩道の前で私たちが何十年も繰り返してきたあの所作が、宙に浮く。誰の目を見ればいいのか。運転席を覗き込んでも、そこには誰もいない。あるいは、いても新聞を読んでいる。

これは大げさな心配ではなく、研究者がはっきり指摘している課題だ。複数の学術論文が、「歩行者は現在、ドライバーのアイコンタクトや姿勢、身ぶりに頼って横断の判断をしている。自動化が進むと、これらの非言語的な手がかりに頼れなくなる」と書いている。2022年に発表されたある実験では、運転席に受け身の人が座っているだけの自動運転車に対して、歩行者や自転車利用者がアイコンタクトを取ろうとする意欲が下がることが確認された。相手が「見てくれている」という確証が得られないからだ。

スウェーデンの技術企業セムコンが2016年に行った調査では、道を渡る前にドライバーとアイコンタクトを求める歩行者は、10人中8人にのぼったという。私たちは、自分で思っているよりずっと、運転手の顔をあてにして歩いている。

その顔が、消える。

車のフロントに表示された目と笑顔

だから車に「目」や「笑顔」をつける、という発想が生まれた

メーカーやエンジニアは、この空白をどう埋めるかを真剣に考えてきた。出てきた答えが、なかなか奇妙で面白い。

イギリスのジャガー・ランドローバーは2018年、車の前面に大きな「目玉」をつけた実験車を走らせた。歩行者を検知すると、その目玉がぐりんと歩行者のほうを向く。「私はあなたを見つけましたよ」と、文字どおり目で伝える装置だ。認知心理学の専門家チームが、500人以上が行き交う模擬の街路で歩行者の反応を分析した。車に目がついているなんて子どものいたずらのようだが、人間が相手の「視線」にどれだけ安心を求めているかを逆手に取った、真面目な実験である。

スウェーデンのセムコンは「スマイリング・カー」、つまり笑う車を提案した。歩行者を見つけて止まる意思が固まると、車の前面のディスプレイににっこりした笑顔が浮かぶ。日産は2015年のコンセプトカーで、車の側面のLEDを光らせて歩行者を認識したことを伝え、表示器に「お先にどうぞ」の意味の英文を出した。メルセデス・ベンツは車のグリルに歩行者の影を映したり、レーザーで路面に横断歩道を描いたりするアイデアを見せている。

実際に街を走っているグーグル系のウェイモのロボタクシーは、屋根のあたりの表示で前方の歩行者に「お先にどうぞ」の意思を示す。メルセデスは、自動運転モードで走っていることを示すために、ヘッドライトやテールライトを「ターコイズ色」というあまり見ない青緑色に光らせる仕組みを実用化し、ドイツやアメリカの一部で承認を得ている。この色を「自動運転中のしるし」として国際的に統一しようという議論も進んでいる。

笑顔、目玉、色、路面の文字。やっていることはバラバラに見えるが、狙いは一つだ。運転席から消えた「人の顔」の代わりに、車そのものに表情を持たせて、「あなたを見ています」「止まります」を伝えようとしている。

路面に文字が浮かぶ車は、もうすぐ日本の制度にも入る

これは遠い未来のSFの話ではない。日本の制度も静かに動き始めている。

国土交通省は、車のヘッドライトの仕組みを使って路面に警告を投影する「運転支援プロジェクション」を、2026年9月から新型車で認める方向で保安基準を整えてきた。路面の凍結や前方の衝突の危険、逆走などを、ライトが路面に図柄として描いて知らせるものだ。さらに2026年6月には、後退するときに路面へ図柄を投影して周囲に知らせる装置の要件も、保安基準に盛り込まれた。

つまり、車のライトが「ただ前を照らすもの」から「路面に意思を書くもの」へと、役割を広げ始めている。横断歩道に近い未来の風景として、車が路面に「どうぞ」と描いて歩行者を通す、そんな光景もありうる。国際的にも、自動運転車が周囲の人にどう意思を伝えるべきか、その設計指針をまとめた国際規格(ISO/PAS 23735)が2025年に出ている。国交省も2018年のガイドラインの時点で、自動運転車には周囲に意思を伝える「外向きの表示」が望ましいと書いていた。

ただし、何をどう光らせれば本当に伝わるのかは、まだ決着していない。研究では、笑顔や目玉のような絵よりも、「文字」や「文字+記号」のほうが誤解が少なく、特に高齢者や初めて見る人には文字が有効だという結果が出ている。一方で、赤く光らせると「警告」のつもりが「青信号のように渡っていい合図」と誤解されかねない、という二面性も指摘されている。光らせ方ひとつで、安全装置が危険のもとになりうるのだ。さらに、車が増えれば、あちこちで何台もの車が同時に路面へ文字や絵を投げかけることになる。そのとき街の地面はどう見えるのか。そこまで含めて、答えはまだ出ていない。

次に横断歩道に立ったとき、自分の目線に気づいてみてほしい

技術の話を長くしてきたが、この記事でいちばん伝えたかったのは、新しいガジェットのことではない。

私たちが横断歩道で当たり前にやっている、運転手の顔をちらっと見るあの一瞬。信号にも標識にも書かれておらず、誰に教わったわけでもない。それなのに、ほとんどの人ができて、しかも交通安全の研究者が「これが効く」と認めている。人間と人間の間にだけ成り立っていた、ごく小さな交渉である。

車が賢くなり、運転席から人が消えていくとき、最初に失われるのは、エンジン音でもガソリンスタンドでもなく、この「目を合わせる」という習慣なのかもしれない。だからメーカーは慌てて、車に目をつけ、笑顔を浮かべ、路面に文字を書こうとしている。人間の顔の代りを、必死で探している。

次に信号のない横断歩道に立ったら、少しだけ意識してみてほしい。自分が、近づいてくる車のフロントガラスの奥を、ちゃんと覗き込んでいることに。その視線の先にいる「誰か」を、私たちはどれだけあてにして毎日歩いていたか。

車の未来を考えるとき、語られるのはたいてい電池の容量や自動運転のレベルだ。けれど本当に問われているのは、もっと素朴なことかもしれない。見知らぬ者同士が、道の上で一瞬だけ交わすあの了解を、機械はどうやって引き継ぐのか。あなたの目線は、思っていたよりずっと大切な仕事をしている。

参照元: 谷口綾子ほか(筑波大学)実証研究、Guéguen et al. (2015) Safety Science 75、自動運転車と歩行者の意思疎通に関する査読論文(PMC 6090516, PMC 9649438)、Semcon「The Smiling Car」調査(2016)、兵庫県警「アイズ運動」、鹿児島県警「スマイルコンタクト」、愛知県「ハンド・アップ運動」、警察庁「交通の方法に関する教則」2021年改正、JAF 全国調査、Jaguar Land Rover「Virtual Eyes」実験、Nissan IDS Concept、Mercedes-Benz ターコイズマーカーライト、Waymo 外部表示、ISO/PAS 23735:2025、国土交通省ガイドライン(2018)および保安基準等改正(2026)

車選びドットコムマガジン編集部

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