ガソリンを入れるたび、あなたは「半世紀前に2年だけのはずだった税金」を払っている
給油のたびに静かに受け取る、もう一枚の請求書——半世紀前に「2年だけ」と約束されたガソリン税上乗せは、なぜ今も残り続けるのか。税の歴史から見える、人間と組織の「やめられない」性質に迫る。
- Chapter
- レシートには出ない、もう一枚の請求書
- 「2年だけ」のはずだった上乗せ
- 道路のための税が、道路と無関係になっても残った
- 一度だけ、本当に安くなった春があった
- なぜ「終わらない」のか、という人間の話
次にガソリンを入れるとき、思い出してほしい。レジで払う金額の3割前後は税金で、しかもその大きな塊は、半世紀近く前に「とりあえず2年だけ」と上乗せされたものだ。約束の2年は、とうに過ぎている。 車にそれほど興味がない人でも、ガソリンスタンドの価格表示には敏感だ。レギュラーが170円台なのか、180円を超えているのか。その数字を見て、ため息をついたり、少し安いスタンドまで走ろうかと考えたりする。給油は、車との数少ない「お金の接点」の一つだ。 ところが、その表示価格の中身を分解したことのある人は、ほとんどいない。1リットル180円として、レジで払っているうちの「いくらが燃料そのものの値段で、いくらが税金なのか」。なんとなく「消費税くらいは乗っているんだろう」と思っている人が多いはずだ。 冒頭でふれた「2年だけ」の上乗せは、その税金の正体の一部である。半世紀近く前の約束が、名前を変えながら今日まで生き残ったものだ。 この話は、車の話というより、「いったん始まった制度は、なぜ終わらないのか」という、私たちの社会の話だ。
レシートには出ない、もう一枚の請求書
まず数字を整理しておく。細かい端数はさておき、ガソリンにかかる税金の柱はおおむね次のようになっている。 - 揮発油税(国税):本来の税率(本則)が1リットルあたり24.3円 - 地方揮発油税(国が集めて地方へ配る税):本則が1リットルあたり4.4円 - このうえに、長年「上乗せ分」が加わっていて、揮発油税と地方揮発油税を合わせた実際の負担は、通称で1リットルあたりおよそ53.8円とされてきた - さらに石油石炭税が1リットルあたり約2円 - そして、ここまでの税金を含んだ価格全体に、消費税10%がかかる 最後の一行に、少し引っかかってほしい。
税金を含んだ価格に、また消費税がかかる。つまり、ガソリン税という税金の上に、消費税という別の税金が乗っている。専門的には「タックス・オン・タックス」、平たく言えば税金の二重取りに見える構造だ。日本自動車連盟(JAF)は長年、この点を問題だと指摘し、是正を求め続けてきた。 具体的なイメージで言えば、1リットル180円台のガソリンを入れるとき、そのうち60円前後は税金で、しかもそのうちの数円は「税金にかかった消費税」である。ガソリンスタンドのレシートには、こんな内訳は印字されない。だから私たちは、見えない請求書をもう一枚、毎回静かに受け取っている。 ここまでは「へえ、税金多いな」で終わる話かもしれない。本題はここからだ。なぜ、これほど大きな上乗せが乗っているのか。その上乗せには、忘れられた約束の歴史がある。
「2年だけ」のはずだった上乗せ
時計を1974年まで巻き戻す。昭和49年、オイルショックの直後だ。 このころ日本は、戦後の道路整備に国を挙げて取り組んでいる最中だった。少しさかのぼると、1956年にアメリカの調査団がまとめた報告書(ワトキンス・レポート)が、日本の道路事情を「信じがたいほど悪い」とまで評したと伝えられている。舗装されていない道、雨でぬかるむ道。高度経済成長で車は急速に増えていくのに、道がまるで追いついていなかった。 その道路を整備する財源として大きな役割を担ったのが、ガソリンにかかる揮発油税だった。1953年には、当時の若手議員だった田中角栄らが中心となった議員立法で、ガソリン税を道路整備の専用財源にする仕組みが整えられている。「ガソリンを使う人(=車に乗る人)が、道路の整備費を負担する」という、それなりに筋の通った考え方だった。 そして1974年、道路整備計画の財源が足りなくなったことを受けて、揮発油税などに「暫定税率」と呼ばれる上乗せが加えられる。資料によって細かな数字や時期に揺れはあるものの、要するに本来の税率とほぼ同額をもう一段乗せ、税負担をおよそ2倍にしたものだ。 重要なのは、これが当初「2年間の暫定措置」として導入された点である。暫定。つまり、間に合わせ。臨時。財源が足りないこの数年だけ、特別にお願いします、という建前だった。 その「2年だけ」が、どうなったか。 延長された。そしてまた延長された。道路整備の計画が更新されるたびに、税率の上乗せもセットで延長され続けた。気がつけば、2年限定だったはずの臨時措置は、30年以上、さらには半世紀近くにわたって生き延びることになる。
道路のための税が、道路と無関係になっても残った
物語には、もう一つの皮肉な転換点がある。 「ガソリン税は道路を作るための財源だ」という、もともとの大義名分そのものが、2009年に消えてしまったのだ。 このころ、「道路特定財源」、つまり道路にしか使えないお金として税収を縛る仕組みに、強い批判が集まっていた。本当に必要な道路なのか疑わしい計画にも、財源があるから使ってしまう。そういう無駄が指摘された。そこで国は2009年度から、道路特定財源を廃止し、ガソリン税の収入を使い道を限定しない「一般財源」に切り替えた。教育でも福祉でも何にでも使える、ふつうの税金になったわけだ。 ここで素直に考えれば、こうなるはずだ。「道路を作るためという理由で、2年だけのつもりで乗せた上乗せ分。その『道路のため』という前提がなくなったのなら、上乗せもやめるのが筋ではないか」と。 ところが、上乗せ分の税率は維持された。名前だけが変わった。「暫定税率」という呼び名は表向き廃止され、代わりに「当分の間税率」という、なんとも言えない名称に置き換わったのだ。 暫定、から、当分の間へ。どちらも「ずっとではない」と言いたげな言葉だが、現実には半世紀近く続いている。理由(道路のため)が消えても、税率(上乗せ分)だけが残った。これが、私たちが今、給油のたびに払っているものの正体である。
一度だけ、本当に安くなった春があった
「そんな税、なくせばいいのに」と思った人もいるだろう。実は、たった一度だけ、本当に消えかけた瞬間がある。 2008年の春だ。 当時の国会は、衆議院と参議院で多数派が異なる「ねじれ国会」だった。与党はガソリン税の上乗せ分を延長したい。野党は廃止を主張する。両者がぶつかって法律の手続きが間に合わず、2008年3月31日かぎりで上乗せ分が一時的に失効してしまった。 その結果、4月1日からガソリン価格は1リットルあたりおよそ25円も下がった。全国のガソリンスタンドに車が押し寄せ、ニュースは連日この話題で持ちきりだった。免許を持っている人なら、当時の「ガソリンが安くなった!」という空気を覚えているかもしれない。 だが、それは長く続かなかった。約1か月後、衆議院での再可決という手続きを経て、上乗せ分は復活する。5月、ガソリンはまた元の高さに戻った。安くなった春は、わずか1か月で終わったのだ。 このエピソードが教えてくれるのは、「やめようと思えば物理的にはやめられる税」だということだ。技術的に不可能なわけではない。現に1か月、本当に消えていた。それでも復活した。一度組み込まれた税収は、国にとっても地方にとっても、もう前提になってしまっていたからだ。
なぜ「終わらない」のか、という人間の話
ここまで来ると、これはガソリンの話でも、車の話でさえもなくなってくる。 「とりあえず期間限定で」と始めたものが、期限が来るたびに「もう少しだけ」と延ばされ、いつの間にか恒久化する。当初の目的が消えても、お金の流れだけが残って動き続ける。やめようとすると、それを当てにしている人や仕組みが反発して、結局元に戻る。 これは、ガソリン税に限った話ではない。家計でも会社でも、「今月だけ」と契約したサブスクが何年も引き落とされ続ける。「臨時で」と始めた残業や当番が、いつの間にか「いつもの仕事」になる。人間と組織は、いったん回り始めたものを止めるのが、本当に苦手なのだ。ガソリン税は、その苦手さを国家規模で、半世紀分、凍結保存した標本のようなものだと言える。 そして2025年から2026年にかけて、この「当分の間税率」を本当に見直そう、廃止しようという議論が、ようやく政治の主要な論点として動き出している。物価高の中で家計を助けるため、という追い風もある。ただ、廃止すれば年に1兆円を超える規模の税収が消えるとされ、その穴をどう埋めるかという難問がのしかかる。【未確認:廃止の具体的な時期や方法は、本稿執筆時点で確定していない】 半世紀続いた「2年だけ」の措置が、本当に終わるのか。それとも、また名前を変えて生き残るのか。次にガソリンを入れるとき、価格表示の数字の奥に、この長い物語が隠れていることを少しだけ思い出してほしい。あなたが払っているのは、燃料の代金だけではない。「いったん始めたことを、なかなかやめられない」という、私たち自身の性質に対する請求書でもあるのだから。
参照元: - 財務省 揮発油税・地方揮発油税の概要、税制の概要 - 経済産業省 資源エネルギー庁 石油製品価格調査、燃料油価格激変緩和に関する情報 - 日本自動車連盟(JAF)ガソリン税・二重課税(タックス・オン・タックス)に関する解説 - 国立国会図書館レファレンス協同データベース(2008年の揮発油税暫定税率の失効に関する照会)
























