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運転している人だけが酔わないのは、なぜか。あなたの脳は、乗っている車の「数秒先」を勝手に見ている

運転している人だけが酔わないのは、集中しているからではない。脳が車の「数秒先」を勝手に予言しているからだ。その仕組みから、自動運転時代の車酔い問題までを読み解く。

Chapter
「気のせい」ではない。体の中で二つの証言が食い違っている
運転手の脳は、カーブの前に「これから曲がる」と自分に伝えている
子どもが酔いやすいのは、脳がまだ「予言の練習中」だから
車メーカーが、乗り物酔いを「設計で減らす」時代に入った
自動運転は、全員を「後部座席の人」にする
「気持ち悪い」の裏で、脳は未来を計算している

家族でドライブに出かける。ハンドルを握る父親はけろりとしているのに、後ろの席の子どもが「気持ち悪い」と言い出す。助手席の母親も、少し顔色が悪い。峠道を抜けるころには、運転している本人だけが元気で、乗せられている人だけがぐったりしている。

この光景に、覚えのある人は多いと思う。そして、たいていの人はこう片付けてしまう。「運転してると集中してるから、酔わないんでしょ」。

半分は当たっている。でも、本当の理由はもっと奇妙だ。運転している人が酔わないのは、集中しているからではない。その人の脳が、車がこれから数秒のあいだにどう動くかを、勝手に先回りして「予言」しているからだ。

同じ車に乗っているのに、運転席の人と後部座席の人とでは、脳の中で起きていることがまるで違う。この差の正体をたどっていくと、車酔いという身近すぎる不快感の奥に、人間の脳がふだんどれだけ「未来を見て」暮らしているか、という話が見えてくる。そしてその話は、これから車がハンドルを手放していく時代に、じわじわと効いてくる。

「気のせい」ではない。体の中で二つの証言が食い違っている

まず、車酔いそのものが何なのかを、ざっくり押さえておきたい。

私たちが自分の動きを感じ取るセンサーは、ひとつではない。大きく分けて三つある。目(視覚)、耳の奥にある内耳(前庭という器官で、頭の傾きや回転、加速を感じる)、そして筋肉や関節の感覚だ。ふだんは、この三つが同じことを報告している。だから私たちは、自分がいま動いているのか止まっているのかを、迷わず把握できる。

ところが車の中では、この三つの証言が食い違うことがある。

わかりやすいのが、走っている車の中でスマホや本を見ているときだ。手元の画面は、目から見ればぴたりと止まっている。「動いていません」と目は報告する。ところが内耳のセンサーは、カーブや加速のたびに「いや、体は揺れて動いている」と別の報告を上げる。目は止まっていると言い、耳は動いていると言う。この食い違いを脳がうまく処理できなくなった状態が、車酔いだ。

これは「感覚の食い違い(sensory conflict、感覚不一致)」という考え方で、乗り物酔いの説明として最も広く受け入れられている。三つのセンサーの証言がそろわないと、脳は「何かおかしい」と警報を出す。その警報が、あの吐き気やめまい、冷や汗になって表れる。

だから車の中で下を向いてスマホをいじると酔いやすい、というのは根性の問題ではない。目と耳に、わざわざ食い違う証言をさせているのだから、酔って当然なのだ。

運転手の脳は、カーブの前に「これから曲がる」と自分に伝えている

ここまでは、聞いたことがある人もいるかもしれない。面白いのはここからだ。

同じ車に乗って、同じカーブを曲がっているのに、なぜ運転している人だけが酔わずに済むのか。

鍵は「予測」にある。運転手は、自分でハンドルを切り、アクセルとブレーキを踏んでいる。つまり、車が次にどう動くかを、自分の手足で決めている。カーブに入る前に「ここで右に曲がる」と自分で判断し、体の準備をしている。だから内耳が「右に振られた」と報告してくる前に、脳はすでに「右に振られるはずだ」と予想を立てている。

脳科学では、体を動かす命令を出すとき、脳が同時にそのコピーを取っておく仕組みが知られている(随伴発射、efference copyと呼ばれる)。「いま右に曲がる命令を出した。だから、このあと右方向の揺れが来るはずだ」と、あらかじめ自分に伝えておくのだ。そして実際に揺れが来たとき、「ほら、予想どおり」と答え合わせをする。予想と結果が一致していれば、脳は警報を出さない。

一方、後部座席の人には、この予想ができない。いつカーブが来るか、どのくらいの強さで曲がるか、何も決めていないし、前もよく見えない。ただ、来た揺れをそのまま受け止めるしかない。予想がないところに突然揺れが来るから、脳は毎回「おっと」と驚く。この驚きの積み重ねが、酔いにつながる。

実験でも、この「自分で操作できるかどうか」の差ははっきり出ている。同じ回転する刺激を、自分で操作するグループと、他人の操作にただ連動させられるグループに分けて比べたところ、自分で操作できたグループのほうが、明らかに酔いにくかった。動きそのものは同じでも、「自分で決めている」という感覚があるだけで、酔いは減るのだ。

体の動かし方にも差が出る。運転手はカーブで、遠心力に逆らって頭や上半身をカーブの内側へ、無意識に少し傾ける。バイクや自転車で曲がるときの、あの傾きに近い。ところが同乗者は、来た遠心力のまま外側へ持っていかれる。同じカーブでも、運転手は「迎えにいき」、同乗者は「連れていかれる」。この違いが、酔いやすさの差になって表れる。

つまり運転手が酔わないのは、集中力でも根性でもない。脳が数秒先の未来を予言し、体がそれに先回りして備えているからだ。私たちは車を運転しているとき、無意識に「ちょっと先の自分」を生きている。

子どもが酔いやすいのは、脳がまだ「予言の練習中」だから

この「予測でずれを打ち消す」という仕組みは、生まれつき完成しているわけではない。

乗り物酔いには、酔いやすい年齢がある。資料によって幅はあるが、おおむね2歳ごろまではあまり酔わず、小学生から中学生にかけて酔いやすさがピークを迎え、大人になるにつれて落ち着いていく、という点はおおよそ共通している。学童期の子どもを対象にした調査では、車やバスでの移動で酔いを感じる子が4割前後にのぼる、という報告もある。

赤ちゃんがあまり酔わないのは、そもそも動きを感じ取る器官がまだ十分に育っておらず、食い違いを「食い違い」として感じにくいからだと考えられている。そして育ち盛りの子どもが酔いやすいのは、センサーは敏感になっているのに、それを束ねて「予測でずれを打ち消す」処理がまだ発展途上だからだ、と説明される。

大人になると酔いにくくなる人が多いのは、体が丈夫になったからというより、脳が長年の経験から「車とはこういう動きをするものだ」という予測の型を身につけていくからだ、という見方ができる。乗り物酔いは、脳が予測の練習を積むにつれて、静かに卒業していく現象でもあるわけだ。

助手席の親が子どもに「前を見てなさい」「遠くの景色を見てごらん」と言うのは、経験的にとても理にかなっている。遠くの景色を見れば、目からの情報が「体は動いている」という内耳の報告と一致する。食い違いが減る。手元のゲーム画面を見せ続けるのは、その逆をやっていることになる。

車メーカーが、乗り物酔いを「設計で減らす」時代に入った

長いあいだ、車酔いは「乗る人の体質」の問題として、酔い止めの薬や「窓を開ける」といった乗る側の工夫にゆだねられてきた。ところが最近、車をつくる側が、この不快感を設計で減らそうと動き出している。

2026年8月、日産は軽自動車「ルークス」に搭載した車酔い軽減の技術が評価され、軽自動車として初めてキッズデザイン賞(安全・安心向上部門)を受賞したと発表した。子どもの安全や子育てへの配慮を評価する賞で、車酔いという切り口での受賞は、この問題が「快適さのおまけ」から「守るべき安全」へと格上げされつつあることを感じさせる。

その中身を、これまでの話に重ねると腑に落ちる。段差や凹凸を通過するときの衝撃をやわらげるショックアブソーバー(衝撃を吸収する装置)は、脳が予想していない突然の揺れ、つまり食い違いのもとを減らす。体をしっかり支えるシートは、同乗者が「連れていかれる」ときの姿勢の崩れを抑える。さらに、車内のにおいまで専門の資格を持つ社員が確認しているという。においも、気持ち悪さを後押しする要因のひとつだからだ。

やっていることを一言でまとめると、「乗る人の脳が驚く回数を、車の側で減らす」ということだ。予測を助けてやれないなら、せめて予測を裏切る揺れを減らす。車酔いの理屈がわかると、なぜそういう設計になるのかが、きれいに見えてくる。

自動運転は、全員を「後部座席の人」にする

自動運転車内の挿絵(車酔い記事 中盤)

そして、この話はこれからの車に、まっすぐつながっていく。

自動運転が進むと、運転席からハンドルが消えていく。誰も操作しない。乗っている人は、行き先を指示したら、あとは車にまかせてスマホを見たり、本を読んだり、仕事をしたりする。移動時間を自由に使えるのが、自動運転のうたい文句だ。

ところが、ここまで読んできた人ならもう気づいているはずだ。それは、車内の全員を「後部座席の人」にする、ということでもある。

自分でハンドルを切らない。だから、脳は次の動きを予言できない。おまけに手元の画面を見ているから、目は「止まっている」と報告し、内耳は「動いている」と報告する。感覚の食い違いと、予測できない揺れ。車酔いを起こす条件が、そろって成立してしまう。

これは思いつきの心配ではない。研究者はかなり前から、この問題を指摘している。ミシガン大学の研究者らは2015年の時点で、完全な自動運転車では乗り物酔いを起こす三つの要因(感覚の食い違い、進む方向を予測できないこと、動きを制御できないこと)がいずれも強まると整理し、自動運転車に乗る大人のうち一定の割合が、頻繁に乗り物酔いを経験しうると見積もっている。「運転から解放されて車内で作業できる」という自動運転最大の魅力が、そのまま最大の弱点になりかねない、という皮肉な構図だ。

だから自動運転を開発する側は、乗り心地の研究に力を入れている。これから車の動きを予告してくれる仕組み(次に曲がる、止まる、といった手がかりを、音や光や振動で乗員に前もって伝える)や、酔いにくいシートの研究が進んでいる。実際、「これから来る動き」を前もって伝えるだけで酔いが軽くなる、という実験結果も出ている。奪われた「予言」を、機械の側から返してやろうという発想だ。運転という行為が消える時代に、私たちは「脳が未来を先読みする」というありがたさに、あらためて気づかされている。

「気持ち悪い」の裏で、脳は未来を計算している

車酔いは、誰もが経験のある、とるに足りない不快感に見える。けれど、その裏をのぞくと、人間の脳がふだんどれだけ「数秒先」を予測しながら世界と付き合っているかが、透けて見える。

私たちは車の中だけでなく、歩くときも、コップに手を伸ばすときも、階段を降りるときも、たえず「次に何が起きるか」を脳が先回りして計算し、その予測と現実の答え合わせをしながら生きている。予測が当たっているあいだ、私たちはそれを意識すらしない。予測が外れて初めて、「あれ?」という違和感として顔を出す。車酔いは、その違和感がわかりやすく体に出た、身近な一例なのだ。

次に誰かの運転する車に乗って、少し気持ち悪くなったとき、思い出してほしい。あなたが酔っているのは、体が弱いからではない。運転席の人の脳だけが数秒先を予言していて、あなたの脳にはその予言が届いていない。ただそれだけのことだ。そして助手席から子どもに「遠くを見てごらん」と声をかけるとき、あなたは知らないうちに、幼い脳の「予言の練習」を手伝っている。

車という、鉄とガラスでできた乗り物の中で起きているのは、案外、人間の脳がこっそり未来を見ているという、とても人間くさい出来事なのである。

参照元: StatPearls(米国国立生物工学情報センター NCBI)「Motion Sickness」、Rolnick A, Lubow RE (1991) "Why is the driver rarely motion sick? The role of controllability in motion sickness" Ergonomics、Applied Ergonomics (2024) "Anticipatory cues can mitigate car sickness on the road"、Mayo Clinic「Car sickness in children」、Sivak M, Schoettle B (2015)「Motion Sickness in Self-Driving Vehicles」University of Michigan Transportation Research Institute(UMTRI-2015-12)、Diels C, Bos JE (2016) "Self-driving carsickness" Applied Ergonomics、レスポンス/グーネットマガジン「日産『ルークス』、クルマ酔い軽減技術でキッズデザイン賞を受賞…軽自動車初」(2026年8月19〜20日)

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