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2026年、世界最速のレースは「ガソリンをやめた」。ところがエンジンは、あの爆音のまま生き残った

F1と100%サステナブル燃料

F1は2026年、石油由来のガソリンをやめながらもエンジンは残した。100%サステナブル燃料という「三つ目の道」が、いまガソリン車に乗る人にとってどんな意味を持つのかを解説する。

Chapter
「原油ゼロ」の燃料とは、何でできているのか
なぜこれが「へー」なのか。エンジンを殺さない脱炭素
いちばん効くのは、今のガソリンスタンドにそのまま入ること
あなたの13年落ちの愛車の意味が、静かに変わる
ただし、これは魔法ではない
正解が一つだと思わないこと

車に詳しくない人でも、なんとなく信じている話がある。脱炭素の時代が来て、これからの車は電気自動車になる。エンジンで走る車は、環境に悪い古いもので、いずれ姿を消していく。ガソリンスタンドの給油ノズルを握るあの動作も、そのうち過去のものになる。テレビやニュースが繰り返し伝えてきたのは、だいたいそういう筋書きだ。

メルセデス・ベンツ F1 (2026)

ところが2026年、その筋書きに真っ向から反する出来事が、意外な場所で起きた。世界でいちばん速く、いちばん環境にうるさく見られている自動車レース、F1(フォーミュラ1)が、この年からガソリンを完全にやめたのだ。

「やっぱりF1も電気になったのか」と思った人は、半分だけ当たっている。たしかにF1は電気の力を大幅に増やした。だが車からエンジンは消えていない。相変わらず甲高い音を立てて、あのマシンはコースを走っている。石油から作ったガソリンだけをやめて、まったく別の作り方をした液体燃料に切り替えたのである。

つまりF1が選んだのは、「エンジンを捨てて電気にする」という道ではなかった。「エンジンは残したまま、燃やすものを入れ替える」という、ほとんどの人が想像していなかった三つ目の道だった。この選択の中には、いま古いガソリン車に乗っている人ほど知っておいて損のない話が隠れている。

「原油ゼロ」の燃料とは、何でできているのか

まず、F1が2026年から何をしたのかを整理しておきたい。

国際自動車連盟(FIA)は2024年12月、2026年シーズンからF1のマシンに「100%サステナブル燃料」の使用を義務づけると発表した。ポイントは原料である。認められたのは大きく三つ。食用にならない植物などの廃棄系バイオマス、家庭や街から出る都市ごみ、そして大気中や工場の排気から回収した二酸化炭素(CO2)を再生可能エネルギー由来の水素と合成して作る燃料だ。石油、つまり地中から掘り出した原油から作った成分は、原則として認められない。

三つ目の「CO2から作る燃料」は、耳慣れない人が多いと思う。これはいわゆる合成燃料、e-fuel(イーフューエル)と呼ばれるものだ。ざっくり言えば、空気や排ガスの中にある炭素をつかまえてきて、水素とくっつけて、人工的にガソリンやそれに近い液体を組み立てる。石油を掘る代わりに、炭素を「拾ってきて」燃料に仕立て直すイメージに近い。

F1と100%サステナブル燃料

F1にガソリンを供給してきた石油大手シェルは、2026年からのF1燃料について「原油の成分はゼロ」だとはっきり述べている。廃棄物から作ったバイオ燃料や、合成燃料の分子だけで作られた燃料が、時速300キロを超えるマシンを動かす。長らく「石油をどれだけ効率よく燃やすか」を競ってきた場所が、「石油を使わずにどこまで走れるか」を見せる場所に変わった。

ちなみに、この切り替えは急に始まったわけではない。F1は2022年からすでに、燃料の10%を再生可能なエタノールにした燃料で走っていた。それを2026年に一気に100%まで引き上げた、という流れである。

なぜこれが「へー」なのか。エンジンを殺さない脱炭素

ここで冒頭の筋書きを思い出してほしい。脱炭素のためにエンジンは消えていく、というあの話だ。

F1の選択は、その常識にやんわりと異議を唱えている。世界でもっとも技術に金と頭脳をかけている集団が、「二酸化炭素を減らすなら、電気自動車にするしかない」とは考えなかった。彼らが出した答えは、「燃やすもの自体を、地球にとって差し引きゼロに近いものへ入れ替える」だった。

もちろんF1は電気の比率も大きく上げている。2026年の新しいエンジン(正確にはパワーユニットと呼ぶ、エンジンと電気モーターの組み合わせ)は、出力のおよそ半分を電気が担う設計になった。従来は電気の担当がだいたい2割ほどだったので、大きな変化だ。だが残りの半分は、あくまで燃料を燃やすエンジンが生み出す。電気に全面降伏したのではなく、エンジンと電気を五分五分の相棒にしたうえで、エンジンが飲む燃料を入れ替えた。ここが肝心なところだ。

「二酸化炭素が問題なら、その二酸化炭素を集めてきて燃料に作り替えればいい。燃やしてまた出ても、もともと空気にあった分が戻るだけだ」。理屈だけを取り出せば、これは驚くほど素直な発想である。石油という「地中に眠っていた新しい炭素」を掘り出して空に足すのが問題なら、すでに空にある炭素をぐるぐる回す燃料なら足し算にならない、という考え方だ。

エンジンは悪者で、消えるしかない。そう思い込んでいた人にとって、この「作り方を変えればエンジンは生き残れる」という発想の転換は、それなりに新鮮な「へー」ではないだろうか。

いちばん効くのは、今のガソリンスタンドにそのまま入ること

この新しい燃料には、地味だが決定的な特徴がある。専門的には「ドロップイン」と呼ばれる性質だ。

意味は単純で、既存のエンジンや給油設備を作り替えなくても、そのまま使えるということである。合成燃料は化学的にガソリンや軽油とよく似た液体なので、常温で液体のまま扱え、これまでどおりタンクローリーで運び、ガソリンスタンドの地下タンクに貯め、いつものノズルで給油できる。イギリスの科学メディアBBCサイエンスフォーカスは、2026年にF1を走らせるこの手の燃料を「近所のガソリンスタンドであなたの車に入れるのと同じもの」と表現している。

これがなぜ重要か。電気自動車に世の中を全部入れ替えようとすると、車そのものを買い替えるだけでは済まない。充電器を街じゅうに増やし、送電網を強くし、廃棄されるエンジン車の山をどうにかする必要がある。莫大な時間とお金と資源がかかる。ところが燃料を入れ替える道なら、車も、スタンドも、運ぶ仕組みも、いま目の前にあるものをそのまま使える。作り替えるのは「燃料工場だけ」で済む。

これは机上の空論ではない。スポーツカーメーカーのポルシェは、南米チリの風の強い土地に合成燃料のパイロット工場を作り、2022年12月から稼働させている。風力発電で作った電気で水素を用意し、それを回収したCO2と合成して、実際にガソリンを製造している。開所式では、市販のスポーツカーであるポルシェ911にその合成燃料を給油して走らせた。特別に改造した車ではない。ふつうに売られている車に、ふつうに入れて走った。エンジンはそのまま、燃料だけが「原油から作られていないガソリン」に変わっていた。

あなたの13年落ちの愛車の意味が、静かに変わる

ここまで来ると、レースの話が急に自分ごとになってくる人がいるはずだ。

いま、10年、13年と乗ってきたガソリン車を大事に使っている人は少なくない。まだ調子がいいのに、「これからはEVの時代だから」という空気の中で、なんとなく肩身が狭い。手放したところで下取りがつくのか、次に買う電気自動車は本当に使い勝手がいいのか、そんな迷いを抱えている人も多いだろう。

ガソリン車とドロップイン燃料

もし燃料を入れ替える道が本当に広がれば、その一台の意味は変わる。エンジン車は「早く捨てるべき負債」ではなく、「入れる燃料次第で乗り続けられる資産」になりうるからだ。この考え方は、世界の政策にもすでに顔を出している。ヨーロッパ連合(EU)は2035年に新車のエンジン車販売を原則やめる方針を決めたが、その土壇場の2023年3月、二酸化炭素を実質的に足さない合成燃料だけで走る車は例外として認める、という余地を残した。エンジンという仕組みそのものに死刑を宣告するのではなく、「燃やすものがきれいなら生かす」という抜け道を、あえて開けておいたのである。

日本も方向としては近い。政府は合成燃料の商用化を2030年代前半に実現する目標を掲げ、2025年12月にはその工程表を見直した。並行して、ガソリンに植物由来のエタノールを混ぜた「低炭素ガソリン」を2030年度までに最大10%混合の形で供給し始める方針も進んでいる。混ぜる比率を少しずつ上げていけば、今そこにある車の排出を、乗り換えなしで薄めていける。2025年に開かれた大阪・関西万博では、ENEOSが自社の実証プラントで作った合成燃料が、会場のシャトルバスや来賓の車に実際に使われた。国内のレースでも、トヨタなどが二酸化炭素を実質増やさない燃料を積んだ車を耐久レースで走らせている。F1で起きたことは、遠い海の向こうのショーではなく、日本の道の話にもつながっている。

ただし、これは魔法ではない

ここで筆を止めて、都合のいい話だけで終わらせないようにしたい。合成燃料は、いま乗っている車をそのまま脱炭素にしてくれる魔法の薬ではない。壁は大きく二つある。

一つは値段だ。経済産業省の試算では、合成燃料の製造コストは1リットルあたり約300円から700円とされる。今のガソリンが1リットル170円前後であることを思えば、桁が違うほど高い。コストの大半は、原料になる水素とCO2を集めてくる費用が占める。技術が進んで水素が安くなれば下がる、という見込みはあるが、それは将来の話だ。

もう一つは量だ。作れる工場も、作れる量も、まだ圧倒的に足りない。実際、ENEOSは横浜に国内初の一貫製造の実証プラントを2024年に立ち上げたものの、建設費の高騰などを理由に、2025年10月にはその先の大型化を無期延期し、より安く作れるバイオ由来の燃料を優先する方針へ切り替えた。夢の技術ほど、現場ではお金と時間の壁に何度もぶつかる。

さらに言えば、「カーボンニュートラル」という言葉自体、燃料の一生をすべて計算しきって完全に差し引きゼロだと保証するものではない。原料の集め方や運び方によっては、思ったほどきれいにならないという指摘もある。F1の選択を「エンジンは無罪放免だ」と受け取るのは、話を単純にしすぎている。

正解が一つだと思わないこと

それでも、この2026年の出来事が私たちに残すものははっきりしている。

脱炭素という大きな宿題に対して、答えは「全員が電気自動車に乗り換える」の一つだけではない、ということだ。車を入れ替えるのではなく、車に入れるものを入れ替える。世界最速のレースは、そのもう一つの道が技術として成り立つことを、爆音とともに世界に見せた。値段と量という現実の壁はまだ高い。けれど、道が一本しかないと思い込んでいたところに、二本目がうっすら見えたことの意味は小さくない。

次にガソリンを入れるとき、あるいは「そろそろEVに買い替えるべきか」と迷うとき、頭の片隅にこの話を置いておいてほしい。あなたの車のエンジンは、時代遅れの厄介者と決まったわけではない。何を燃やすか次第で、この先も走り続けられるかもしれない。世界のいちばん速い場所は、もうその賭けに乗り始めている。

参照元:
・FIA「New era of sustainable fuel: FIA introduces certified 100% sustainable fuel」(2024年12月発表)
・Formula 1 公式「2026 regulations explained(Advanced Sustainable Fuels / new power units)」
・Shell「The game-changing new fuels in Formula One」
・BBC Science Focus「Synthetic fuels and Formula 1」
・Porsche Newsroom「Haru Oni eFuels pilot plant opening, Chile」(2022年12月)
・資源エネルギー庁「次世代燃料(バイオ燃料、合成燃料)政策について」
・経済産業省「合成燃料(e-fuel)の導入促進に向けた官民協議会 中間とりまとめ」(製造コスト試算)
・ENEOS 公式ニュースリリース(横浜・合成燃料実証プラント、2024年)
・欧州理事会プレスリリース「Fit for 55: Council adopts regulation on CO2 emissions for new cars and vans」(2023年3月28日)

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