憧れの名車が復活する骨組みは、日本人がほとんど見たことのない「荷台つきの車」でできていた
三菱の新型パジェロが7年ぶりに復活した。その土台は、日本人が街でほとんど見たことのないピックアップトラックだった。名車の知られざる「縁の下」を、タイを中心とした世界の生産現場から読み解く。
- Chapter
- 荷台つきの車が「見えない」のは、日本だけの事情
- タイは「アジアのデトロイト」と呼ばれている
- 世界の果てで、いちばんタフな日本車
- そして、名車は荷台つきの骨組みの上で復活する
- 車を「見ていない」私たちが、見落としていること
9月2日、三菱自動車が新型「パジェロ」を世界初公開した。
パジェロと聞いて、胸のどこかがざわつく人はそれなりにいると思う。1982年に生まれ、パリ・ダカールラリーで通算12勝を挙げ、世界170を超える国と地域で325万台以上を売った。バブルのころには一時、月間の新車販売台数で当時無敵だったトヨタのカローラを抜いたこともある。四角い顔と、悪路をものともしない足回り。「本物の四駆」の代名詞だった。それが2019年に日本仕様の生産を終え、静かに姿を消していた。7年ぶりの復活である。
ニュースの見出しは、たいてい「27年ぶりに3連メーターが復活」「往年のファン歓喜」といった懐かしさの言葉で飾られていた。それはそれで間違いではない。
ただ、発表文の隅に、多くの人が読み飛ばしたであろう一行があった。新しいパジェロの土台には、三菱の「トライトン」というピックアップトラックの骨格が使われ、生産はタイで行われる、というのだ。
このトライトンという車を、あなたはおそらく街で見たことがない。荷台がむき出しになった、いわゆる「ピックアップトラック」だ。日本の道ではほとんど走っていない。だが世界に目を移すと、この地味な荷台つきの車こそが、私たちが憧れた名車を陰で支え、日本のメーカーの屋台骨になっている。今日はその、日本人にはほとんど見えていない巨大な話をしたい。
荷台つきの車が「見えない」のは、日本だけの事情
まず、日本の状況から確認しておく。
いわゆる1トンピックアップ(荷台に1トン程度の荷物を積める中型の荷台つき乗用車)を、いま日本で新車で買おうとすると、選択肢はトヨタの「ハイラックス」と、三菱の「トライトン」のふたつしかない。どちらも、街で見かける機会はほとんどない。
ハイラックスの日本での売れ行きは細い。2019年の国内販売はおよそ6440台。同じ年、乗用車全体の販売ランキングでは86位という位置だった。しかもハイラックスは、2004年に一度、日本国内での販売を終えている。復活したのは2017年9月。実に13年ぶりの再登場だった。
トライトンも、よく似た道を歩いている。かつて2006年から2011年まで日本で売られたが、6年間で売れたのは合わせて約1800台。年に換算すれば300台である。いったん姿を消し、現行モデルが日本に戻ってきたのは2024年2月。12年ぶりの再投入だった。三菱が掲げた月販計画は200台。売ってはいる。だが、乗用車の販売台数としては、まだ点のような規模だ。私たちの日常の景色には、ほとんど混ざってこない。
要するに、日本ではピックアップトラックはほとんど売れない。荷物を積みたいなら軽トラックか商用バン、家族で乗るならミニバンやSUV。荷台が外にむき出しになった車は、日本の暮らしにも道路事情にも、うまくはまらなかった。だから、いま新車として並んでいても、この種の車は私たちの視界から静かに外れたままなのだ。
ところが、国境を一本またいだ先には、まったく逆の世界が広がっている。
タイは「アジアのデトロイト」と呼ばれている
東南アジアのタイ。この国は、自ら「デトロイト・オブ・アジア」、つまりアジアのデトロイトを名乗っている。デトロイトはかつてアメリカの自動車産業の中心だった都市だ。それにならって、東南アジア最大の自動車の生産・輸出拠点であることを、国として掲げている。
数字で見ると規模がわかる。日本貿易振興機構(ジェトロ)のまとめによれば、タイの2024年の自動車生産台数は約147万台。このうち、なんと約89万台がピックアップトラックだった。生産される車のおよそ6割が、日本ではほとんど見かけないあの荷台つきの車なのだ。
しかも作った車の約7割は輸出に回る。タイで組み立てられたピックアップは、世界のあちこちへ船で運ばれていく。日本経済新聞は、世界で年に約160万台あるとされる1トンピックアップの需要のうち、その生産の7割以上をタイ一国が担っている、と報じている。
そして、そこで車を作っているのは主に日本のメーカーだ。
トヨタはタイの工場で、世界向けのハイラックスを集中的に生産している。いすゞは2002年、輸出向けピックアップの生産を日本からタイへ完全に移し、タイを「ピックアップの母なる工場」と位置づけた。三菱のタイ工場は、日本国外では同社最大の生産拠点で、輸出先は120を超える国と地域におよぶ。三菱の場合、タイからの輸出の半分以上を、あのトライトンが占めているという。
つまり、日本人が街でほとんど見ない車が、タイでは国民車のように作られ、そこから世界中へ日本ブランドの看板を背負って出ていっている。私たちが「見ていない」だけで、その市場は存在しないどころか、日本メーカーの経営を支える太い柱になっている。
世界の果てで、いちばんタフな日本車
では、その荷台つきの車は、輸出された先で何をしているのか。
象徴的なのがトヨタのハイラックスだ。1968年に初代が生まれ、トヨタの公表では2017年の時点で累計1770万台を売り、世界180以上の国と地域で走っている。日本での年6000台あまりという数字が、いかに小さな一部分かがわかる。
このハイラックスには、ちょっとした「伝説」がある。イギリスの人気自動車番組「トップギア」が2003年、走行距離30万キロ近い古いハイラックスを、どこまで壊せるか本気で試した。海に沈め、上から重い鉄球を落とし、火をつけ、最後にはビルの解体現場でビルもろとも爆破した。それでも、基本的な工具で手を入れると、エンジンは再びかかって自走したという。この「壊れないハイラックス」は、のちにイギリスの自動車博物館に展示された。
冗談のような話に聞こえるが、この「どんな環境でも死なない」という性質は、現実の過酷な場所で証明されてきた。舗装もされていない砂漠や山岳地帯、まともな整備工場もない地域で、ピックアップトラックは人と荷物を運び続ける。1980年代のアフリカ・チャドの紛争では、荷台に武器を積んだトヨタ車が戦況を左右し、その激しさから「トヨタ戦争」という呼び名まで生まれた。世界の紛争地帯で武装勢力の車両として日本製ピックアップが使われ続けてきたことは、大手メディアが繰り返し報じてきた事実でもある。
誇らしい話ばかりではない。むしろ、いたたまれない使われ方も含めての「タフさ」だ。だがそこに一つ、はっきりした事実が横たわっている。日本の道でほとんど選ばれない地味な車が、世界のいちばん厳しい場所で、いちばん頼りにされている。私たちが「移動の快適さ」で車を語っているあいだ、地球の別の場所では「壊れずに動き続けること」そのものが車の価値だった。同じ日本ブランドのマークをつけて、まったく別の顔で世界に立っていたわけだ。
そして、名車は荷台つきの骨組みの上で復活する
ここまで来ると、冒頭のパジェロの話が違って見えてくる。
新しいパジェロの土台になるのは、トライトンというピックアップトラックの「ラダーフレーム」だ。ラダーフレームというのは、はしご状の頑丈な骨組みのことで、悪路や重い荷物に強い。乗用車の多くが採用する、車体全体で強度を出す作り方とは考え方が違う。まさに、過酷な場所で酷使されるピックアップのための骨格である。
三菱は、そのトライトンの骨格をベースに、パジェロ専用の車室や前後の足回りを新しく開発したと説明している。そして複数の自動車メディアの報道や、オーストラリアの車両登録データの分析によれば、新型パジェロはトライトンと同じタイの工場で作られる可能性が高いとされている。(生産地については、世界初公開時点の三菱の公式発表には明記がなく、報道と登録データに基づく見立てである点は補っておく。)
整理すると、こういうことになる。私たちが「懐かしい日本の名車が帰ってきた」と喜んでいるその車は、日本人がほとんど見たことのないピックアップトラックの骨格の上に立ち、日本ではなくタイの工場で組み上げられる。ノスタルジーの象徴の中身は、極めて現代的でグローバルな部品でできている。
これは手抜きでも裏切りでもない。むしろ合理的で、したたかな選択だ。世界で鍛え抜かれた頑丈な骨格があり、それを大量に安く作れる巨大な生産拠点がタイにある。ならば、その資産の上に「パジェロ」という記憶と名前を乗せるのがいちばん確実に、いちばん本格的な四駆を蘇らせられる。憧れは記憶が担い、実力は荷台つきの車の骨格が担う。そういう分業になっている。
車を「見ていない」私たちが、見落としていること
この話が面白いのは、単なる業界の裏事情だからではない。
私たちは、自分の身のまわりに見えているものが世界の標準だと、つい思い込む。日本の道が白いミニバンとSUVと軽自動車であふれているから、車とはそういうものだと感じる。荷台がむき出しの車なんて、工事現場か海外の映画の中の話だと。
けれど視点を一段引くと、その「当たり前」は日本という島の中だけの風景だったと気づく。地球規模で見れば、荷台つきの頑丈な一台こそが、多くの人にとっての「車」であり、生活の道具であり、ときに命を預ける相棒だ。そして、そのいちばんタフな一台を作って世界に送り出しているのは、ほかならぬ日本のメーカーで、その心臓部はタイにある。
自分に関係のない遠い話に思えるかもしれない。だが、次に新しい車を選ぶとき、あるいは今乗っている車の下取り価格が思ったより高かったり安かったりしたとき、その裏では、こうした国境をまたぐ大きな流れが静かに効いている。車の値段も、選べる車種も、メーカーの体力も、日本の道路の風景の外側にある巨大な市場と地続きだ。
パジェロの復活は、懐かしさのニュースであると同時に、私たちがふだん見ていない世界地図の一部が、ふっと顔をのぞかせた瞬間でもあった。荷台つきの地味な一台の背中に、名車も、メーカーも、そして遠い国の誰かの暮らしも乗っている。そう思って眺めると、あの四角いパジェロの顔つきが、少し違って見えてこないだろうか。
参照元: 三菱自動車工業 ニュースリリース(新型パジェロ 車名・世界初公開に関する発表, 2026年5月29日)・日本貿易振興機構(ジェトロ)タイの自動車生産・輸出統計(2024年・2025年)・日本経済新聞(タイの1トンピックアップ生産に関する報道)・トヨタ自動車 公式「Hilux by the Numbers」(ハイラックスの累計販売・生産・国内再導入の記録)・いすゞ自動車 公式ニュースルーム(ピックアップ生産のタイ移管に関する発表)・BBC「トップギア」ハイラックス耐久企画(2003年放送)に関する各種報道・Reuters / CNN(タイ「アジアのデトロイト」に関する報道)























