国が「免許を返すか、乗り続けるか」の間に用意した第三の道を、全国でたった114人しか選んでいない。その空振りが教えてくれること
返すか、返さないか——高齢ドライバーの免許をめぐる二択の真ん中に、国が置いた「サポートカー限定免許」。導入から数年で選んだ人は全国でわずか114人。その空振りが教えてくれる、制度の作り手と使い手の深い溝をたどる。
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- 「返すか、乗り続けるか」の間に置かれた椅子
- 椅子に座った人は、全国で114人だった
- なぜ誰も座らなかったのか、理由は驚くほど単純だった
- ひとつ目。「切り替えても、いいことがひとつもない」
- ふたつ目。「その安全な車を、いまから買えというのか」
- みっつ目。「そんな免許があること自体、知らない」
- この空振りは、じつは車だけの話ではない
- それでも、真ん中の椅子には意味がある
親が八十歳を過ぎたころから、多くの家庭で同じ会話が始まる。
「そろそろ運転、やめたら」
「まだ大丈夫だ」
ニュースではアクセルとブレーキの踏み間違い、駐車場での暴走、高速道路の逆走が季節を問わず流れてくる。そのたびに実家の車のことが頭をよぎり、子どもは切り出し、親は首を縦に振らない。免許を返すか、返さないか。話はいつもこの二択でこじれる。
じつはこの二択のちょうど真ん中に、国が数年前、そっと第三の椅子を置いていた。「サポートカー限定免許」という。自動ブレーキや踏み間違い防止装置のついた安全な車だけを運転できる免許で、返納と継続のあいだの「中間的な選択肢」として作られた。全部を手放さなくていい。危ない運転だけをやめる。そういう設計だ。
理屈としては、これ以上ないほど親切な制度に見える。ところが、である。導入から数年たった時点で、この免許を選んだ人は全国でわずか114人だった。四十七都道府県のうち二十二県では、取得者がゼロ。国が良かれと思って用意した椅子に、ほとんど誰も座らなかった。
なぜか。この「空振り」を追いかけていくと、制度を作る側と、制度を使う側の人間のあいだに横たわる、ずいぶん深くて普遍的な溝が見えてくる。車の話のようでいて、じつは「善意で作られた仕組みが、なぜ現場ですべるのか」という、もっと大きな話だ。
「返すか、乗り続けるか」の間に置かれた椅子
まず、この制度が何なのかを一度だけ平たく説明しておく。
サポートカー限定免許は、2022年5月に施行された改正道路交通法で生まれた。運転できるのは、国の性能認定を受けた安全装置つきの車に限られる。具体的には、前の車や歩行者にぶつかりそうになると自動でブレーキがかかる「衝突被害軽減ブレーキ」と、駐車場などでアクセルとブレーキを踏み間違えたときに急発進を防ぐ「ペダル踏み間違い時加速抑制装置」。この二つを備え、国土交通省の認定を受けた車だけを運転できる。
言い換えれば、事故のニュースでよく聞く「踏み間違い」と「前方不注意の追突」という、高齢ドライバーの典型的な事故に、機械の側で歯止めをかけた車しか運転しません、と自分から宣言する免許である。
制度を作った警察庁は、これを免許返納に踏み切れない高齢ドライバーの「選択肢の一つ」と説明していた。全部あきらめて足を失うか、不安を抱えたまま乗り続けるか。その極端な二択しかなかったところに、真ん中の道を一本通した。発想そのものは、返納をめぐる家族のこじれをよく理解した、思いやりのある設計だったと言っていい。
椅子に座った人は、全国で114人だった
ところが、現実の数字はこうだ。
2022年末の時点で、この免許を選んだ人は全国で14人。翌2023年末で46人。そして直近で報じられた数字が、全国114人である。静岡県が63人で突出して多く、京都が9人、神奈川と大阪が各4人と続く。佐賀や熊本など二十二県は、取得者がひとりもいなかった。
日本には運転免許を持つ人が八千万人以上いる。高齢ドライバーだけでも千数百万人の規模だ。その母集団に対して、三桁の前半。割合を計算する意味すらないほど小さい。安全のために国が正式に法律まで変えて用意した制度が、これほど選ばれないというのは、それ自体がひとつの事件である。
しかも面白いのは、静岡だけが飛び抜けている点だ。全国114人のうち、じつに半分以上が静岡県民ということになる。県民性の問題だろうか。そうではない。ここに、この空振りの理由がまるごと詰まっている。
なぜ誰も座らなかったのか、理由は驚くほど単純だった
静岡が突出した理由は、はっきりしている。県警や自動車販売の団体が組んで、この免許に切り替えた六十五歳以上の県民に、三万円分の商品券を配るキャンペーンをやったのだ。お金がついた瞬間、静岡だけ数字が跳ねた。
裏を返せば、こういうことになる。三万円のニンジンをぶら下げないと、人はこの椅子に座らない。では、なぜニンジンなしでは座らないのか。取材や専門家の指摘を並べていくと、制度の急所が三つ浮かび上がってくる。どれも、責める気にはなれない、ごく人間的な理由だ。
ひとつ目。「切り替えても、いいことがひとつもない」
これがいちばん大きい。じつは今の普通免許のままでも、サポートカーには何の制限もなく乗れる。安全装置つきの車を買って運転するのに、免許を書き換える必要などない。
つまりこの限定免許は、「安全な車に乗れるようになる免許」ではない。「安全な車以外に乗れなくなる免許」なのだ。できることが増えるのではなく、減る。わざわざ手続きをして、自分の運転できる範囲を自分から狭める。しかも見返りはない。人がそれをやらないのは、意地悪でも無理解でもなく、単純に合理的だからである。
警察の担当者すら「免許は切り替える利点があまりない。高齢者に積極的に勧めにくい」と本音を漏らしている。作った側が勧めにくい制度を、使う側が選ぶわけがない。
ふたつ目。「その安全な車を、いまから買えというのか」
この免許で運転できる安全装置つきの車は、比較的新しい車種に限られる。長く乗っている一台がその条件を満たしていなければ、限定免許に切り替えるために、新しい車に買い替えなければならない。
ここで、家計の現実が立ちはだかる。高齢者は車の買い替えサイクルが長い。今の一台に十年以上乗っている人も珍しくない。産業心理学の専門家は、この点を「普及が進まない最大のネック」と指摘している。「あと何年乗るかわからない体で、いま何百万円もかけて新車を買うのか」という問いに、多くの人は首を横に振る。
安全は正しい。誰も否定しない。だが安全を手に入れる入口に、決して小さくない値札が貼ってあった。制度は理念でできているが、暮らしはお金でできている。この二つがずれたとき、すべるのはいつも理念のほうだ。
みっつ目。「そんな免許があること自体、知らない」
そして、そもそもの話がある。多くの人が、この免許の存在を知らない。免許の更新に行っても、家族と返納の話でもめても、「返す・返さない」の二択しか登場しない。真ん中の椅子は、置かれてはいたが、案内板が立っていなかった。
この空振りは、じつは車だけの話ではない
ここまで読んで、思い当たることはないだろうか。
善意で、正しくて、理屈の通った制度。作った側は「これで問題が一つ解けるはずだ」と信じている。ところが現場では、ほとんど誰も使わない。理由は、それを使うと自分の選択肢が狭まるだけで得がない、使うのにお金がかかる、そもそも存在を知らない。
これは、私たちの身のまわりにあふれている構造そのものだ。使われない補助金。読まれない同意書。誰も申請しない優遇制度。作った人は「なぜ使わないのか」と首をかしげ、使わない人は「使う理由がないから」と静かに通り過ぎる。両者は同じ日本語を話しているのに、見ている世界がまるで違う。
サポートカー限定免許の114人という数字が教えてくれるのは、制度の良し悪しではない。人は正しさでは動かないという、身も蓋もない事実のほうだ。人が動くのは、それが自分の暮らしにとって得か損か、面倒か楽か、そこがはっきり見えたときだけである。静岡の三万円が、それを残酷なくらい正直に証明してしまった。
それでも、真ん中の椅子には意味がある
では、この制度は失敗作で、忘れていい話なのか。私はそうは思わない。
返納をめぐる家族の会話が毎回こじれるのは、選択肢が「全部あきらめる」か「何も変えない」かの二択しかないからだ。人間は、ゼロか百かを迫られると、たいてい百のほうにしがみつく。手放すのが怖いからだ。その恐怖を責めても、話は前に進まない。
サポートカー限定免許がすべったのは、真ん中の椅子を置いたという発想が間違っていたからではない。椅子の座り心地が悪く、値段が高く、案内が出ていなかったからだ。裏返せば、真ん中の選択肢さえきちんと魅力的に整えられれば、こじれ続けてきたあの会話は、少しやわらかくなる余地がある。
実家の親と、次に運転の話をするとき。「返すか、返さないか」だけでなく、「どういう乗り方なら続けられるか」という真ん中の問いを、静かに一つ足してみる。国が作った椅子はまだ座り心地が悪いままだが、それぞれの家庭で、自分たちなりの真ん中の椅子を用意することはできる。安全な車に買い替える、夜と高速は乗らないと家族で決める、近所の用事だけにする。制度が空振りしても、真ん中を探すという発想そのものは、決して無駄にはならない。
免許の話は、いつも「返す・返さない」の綱引きに見える。けれど本当に問われているのは、その人がこれからどう暮らし、どこまで自分の足で世界とつながっていたいか、という一点だ。二択の外に椅子を一つ置く。たとえ国が置いたそれに誰も座らなくても、その発想だけは、あなたの家の食卓に持ち帰る価値がある。
参照元: 読売新聞「サポカー限定免許の取得低調、全国114人で22県はゼロ…車の買い替え負担『あと数年しか乗らない』」(2026年)・警察庁「サポートカー限定免許について」および「運転免許統計」・日本経済新聞「サポカー免許、全国で取得14人止まり 見えぬメリット」ほか関連報道























