玄関を開けたらスーパーが来ている。あの軽トラが「福祉」ではなく「商売」として広がった理由と、荷台のほかに積んでいるもの
玄関先まで来る移動スーパーの軽トラは、善意で回す赤字の車ではない。儲かる商売として設計され、荷台には「見守り」というもうひとつの機能も積まれている。
- Chapter
- 「買い物に行けない人」は、全国に904万人いる
- 玄関先まで来て、その場で選ばせる
- ここまでなら「いい福祉の話」で終わる。逆転はここからだ
- 荷台のほかに積んでいるもの
- 運転をやめた先に、何が待っているか
玄関先まで来るあの移動スーパーの軽トラは、実は「善意で回している赤字の車」ではない。普通に儲かる商売として設計され、しかも荷台には値札のつかないもうひとつの機能が積まれている。
住宅街の細い道や、山あいの集落で、決まった曜日の決まった時間に、一台の軽トラックが停まっているのを見たことがある人は多いと思う。荷台には日よけの屋根がついていて、扉を開けると野菜や刺身、総菜、牛乳、トイレットペーパーまで並んでいる。近所のお年寄りが数人集まって、ドライバーとしゃべりながら、その場で品物を選んでいる。
見かけたとき、多くの人はなんとなくこう思う。買い物に行けないお年寄りのための、福祉のサービスなんだろうな、と。役所か、どこかの大きな会社が、赤字を承知で走らせている車。そういう距離感で受け止めている人がほとんどではないだろうか。
ところが実態は逆だ。普通の商売として利益が出るように設計されているから、全国に千台以上も広がった。そしてその荷台には食品のほかに、値札のつかないもうひとつの機能が積まれている。運転している人自身が、たいてい気づかないまま運んでいるものだ。
車を運転しなくなった人にモノをどう届けるか、という一見地味な話は、実は「歳をとった人間が、社会とどこでつながっていられるか」という、もっと大きな話につながっている。順番に見ていきたい。
「買い物に行けない人」は、全国に904万人いる
まず、そもそもどれくらいの人が困っているのかという規模の話から始める。ここが実感とずれている人が多い。
農林水産省の農林水産政策研究所は、2024年2月に「食料品アクセス困難人口」の2020年の推計を公表した。定義はかなりはっきりしていて、店舗まで直線距離で500メートル以上あり、かつ自分で自動車を使えない65歳以上の人を指す。この条件に当てはまる人が、全国で904万人いるとされた。65歳以上のおよそ4人に1人にあたる。しかもこのうち75歳以上が約566万人を占める。
「500メートル以上」と聞くと、たいした距離ではないと感じるかもしれない。だが、腰や膝が悪く、重い荷物を持てない80代にとって、往復1キロは立派な壁になる。しかも近所のスーパーが閉店してしまえば、次の店までの距離はもっと延びる。バスは1時間に1本、タクシーは往復で千数百円。これが週に2回なら、食費とは別に月1万円以上が移動だけに消えていく。
そして重要なのは、これが山奥だけの話ではないことだ。同じ推計では、東京圏で約204万人、大阪圏で約132万人、名古屋圏で約79万人が食料品アクセス困難人口に含まれている。近くにコンビニもスーパーもあるはずの都市部で、それでも「買い物に行けない」高齢者が数百万人規模でいる。店が遠いのではなく、店までの数百メートルを自分の足では歩けなくなる、という問題だからだ。
車を持っている、あるいは運転できるうちは、この壁はまったく見えない。壁は、運転をやめた日に突然目の前に現れる。
玄関先まで来て、その場で選ばせる
こうした人たちのところへ、店のほうから近づいていくのが移動スーパーだ。国内で最も台数が多いのが、徳島市に本社を置く「とくし丸」という会社が広げている仕組みで、いまや全国47都道府県で約1,200台が走っている(2025〜2026年時点、同社公表)。提携する地元スーパーは140社を超える。
やっていることは、言葉にすればシンプルだ。冷蔵機能のついた軽トラックに、刺身や肉、総菜、野菜、パン、菓子、日用品まで約400品目・1,000点以上を積み込み、あらかじめ決めたお客さんの家を、週に2回、玄関先まで一軒ずつ訪ねて回る。
ここで見落とされがちなのが、「宅配とは違う」という点だ。カタログ注文やネットスーパーは、注文してから届くまでに時間がかかるうえ、そもそも高齢者にはスマホやパソコンの操作自体がハードルになる。とくし丸が大事にしているのは、車の荷台に並んだ実物を、自分の目で見て、手に取って、その日の気分で選ぶという体験のほうだ。「今日は魚がうまそうだ」「孫が来るから菓子を多めに」。この、店先で買い物をする普通の楽しみが、家から出られなくなった人にとっては大きな意味を持つ。
利用者は圧倒的に高齢者に偏っている。とくし丸の社長・新宮歩氏によれば、お客さんの98%が75歳以上。配偶者を亡くして一人暮らしをしている女性が多く、近くに頼れる家族がいない人も少なくない。息子や娘が遠くに住んでいて、「これなら買い物できるよ」と親にすすめて始まる、というパターンもよくあるという。
ここまでなら「いい福祉の話」で終わる。逆転はここからだ
ここまで読むと、やはり「善意でやっている福祉のサービス」に聞こえるかもしれない。だが、この事業が2012年の創業からわずか8年で全国制覇し、業界で初めて千台を超えたのは、善意で赤字を垂れ流したからではない。普通に儲かる商売として組み立てられているからだ。ここが、この話のいちばん面白いところだと思う。
仕組みはこうだ。とくし丸本部、地元のスーパー、そして「販売パートナー」と呼ばれるドライバー、この三者が組んでお客さんに届ける。ドライバーは会社の従業員ではなく、一人ひとりが独立した個人事業主だ。ここに、うまくできた設計が三つ隠れている。
ひとつめ。ドライバーは、スーパーから商品を「仕入れる」のではなく「預かって売る」。売れた分だけスーパーに支払う仕組みなので、売れ残りのリスクを負わない。生鮮食品を扱うのに廃棄リスクがないというのは、個人が始める商売としては破格に安全だ。だからこそ、お客さんの顔を思い浮かべながら「あの人が好きな魚を多めに」と強気に積める。
ふたつめ。お客さんが払うのは、店頭価格に一律で10円(提携先によっては20円)を上乗せした値段だ。この上乗せ分を、スーパーとドライバーで折半する。玄関先まで運んでくる手間賃を、ほんの数円ずつ、みんなで薄く負担する。高齢者にとっても「10円なら」と受け入れやすく、この小さな金額が事業全体の血液になっている。
みっつめが、いちばん象徴的だ。とくし丸本部が受け取るのは、車1台あたりの初期費用と、月々の定額の手数料だけ。ドライバーがどれだけ売り上げても、本部の取り分は増えない。これは、加盟店が稼ぐほど本部にお金が流れるコンビニ本部の仕組みとは正反対だ。創業者の住友達也氏は、そのコンビニ的なやり方に疑問を持っていて、「頑張った人の努力は、その人にすべて返す」という設計にしたという。
さらにこの会社には、商売として異例の「やらないこと」がある。お客さんに売り過ぎない。近所にまだ生き残っている個人商店の縄張りには立ち入らない。売上を最大化しようとすれば、どちらもやったほうが儲かる。それをあえてやらないことが、地域に長く受け入れられる条件になっている。目先の売上より、10年20年つき合える関係を選んでいる、という話だ。
福祉として無理をして続けているのではなく、商売として無理のない形にしたから続いている。この順番が、たぶんこの事業のいちばんの発明だ。
荷台のほかに積んでいるもの
さて、冒頭で書いた「値札のつかないもうひとつの機能」の話に戻る。
週に2回、決まった時間に、同じドライバーが同じお客さんの玄関先に立つ。品物を選んでもらいながら、「前に買ったあれ、おいしかった」「今日は顔色がいいね」といった会話が毎回交わされる。息子や娘に「あなたより顔を合わせているよ」と言われるドライバーもいるという。
この「毎週必ず顔を見る」という関係が、食品とはまったく別のものを運び始めている。見守りだ。
たとえば、いつも出てくるはずのお年寄りが今日は出てこない。呼んでも返事がない。ドライバーがそれに気づいて連絡したことで、室内で倒れていた人が早く発見される、ということが起きる。あるいは会話の中で、「最近こんな電話がかかってきて」という話が出て、それが特殊詐欺の入り口だと気づく、ということもある。
これは思いつきの副産物ではなく、仕組みとして育てられている。とくし丸は新しい地域で営業を始めるとき、その市町村や警察と「見守り協定」を結ぶことを呼びかけている。ドライバーが訪問中に感じた高齢者の異変を、自治体や警察に共有できるようにしておく取り決めだ。国の消費者庁も、この移動販売を通じた見守り活動を実証事業として位置づけてきた。
具体例もある。高齢化率が約39.5%(全国平均を10ポイント以上上回る)に達した岩手県大船渡市では、2026年6月25日、市と地元スーパー、とくし丸の三者が「見守り協定」を結んだ。買い物支援と安否確認を、一体のインフラとして地域に張りめぐらせる取り組みだ。
考えてみれば、これは不思議な逆転だ。介護でも医療でもなく、行政の巡回でもない。ただモノを売りに来ているだけの軽トラが、結果的に、一人暮らしの高齢者と社会をつなぐ最後の細い糸になっている。しかもそれは、監視カメラのように誰かを見張るのとは違う。品物を選び、世間話をするという、当たり前で対等なやりとりの中に、そっと埋め込まれている。「見守り以上、介護未満」と呼ばれるゆえんだ。
運転をやめた先に、何が待っているか
この話は、いま元気に車を運転している人にも、遠い話ではない。
日本の高齢化率は今後も上がり続け、団塊の世代が後期高齢者に入っていく。運転免許を返した人、足腰が弱って店まで歩けなくなった人は、これから確実に増える。そのとき問われるのは、「移動できなくなった人に、社会はどうやって必要なものを届けるか」だ。人を店まで運ぶ交通の話ばかりが注目されがちだが、人が動けないなら、モノと人のほうが動いて会いに行くという発想が、現実にはすでに走り出している。
そしてその接点は、食料を届けるだけの窓口ではない。週に一度でも二度でも、名前を呼んでくれる誰かが玄関先に来るというだけで、一人暮らしの日常はまったく違うものになる。買い物が不便になるという問題の底には、いつも「社会から切れていく孤独」という、もっと大きな問題が沈んでいる。
自分の親が、あるいは十数年後の自分が、運転をやめた日のことを想像してみてほしい。近くに店はあるだろうか。それより、玄関のチャイムを鳴らして名前を呼んでくれる人は、いるだろうか。あの軽トラが、荷台のほかに何を運んでいたのか。その意味は、たぶん自分がその側になったときに、いちばんよく分かる。
参照元: 農林水産省・農林水産政策研究所「2020年食料品アクセス困難人口の推計結果」(2024年2月27日公表)/農林水産省「2020年食料品アクセス困難人口の推計結果の公表及び説明会の開催について」/日本経済新聞「『売り過ぎず』で全国制覇 移動スーパー・とくし丸」(2021年3月22日)/株式会社とくし丸 公式サイト/SMBCビジネスクラブ InfoLounge「『買い物難民』の高齢者をサポート 移動スーパー事業を全国展開」(新宮歩社長インタビュー、2024年9月)/消費者庁「高齢者等の買物弱者のための移動スーパーで、見守り機能も果たす:とくし丸」/オイシックス株式会社 プレスリリース「住民の約4割が高齢者の大船渡市。官民一体で『買い物支援』『見守り』が連動した地域づくりへ」(2026年6月25日)






















