「電気自動車は遠くまで走れない」と不安がる私たちは、そもそも遠くまで走っていなかった
「電気自動車は遠出のとき困る」という不安は、本当に正しいのか。航続距離と一日の平均走行距離の数字を並べると、見え方が変わってくる。
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- 軽自動車のEVが、ひそかに「16日分」を積み始めた
- 「遠くまで走れない」は、実は「遠くまで走っていない」
- 「いつでも補給できる」の足元が、静かに崩れていた
- これは、車の話であってEVだけの話ではない
「電気自動車は遠出のとき困る」と私たちは口をそろえる。だが統計を並べると妙なことに気づく。足りないと怯えている距離の大半を、私たちは一度も使っていない。それどころか、一週間走り続けても使い切らないほどの距離を、毎回「足りないかもしれない」と心配している。
EVについて聞いたことのある「心配ごと」は、だいたい決まっている。充電が面倒そう。値段が高そう。そして、いちばん多いのが「遠出のとき、電池が切れたら困るのではないか」という不安だ。満タンで何キロ走れるのか。その数字が気になって、買う前から身構えてしまう。その不安は、まったく自然なものに見える。けれど、2026年の秋に発表された一台の小さな車と、ある統計を並べると、不安の輪郭そのものが怪しくなってくる。
これは、EVを買うべきだという話ではない。車を持っているかどうかとも関係なく、「数字を見て不安になる」という私たちのクセそのものを、少しだけ覗いてみる話だ。
軽自動車のEVが、ひそかに「16日分」を積み始めた
きっかけになった一台は、スズキが2026年10月6日に発表した「e SKY(イースカイ)」という軽自動車だ。スズキにとっては初めての、電気で走る軽乗用車になる。発売は同年11月16日、価格は税込212万円から279万円の三段階で、国の補助金を使えば実質的な負担はさらに下がる。
ニュースで注目されたのは、その「航続距離」だった。満充電で走れる距離が310キロ。国の審査にもとづく値で、軽のEVとしてはクラス最長クラスだとスズキは説明している。従来、軽のEVの代表格だった日産サクラや三菱eKクロスEVはいずれも180キロだったから、同じ軽の電気自動車でも、ここ数年で走れる距離がぐっと伸びたことになる。
310キロと言われても、車に興味がなければピンとこないと思う。そこで、もっと身近な数字に換算してみる。
ある損害保険会社が毎年行っている全国規模のカーライフ調査によると、日本人が自家用車で一年間に走る距離は、おおよそ7,000キロ前後だ。2024年の調査では6,972キロ。これを365日で割ると、一日あたり約19キロになる。通勤、買い物、子どもの送り迎え。その全部を足して、一日およそ19キロ。これが「ふつうに車を使っている人」の実像だ。
では、e SKYの310キロは、一日19キロの生活にとって何日分にあたるか。単純に割ると、約16日分である。半月以上、充電せずに暮らせる計算だ。航続距離が短いと言われてきた旧来の軽EVの180キロでも、約9日分ある。一週間、指一本充電器に触れなくても足りてしまう。
つまり多くの人は、二週間分の「走れる距離」を積んだ車を前にして、「遠出のとき足りないのでは」と不安になっている。使っているのは、その十数分の一だ。
「遠くまで走れない」は、実は「遠くまで走っていない」
ここで気になるのは、では私たちはなぜ、使いもしない距離をそんなに気にするのか、ということだ。
調査を見ると、その理由がうっすら見えてくる。消費者がEVの購入をためらう理由を尋ねたいくつかの調査で、いちばん多く挙がるのは「航続距離が短いこと」ではない。「充電スポットが少ないこと」なのだ。
ある調査会社が2022年に行った意向調査では、EVを検討しない理由として「充電スタンドが少ない」が53%で最も多く、「航続距離に不安を感じる」は35%だった。別の駐車場大手が2024年と2026年に行った調査でも、「充電ステーションが少ない」が一貫して最上位で、「航続距離に不安がある」は4割台で続いている。
この順番が、実はすべてを物語っている。私たちが本当に恐れているのは「走れる距離の短さ」そのものではない。「いざ減ったとき、近くで補給できないかもしれない」という、補給の心細さだ。距離の数字は、その心細さの代理として気にされているにすぎない。
考えてみれば、ガソリン車に乗っているとき、満タンで何キロ走れるかを正確に答えられる人はほとんどいない。それでも不安にならないのは、「ガソリンスタンドはそのへんにいくらでもある」と体が覚えているからだ。残りが減ってきても、少し走れば給油できる。その安心が、距離という数字を意識の外に押し出している。
EVに乗り換えるというのは、この「体が覚えた安心」を一度手放すことだ。だから人は、代わりにすがれるものを探す。それが「航続距離」という、カタログに大きく書かれた数字だった。遠くまで走れると書いてあれば、補給できない不安を少しは埋められる気がする。不安の正体は距離ではないのに、距離の数字で安心しようとしている。ここに小さなねじれがある。
「いつでも補給できる」の足元が、静かに崩れていた
さらに面白いのは、「いつでも補給できる」というガソリン車側の安心が、本当は年々あやしくなっている点だ。
資源エネルギー庁の統計によると、全国のガソリンスタンドの数は1994年度末の60,421店をピークに、30年連続で減り続けている。2024年度末には27,009店。ピークのころの半分以下になった。とくに地方では、最寄りの給油所まで何十分も走らなければならない「給油所過疎地」が各地で生まれている。私たちが「いつでもある」と思い込んでいるあの安心は、気づかないうちに足元から細っていた。
一方で、EVの充電器のほうは増えている。経済産業省の整備状況によると、公共の充電器は2025年3月末時点で約6.8万口に達し、一年で約1.7倍に増えた。国はこれを2030年までに30万口まで増やす計画を立てている。ガソリンスタンドが半減し、充電器が数万口単位で増えていく。二本の線は、もう交わる方向に動き始めている。
もちろん、充電器の数が増えても、「遠出先で確実に、待たずに、充電できる」という体感が追いつくにはまだ時間がかかる。だから不安がすぐ消えるわけではない。ただ、「ガソリンは安心、電気は不安」という私たちの直感が、もう現実の数字とずれ始めていることは知っておいていい。安心も不安も、いつのまにか古い地図のまま更新されずに残っている。
これは、車の話であってEVだけの話ではない
ここまで読んで、「自分はEVを買う予定なんてないから関係ない」と思った人もいるかもしれない。けれど、この話のいちばん面白いところは、EVから少し離れたところにある。
私たちはしばしば、ほとんど使わない「余裕」にお金と神経を払っている。使い切らない航続距離を心配するのと同じことを、暮らしのあちこちでやっている。年に一度使うかどうかの大画面テレビのサイズで悩む。一度も満席にならない座席数で車種を選ぶ。使わないかもしれない機能のために上位プランを契約する。どれも「いざというとき足りなかったら困る」という、あの同じ不安が働いている。
不安は、たいてい実際の必要からではなく、「足りなかったときの後悔を先取りした気持ち」から生まれる。310キロという数字の前で身構えてしまうのは、一日19キロしか走らない現実を見ていないからではなく、「もし足りなかったら」という未来の後悔を、今この瞬間に味わってしまうからだ。
だとすれば、賢い選び方のはじめの一歩は、スペック表の大きな数字を眺めることではない。自分が実際に、どれだけ使っているかを一度だけ確かめてみることだ。車なら、一年でメーターがどれだけ進んだかを見ればいい。思っていたより、はるかに少ないはずだ。その「少なさ」に気づいた瞬間、同じカタログの数字が、まったく違って見えてくる。
電気自動車が遠くまで走れないと不安がる前に、思い出していい。私たちはそもそも、そんなに遠くまで走っていなかった。足りないと怯えていた距離の大半を、一度も使わないまま、毎日車を車庫に戻している。
参照元: スズキ ニュースリリース「軽乗用EV『e SKY』を発表」(2026年10月6日)
Car Watch / Response(e SKY 価格・仕様・発売日に関する報道、2026年10月)
日産自動車・三菱自動車 公式サイト(サクラ/eKクロスEV の一充電走行距離)
ソニー損保「全国カーライフ実態調査2024」(自家用車の年間平均走行距離)
J.D. パワー ジャパン「EVに関する消費者意向アンケート」(2022年)
パーク24「EVに関するアンケート」(2024年・2026年)
経済産業省「充電インフラの整備状況」(2025年6月公表)
資源エネルギー庁「揮発油販売業者数及び給油所数」(令和6年度末時点)























