ガソリンが安くなって喜んだあの冬、私たちは知らずに「橋の修理費」を値切っていた
2026年正月のガソリン値下げの裏で、道路や橋を直すための税金が抜け落ちていた。燃費向上と電動化という「正しい選択」の積み重ねが、国じゅうのインフラを静かにやせ細らせる逆説を解く。
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- ガソリン代の3割は、もともと「道路のための税」だった
- 「みんなが賢くなった」結果、財布は勝手にやせていく
- いっぽうで、直さなければならない橋は増えていく
- 次の一手は「走った重さ」への課税
- 車に乗らない人も、毎日どこかの橋を渡っている
2026年の正月、ガソリンスタンドの価格表示を見て、ちょっと得した気分になった人は多いはずだ。前の年の大みそかを境に、1リットルあたりの税金が25円ほど下がった。長いあいだ「高すぎる」と言われ続けた、いわゆる暫定税率が廃止されたからだ。満タンで百数十円、年に何度も給油する家なら数千円。悪い話ではない。
ただ、その値下げの裏で、ほとんど誰も口にしなかったことがある。
安くなったぶんのお金は、どこかから湧いて出たわけではない。それは、これまで国と自治体が「道路や橋を直すため」に使ってきた財布から、まるごと抜け落ちたお金だった。つまり私たちはあの冬、給油のたびに、自分が毎日渡っている橋の修理費を、少しずつ値切っていたことになる。
この話が面白いのは、悪者がどこにもいないところだ。ガソリンを節約するのも、燃費のいい車に乗り換えるのも、電気自動車を選ぶのも、ぜんぶ「正しいこと」として勧められてきた。なのに、その正しさを一人ひとりが積み重ねた先で、国じゅうの道路が静かにやせ細っていく。そういう逆説が、いま日本で進んでいる。
ガソリン代の3割は、もともと「道路のための税」だった
まず、あまり意識されていない事実から。
ガソリンを入れるとき、私たちが払っている金額には、商品としてのガソリン本体の値段のほかに、何種類かの税金が乗っている。その中心が、揮発油税と地方揮発油税という2つの税だ。2025年の大みそかまでは、この2つを合わせて1リットルあたり53.8円かかっていた。レギュラーが170円前後だった時期を思い出すと、価格のおよそ3割が、この燃料への税だった計算になる。
この税の25.1円ぶんが、2026年1月1日に消えた。残ったのは本来の税率である28.7円。これが「暫定税率の廃止」の中身だ。上乗せぶんがなくなったので、理屈のうえではガソリンが安くなる。
ここで思い出したいのは、この税がそもそも何のために生まれたかだ。揮発油税の上乗せは、1974年、オイルショックの直後に始まった。当時の日本は、舗装された道路すらまだ足りていなかった。「とにかく道を造るお金がいる」。そのための財源として、ガソリンに税を上乗せしたのが始まりだった。
長いあいだ、この税は「道路を造り、直すためだけに使うお金」と法律で決められていた。2009年にそのしばりは外れ、使い道は道路に限らない一般の財源へと切り替わった。それでも、国と地方を合わせたこの税のかたまりが、現実には道路整備や橋の補修を支える大きな柱であることは変わっていない。給油するという行為そのものが、知らないうちに「道を使う人が、道の維持費をちょっとずつ出す」という仕組みになっていたわけだ。
だからこそ、その税率を半分近くまで下げるというのは、ただの値下げではない。道を直すための共同の財布から、年に1兆円規模のお金を抜くという決断でもあった。
「みんなが賢くなった」結果、財布は勝手にやせていく
ここからが、この話のいちばん奇妙なところだ。
仮に暫定税率がそのまま残っていたとしても、この財布は、放っておいても少しずつ軽くなる運命にあった。しかもその原因は、不景気でも無駄づかいでもない。私たち一人ひとりの「賢い選択」そのものだ。
理由を順番に見ていくと、よくできた皮肉だとわかる。
ひとつめは、車の燃費がとてつもなく良くなったこと。1990年代前半のガソリン乗用車は、新車の平均でだいたい1リットルあたり11km前後しか走れなかった。それが2017年ごろには、新車の平均で22kmほどと、ざっと2倍にまで伸びている。同じ距離を走っても、入れるガソリンはおよそ半分で済む。燃費がいいことは家計にも環境にも良い。けれど、ガソリンにかかる税で成り立っている財布から見れば、客が同じだけ道路を使っているのに、支払いだけが半分になっていく、ということを意味する。
ふたつめは、ガソリンをほとんど、あるいはまったく使わない車が増えたこと。ハイブリッド車や電気自動車だ。新車で売れる乗用車のうち、こうした電動の車が占める割合は、すでに4割を超えた年がある。電気自動車にいたっては、どれだけ道路を走ってもガソリンを1滴も買わない。つまり、道を使っているのに、道のための財布には一円も入れていない。このことは業界でも「ただ乗り」と呼ばれ、長く問題にされてきた。
みっつめは、そもそも給油する場所が消えていること。ガソリンスタンドの数は、1990年代半ばのピークにはおよそ6万か所あったのが、いまでは2万7千か所あまりと、半分以下に減った。ガソリンの国内需要そのものも、2005年ごろを境にじわじわ下がり続けている。
これらを足し合わせると、どうなるか。国の試算では、車に関わるさまざまな税のうち、燃料への課税と車体への課税を合わせた税収が、この15年ほどで合計1.7兆円あまり減ったとされる。誰も悪いことをしていない。みんなが燃費のいい車を選び、こまめに節約し、環境にやさしい一台に乗り換えた。その一つひとつの正しさが合流した下流で、道を直すための財布が静かにやせていく。これが、節約と電動化がもたらした、あまり語られないもう一つの顔だ。
いっぽうで、直さなければならない橋は増えていく
財布がやせていくだけなら、まだ「使う額も減らせばいい」という話にできるかもしれない。問題は、支出のほうがこれから確実に膨らむと分かっていることだ。
日本の高度成長期に、道路や橋やトンネルは一気に造られた。それらがいま、そろって高齢期を迎えている。
国土交通省の見通しでは、造られてから50年以上がたった道路の橋の割合は、2018年の時点でおよそ4分の1だったのが、2033年にはおよそ6割に達する。トンネルも同じように古いものの割合がふくらんでいく。人間でいえば、町じゅうの橋が一斉に定年を越えていくようなものだ。古くなった橋は、放っておけば落ちる。だから点検し、補強し、架け替える。そのすべてにお金がかかる。
国の推計では、道路や橋などの社会インフラを維持し、更新していくための費用は、2018年度のおよそ5.2兆円から、この先ピーク時には7兆円台まで増える見込みだ。入ってくるお金は減り、出ていくお金は増える。グラフにすると、2本の線がハサミのように開いていく。
このズレは、すでに数字にはっきり出ている。ある年の決算では、全国の自治体に入る車関係のさまざまな税収がおよそ3.4兆円だったのに対し、道路の整備や補修、信号や標識といった車がらみの行政サービスにかかった費用は、およそ5.7兆円にのぼった。つまり、車に関わる税を全部集めても、車のために出ていくお金のほうが2兆円以上多い。足りないぶんは、車に乗らない人も含めた、みんなの別の財布から埋められている。
次の一手は「走った重さ」への課税
では、どうするのか。その答えとして国が動かし始めているのが、電気自動車への新しい税だ。
国の税制の方針では、電気自動車などに対して、車両の重さに応じた負担を新たに設ける方向が固まりつつある。おおまかにいえば「ガソリンを買わないぶん、別のかたちで道路の維持費を払ってください」という話で、車検のタイミングでまとめて徴収する案が検討されている。電気自動車はバッテリーを積むぶん、同じサイズのガソリン車より数百kg重いことが多く、重い車ほど路面を傷めやすいという理屈とも重なる。
さらにその先には、「走った距離」に応じて課税するという、もっと根本的なアイデアも議論のテーブルに乗っている。何で走っていようと、道路を使った距離に比例して負担してもらう、という考え方だ。海外ではすでに、ニュージーランドのように電気自動車にも走行距離ぶんの料金を課す国が出てきている。
どの案も、まだ結論は出ていない。2026年の秋の時点でも、暫定税率の廃止で空いた穴を長期的に何で埋めるのかは、はっきり決まっていない。ただ、議論の向きははっきりしている。「ガソリンを入れた人が道の維持費を払う」という、半世紀続いた暗黙の仕組みが寿命を迎えつつあり、次の仕組みをどう設計するかで各国が頭をひねっている。その最中にいるのが、いまの私たちだ。
車に乗らない人も、毎日どこかの橋を渡っている
この話は、車に乗るかどうかとは、実はあまり関係がない。
あなたが運転免許を持っていなくても、スーパーに並ぶ野菜はトラックが橋を渡って運んできたものだし、救急車が最短距離で病院に着けるのは、その道が通れる状態に保たれているからだ。宅配便も、通学路も、災害のときの避難路も、ぜんぶ誰かが直し続けている道路とセットになっている。道を直すお金の話は、車好きの関心事ではなく、暮らしのいちばん下に敷かれた土台の話なのだ。
そう考えると、ガソリンが安くなったあの冬の喜びは、少し複雑な色を帯びてくる。目の前の数千円は、たしかに得だった。でもそれは、将来の橋や道にかかるお金を、いまの自分たちがちょっとずつ先送りした結果でもある。得をした人と、そのツケを払う人は、もしかしたら同じではないかもしれない。
次にガソリンの価格表示を見るとき、あるいは実家に帰る道中で古びた橋を渡るとき、ほんの少しだけ思い出してみてほしい。あの価格の裏には、「誰が道を直すお金を出すのか」という、まだ答えの出ていない大きな問いが隠れている。そしてその問いは、燃費のいい車に乗り換えたあなたや、電気自動車を選んだあなたの、ごく真っ当な選択とまっすぐつながっている。
参照元:
・国税庁「揮発油税等の特例税率の廃止について」
・財務省「自動車関係諸税・エネルギー関係諸税に関する資料」、政府税制調査会資料(車体課税・燃料課税の税収が約15年で約1.7兆円減)
・資源エネルギー庁「ガソリンの暫定税率(当分の間税率)の廃止」解説
・総務省「自動車関係税制のあり方に関する検討会」資料(自治体の自動車関係税収と車関連行政サービス費用の比較)
・国土交通省「社会資本の老朽化の現状と将来」、インフラ維持管理・更新費の推計資料
・国土交通省「自動車燃費一覧」および乗用車平均燃費の推移資料
・石油連盟「給油所数の推移」統計
・環境省・経済産業省「令和8年度税制改正における自動車関係諸税(車体課税)」資料(電気自動車等への車両重量に応じた課税の方針)






















