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エコカー補助金は「外交」で書き換えられた

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2026年1月、EVは40万円増えたのに、水素で走る燃料電池車は105万円も減った。その数字を動かしたのは、環境性能ではなく日米の関税交渉だった。

Chapter
片方は40万円増え、片方は105万円減った
きっかけは、海の向こうからの一通の指摘だった
水素の旗は、交渉より前から下がりはじめていた
補助金は「国からのおすすめ」の矢印
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車を買うときに受け取る補助金の金額は、その車がどれだけ環境にやさしいかで決まっていると、多くの人がなんとなく思っている。ところが2026年1月、その金額の一部が、車の性能とはまったく別の場所で書き換えられた。太平洋をはさんだ、国と国の交渉のテーブルの上でだ。

新車を買うとき、見積書の下のほうに「補助金」という行が出てくることがある。電気自動車(EV)やハイブリッド、水素で走る車など、環境に配慮したとされる車を買うと、国からいくらか戻ってくる仕組みだ。正式には「クリーンエネルギー自動車導入促進補助金」、通称CEV補助金という。数十万円単位で手取りが変わるので、買う人にとっては値引きと並ぶ大きな数字になる。

多くの人は、この金額をこう理解している。環境性能が高い車ほど、国がたくさん出してくれる。だから金額の大小は、その車がどれだけ「えらい」かの通信簿のようなものだ、と。

その理解が、2026年に静かに崩れた。

片方は40万円増え、片方は105万円減った

経済産業省は2026年1月から、CEV補助金の上限額を車の種類ごとに見直した。中身はこうだ。

EVの上限は、これまでの90万円から130万円へ。40万円の増額。プラグインハイブリッド車(PHV)は60万円から85万円へ。こちらも増える。軽自動車のEVは58万円で据え置き。

そして、水素で走る燃料電池車(FCV)は、255万円から150万円へ。105万円の減額だ。

同じ「環境にやさしい車」という枠の中で、片方は40万円増え、片方は100万円以上減った。これだけ見ても妙な話だが、もっと引っかかるのは、EVとFCVの差である。見直し前、両者の補助上限の差は165万円もあった。それが見直し後は20万円まで縮まった。環境性能の差が1年で急に縮まったわけではない。縮められたのは、金額のほうだ。

EVとFCVの補助金増減の対比イメージ

ここで素直な疑問が出てくる。なぜ、水素車の補助だけがこんなに大きく削られたのか。

きっかけは、海の向こうからの一通の指摘だった

答えを「水素車が売れていないから」と考えたくなる。それも事実の一部ではある。だが、今回の見直しの引き金を引いたのは、国内の販売不振ではない。海の向こう、アメリカからの指摘だった。

2025年3月、アメリカの通商を担当する役所であるUSTR(米通商代表部)が、ある報告書を出した。そこで名指しされたのが、日本のこのエコカー補助金だった。日本メーカーが得意とする水素車の補助が手厚く、逆に、アメリカのテスラなどが強みを持つEVの補助が低い。これは輸入車を不利にする「非関税障壁」ではないか、という批判である。

関税とは、輸入品にかける税金のことだ。非関税障壁というのは、税金という形は取らないけれど、結果として外国の製品を売りにくくしている制度や慣行のことを指す。つまりアメリカは、「補助金の金額の付け方が、自分たちのEVに不利になるよう仕組まれている」と主張したわけだ。

この指摘は、そのまま日米の関税交渉のテーブルに乗った。そして2025年の交渉で、日本側が補助金の見直しに合意する。経済産業省自身が、見直しの説明文書にこう書いている。「日米関税協議の合意も踏まえて、種別間の競争条件の公平を図る観点から」金額を見直す、と。読売新聞も2025年12月、「日米関税合意に基づき公平性を確保する」ものだと報じた。

整理すると、こうなる。水素車の補助が105万円削られた直接の理由は、「水素車の環境性能が下がったから」でも「水素車が国内で売れないから」でもない。まず最初にあったのは、アメリカが自国のEVを売りやすくするために出した一枚の報告書であり、それを受けた国と国との取り引きだった。

見積書の補助金欄にのっている数字の一部は、エンジニアが性能を測って決めたものではなく、外交官が交渉して決めたものなのだ。

水素の旗は、交渉より前から下がりはじめていた

とはいえ、外圧だけで100万円もの補助が削れるわけではない。アメリカに言われてすぐ折れたように見えて、その裏では、日本国内でも水素車がすでに退潮していた。削りやすい土壌が、先にできていたということだ。

水素で走る代表的な車が、トヨタの「MIRAI(ミライ)」である。走っても水しか出さない「究極のエコカー」として、2014年に世界に先駆けて売り出された。だが国内の販売台数をたどると、その勢いは年を追うごとにしぼんでいる。2021年にはそれなりの数が出ていたが、2023年は318台、2024年は97台、そして2025年は70台。月に数台しか売れない車になっている。

理由ははっきりしている。水素を入れる場所がないのだ。ガソリンスタンドのように水素を補給できる「水素ステーション」は、2025年の半ばで全国に約163カ所。政府がかつて掲げた「2025年に320カ所」という目標の、半分にも届いていない。それどころか、採算が合わずに閉鎖するステーションが出はじめ、数は減りに転じている。

水素ステーション減少のイメージ

ある分析によれば、国民のおよそ9割が、最寄りの水素ステーションから15km以上離れた場所に住んでいる。全国に水素ステーションが一つもない都道府県も珍しくない。多くのステーションは夕方には店じまいしてしまう。これでは、せっかく車を買っても自由に乗り回せない。

車が増えなければステーションは儲からず、ステーションが増えなければ車は売れない。この「鶏が先か卵が先か」のループから、水素車は10年たっても抜け出せなかった。政府がかつて立てた「2025年にFCVを20万台」という目標に対し、実際に国内を走っているFCVは1万台にも届かない。

この退潮は日本だけではない。アメリカでは、MIRAIを買う人に車両価格に迫る約550万円もの購入支援をつけ、さらに一定量の水素まで無償で提供している。それでも2025年の販売は200台あまりにとどまった。値引きと燃料のただ配りを限界までやっても、インフラがなければ人は買わない。

国を挙げて「水素社会」を掲げ、その切り札として売り出された車が、ここまで来ていた。補助金という旗は、関税交渉が始まるより前から、現場では静かに下がりはじめていたのである。

補助金は「国からのおすすめ」の矢印

ここまでの話は、水素車を買うかどうか迷っている一握りの人だけの話に聞こえるかもしれない。だが、受け取ってほしいのはもっと手前のことだ。

補助金というのは、国が「この車を選んでほしい」と指し示す矢印のようなものだ。金額が大きいほど、矢印は太くなる。私たちはその太さを見て、なんとなく「こっちのほうが世の中にとって良いことなんだろう」と感じ、背中を押される。

しかし今回わかったのは、その矢印の太さは、車そのものの良し悪しだけで決まっているわけではない、ということだ。国がどんな未来に賭けているかという政策、そして、相手国との力関係や通商の駆け引き。そうした、買う人からは見えない事情で、矢印は太くもなれば細くもなる。今回で言えば、アメリカの一言と市場の現実が重なって、水素という矢印は一気に細くなった。

次に車を買う人が見積書で補助金の行を目にしたとき、その数字を「この車のえらさ」と読むのは、半分しか当たっていない。残りの半分には、その年の政策の向きと、海の向こうとの交渉の結果がにじんでいる。補助金は、車を測るものさしであると同時に、国と国のあいだで動くお金でもある。

どちらを選ぶにしても、金額そのものより、「なぜその金額なのか」を一度だけ考えてみる。それだけで、見積書の一行が、ずいぶん違って見えてくるはずだ。

参照元: 経済産業省「令和7年度補正予算 クリーンエネルギー自動車導入促進補助金」および「補助上限額の見直しについて」、読売新聞「『エコカー補助金』見直しへ、EV40万円増・燃料電池車は大幅減…日米関税合意に基づき『公平性』確保」(2025年12月17日)、一般社団法人日本自動車会議所「政府、2026年1月からCEV補助金見直し 関税合意を踏まえ EV、PHVは増額」(2025年12月19日)、日本経済新聞「縮む水素ステーション、全国の9割空白地 トヨタ・ホンダのFCV不振」、東京新聞「『水素ステーション』突然の閉鎖にユーザーおろおろ」、Motor Fan「米国トヨタ『MIRAI』に“550万円”購入支援! それでも売れないのはクルマのせいじゃない?」(2026年9月15日)

車選びドットコムマガジン編集部

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