メーカー・車名一覧からホンダの中古車を検索

ホンダ(本田技研工業)は、戦後日本を代表する技術者・経営者の本田宗一郎によって創業されたメーカーです。自動車だけでなく、販売数が世界一であるオートバイのほか、耕運機や発電機などの機械。そして二足歩行で有名になったASIMOのようなロボットまで、技術力を中心に広い事業範囲を持った総合企業です。自動車メーカーとしては、小型車や軽自動車のカテゴリに特に強みを持っており、コンパクトカーのフィットは国内の販売台数において常に上位を占める人気車種となっています。中古車市場でもフィットなどのコンパクトカーをはじめ、ホンダ独自の技術で製造されるハイブリッドカーなど多用なカテゴリの中古車を探すことができます。 ... 詳しくはこちら!»

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ホンダ車の燃費ランキング

※燃費は10・15モード燃費です。定められた試験条件の下での数値のため、走行条件等により実際の燃料消費率は異なります。 ※車種の中の最良グレードでの燃費ランキングです。

ホンダ

ホンダの名で知られる自動車メーカー、正式名称は本田技研工業である。自動車の他にもオートバイ、耕運機、芝刈り機、発電機や船外機などの製造もしている。また、ロボット分野や小型ジェット機市場にも進出するなど、新しい分野にも積極的に進出している。オートバイは小型エンジンとともに世界シェアナンバーで1あり、世界中のほとんどの国・地域で販売されている。文字通りのグローバル企業である。創業者は本田宗一郎で、社名は創業者の名字からきている。

歴史

ホンダの歴史は他の自動車メーカーより新しく、戦後の昭和21年に現在の静岡県浜松市に開設されたが、自動車を製造するのは後のことである。創業当時は、内燃機関、いわゆるエンジンを主に製造しており、昭和22年は自転車用の補助動力エンジンを開発した。
1952年に、自転車用エンジンを搭載したカブF型を発表、自転車屋を中心に全国販売網を確立し成長軌道に乗せる。1954年に株式店頭公開、3年後の1957年には東証1部に上場した。その翌年、世界を一斉風靡したスーパーカブを発表、ベストセラーとなり現在も後継車がスーパーカブの名前で販売されている。1963年に初めて4輪業界に参入、DOHCエンジンを日本で初めて搭載したT360 を開発した。同時に2輪車製造の海外拠点も開設した。1972年に低公害エンジンを搭載したシビックを発売、将来の排ガス規制を見越した高い技術力で世界の自動車メーカーを驚かせた。その後モータースポーツの最高峰であるF1にも参戦、数々の優勝記録を塗り替え、モータースポーツのホンダ、技術力のホンダとして世界に名を轟かせた。1990年代になると、オデッセイやステップワゴンなどミニバンという今までにない新ジャンル、斬新なデザインで若者の心をつかみ、大ヒットを果たした。2000年、ロボット製造にも進出、ASIMOで知られるヒューマロイド型ロボットを発表。2006年には小型ジェット機の製造販売を行うと発表。オートバイ、自動車だけでなく、航空業界にも進出を果たす。2012年から軽自動車のN-BOXとN-1 を発表、空前の大ヒットで、軽自動車の二強であるダイハツとスズキを追い上げている。

歴代社長

ホンダの初代社長は創業者の本田宗一郎で世界的にも著名な人物である。1946年から1973年まで社長を務めた。2代目社長は当時45歳だった河島喜好が務めた。1983年には河島が指名した久米是志が社長に就任、本田宗一郎と藤沢武夫が最高顧問となる。久米の専門はエンジン設計でマン島レースやF1の開発に携わる。当時、空冷に拘る創業者の本田と水冷エンジンの採用を推す久米は互いに譲らず、久米が辞表を出し、出社拒否したという逸話は有名である。1990年川本信彦が4代目社長に就任。その翌年に創業者である本田宗一郎が死去。1999年吉野浩行が5代目社長となる。就任3年目に発売されたフィットがトヨタのカローラを抜いて初の日本国内難関販売台数日本一の座を獲得した。そして2003年、現在の社長である福井威夫に社長の座を譲る。

代表的車種

ホンダを代表する車種はたくさんあるが、特に有名なのがシビック、NSXだろう。シビックは1972年に発売されたが、当初から世界戦略車として重要な位置づけを占めていた。当初は1.2Lの直列4気筒エンジンだったが、徐々に大型化され現行車には2.0Lのガソリンエンジンや2.2LのDエンジンやハイブリッド車がラインナップされている。NSXはF1ホンダ参戦時の全盛時代にホンダの顔とも言える公道で走れる高級スポーツカーとして開発、販売された。当時の日本はバブル絶頂期ということもあり、販売価格が800万円以上と当時の日本メーカーの中でも最高額の車であったが、飛ぶように売れ、中古車オークション市場でも数千万の値で取引されるほどの人気を博した。その後2005年までフルモデルチェンジをすることなく製造された。その後、後継車種は発売されていないが2012年に新型NSXのコンセプトカーが発表され2015年に復活する予定である。

国内拠点

ホンダの国内拠点は数多くあるが、規模の大きな製造拠点は、三重県鈴鹿・埼玉県狭山・栃木県真岡市が有名である。また主な連結子会社には、本田技研研究所、ホンダレーシング(HRC)、ホンダエンジニアリングなどがあり、海外にもホンダR&DアメリカスやホンダR&Dヨーロッパなど多数の研究拠点を構える。
販売会社もホンダカーズ東京中央をはじめ、札幌、千葉、福岡など連結子会社が多数ある。

ホンダとモータースポーツ

ホンダは創業者の本田宗一郎がレース好きということもあり、早くからあらゆるモータースポーツ参戦している。その中でも輝かしい戦績を残したのがF1だろう。第1期は1964から参戦、シャーシとエンジン両方を開発するフルコンストラクターとしてのスタートだった。その年は勝利に恵まれなかったが、翌年のメキシコグランプリで早くも初優勝を果たす。その後レギュレーションの変更などもあり勝利に恵まれず、会社の事情もあり、1968年にF1活動の休止を余儀なくされた。第2期の始まりは1983年にエンジンを供給する形で復帰を果たす。翌1984年にウィリアムズチームにエンジンを供給しはじめ、アメリカグランプリで復帰後初勝利を挙げた。実に19年ぶりである。
その後の活躍は記憶に新しいが、マクラーレンチームとタッグを組んで、コンストラクターでは6年連続、ドライバー部門でも5年連続年間総合優勝という快挙を成し遂げた。その功績にはアイルトンセナという天才ドライバーの存在も欠かせなかっただろう。その後もF1とは長く関わっていくが、2008年シーズン終了後に2009年以降のF1から撤退する方針を決め、2014年よりF1のレギュレーションが変更される予定で、ホンダのF1復帰の憶測情報も流れたが、今現在もF1復帰という具体的な動きは見られない。